アットウィキロゴ

 セリス解放軍は暗黒竜ロプトウスの化身と化したユリウスを打ち倒して、ついにグランベル帝国の帝都バーハラを陥落させた。その後、解放軍を指揮したセリスは新生グランベル帝国を興して、この地の復興に力を注ぎ込もうとしている。しかしまだまだ帝国の勢力はユグドラル大陸に残存していた。大陸西部にある旧アグストリア領はヴェルトマー家の属領になって久しく、帝国滅亡後も解放軍に対抗できる勢力を保持していた。これに向かうのは一昔前までこのアグストリアの地で隠然たる家格を誇ったノディオン家の末裔アレスであった。セリス解放軍でも精鋭と呼ばれた黒騎士部隊は徐々にアグストリアとの境界に兵を集め始めて、アグストリアに残る帝国軍残党への圧迫を強めていく。アレスの狙いはこれだけでもなかった。ノディオン家の精鋭として世界に知られたクロスナイツ将士の末裔をも集めようというのだ。その狙いは的中して布陣し始めて間もなく、アレスの父エルトシャン時代にクロスナイツに入っていたものの子供たちがアレス率いる黒騎士部隊に合流していった。中にはエルトシャンと共に戦っていた古豪も集ってきては若き黒騎士の軍勢を補強していく。アレスは逸る気持ちを落ち着けて、黒騎士部隊とクロスナイツの連携を強化すべく当面は訓練に励むらしい。
 この頃にはユグドラル西部に残る帝国軍残党に一つの楔が打ち込まれることになった。ファバルとレスター率いる弓騎士隊が旧ヴェルダン領に侵攻して、ついにそこに居残る帝国軍の残党を蹴散らしたのだ。もともとヴェルダンは帝国の傘下になっていたといっても、ほとんどまともな統治がなされておらず申し訳程度の兵しか置かれていなかったという現実があったが、それでもアグストリアに残る帝国軍残党に与える心理的影響は計り知れないだろう。もっとも帝国軍残党を蹴散らしても、まだマーファ城まで取り戻したに過ぎず、残るヴェルダン古城まではヴェルダンにはびこる山賊たちが立ちはだかることになり、帝国軍残党よりもはるかに厳しい戦いが予想された。

 エバンス北西のアレス軍の陣に、ヴェルダンのファバル・レスター軍を激励しに行っていた皇帝セリスが訪ねてきた。いつもはセリスに付き従ってきたオイフェはグランベルに留まって、今はシレジアから訪れてきたシグルド軍の生き残りであるアゼルと協力して、その復興に力を注いでいたのだが、セリスはまだ政治云々のことは分からないためにこうして諸国を回っては未だ戦を繰り広げている戦友たちを激励していたのだ。
 「アレスにしては珍しいな。すぐにアグストリアに攻め込むと思っていたのに。」
皇帝とは思えない気さくさでセリスがアレスをからかった。これにはアレスの恋人リーンもくすくすと笑い、アレスも苦笑いするしかなかった。一時は親の仇と思っていたアレスだが、従兄弟ナンナのおかげで誤解が解けて、この二人は親友と呼べるくらいに仲が良くなっていた。
「戦には準備がつきものだと、オイフェが何度も言っていただろうが。」
無口なアレスにしては珍しく饒舌なのか、冗談を織り交ぜつつもセリスと会話を続けていく。黒騎士部隊とクロスナイツの合同訓練の掛け声が響く中、セリスとアレスは本陣に向かって歩いていく。ふとアレスはセリスが連れている3人の騎士に目がいった。バーハラの戦いまでは見ない顔であり、新参者であることは推察できるが、その身で仮にも皇帝であるセリスにここまで近づけることが不思議でならないのだ。
「セリス、あの三人は?」
ウン?、と後ろを振り向くセリスだが、その三人であることに気づいてか微笑みをたたえたまま何も言う気配がなかった。そのままセリスとアレスはリーンとその三人や護衛を連れて本陣に入った。適当な場所に座を占めて最初こそ穏やかな雑談をしていたのだが、突如としてセリスが人払いを求めた。きな臭さを感じながらもアレスはすぐに承諾して、リーンらにも席を外させた。本陣にはセリスとアレス、そして先ほどアレスが指摘した3人のみが残っている。
「アレス、実はこの三人をこれからのアグストリアの戦いに連れて行って欲しいのだ。」
どんな難題が突きつけられるのかと思ったアレスはホッとして快諾しかけた。しかしすぐに思い返して、
「そんなことなら構わないが、それならそれでどうして人払いをしてまで頼むんだ。」
「さすがに鋭いな、アレスは。実はな、こいつらには秘密があるんだ。」
ここでセリスは三人の中で理知的な顔をしている青年に目配せして、自己紹介させた。
「初めまして、クレスと申します。」
アレスに対しても恐れもなくハキハキとした口調で喋れるものは少ない。すぐにアレスはクレスの器の深さを察した。
「ほぉ、お前の弟みたいになかなか利発そうだな。」
何気ないアレスの言葉にセリスとクレスは目を合わせた。
「もし私の弟だったらどうする?」
セリスの言葉にアレスは一笑に付して言った。
「お前は何を言ってるんだ。お前に兄弟などいるはずないだろう。まぁ異父兄弟としてユリアとユリウスがそうだったがな。」
しかし、とセリスは言葉を継ぐ。
「歴史は私たちが思っている以上に深い。これから私が喋ることは他には黙ってくれるな。」
さっきまで朗らかなセリスの顔が真剣な表情になっていた。黒騎士として勇名を馳せたアレスもセリスのこの顔だけは苦手であり、反射的にアレスは頷いてしまった。それからセリスが話したことはアレスの想像を遥かに超えた事実であった。

