英雄と賢者、そのどちらが優れているのかは誰もわからない。しかし今、その両雄が思わぬ形で激突しようとしている。
先に動いたのはユグドラルの賢者セティであった。グランベルの皇太子であり、今では父親を軟禁して恐怖政治を行うマリクを排斥するためである。セティは各国にも挙兵を促し、すでに反マリク連合を成立させていた。反マリク連合はシレジアを中心にして結成され、身内であるヴェルトマー公国やシアルフィ公国、エッダ公国が加わっている。多少数が少ないように見えるが、残りの勢力も半分ずつがマリク派と中立になっているので、十分な数である。しかしこの挙兵にはある人物の思惑が潜んでいた・・・。
対抗するマリクは自分の恐れるセティの挙兵に驚くも、すかさず動揺する手勢を抑えつつ援軍要請のために各国へと使いを送った。これに応えて兵を挙げたのはドズル公国、フリージ公国、ユングヴィ公国、ヴェルダン王国、そしてミレトス王国と、大陸に暗躍する地下組織クロノスであった。だがセティの構築した反マリク包囲網は彼の思いを見事に打ち破った。まずユングヴィ公国とヴェルダン王国の連合軍がグランベルの帝都バーハラへの行軍中に、シアルフィ公国の精鋭グリューンリッターとヴェスティアに残っていたグリューゲルの一部が奇襲をかけて足止めを加えた。さらにそのシアルフィを牽制するために挙兵したミレトスが中立から突如としてセティ派へと鞍替えしたトラキアによって側面を突かれ、動けないままになった。しかし嬉しい報せもあった。動向不明だったイード砂漠の各都市がマリク側に立って挙兵したのだ。結局バーハラに集まった軍は80万となり、シレジア軍70万をわずかに上回ることとなった。それでも大将としての器は明らかにセティの方が勝っている。そこでマリクは思わぬ行動に出ることになった。
「まさかあのトラキアを味方につけるとはな。」
誰もいない小さな部屋の中で1人の男がつぶやいた。その男は一時はユグドラル大陸全土を治めていた、新生グランベル帝国皇帝セリスその人である。今では息子マリクの策謀にあい、このように狭い部屋に軟禁されている。この変事に際して、マリクはセリスに近い者たちを宮廷から遠ざけ、彼と同じように皇位継承権を持つセーナ派の者も適当な罪状を突きつけて遠い地方に遠ざけていた。そのためにセリスはオイフェ、セティらの援護も間に合わずにこのような部屋に追い込まれてしまったのだ。しかしグランベルに残ったセーナの精鋭グリューゲルの将グーイ率いる諜報衆によって新鮮な情報は彼のもとに入っていった。もちろん今回のセティの挙兵もしかりである。すると1人の騎士がずかずかと入ってきた。
「皇子のご命令により付いてきてもらいます。従わなければ・・」
「私の命でも奪うのか?」
予想以上にセリスが平然としていたのに驚く騎士だったが、すぐに己を取り戻して前の主君に縄を回した。
(幽閉しておきながら、自分が危機になったら私を利用するとはな。)
セリスはどこに連れて行くのかわからなかった騎士の言葉からそこまで判断した。自ら前線に立って奮戦していた頃からすでに20年近い年月が立っていたとはいえ、彼の知略は衰えるどころか賢者セティに迫るほどの冴えを見せ始めている。
その次の日、セリスの長女セーナは後世の英雄フリードとの激しい死闘を演じるバージェの戦いに臨む。
シレジア軍とマリク連合軍が睨み合うバーハラ平原にセリスは到着した。ここで世間の人々は純粋な英雄と賢者の戦いが始まるのかと思っていた。一方で予想外の展開にシレジア軍のセティは思わずうなった。
「まさかセリス様を出してくるとは思わなかった。」
しかしそこは賢者セティである。自分の動揺を将たちに見せないためにすぐさま落ち着きを取り戻して
「まぁ気にすることはないか。要は『時』を稼げばいいのだからな。」
と言った。それを聞いた将たちは何の『時』を待っていたのかわからずに首を捻ったが、主君セティの考え出した戦略に間違いないだろうと、思い直した。
