「ここがエレブ・・・」
一人の若者が船の甲板の上で呟いた。そして船が大陸に近づくに連れこの船の船長がやってきた。
「王よ、本気でこの大陸に下りるつもりですか?」
船長の問いに王とよばれる若者が軽く頷いた。
「ああ、俺はあの真実を確かめにこのエレブに行くのだ。もしあれが事実ならば取り返しのつかない事になってしまうからな、その前に・・・」
「しかし王よ、エレブに上陸して帰って来た者はだれ一人もいないんです。ましてや『竜』が住んでいる噂があるあの大陸に・・・」
「それ以上言うな、それに今俺は王ではない。只の吟遊詩人レヴィンだ!!」
その若者-レヴィンが船長に言った。
「・・・分かりました、おう・・・いえレヴィン様」
「お前も来るか?」
「私は結構です、あなた様ほど物好きではありませんから・・・」
船長は慌てた口調で言った。
「そうか、だが一つ言っておく。この事は他言無用、俺の事は死んだ事にしておいたゆえ、例え妻フュリーや息子らにもその事は伝えるな。いいな・・・」
「はっ、お気をつけて・・・」
船長の言葉を受けたあと、レヴィンは手に持っていた古びた本を目にやった。そしてその執筆者には汚い文字でこう記されてあった。「シレン・・・」と・・・
(何故この本が我が城に、それにシレンと言うのは一体・・・ロプトやラグナらと何かつながりがあるのか・・・)
この本はレヴィンがバーバラの悲劇の数年後、城の地下室で発見したもので長年手を付けられなかったのか埃だらけで中身も虫食いだらけであった。だがレヴィンは微かに内容を把握できた。それはロプトウスの正体、それを巡っての陰険野郎と記したラグナとの戦い、そして未開拓地エレブの事などが色々と・・・、それを読んでいる内にレヴィンはその真偽を確かめようとエレブに渡る決心をした。当然妻フュリーらには内緒にした上で、と言うのもエレブは一度踏み入れたら最後、誰一人戻った者がいない秘境、そんな所に彼女らが自分を追いかけでもしたら・・・そう考えたレヴィンは自分を歴史上殺した(ロプトの大司教マンフロイに殺された)上で悠々エレブに旅立つ事が可能と言うこととなった。自分を殺すと言うのはなんかぎこちなさ過ぎるが他に方法が無かったという・・・。勿論レヴィンの生存を知るのはほんの一握りである・・・。
(シレンとやら、お前が書いた真実、見せてもらおうか・・・)
レヴィンはそう心の中で呟いた・・・。
詩人レヴィンがエレブに上陸して1週間が過ぎ、所変わって、ベルンにある竜殿。そこではユグドラルにいた工作員たちが出たり入ったりと忙しい日々だった。あそこでは俗に言う<バーバラの悲劇>があったため、担当の火竜ネクロスが工作員らを使いに出し、その様子をラオウに報告していた。そんなある日・・・
「我が主ネクロス様からの報告です」
工作員の一人が椅子に腰掛けている四竜神筆頭ラオウに向かって言った。
「まともな情報持ってきたんだろうな?」
彼は不機嫌そうに言った。工作員らは何故だろうと不思議に思った。
「まずバーバラの悲劇やその後に関してのことですが・・・」
工作員の一人があの戦いによる生死の確認、また聖騎士シグルドの生存、ロプトウスの化身の誕生、ユングヴィの夫婦がリーベリアに逃走した、といろいろなことを話し出した。すると彼は
「ふっ、今回はまともだな。てっきりあのガレの時のように、未亡人がいるからそれを自分のものにしたいとか、いい女がいただとか、女ばかりの報告だけだと思ったが・・・」
と満足そうに笑みを浮かべた。するともう一人の工作員が
「いえ、まだ報告が・・・シレジアの王妃(フュリーのこと)が未亡人になったから彼女を自分のものにしたいと・・・」
と報告した。するとまた彼が不機嫌になった。
「・・・あの女たらしが、よほど痛い目にあわねば直らぬようだな。あのときのように張り倒して・・・何?未亡人とはどう言うことだ?」
「はっ、どうやら数ヶ月前その王妃の夫レヴィンがロプトのマンフロイと呼ばれる男に殺されたとか・・・」
「バカな、あいつはロプトが居ねば何もできぬただの小物だ。それに対しレヴィンとやらは相当な使い手だと聞く。ゆえにあの雑兵ごときにやられるはずがあるまい。どう言うことだ?」
ラオウが深く考え込んでいると
「そう言えば未確認ですが数ヶ月前、一隻の船がこちらに向けて出航しているとかいないとか・・・」
と言った。それを聞いてラオウは
「まさかな・・・」
と言って工作員たちに
「お前達はすぐにユグドラルへ戻れ、そしてバーバラにいるネクロスにそこでの出来事をもっと詳しく調べるよう言っておけ。そして・・・シレジアの王妃には手を出すな。出したら即流
一方レヴィンはラオウが動き出すよりも一足先にエレブ南方(リキアのこと)から上陸し、そこから西に向かって放浪していた。古びた本の記述に南と西に港があり、南の方が比較的安全に上陸でき、その後西へ向え、と記されてあったからだ。きっとシレンとやらがエレブへ渡る者達への導として記して置いたのだろうと彼は思った。
「西へ向うのは言いが、付近に町は愚か村さえないとは、食糧をあらかじめ多く持ってきて正解だったな・・・」
レヴィンが一人ぼやいていた。食糧は少なく食えば数週間くらいは持ち、過去にも放浪の経験があるお陰であまり苦労はしてなさそうだ。たまに飢えたならず者たちが襲ってくるが、昔シグルド軍に身を置き修羅場を潜り抜けてきた彼にとっては赤子をひねるようなものだった。