 時はセリスが幼少の時代にまで遡る。逆臣の汚名を着せられたセリスの父シグルドは無実を証明すべくシレジアの内乱を平定して、グランベルに向けて怒涛の進撃をしていた。ドズル家当主ランゴバルト、ヴェルトマー家の魔法騎士ヴァハらを打ち倒して、グランベルへと突入したシグルドに待っていたのはヴェルトマー家とフリージ家の相克であった。これに乗じたシグルドはトールハンマーを操るフリージのレプトールを撃破、ついにグランベルへの凱旋を果たした、はずだった。
 しかし彼らに待っていたのは大陥穽であった。空からはメティオによる大火球が降り注ぎ、凱旋を迎えたはずのバーハラ近衛騎士団は剣や槍を振りかざす。だがシグルド軍は百戦錬磨の勇者たちばかりの伝説の軍である。絶望的な場面でも諸将は突破を図っては次々と重囲をくぐり抜けていく。それはシグルドも同じでアルヴィスのファラフレイムを凌いで、すぐさまバーハラ宮殿に向けて走り去ったのだ。巨大なバーハラ宮殿に突入したシグルドだが、城内のことを詳しく知らないシグルドはグランベル国王アズムールのところへたどり着くことはできなかったが、その代わりに宮殿の中庭で数年前に行方不明になったはずの妻ディアドラに出会ったのだ。記憶を失っていたとはいえ、バーハラ平原で夫の姿を見てから様子がおかしくなっていたディアドラはその愛する騎士の腕の中でついに覚醒した。しかし二人の幸せは長くは続かない。すぐさま追撃してきたアルヴィスに追いつかれてしまったのだ。しかも今度は彼の精鋭ロートリッターも引き連れての重囲である。ティルフィングを持っているとはいえ、これだけ囲まれてはシグルドにとってもはや手はなかった。諦めてティルフィングを捨てたシグルドだが、ここでディアドラが最後の愛を示す。自身の魔力を振り絞ってシグルドをワープさせたのだ。
 アルヴィスはシグルドの行方を知っていた。しかしディアドラとシグルドの愛の深さに愕然としたアルヴィスはシグルドを厳しく追及することはできなかった。それどころか表向きはシグルドは死んだことにして、歴史の裏では自身の側近中の側近・アイーダをその傍らに派遣して何かと生活の便宜を図るように命じたのだ。その真意がどこにあるのか、その思いはアルヴィスのみぞ知っている。
 果たしてディアドラの生まれ故郷である精霊の森に逃れたシグルドだが、時代の荒波にもまれて打ちひしがれたのか、さらなる再起を期そうとは思わなかったようだ。それ以降はアルヴィスに付けられた魔法騎士アイーダと密かに関係を持ち、1男2女を授かった。その長女はティナといい、そしてその弟をクレスと名づけられた・・・。

 「・・・」
アレスは言葉が出なかった。そして自嘲気味にセリスが続けた。
「この事実を知るまでは私も実の妹を愛していたとは思えなかったよ。」
ヴェルトマー平原で散ったティナとセリスの関係を解放軍の中で知らないものはいない。だがこの二人が兄妹であったことを知るのはセリスとアレス、そしてこのクレスだけである。
「他にこのことを知るものは?」
聞くアレスに、セリスは首を横に振る。そして言う。
「だがリーフにもいずれ話すつもりだ。」
「ああ、あいつにも話しておいた方がいいだろうな。」
重い事実を聞かされて、さすがにアレスの口も重い。しばらくして新たな問いを聞く。
「シグルドはまだ生きているのか?」
今度はセリスもすぐに答えた。
「ああ、もちろん生きているようだ。いつかは会いに行きたいとは思っているが、なかなか許してくれないらしい。」
そう言って苦笑しながらクレスを見る。どうやらシグルドの繋ぎはクレスが受け持っているらしいが、一度歴史に埋もれただけにもう一度表舞台に戻ることにはかなり抵抗があるらしい。そして自身が戻ることで起こるであろう社会的混乱も考えてのことなのだろう。
「俺も会いたいとは思うが、止むを得ないか・・。」
セリスもアレスも戦いが終われば大国の主になる。そう軽々しく私情で社会を乱すことなどしてはならないのだ。断を下したかのようにアレスが言う。
「わかったぜ、セリス。遠慮なくクレスを借りていくからな。」
すると何かを思い出したようでセリスが一つの注文を出した。
「すまない、アレス、重要なことを忘れてたよ。できればこの戦いでクレスに華を持たせてくれないかね。」
どうやらセリスはクレスのことを政権の中枢にいれようと考えているらしい。しかし何の功を持たないクレスが突然、その帷幕に入れば周囲の諸将の反発を招くことは必然だ。だからこそこのアグストリア奪還戦で手柄を立てて欲しいのだ。
「難しい質問だな。まぁやってみる。」
その言葉で明るい顔になったセリスは満面の笑みでアレスと握手を交わした。


