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 これはまだセーナがシレジアにいた頃の話である。ユグドラル北部にあるシレジアは大陸一の豪雪地帯としても有名で、アルヴィス率いるグランベル帝国軍でさえも降伏されなければ制圧できなかったほどの不便さである。この厳しい自然と共に12年間を生きてきたセーナは今、大きな経験をすることになる。

 「皇女!どこですか?」
1人の天馬騎士の声がシレジア城内に響き渡る。彼女の名はメリル。セリスの父シグルドに倒された四天馬騎士の1人パメラの姪であり、現在のシレジアにおいてフィー率いる天馬騎士団の先鋒を務めている女騎士だった。そのメリルは今、グランベルの皇女セーナの相談役を任せられており、すでに10年になる。しかし今年に入ってから主君とも言えるセーナの失踪が多発している。理由は過剰とも言えるほど教育にある。セーナは将来のユグドラルを支える身であることを悟ったセティが多分野にわたる教育を施していたのである。そしてセーナが12歳になってからはその教育量は側で見守るメリルも驚くほどの量に達していた。そんな過酷なスケジュールにまだ身も心も少女だったセーナは我慢できなくなって失踪してしまうのだった。しかし10年間見守ってきたメリルはセーナの性格から居場所を的確に判断して、幾度もセーナを見つけていたのだったが、今回はそのメリルでもかなり苦労していた。
「だめです。どちらにもおられません。」
配下の天馬騎士も捜索を手伝っていたが、何時間経っても見つからない。
「もしかして城外に出て行かれたのかもしれない。急いで捜索隊を出して。」
「一応、フィー様に伝えておきましょうか?」
「そうね、伝えておいて。」
「わかりました。」
これから10分後、シレジア城はまるで戦が迫っているかのように大騒ぎとなった。準備のできた天馬騎士団の小隊が次々と飛び立ち、城下の人々は何事かと噂しあった。そして空の雲行きが怪しくなる。

 そして日が沈み、1人の少女が闇に染まった森の中を歩いている。
「どうしよう、迷っちゃった。」
まだ12歳のセーナであった。実は彼女自身、城を抜け出したつもりではなく、薬(草)学を実践するために薬草を採りにきていたのだった。もちろん自室に書き置きを置いていたが、窓を開けていたために目のつかないところまで流されてしまったのだ。そしてそんなセーナの元に白いものが降ってきた。
「えっ、雪!どうしよう急がないと・・・。でも道がわからない。」
たとえ日が沈んでもセーナには空の雲行きが怪しいことはわかる。焦るセーナだが、目の前には道はない。すでに数時間歩いて足も限界に迫ってきていた。さらに悪いことに天候も悪化し、もはや吹雪になってしまっていた。
「もうだめ、歩けない。」
ついに草むらに座り込んでしまった。小さい体に雪がしんしんと降り続ける。
「寒い~。ファイアの魔道書を付けとけばよかった。」
冬だというのにスカートをはいているセーナにとってこの寒さは異常なものだった。腕や足が震え、もともと白くきれいな顔からもいつも見られる笑顔はなくなっていた。そしてもともと白い肌からも血の気がなくなり始めていた。
「私、ここで死ぬのかな。でもここで死ねれば、あんなに勉強も訓練もしないで済むんだ。」
今までの言動からこの頃のセーナは非常にあきらめが早かったことがうかがえる。セーナはゆっくりと目を閉じ、眠るようにその場で固まってしまった。本当の親から離れ、毎日学業、訓練に明け暮れている少女の心は『死』というものをかえって望んでいたのかもしれない。心もなくなりかけた時、セーナの額に雪とは明らかに異なる白い物が落ちてきた。
「・・・は・ね・・?」
それはペガサスの羽だった。そして数秒後、1人の女性が一度開きかけた少女の瞳に映る。
「皇女!皇女!しっかりしてください!起きてください!!」
その声の主はメリルであった。遅くなりながらもセーナの置き手紙を発見したメリルはよく薬草を採りに来るこの一帯を重点的に探し、ようやく見つけたのだった。メリルは自分の羽織るマントをセーナにまとわせ、まず体温をあげようと試みるが、マントだけでは体温を吹雪から奪われないようにするのが精一杯だった。
「メリル・・。もういいよ。私はここで死にます。あなたこそ吹雪がもっと強くならないうちにシレジアに戻って・・・。」
思いやりなのか、投げやりなのか微妙な言葉がメリルの耳につく。
「それはなりません。私はセーナ様に命を捧げたんです。こんなところで見殺しにするわけにはいきません。」
「でもこの吹雪の中じゃ、2人でペガサスは飛べない・・。」
「それならこうするだけですよ。」
寒さで震える手を強引に動かして、セーナを自分の愛馬に乗せる。
「せめてセーナ様だけでもシレジアにお戻り下さい。」
「それじゃ・・・メリルが・・。」
「私のことは構いません。皇女さえ生きていただければ、私は思い残すことなんてありませんから。」
そう言いながら力を振り絞って、鞭を愛馬に叩きつける。そして彼女が最期にいった言葉が、セーナを、ユグドラルを変えてゆくことになる。
「皇女、セリス皇帝の長女としてこれからも苦労の日々が続くでしょう。しかし私は感じるのです、あなたがユグドラルの運命を背負っていくことを。たとえ私の命が尽きようとも、目の前でそんなあなたをこんなところで失わせるわけにはいきません。いいですか、皇女。決して簡単に『死ぬ』なんて言わないで下さい。おそらく私はこのあと、このシレジアの『土』となってしまうでしょう。しかし私の魂が尽きようとも私の心はずっとあなたの中にあります。皇女さえ生きていれば、みんな皇女の心の中で生きつづけることができます。だから・・・だから命を無駄にしないでください!セーナ様、10年間いろいろと楽しかったです。どうか『未来』を・・・。」
『ビシッ!』
ついに鞭がメリルの愛馬に叩きつけられる。ペガサスは勢いよく飛び立ち、セーナの思いをよそに本当の主人から離れていく。ひたすら走るペガサスの進行方向とは逆を向いたセーナは大粒の涙を流しながら叫ぶ。
「メリル~~~!」