「ここにも人間がいるのだな。しかも山賊とは・・・」
レヴィンはふと近くにあった木の幹を背にして、シレジアに残してきた家族らのことを思い出していたのか物思いにふけていた。
「あいつら、元気でやってるかな・・・」
彼がそう思っていると、
「やっと見つけやがったぞ、この青二才め!!」
と言わんばかりに例の山賊輩が彼を取り囲み始めた。これを見て
「やれやれまた貴様らか・・・」
と落胆した顔つきでまた立ち上がった。
「あいにく俺は今急いでるんだ。貴様らの相手をしている暇は無い」
「うるせぇ、よくも俺らの仲間を散々痛めつけてくれたな!!」
頭目らしき男が怒鳴った。だがレヴィンは
「そんなの忘れたな」
彼のそっけない返事に頭目が
「ぶっ殺せ!!」
と怒鳴り、それに呼応するかのように部下たちが一斉に襲い掛かって来た。
さて所変わって、ここはベルンの竜殿・・・
そこではちょうどネクロス自らが竜殿にやってきて、レヴィンの生存かつエレブ上陸の実情をラオウに伝えた。
「やはりかそうか・・・」
ネクロスの報告にラオウが軽く呟いた。
「レヴィンと言う奴、味な事しやがる・・・」
「あのシレジアの建国者はあの男の子せがれ、ならば知っていても不思議ではあるまい」
「ならば、我が火竜部隊であそこを・・・」
「ほっとけ・・・」
ラオウは至って冷めた口調だった。ネクロスが理由を問いただすと
「奴がフォルセティに何かを残したのは確かだ。だが動かなかったのを見ると、奴も我らのことを知らなかったと言うことだ。ならば要はそのレヴィンをシレジアに帰さなければ良いこと。仮に知ったとしてもロプトを敵視し、ナーガの伝説にすがり付いてる今のユグドラルの人間どもが信じるはずもあるまい・・・」
ラオウの長々とした説明にネクロスはたまらず
「分かりましたから、その長々とした説明もう勘弁してください」
と軽くぼやいた。そして
「じゃあ、あのままほっとくのですか?」
「いや、すでにブローとクラウスらに事態は伝えてある。後は奴らに任せておけ」
「じゃあ私はどうすれば?」
「お前はユグドラルへ帰還しそのまま任務を遂行しろ。それとたまにイザークヘ行ってシグルドの子せがれとそれに導かれた者どもの護衛でもしておけ。あいつらには未だ死なれては困る・・・」
「分かりました。では・・・」
ネクロスがそう言って立ち去った。
一方そのレヴィンは・・・
「無駄な時間を過ごした・・・」
彼はそう言って自分で倒した山賊らを置いて再出発した。シグルド軍に身を置いて戦場を駆け巡ってきた彼にとって、ここの山賊らでは相手にならなかった。
「つ、強すぎる・・・」
山賊の一人が早々に立ち去るレヴィンの背を見ながら力の無い声を出しそのまま倒れた。それからしばらくして黒いフードで身を隠した一人の男がその場を通りかかった。これを見て男は
「ちっ、役立たずどもが・・・」
と舌打ちをしたのち、右手より禍禍しい邪悪な亡霊を無数発生させた。
「消えろ!!」
男はそう言ってその場に倒れている山賊らに向け発射、これを一掃させた。
「奴め、もう来ていたのか、あの方に報告しなくては・・・」
男はそう言ってその場を後にした。
しばらくしてレヴィンは、夕暮れになってようやく小さな町を発見し、その小さな宿で一夜を過ごすこととなった。彼はエレブに上陸して以来、野宿ばかりの生活で疲れていたのか少しばかり気を緩めた。そのため彼は宿に入るとすぐに部屋のベッドで横になってしまった。そこへ宿屋の主らしい男がレヴィンによってきた。
「こんな町に旅人が来るとは何年ぶりじゃの、わしは嬉しく思うぞ・・・」
宿の主が感激そうに言った。だがその言葉を聞いていないのかレヴィンは
「なあおっさん、ここはどうなっているのだ?町も宿場も村も無いとは・・・」
と寝ながら聞いた。そして宿の主は
「お客様は一体どこから来たのですか?」
「異国だ、と言ってもここの大陸の領内ではない・・・」
レヴィンはここが未知の大陸ゆえ、ユグドラルではなく異国と答えた。
「異国?あんた海を渡ってここに着たと言うのですか?」
宿の主は驚いた様子で彼に言った。
「ああ、私はただの物好きな旅人、偶然この大陸を見つけて探索しにきただけだ」
彼は本来の目的をあえて言わなかった。その時一人の少女がやってきて
「何か食事を持ってまいりましょうか?」
と照れくさそうに言った。すると彼は
「ああ、ろくに食事もとってないから頼む」
と言った。そして彼女は嬉しそうに頷きその場を後にした。
「娘さんかい?」
「いや、数年前ある人から預かった竜の子供です」
竜と聞いて、彼は驚いた様子で起き上がった。
「竜だと、本当か?」
「はい、私は今も半信半疑ですが、あの人がそう言っておりましたから・・・」
レヴィンはその男の名を聞いてみた。すると主は
「確か名前はエルフィンと言っておりました。彼は昔、数名の連れと共に賊からここを守ってくださってな、その際あの子を預けて欲しいと言われて・・・」
「そいつ、今はどうしている?」
「彼らは西にいる仲間と合流すると言っておりました・・・」
(西か、やはりあそこに何かありそうだ。それにエルフィンとは一体・・・)主の言葉を聞いてレヴィンは深く考え込んでしまった。その時その少女がやってきて
「お食事をお持ちしました」
とスープやおかずなどを持ってきた。それを見てレヴィンは