 その一週間後、ついにアレス軍はアグストリアへの侵攻を始めた。ノディオン近郊で早速、帝国軍残党と一大合戦に及んだが、クレスが率いる別働隊がノディオン城への中入りを成功させて帝国軍残党を恐慌に陥れたことでアレス軍の大勝に終わった。勢いに乗じたアレス軍は帝国軍残党を激しく追撃して、マッキリー城への付け入りに成功、これも奪還する。
 だが戦が発展すれば、それに乗じる火事場泥棒も現われる。旧アグストリア諸侯連合の中心・アグスティー王国の国王で、シグルドに討伐されたシャガールの嫡子シャガール2世がアンフォニー城で挙兵して、ハイライン城まで陥落。新たなる勢力を形成して、旧王都アグスティーを囲むアレス軍にも圧力を加える形となった。両面に敵を抱えることになったアレスだが、焦りはなかった。すぐにクレスに命じてシャガール2世の説得させたのだ。一度こそ一族の誇りからか拒絶したが、その夜にクレスによって夜襲されて痛い目にあってから、態度をころりと変えてついにアレスの膝下に屈することを承諾したのだ。こうしてシャガール2世軍を加えたことで帝国軍残党を圧倒したアレス軍はついに帝国軍をも降伏させて、王都アグスティーを制圧することに成功した。しかしアレスはまだ追撃の手を留めようとはせずに、アグストリア北部にあるマディノ城、シルベール城の両方をも接収して、ようやく宿願であったアグストリアの統一に成功した。
 数週間後、アレスはアグストリア王国の建国を宣言して、そしてその場で最大の功をあげたクレスを大いに激賞した。その資質にほれ込んだアレスはセリスとの約束も忘れてクレスを新しい国の要職に就けようと頼み込む始末。しかしすでに兄セリスを支えることを己の目標としていたクレスは丁重にアレスの誘いを断って、そそくさとアグストリアを出発してヴェルダンに入っていった。

 「そうか、お前もついに行ってしまうのか。」
精霊の森に一旦帰ってきたクレスに父が寂しそうな言葉をかける。
「ここを出ろと言ったのは父上ではないですか・・・。私はこれから兄を支えて、ユグドラルに安寧の光を灯させたいと思っています。」
「まぁお前とセリスなら大丈夫だろうが・・・。政治というものはお前が考えている以上に難しいぞ。」
「それも覚悟の上です、でも母上が色々と教えてくれたので不安はありません。」
母アイーダはアルヴィスの手先となって働いた女性である。内政手腕はアルヴィスの上を行くかもしれないほどの豪腕だとも言われたこともあるのだ。そしてそのアイーダはティナとクレスには手厳しく教育を施したためにその実力は疑いないだろう。今は病に倒れているアイーダも、息子の旅立ちと聞いて上体を起こしている。ヴェルトマーにいた時は冷徹非情の女将軍とまで冷やかされたが、今の彼女にはうっすらと光輝くものがあった。
 あまり長話してもしんみりするだけだと感じたクレスはついに立ち上がった。
「父上、母上、長い間、お世話になりました。」
そう言ったきりでさっさとクレスは家を後にした。残るシグルドとアイーダは何も言わずにその背中を見つめていた。

 その後グランベルに戻ったクレスはバーハラに入った後、セリスによって宰相に任じられ、彼の片腕として活躍をすることになる。セリスが異父妹のユリアを妻にしようとした時にバーハラ貴族やユングヴィ家を巻き込んだユリア騒動が起こり、自身も最初はセリスとユリアの結婚を認められなかったが、二人の愛の深さを知って翻意。セリスとユリアの結婚強行を提案して、ついにそれを成し遂げることで強引にその火を消すことに成功した。もちろんユングヴィ家には禍根を残すことになったものの、カインはこう言って懸念する者を宥めた。
「いずれ時が解決してくれるでしょう。」
この言葉が由来となって、クレスと常に彼に付き従ってきた2人を合わせて時の三銃士と呼ばれることになる。
 だがクレスがこれからその『時』に翻弄されることになろうとは彼ですら想像できなかったであろう。

 

 

 

 

 

最終更新:2011年12月30日 18:22