 その二日後、吹雪が晴れ、積もり積もった雪の中から、もう目を開けることのないメリルが発見された。それをすぐ近くで見たセーナは泣き崩れ、周りにいた天馬騎士たちも沈痛な面持ちでメリルを見ていた。しかしそんな彼女たちとは対照的にメリルの顔には何かをやり遂げたように清々しい笑顔が輝いていた。それに気付いたセティはセーナの肩を叩いて、やさしく言った。
「皇女、メリルの顔をよく見てください。良い顔をしてますよ。」
セーナがセティの言われるままにメリルの顔を再び覗き見る。そこにはさっきセーナが見た時の印象とははるかに違い、美しいメリルの顔があった。
「彼女は最期まで『騎士』として生きることができて、幸せだったのですよ。」
「・・・・メリル・・・ありがとう。私、あなたの分も生き抜いてみせる!そして私も笑ってメリルに会いに行くからね。」
 さらに5日後、メリルの愛馬も主人の後を追って、天上に飛んでいった。セーナはせめてもと彼女のペガサスを世話したが、もともと敏感なペガサスに主人ではないセーナの与える飼葉を食べさせることはできるはずがなかった。セーナはペガサスの遺骨を手厚く葬った。その墓の隣にはかつての主人の墓がある。そこにはセーナ自身が掘った言葉がある。
『ユグドラルの未来を信じて散っていった天馬の騎士メリル ここに生涯全うす』
 ここに『ユグドラルの女神』セーナが生まれた。

 「お父様、こんな同盟で本気でユグドラルから戦いがなくなるとおもっているんですか!」
時は流れて、ヴェスティア領主となったセーナ。もめているのはユグドラル諸国間で同盟を結ぶ『バルド同盟』の加盟国を巡る問題だった。皇帝セリスがイザークやトラキアなど東側諸国の加盟を認めないことがセーナをここまで怒らしていた。すでにセーナは一度、父を脅していた。それほどまでに重要な問題だったのかもしれない。
「暗黒教団などどうして恐れるのです。それよりも今は諸国との関係を強めて、クロノスの包囲網を作るほうが先ではないの。」
「・・・・・」
セーナの言うことを真剣に聞きながらも何も言わない父セリス。いやここは皇帝というべきか。
「お父様は昔、何度も言っていたそうですね。『憎しみからは憎しみしか生まれない。私はその憎しみの連鎖を断ち切って、誰もが笑いあえる世界を作る』って。あの言葉を聞いて私はお父様を心から尊敬したのに、今、お父様がしていることといえば、イザークやトラキアを仲間はずれにして、憎しみを売っているだけじゃない!お願いだから、彼らも加盟させてあげて。私だって、前言ったことをさせたくなんてないの。」
さっきまで腕を組んでいたセリスが急に立ち上がった。
「よく言った、セーナ。オイフェ、もう出てきていいぞ。」
セリスがそう言って手をあげると、隅にあるついたてからこの『バルド同盟』の責任者オイフェが出てきた。
「えっ?」
思わぬ展開に目を点にするセーナにセリスが説明する。
「実はな、私とオイフェでお前たちのことを試していたのだ。」
「私たちって、兄様たちも含むの?」
「そういうことだ。わざと欠陥のあるバルド同盟を進行させて、誰が突っかかってくるかってな。そしてオイフェの予想通り、お前がこれをかぎつけて迫ってきた。ただあそこまで脅してくるとは予想外だったがな。」
「でも私たちを試してどうするの?」
「フ、まぁいろいろとな。」
そう言ってお茶を濁して、セリスは自室に戻っていった。しかしセーナは直感的に感じていた、これが父の跡を継ぐための試験だったことを。
「皇女、いろいろと今まで無礼なことを言って失礼しました。何しろ皇帝から強く言われていたもので・・・。」
「それは別に構わないけれど、バルド同盟も偽者ってことはないよね?」
「その点はご心配なく、これからはセーナ皇女にすべて一任いたします。」
「私に?でも・・・。」
「何も気にせずに、セーナ様の思い通りにやってくださって結構です。」
そう言ってオイフェも玉座の間から出て行った。きょとんとするセーナに新たなパートナーのミカが近づいてきた。
「どうやら負けちゃったんですか?」
オイフェが笑顔で玉座から出てきた時点で、ミカはそう察していた。しかし結果は違った。
「ううん、どうやら私は試されていたみたい。」
「試された?何をです?」
「そんなことよりもこれからは忙しくなるわ。急いでカインやサルーンたちを呼んで、バルド同盟締結の準備を始めるわ。」
「???  わ、わかりました。」
そう言いながらも何もわからないうちにミカは去っていった。
 これから1ヵ月後、ヴェルトマーによって行われた大陸平和会議によって新たなバルド同盟は締結された。新案に消極的だったアグストリアもシレジアのライトの説得で丸め込まれ、大陸にあるすべての国がこの同盟に加盟することができた。諸侯はセーナの手腕を称え、『ティナの再来』、『セリス2世』などと例えた。メリルの死からちょうど5年後のことだった。セーナはバルド同盟の成功でメリルの墓を飾ったのだった。

 

 

 

 

 

最終更新:2011年12月30日 18:27