「美味そうだな、ここに良いコックがいるのか?」
「いや、これみんな彼女が作ったんじゃよ。エルフィンは彼女料理が得意だからと言っておりましたから・・・」
「本当か?」
レヴィンは目を丸くした。そして彼は近くにあったおかずを味見をするかのように食べ始めた。すると
「美味いぞ!!」
とつい大声をあげてしまった。今までずっと干し肉などの非常食ばかりだったので久々のご馳走に彼も少し舞いあがってしまったみたいだった。
「お客様、そんなに大声を出さなくても・・・」
少女は照れくさそうに言った。
「すまん、私としたことが・・・」
「いいえ、久しぶりのお客さんですから」
「久しぶりって、ここ長く客が無かったのか?」
「はい、ここら一帯は山賊らのせいで旅人が寄り付かなくなっているのです」
「賊?役人はいないのか?」
「最近、西での争いの影響でそんな余裕がないのです。そればかりか彼らを操っているのが役人だと言う噂もあるのです」
少女が代わりに答えた。
(それってどっかの強欲領主にそっくりだな・・・)
「ひどい話だな・・・そいつらは今どこにいる」
「東の山に巣を構えておって、今では『エレブの虎』と名乗っているのです」
「『エレブの虎』だと!?」
レヴィンはその名を聞いて驚いた。その集団はエレブに上陸してから彼が遭遇した最初の敵だった。だが彼は当時西へ向うことしか興味がなかったし、レヴィンが強すぎたのかその賊が弱すぎたのかレヴィンにあっさり倒されたため、彼は全く興味を示していなかった。(信じられん、あの追い剥ぎ輩が・・・)レヴィンは道中での事を二人に話すと驚いた様子でレヴィンを見た。
「人の持ち物を奪い取ろうとしたから、返り討ちにしただけだ」
「しかしスゴイですぞ」
「すごいか?手応えなさ過ぎるあれで<エレブの虎>と名乗っているとは」
「しかしこれ程強いとは、あなたならきっと・・・ならば西にいるエルフィン殿らに会ってくださらぬか」
「西?そこに何があるというのだ?」
「それは・・・」
主が言いかけたとき
「おい、宿の主はいるか!」
と怒鳴り声を上げた男の声が聞こえた。
「おや、一夜に二度もお客様とは・・・少し失礼致します」
そう言って主は部屋を出た。だがレヴィンは
「今の怒鳴り声を出した奴、嫌な風を感じる・・・」
と少し不機嫌な様子を見せた。そして・・・
「ぎゃぁ―――」
外の方から主の悲鳴が上がった。これを聞いてレヴィンと少女は慌てて外へ出ると
「フン、やはりここにいたか・・・」
とフードを被った男がレヴィンを見るなり言った。そしてその足元には宿の主が横たわっていた。
「おじさま!」
少女がそれを見るなり慌てて主の元へ駆け寄った。
「安心しろ、少しショックを与えただけだ」
「あなた誰なの?」
「誰かは知らぬ方が身のためだ、それに用があるのは、あちらにいる緑髪の男の方よ」
男はレヴィンの方を見て言った。それを見て彼は
「貴様もエレブの虎とやらの残党か」
「ふっ、あの傀儡どもと一緒にするな。俺はあるお方の命を受け、神の領域を侵す者を裁きに来た制裁人だ」
「制裁人だと?どう言うことだ」
「すぐに朽ち果てる貴様には関係の無いことだ!!」
そう言って男は右手より黒い亡霊の群れを発生させた。
「くらえ!!」
男は亡霊の渦をレヴィン目掛けて発射させた。彼は即座に得意の風魔法エルウィンドの魔法を発生させようとした。だが何かに阻まれ風が発生できないでいた。そして亡霊の渦はレヴィンに直撃、その勢いで遠くに吹き飛ばされ、壁に背をぶつけた。これを見て男は
「ふっ、他愛も無い。これがあの男の末裔とは・・・」
とあざ笑うかのように言い放った。一方吹き飛ばされたレヴィンは
「くっ、風が封じられただと・・・それに今の亡霊は・・・」
と力の声を出しながらヨロヨロと立ち上がった。だが先程の一撃でかなりのダメージを受けたようで、胸を抑えている状態だった。
「ほう、あの魔法を食らって生きているとは。だがこれでお終いだ」
男は再び亡霊の渦を発生させレヴィンに再び向けられた。それを見て少女はレヴィンの方へかけよろうとしたが、男は左手から全く別の闇の波動を発生させ彼女に放った。その衝撃で彼女はその場に倒れた。
「邪魔をされては困る。俺はそうやって身代わりされるのが嫌いなんだよ・・・さらばだ、シレジア王レヴィンよ!!」
(何故俺のことを、まさかこいつはあの書物にかかれていたラグナって奴の・・・)
レヴィンは再び風魔法を使おうとするもまた何かに封じられ発生できなかった。だが彼は痛みをこらえながら詠唱しつづけた。だが男は亡霊を再び放ち、しかも今度はより強力な亡霊がレヴィンに襲い掛かった。
「粛清完了・・・」
男が不気味な声で呟いた。だが・・・
「・・・ここでやられてたまるかよ!!」
レヴィンの罵声と共に彼の身体から凄まじい風が巻き起こり始めた。そしてその風は先程渦巻いていた亡霊全てを粉砕させた。
「あのマフーの闇を消しただと!!」
男は驚いた様子でレヴィンの方を見た。
「何、マフーだと・・・」
レヴィンが驚いた様子で言った。だがその直後、彼は先程の風による消耗なのか再び倒れかけようとしていた。
「まだやられるやけには・・・」
レヴィンが弱々しい声を出した。それを見て男は
「ふっ、所詮一瞬の幻に過ぎないか・・・だがこれ以上強くされては面倒な奴だ。今度こそ粛清完了だ!!」