ではセティの言った『時』とは何のことだろうか。そこで思い当たるのが皇帝セリスの命の保障である。先にも言った通り、セリスはマリクに幽閉されているとは言っても、いまだに大陸の英雄の名は伊達ではなく、その名前だけで大きな影響を与えることできていた。現に今の対峙においてもセリスの出陣によって味方が大いに動揺している。それゆえ今回こそ彼を利用したマリクであったが、今度はいつ暗殺するのかわからなくなる。それを防ぐためにはあえて公衆の場に持ち出すのが一番となり、セティなりの結論が戦場であった。戦場になれば配下の諜報衆を利用してセリスを守り易くなるが、監禁されているのであれば場所がわかっていても、もともと厳重な監視下に置かれているのでセーナ直属のグリューゲルほどの手腕を持つ者でなければなかなか近づけないのである。しかしセティの狙いは別にあった。もともとセティはグランベルの皇帝が誰であろうと民が名君と認める者なら誰でも良かったのである。しかし今、目の前で睨みあっているマリクは己の野心のためには親ですら利用するマリクを皇帝にさせることはセティにとって認めることができなかった。そこで目をつけたのがセリスの長女セーナである。もともと産まれてすぐにセティの元に送られ、15年間教育してきたため、彼女の性格は知り尽くしている。一方のセーナも自身が擁立されることは乗り気だった。あくまで皇帝になりたいからでない。暴虐な振る舞いをするマリクを排斥するためにセティと協調したのだ。しかし肝心のセーナがリーベリアに行ってしまい、グランベルはマリク中心に動き始めてしまっていた。もちろんオイフェやグスタフら、セーナ派を表明している諸侯らもその動きに歯止めをかけようとしたが、かえってマリク派の結束を強めてしまう結果となった。そこでセティは方針をかえてセーナがユグドラルに帰って来るまでに徹底的に時を稼ぐことにした。そしてその下準備としてセリス軍蜂起の地ティルナノグにてセーナ派の英雄たちが集い、今回の一斉挙兵を約束させることとなった。ここにはバルド義勇軍としてセーナと戦い、彼女に惚れこんだトラキアの王子フィリップも入っていた。セティ自身呼んだつもりはなかったが、どこからかこのことを聞きつけて参加したようだ。この会議によりセティはセーナが帰って来るまでのセーナ派の総大将となり、マリクと対立することとなった。
そして対陣はそれから数週間にも及んだ。しかし一向に戦いは起こらなかった。変わったことといえば、ドズル・フリージ連合軍を抑えたシアルフィ・エッダ連合軍がマリク派の側面に陣取ったぐらいである。当人たちの事情としては、マリクは負ける可能性の高い戦には臨みたくない、セティとしてはセーナが帰ってくるまで時間を稼ぎたいところ。それでいてマリクはプライドに賭けても戦わずして退くわけにはいかない。これが今回の対陣を長引かせている理由だ。
最初の対陣からいよいよ1ヵ月が経った時、1つの小部隊がセティ本隊を訪れた。グリューゲルのグーイ隊が到着したのである。しかしその次の日、突如シレジア軍が退却を開始した。思わぬ退却に対するマリクも驚いたが、すかさずに追撃を命じた。ここでマリク軍を食い止めたのがグーイ隊とシアルフィ・エッダ連合軍である。相手に打撃を与えるべく追撃したはずが、彼らの奮闘で逆に大打撃を喰らってしまうこととなった。このダメージが後々に響くこととなるとはこの時、マリクどころかセティやグーイも思わなかった。それほどの大打撃をこの無謀な追撃戦で被ったのだ。
それから数日後、突然の訃報が大陸中を駆け巡る。大陸を解放させた英雄セリスが自害したのだ。彼の光を失った目には果たして何が見えていたのだろうか。そして将来のユグドラルをどのように見通していたのか。それはさらに数ヶ月後、はっきりすることとなる。大陸はセーナとマリクだけでなく、セリスの次男シグルド2世たちも加わって大きく動き始める。