ラゼリアの公子リュナンはリーヴェの敗北によりラゼリアを守り抜くことが不可能になり、全軍を父の親友ヴァルス提督がいるグラナダを目指して行軍中だった。まだ16になったばかりのリュナンにとって、この行軍ほど怖いものはなかったであろう。いつ背後にゼムセリア軍が現れるかわからないからだ。ただ唯一の救いはアルカナ砂漠の砂嵐が止まっていたことだった。このアルカナ砂漠の砂嵐は強力でたとえ大集団で砂漠を渡ろうとしても生存できる可能性は0に等しいといわれている。しかもこの砂嵐が止むのは一年に一日あるかないかという可能性だった。リュナンの配下の武将はそんな彼の幸運にただ驚くだけだった。しかし砂嵐が止んでいるとはいえ、砂漠特有の気候がリュナン軍を襲っていた。そのためリュナンは1日1日しっかりと休みを入れて、軍隊の疲労を考え行軍していた。そんな彼の様子を見ているのかはわからないが、何日たっても猛烈な砂嵐は発生することはなかった。
「いやーリュナン様はすごいな。砂漠の砂塵も止めちゃうなんてな。」
リュナン直属の騎士であるアーキスが戦友クライスと婚約者でありクライスの妹であるリィナに語りかける。
「本当だな。1年に1日あるかどうかなのに、もう1週間も続いているもんな。」
「ええ、やっぱりリュナン様には女神ユトナのご加護を受けていらっしゃるのよ。」
「そりゃー、そうかもな。リュナン様は神君カーリュオンの血筋を引いておられるお方、ユトナ様も見捨てるわけがないよ。」
そういいながらリュナンのことを誉めあっていた。彼のことを慕っているのはクライスたちだけではない。おそらくリーヴェ王国の武士ならばそのほとんどが彼を敬愛しているだろう。そんなことがこのリュナンの行軍を助けていた。現在、リュナン軍を構成しているのは直属のアーキス隊とクライス隊に、父グラムドの直属だった騎馬部隊、その他にはリーヴェ軍の残党も彼の軍に参加していた。砂漠を行軍すること、計10日間、ついにリュナン軍は海運国グラナダに到着するのだった。グラナダは海運国であり、執政も海軍提督のヴァルスが担当していた。周囲を堅固な城壁に囲まれており防備に優れた城塞都市という側面をもつが、表向きは海運で経済を成り立たせている海運国家であった。そして提督ヴァルスはリュナンの父グラムドとは旧知の仲であり、ほとんどの戦に同陣していた。リュナンが領主館を訪れた時、ヴァルスが息子ホームズを連れ添って出迎えていた。
「提督、われわれラゼリア軍を受け入れてくれてありがとうございます。」
「リュナンよ。そう堅くなることはない。これもまたグラムドとそなたに対する義理を果たそうとしたまでだ。それにホームズも珍しく一週間もグラナダに留まっていたのだから逆に感謝しないとな。」
「う、うるせい、親父。余計なことを言うな。」
横からシゲンが口を挟む。
「とか言って、一番リュナン公子のことを心配していたのはお前だろ。」
「お前もいいかげんにしろ。」
ホームズがそういいながらシゲンの耳を摘まみ、自分の部屋へ連れて行った。
「イタタタタタ。ホームズ、マジになっちゃったよ。ひぃぃぃぃ、助けてくれ~。」
そういいながら二人は消えていった。リュナンはあっけに取られていたが
「ホームズは変わっていませんね。ところでシゲンって言いましたっけ。彼は一体誰なんですか?見たところ、かなり腕の立つ剣士にお見受けしましたが。」
「ああ、彼か。彼はイル島の出身でね。知っているだろう、ヨーダのことを。彼の息子さ。」
「あの暗黒剣士ヨーダの息子ですか。なにか今までに会った剣士とは違う雰囲気を出していたので気になっていました。ところで戦況はどうなりましたか?」
「戦況のことなら日に日に辛くなっているぞ。ウエルトを主軸とする西部諸侯連合軍がバルト要塞にて帝国軍に大敗を喫したそうだ。指揮官のロファール王も行方不明と聞いておる。もうそろそろ帝国軍がここに総攻撃を仕掛けてくるだろう。」
「ロファール王が!そんなことがあったなんて。クソ、これでは帝国を止めるものがいなくなってしまう。」
「リュナン、焦るな。焦れば、焦るほど敵の策略にしまうことになる。そなたもホームズぐらい気楽にならねば、これだけの大軍を任せられないな。」
「提督、わかりました。僕も少し焦っていました。おかげで何か吹っ切れた気がします。」
「うむ。それでいいのだ。今のうちにそなたも休んでおくんだな。」
リュナンは領主館のバルコニーでたそがれていた。いままでの戦いで一体、何千人の人が死んでいってしまったのか、自分は父の意志を継ぐことが出来るのか、と思い悩んでいた。「リュナン、まだ起きていたのか?」
後ろで幼馴染のホームズが立っていた。
「ホームズ、ちょっといろいろと考えていたんだ。僕が父さんの意志を本当に継げるかどうか、ってね。」
「まったくお前はいっつもそんなことを考えているんだな。寿命が縮まるぜ。お前はお前でいいじゃないか。お前のしたいことをすればいいんだ。それで今、お前がしたいのは?」
「・・・みんなが争いのない世界に住めるようにしたい。」
「(でっかいなぁ)じゃあ、それを頑張ればいいんじゃないか?そしてそれがお前の親父さんが願っていたことじゃないのか?」
「!! でもなんで?」
「だってお前ら、親子だろ。親と子でやりたいことがそう違うわけないだろ。(俺と親父は違うけど・・・)」
「そうか!ありがとう。なんか出来そうになってきたよ。」
「(マジかよ、出来るのかよ)そ、そうか良かった。じゃあ俺も手伝ってやるよ。お前の目指している世界にするために。」
「でもホームズのしたいことは?」
「ないない。今の俺にすることと言えばトレジャーハントだけど、こんなご時世だからやることがないんだ。気にすることはないさ。」
この夜リュナンはホームズのおかげで新たな自分を見つけることができた。それは「父の意志を貫かず、自分の意志を貫く。このことが父の意志を貫くことになる。」と悟ったことだった。迷いを拭い去ったリュナンは世界を争いのない平和な世界にするべく、ここグラナダにて新たな戦いが始まるのであった。