男は再び亡霊を発生させようとしていた。だがその時、不思議で澄んだ美しきリュートらしき音色が町中にこだました。それを聞いて男が気分を悪くしたのかその場でうずくまり始めた。
「くっ、あの音色はまさか・・・」
男が苦しそうに言うと、白いローブを身に纏った青年が現れ、さらに彼の左手には黄金に輝く小型のリュートがあり、今もそれを鳴らし続けている。男は標的を変え青年の方に亡霊を放つも彼の繰り出す聖なる音色に阻まれ、亡霊は光の渦に飲みこまれるかのように消滅した。これにたまらず男は
「くそ、奴が来るとは計算外だ・・・」
と言ってワープを使い逃げ出した。それを見届けるとリュートを鳴らすのをやめ
「危ないところだったな・・・」
と青年は傷ついているレヴィンの方へ駆け寄った。そして彼はレヴィンに完治魔法リカバーをかけた。すると先程傷だらけの身体がうそのような状態になった。
「すまない、私としたことがこんな奴に、それにしてもあんたは一体・・・」
「私の名はエルフィン、西にある解放組織<ナバダ>のリーダーです」
レヴィンはその名を聞いて少し驚いた様子だった。その名はここの宿の主より聞いていたが、まさかこんなに早くお目見えするとは思いもよらなかったからだ。
「そしてあなたはシレジア王、そして風竜シレン殿の末裔レヴィンですね」
(シレン?あの本の執筆者の名前ではないか・・・だが我が王家の先祖は風神フォルセティのはずだが、どうなっているのだ??)彼はどうなっているのかわからない様子だった。するとエルフィンは
「シレンというのは知らないと思いますが、フォルセティ殿のお父上の名前です。ここエレブだけでは息子さんよりも彼の父であるシレン殿の方が名前が通っているのです」
と言った。これにレヴィンは驚いた顔をした。
「あのシレンと言うのはフォルセティ様の父親の名前なのか。私は全く知らなかったぞ!!」
「知らないのは無理もない。彼はエレブでしか活動してませんから・・・」
エルフィンがそう言うと男の魔法で倒れていたあの少女が、何事も無かったかのようにゆっくりと起き上がり始めた。
「!?リディア、無事だったのですか・・・」
エルフィンは彼女の方を見るなり言った。
「・・・あっ、エルフィン様、どうしてこちらに・・・」
その少女-リディアが彼に聞いた。
「遠くから奴の気配を感じた。それと同時に外にいる彼からシレジアでのことを聞かされたのでまさかとは思ったのです。まさか君のところにいたとは・・・」
「おまえ、リディアと言うのか・・・」
レヴィンが彼女の方を見るなり聞いた。彼自身彼女の名を聞くのは始めてだからだ。それに彼女は素直に頷いた。そしてレヴィンは
「エルフィンと言ったな。奴らは一体・・・」
とエルフィンに聞いた。
「あれはクラウスと言って、『光の悪魔』の手先・・・」
「光の悪魔?一体どう言うことだ・・・」
レヴィンがエルフィンに聞いた。だがその上空を一人の少女が白く冷たい大きな竜に乗って通り過ぎたのを知る由も無かった・・・。
「ねぇエイル、下で何か聞こえなかった?」
「多分あいつらでしょう・・・」
「そう・・・」
「ミュー様・・・」
それから数日後、レヴィンは再び旅立った。今度はその傍らにナバダのリーダー・エルフィン、そして彼の仲間であるリディアを加えて・・・。彼はリディアと世話になった宿の主に自分のことを全て話した。それを知り彼女らは彼の気質等を感じ取り協力してくれることを約束した。そしてレヴィンはエルフィンから色々とここでの内情をあらかた聞き、彼もまた真の平和を手に入れるため彼の仲間のいる砦へ合流することを決意した。彼らはまずは砦へ戻っているであろう親友であるホルスに会うことにした。エルフィンの話だとロプトウスに関しては彼が全て知っていると言う。その旅先・・・
「レヴィン様、シレジアってどんなところなの?」
傍らにいるリディアが聞いた。彼女はすっかりレヴィンのことがお気に入りらしくべったりとした状態だ。
「冬は雪が多く積もって大変だが基本的には森と緑の平和な国だ。しかし・・・」
「グランベル帝国のことですか?」
エルフィンが聞いた。
「・・・ああ、あのバーバラの戦いで敗北し、さらにシグルド公子がアルヴィス皇帝に倒された今、あそこも無事では済まされまい」
「シグルド公子が?レヴィン殿、あのこと知らないのですか?」
「何の事だ?」
「いいえ、何でもありません・・・」
エルフィンが言うと小さな黒い竜が彼らの元へ舞い降り始めた。レヴィンは少し緊張したがエルフィンは構わずその竜の方へ駆け寄った。
「エルフィンさま、ごぶじでなによりです・・・」
竜は片言だが話し出した。
「知り合いなのか?」
「ええ、この竜はルナ、我が友が飼っている黒竜です」
「ごしゅじんさまからのほうこくです」
黒竜ルナが片言に話した。ルナの話だとレヴィン達の抹殺の為に近くで人の姿をしているクラウスの地竜部隊が網を張っているという。だから抜け道を教えてやるということだ。その報告を聞いて彼は
「まさか地竜まで投入してくるとは、よほどあの歌がお気に召さなかったようだな・・・」
エルフィンがそっけなく話した。
「一気に攻めて来ないのはなぜだ?」
レヴィンが聞いた。
「地竜等は一応『封印の盾』で封印されてると言うことになっているから、始めから竜になることは無理がありすぎる。それにここはあの男が支配している土地。そこで大きな戦火になったら奴の怒りを買うのは必至でしょう・・・」
「ラグナって奴、意外にこの土地を愛していそうな奴だな・・・」
「それの件については後ほど、案内してくれますか?」
エルフィンがルナに聞いた。するとルナは素直に頷いて三人を案内した。
レヴィンらはルナに導かれその抜け道へと向かって行った。そして
「こちらです・・・」
ルナが言うとそこは小さなトンネルらしきものだった。
「なるほど、そういえばこういうところもあったな・・・」
エルフィンはそれを見るなり納得した様子で言った。
「エルフィン様、ここは・・・」
「昔エレブの外へ逃げようとしていた者達が脱走のために長年かけて掘り出したトンネルですよ、結局見つかって埋められたのですが、多分ここはその生き残った洞穴だろう・・・」
エルフィンが言うとレヴィンは
「するとここってあんたらの根城に通じるところなのか?」
と聞いた。するとエルフィンは
「いいえ、ですが少なくともクラウスとの衝突は避けられるはず。悟られる前に急ぎましょう・・・」
と言ってその洞穴へ入った。それにレヴィン、リディア、ルナが続いた。
「それにしても見るからに崩れそうなところだな・・・」
レヴィンがあたりを見渡すなり言った。一応明かりは松明を使い灯っているもののあたりを見るからにあまりに雑な構造に崩れそうな雰囲気にも見えた。悟られぬためとはいえいくら何でもここまでとはと思った。しばらく進むと彼らは一本道の他に既に埋まっている洞穴を見つけた。
「どうやら昔道だった個所が完全に埋まってしまったようだな・・・」
「発覚後ラグナ軍によってあらかた埋められましたから・・・」
エルフィンが言うとその土砂に埋まっている何かを発見した。彼は刺激を与えぬように土砂を少しずつどかし始めた。
「エルフィン、何やっているんだ?」
「いえ、土砂に何か埋まっているみたいなので・・・」
「何も無いぞ」
「元錬金術師としてのカンです」
エルフィンがそう言うとそこから長年使われてない魔力のかかった剣を発見した。
「これは風の剣じゃないか、何でこんなところに」
「土砂の中にもいろんな物が入っているみたいですね」
「どうする?」
「レヴィン殿が持っていてください」
エルフィンはレヴィンにその剣を渡した。だが彼はどうしたものかと悩んだ。彼自身は魔法がメインのため剣を使ったことは無いからだ。だが彼は
「仕方あるまい、念のため持っておくか」
と使われていない風の剣を手にしそれを腰に収めた。それを見てリディアは
「あの・・・全然進んでいないのですが?」
と二人のやりとりをじっとながめながら少し不満そうに言った。確かに未だ入り口から時間はかかっているものの、さほどしか進んでいなかったのである。それを見て二人は「すまない」と彼女にさかんに謝った。
そして・・・
「ようやく出られましたか・・・」
エルフィンが疲れた顔をして言った。だがレヴィンは
「なあ、もう真昼間だぞ。って言うかエルフィン・・・荷物多すぎるぞ!!」
と少し不機嫌な様子だった。見ると彼の背にある大きな袋には未だ使われていない武器や防具、更に魔道書や杖など使えそうなものがぎっしりと埋まっていた。なぜなら彼は洞窟内であちらこちらの土砂などを掘り出しては埋まってあるものなどを取り出していたからだ。しかもその中には既に生き埋めにされ白骨化した者達の身につけていたものまでも含まれていた。彼はそんなことしたら呪われるぞと言ったのだが、彼はそれにお構いなくそれを取り出した。もちろん死体などはエルフィン自身が洞窟内に墓を立て手厚く葬ったのだが、それらに時間がかかりすぎたのか、一本道で迷わないはずなのに既に案内されてからかなりの時間がたっていた。レヴィンあの様子を見て彼は
「すいません、いつもの悪い癖で・・・ですがこれであいつらをまいたのは確かでしょう」
と言った。するとリディアは
「エルフィン様、見たらここって砦の裏側ではありませんか」
と遠くの方を指差しながら言った。すると、かすかではあるが古城らしきものが見えた。これを見てエルフィンは驚いた様子だった。
「まさかここにつながっているとは驚きだ。あいつ、よくここ見つけたな・・・それならば話は早い。一刻も彼らと合流しましょう」
「ってお前の言える立場か?」
レヴィンはかすかに首を傾げた。そして彼はこの城を見るなり
「ようやく真実が明らかになるか・・・」
と軽く呟いた。
そのとき、
「エルフィン!!」
遠くから彼を呼ぶ声がした。それを聞いて彼は
「ホルスか・・・」
と言った。すると黒いローブをまとった銀髪の青年-ホルスがやってきた。その表情はとても魔竜とは思えない穏やかだった。
「遅かったですね・・・」
「すまない、途中で掘り出し物を見つかったからつい・・・」
エルフィンは背に背負っている荷物を指しながら言った。
「またですか、やはり教えるべきではなかったか・・・」
「お前それって、ずっと前から知ってたのか?」
それを聞いてエルフィンが驚いた様子で彼に問うた。
「はい、ですが里にいる長老達がエルフィンだけには教えるなと言われまして」
「あのじじどもめ・・・」
エルフィンは少し顔を引きつらせた。
「おい、あんたがホルスとやらか?」
レヴィンがそう言いながら二人の元へ歩み寄ってきた。それを見てホルスは
「!?シレ・・・いやシレジアのレヴィン王か」
と言った。エルフィンは
「改めて紹介する。彼の名はホルス、わが友であり、『心』を持つ唯一の魔竜だ」
とレヴィンに改めて紹介した。そしてレヴィンも自分のことを紹介した。
「私の名はレヴィン、シレジア王で今はただの吟遊詩人だ。しかしまさかこんなに早く真実が見えてくるとは驚いた」
「知ってどうするのですか?」
それを聞いてホルスの顔が一変して暗くなった。
「まだ決めていないが、場合のよっては、奴を討つ!!」
「そうですか・・・ならば根城へ戻りましょう。そして少し重苦しいですがお話します。暗黒神ロプトウスの真の姿、そして今何が起こっているのかを・・・」
ホルスはそう言って一足先に砦に向かった。その後ろ姿を見てレヴィンは
「やはり、何かあったようだな・・・」
と軽く呟いた。
ここはエルフィンらナバダのメンバーが拠点としている古城・・・
「なんか思っていたより、朽ちてないか?」
レヴィンが古城を間近で見るなり言った。見ると所々に焼け焦げた跡があり、さらに長年手入れされていないのかひびだらけであった。
「無理もない、ここは昔はちょっとした要塞だったのだが今ではこの有様だ。ましてや今は神軍と交戦中だし更に酷くなると思うよ」
エルフィンがそっけなく言うとレヴィンは直せば良いのではと進言したが、どの道壊れるのだから放って置くと言った。それに彼らは城の地下で活動しているので入口さえ塞がれなければ関係ないし、さらにここには遠くへの転送可能なワープ型魔法陣があるので心配無いと言った。但し使えるのは彼ら竜のみだという・・・。
「すると人間である私には使えぬという訳か、やれやれだな・・・」
レヴィンがすこし悔しそうな顔をして言った。そして彼はそこへ入るとすぐに二人によって個室へと案内された。彼が入るとそこは会議に使われる机と椅子と一部の装飾品があるだけの殺風景な部屋だった。
「どうぞ、何もありませんが座ってください」
「ああ・・・」
レヴィンはそう言ってすぐそこにある椅子に腰掛けた。それにエルフィン、ホルスが続いた。
「それで、ロプトウスの正体は一体何者なのだ?」
レヴィンがいきなり二人に切り出した。彼はその為にわざわざ裏工作をし、国を捨て秘境の地エレブへ渡ったので、どうしても聞きたくて仕方なかったらしい。
「いきなりですか、やれやれ・・・単刀直入に言います。ロプトウスの正体は神竜族の少年です!!」
「神竜だと!?やはり・・・」
レヴィンが小さな声で言った。そしてホルスの話は続く。ロプトウスの本来の名はロキと言う神竜族の少年で、神君マルスの妻がいたアカネイア大陸にあるタリス出身で彼には双子の妹がいると言う。名前はユキ、両者とも幼いながら、魔術、剣術等に関して優れた能力を持っており特にユキには治癒のみならず死者蘇生能力を持っていた。だがそれをラグナ達が見逃すはずもなく、二人が逃亡先で着いたイードの町にラグナ軍筆頭ブロー率いる軍団が襲撃してきたと言う。ホルスは二人を、そしてイードを守るべく封じていた魔竜としての本性を表にしこれらに立ち向かった。だが途中頭上から強力な雷光が彼を直撃、その衝撃で竜化が解け、その威力があまりに強烈だったため彼自身も重傷を負わされ、そのまま倒れこんだ。それに勢いに乗った神軍はイードへなだれ込み幼いながらも必至に抵抗していた二人とも捕らえられ、イードで抵抗した者達も悉く倒され、挙句の果てには神の裁きと称し自分らの町を砂に沈めてしまったという。その後連れて行かれた二人は引き離されロキは牢獄へ、ユキはラグナの元へひきたてられ、奴はブローを使い彼女を魔竜、しかも破壊者にしようとしていた。本来ロプトウスになるべきだったのは潜在な能力を持つ彼女の方だったと言う。だが脱獄した兄ロキの妨害に遭いやむなくブローは彼を魔竜にした。ホルスは傷を押しながら竜殿に乗り込むも時は既に遅し、ロキはラグナより「暗黒神ロプトウス」という烙印を押され、肉親を奪われ悲しみに暮れる妹ユキはラグナによって何処かへ封印されてしまった・・・。これを見てホルスは怒りに我を忘れラグナに向って行くも、そばにいたもう一人の筆頭ラオウの前に屈し、もはや死は免れないと察した。だが暖かな光が彼を包みそのまま消えた・・・。
「暖かい光だと、一体誰が・・・」
レヴィンが問うた。するとエルフィンが
「私です。私は彼らをナバダへ招へいするために忍びでユグドラルへ渡ったのだがあの有様だった。それでもしやと思ったのだ」
と言った。その後ホルスは再び続けた。エルフィンは彼をレスキューで助けたが、傷があまりにひどくしばらくの間生死の境をさまよっていたと言う。そのとき現れたのがあのシレンだった。彼はこの惨状を知りわざわざやってきたと言う。そして彼を救うために自分の持っていた特効薬をエルフィンに渡し、その後二人を助けに竜殿に乗り込むと言ってその場を去った。
フォルセティの父シレンは元々はラグナ神軍で大将軍の位にいたが彼の方針が気に入らず脱走兵として各地を放浪しながら、実家の息子らに会う機会を待っていたという。真実を伝えるために・・・。だが二人の救出に乗り込んだ際それに立ちはだかったラグナ神軍四竜神筆頭で彼の最大のライバルであったラオウの前に激闘の末破れ息絶えた・・・。
「・・・そうか、シレンはもういないのか・・・」
シレンの死を聞きレヴィンの表情が暗くなった。
「ええ、だが彼が負けるなんてまったくの計算外です。彼はラグナ軍の間からでも一目置かれ、そして恐れられていた存在だったのですから・・・」
「・・・だが何となく分かってきた気がする。なぜこれを残していたのか・・・」
レヴィンは道具袋の中から古びた書物を取り出し二人に見せた。
「これはまさか彼が・・・」
それを見てエルフィンが言った。
「ああ、フォルセティ様だけには事実を伝えたかったのだろう。だが伝わらず何百年も経ち私の元へ伝わった・・・」
「本当はもっと伝えるべきことがあるのですが・・・」
「ホルスもういい、大体のことは把握できた。本当に倒すべき相手はラグナという事か、そしてロプト・・いやロキ兄妹はその犠牲となった。そしてお前達もな」
レヴィンは二人のほうへ目をやった。
「どうするつもりですか?」
「本来ならば実家へ戻ろうと思ったがもはや不可能だろうな・・・」
「ええ、貴方が来る少し前、ルナからの報告でシレジア一帯に火竜ネクロスが統率する工作員部隊が貴方を捕らえるべく網を張っているそうです・・・」
「するともう戻れぬというわけか・・・」
レヴィンが言うとそのルナが扉を突き破ってやって来た。
「どうしたのですか?話が終わっていないというのに・・・」
「すいません。ちりゅうぶたいがひがしへひきかえしたようです」
ルナが片言に話した。
「どうやらラオウかブローに呼び戻されたようだな。今後の対策だろう」
エルフィンが言うとレヴィンは
「これからどうするつもりだ?」
と二人に聞いた。するとエルフィンは
「ホルス、しばらくここにいてくれぬか。私は少しリーベリアに行ってみようと思う・・・」
と何かを思い出したように言った。
「リーベリア?」
ホルスが怪訝そうに聞いた。リーベリアは現在、あのラグナ四竜神の一人であるがやさしい性格ゆえ彼らが唯一信用している水竜の聖女ミューが担当しており、両竜族の間から<光の聖女>だとか<竜の女神>だとかいろいろ言われており、その大陸自体ゾーアとユグドとのささいな抗争等はあるものの実際は平和そのものである。故にナバダの者達はリーベリアだけには無関心であった。
「いや、たいした事ではないのだ。その彼女が買い足し先のエトルリアで見かけたから・・・」
「ミュー殿が?彼女リーベリアにいたのではなかったのですか?」
ホルスが不思議そうに聞いた。
「ああ、それに彼女の義姉妹エイナールも同伴でした」
エルフィンが言った。エイナールとは北国に生息する氷竜でミューの腹心の部下、そして彼女らは義姉妹の契りを結んだ仲である。
「おまえの言いたい事は分かった。彼女がいない間にあのガーゼルという邪神を利用しようとする輩がいるのか心配なんだろ?」
ホルスが彼に問うた。するとエルフィンが軽く頷いた。
「そういえば昨日の夜星空を見たらリーベリアの方角に凶星が落ちそうだったみたいでしたね、もしかしたらすでに火がついているのかも・・・」
ホルスの顔にも緊張の色が走った。
「おそらく、それが事実となるなら犯人はブローやクラウスだろう。ラグナは今ユグドラルの事にしか頭がいってないはず。それにあの二人は彼女の事を毛嫌いしている」
「それは言えてます・・・」
二人の会話にレヴィンは少し不満そうだった。彼はミューとかエイナールとか知らない名前が多く、と言うよりラグナ神軍の構成自体知らないからだ。それに察したのかエルフィンは
「あっ、神軍の構成についてまだ話してませんでしたね・・・」
と言った。するとレヴィンは
「別にいい、それについては別に後でも構わん・・・」
と軽く受け流した。その時リディアが
「エルフィン様、ホルス様、そしてレヴィン様、お食事の用意が出来ました」
と言ってやってきた。すると待っていたと言わんばかりに三人ともお腹が「ぐぅ~」と鳴り出した。
「・・・行きましょうか?」
ホルスはレヴィンの方を見た。
「・・・ああ、腹が減っては戦が出来ぬ」
そう言って彼らはこの部屋を後にした。
所変わって竜殿のラオウの部屋・・・
「レヴィンの奴、とうとうナバダと合流しおったか・・・」
工作員の報告を受け、ラオウは言った。すると近くにいた黒いフードを被った男が
「申し訳ありません。まさかあの白竜族の男が奴の元へ来るとは誤算でした」
と渋々謝った。すると
「気にするな、クラウス!」
と何故か咎めが無かった。何でだろうとその男-クラウスが思った。するとそこへ魔竜の少年ブローがやってきた。
「ラオウ殿、咎めなしとはどういうつもりだ?」
「ああ、レヴィンと言う奴、あいつに似ている故、少し興味がわいたのだ」
「あいつ?馬鹿な、歴史上から消滅したあの男が再び蘇ったと言うのか?」
ブローが怪訝そうに言った。あいつと言うのはかつてロキ兄妹救出のため竜殿に一人で乗り込み後一歩のところでラオウに敗れたあのシレンの事である。
「さあな、だがレヴィンから感じたあのオーラは間違いなく奴のものだ!!」
「だとしたらさっさと始末した方がいい、行くぞクラウス!!」
そう言ってブローはラオウを無視しクラウスを連れ部屋を出た。
「ふっ、奴にはあの二人がついている事を知らぬのか・・・」
ラオウが軽く愚痴をこぼした。そして
「まあいい、もしもの場合はわしが自ら始末するまで。ラグナ様が目を覚まされる前に決着を着けておかぬとな」
と言った。現在ラグナはシグルドの子供セリスが決起するまで奥で熟睡している。同時にそれは何時でも聖戦時いつでも制裁攻撃が出来るように力を蓄えているという。
「どの道、進歩の欠片もないロプト帝国の犬どもに繁栄という文字などない」
ラオウが軽く呟いた。それから間もなくしてブロー、クラウスの軍がラオウの忠告を無視し、ナバダに攻撃をしかけ逆に損害を受けたのは言うまでもない・・・。
あれから一年・・・
ナバダにはリーベリアから帰還したエルフィン、彼の代わりに拠点を守っていたホルス、そして時の部屋にて修行をし、今では二人に匹敵するくらい強くなった元シレジア王レヴィンの三人の詩人がそこにいた。時の部屋とは竜と違い、寿命の短い人間のために作られた時空間がずれている部屋で、外では一年が経っているものの空間内ではまだ一ヶ月、つまりレヴィン自身はまだ一ヶ月しか経っていないのだ。だがそれでも許容範囲は部屋内での五ヶ月(外の世界では五年)が限度でそれ以上は無理だと言う。故に彼自身も慎重に時期を見計らいながら使用している。
「どうですか時の部屋の感想は?」
ホルスがその部屋を出たばかりのレヴィンに聞いた。
「部屋の中は何にも無いから居心地が悪すぎる・・・だが俺の体は一ヶ月しか経っていないが、こっちではきっちり一年が経ってるんだな」
レヴィンが言った。
「あそこで一年居られたのはあなたが初めてです、他にも挑戦した人間が何名もいたのですが、みんな根を上げてしまって閉鎖しようと思っていたところだったのです」
「そうか、でも無理もない、あんな所にいつまでもいるとおかしくなりそうだ。だがそのかいもあってこうして居られるから複雑だ」
レヴィンが部屋にいた時の事を思い出しながら言った。
「だがその間に奴らの動きも慌しくなってきているそうです。現にリーベリアで紛争が勃発したそうですし・・・」
エルフィンが見計らったかのように割って入った。
「また奴らの仕業か?」
レヴィンが怪訝そうに言った。
「いいえ。だがどうやらあの女神さん、かなり前からいなかった様です。彼女がいた時はそんなことなかったのに・・・」
エルフィンの顔が暗くなった。そのとき一人の少女が三人の方へ駆け寄ってきた。リディアだ。彼女もまたこのナバダに残っていた。
「レヴィン様!」
彼女はそう言って彼にぎゅっと抱きついた。よほど嬉しかったのだろう、彼女の顔にも笑みがこぼれていた。クールな彼もどうしたらいいか困り果てていた。そして二人のほうを見た。
「そのままにしてあげなさい。彼女、あなたが部屋にいてから元気が無かったのですから・・・」
ホルスがやさしい言葉をかけた。その答えに彼は一時戸惑ったが仕方あるまいと思いつつもそのままにしてあげた。
(フュリーたちにも、してあげたかったな・・・)
だがそれも長くは続かなかった。一人のナバダ軍兵士がやってきてクラウス、ブロー連合軍がレヴィン抹殺のため懲りずに襲撃して来たという報が入った。彼らは一年位前にも攻めてきたがエルフィンが旅立つ少し前と言う事もあり、さらにクラウス、ブロー連合軍の卑劣に近い型式の戦い方、さらに主力部隊である地竜らについては既に熟知済みであったため、エルフィンらはこれに臆する事も無く戦いこれを撃破、逆に別部隊による得意の奇襲戦法等によりクラウス、ブロー連合軍は一時的ではあるが壊滅状態に追いやった。その時レヴィンも少しながら参加していたがあの当時はまだ何も知らなかった上、軍が彼を集中的に狙っていたため足手まといに近かった。
「また来ましたか、いい加減しつこい奴らだ・・・」
エルフィンが呟くとやってきた兵士に砦や付近に居る兵士たちを終結させ、いつもの戦術で追い払えと命じ、そして万一に備え邪竜封じの結界を発動させるよう命じた。これはエルフィンが練成術で開発した邪悪な心を持つ竜の力を半減させる能力を持つもので邪悪な存在に近いクラウスらにとっては最も嫌う者でブローの能力も結界内では役に立たず、魔竜にされるのを酷くおびえていた彼らも安心して戦っていられるのだ。兵士はそれに軽く頷き外へと出た。
「さてと、こっちも行きましょうか・・・」
「ああ、今回はあの時のようには行かぬ」
レヴィンが軽く頷くとエルフィンは
「ですが、なるべく力は隠してくださいね・・・」
と軽く釘をさした。原因はラオウの存在だ。もしレヴィンが成長している事を知ったら、間違いなく出向いてくる恐れがあるからだ。さらにラオウは神軍最強と噂される聖竜部隊を有するという。この軍はリーベリアにて伝説とされている守護聖竜ミュース、ラキス、ネウロン、クラニオンを戦闘竜化させたもので嘘か真か知らないがあの邪神ガーゼル型戦闘竜まで擁しているという噂もある。その彼らがここへ来られたら無事では済まされないであろう。今までの戦い方は相手がブロー、クラウスらだからこそ通用するのだ。故に他の竜神、特にラオウ、ミューには通用しないだろうと思っている。付け足して言うなら邪竜封じの結界も全く邪念が無いミューにはまたしも、あのラオウにも効くとは思えない。今はとにかく彼が出てくる前に二人を片付けなければならない。だが後一歩のところで逃げられてしまうので腹立しく感じる。
「安心しろ、あの魔法は使わない・・・」
レヴィンはエルフィンの心を察したかのように言った。
「レヴィン様・・・気をつけてください」
小さな少女リディアがレヴィンの方を見つめた。
「・・・ああ、お前の料理期待しているぞ」
レヴィンはそう言って二人とともに外へと出た。
そして戦いの幕は下ろされた・・・。