静かに瞳を開けると、黒い長髪の少女が心配そうに顔を覗き込んでいた。それが私の新たな人生の始まりであった。だけど、その時点では私にはかつての記憶はなかった、ミカとしてセーナ様に仕えた大切な記憶も・・・。
「気がついた?」
「・・・・・」
「あなたは草原の入り口に倒れていたのよ。」
彼女には悪いけど、ほとんど何を言っていたのかはわからなかった。何しろその時の私は頭の中が本当にからっぽでそれどころではなかったのだから。
「私はリン。ロルカ族の娘。」
そう、このリンとの出会いがすべての始まりとなった。
「あなたは?あなたの名前を教えて?」
しかしその時はミカという自分の名前もわからなかった。だけど、持っていた剣・ツヴァイヘルツェンがそれを教えてくれた。
「あ、これ、あなたの剣でしょ?二つの剣で一つの剣になるなんて面白い剣ね。もしかしてここに刻まれているミカというのがあなたの名前?」
気が付けばリンから奪うようにしてツヴァイヘルツェンを取って抱きしめていた。結局、当時はその剣が何を意味しているのかもわかっていなかった。リンに言わせれば思いっきり泣いていたらしい・・・。助けてもらったリンに対しても悪いことをしていたのに、彼女は静かに見守っていてくれていた。
それから彼女との旅が始まった。途中で天馬騎士見習いのフロリーナと出会い、リンが精霊の剣・マーニカティを手に入れた。あの剣が輝く光を見ていると少しだけどヴェスティアのことを思い出すことが出来た。でも当時からすればこれがまさか別大陸のことだとは思っていなかった。
その後、リキアの騎士ケントとセインからリンがキアラン公国の後継者だということを告げられ、同国の後継者争いに介入してしまうことになる。
元々戦いが嫌いなリンだったけれども、キアラン公国を牛耳るラングレンが命をねらってくる以上、私も彼女に決断を促した。ケント、セイン、今思えばエレナ皇女とレインの関係に似ているセーラやエルクなど、リンの天運は多くの仲間を呼び込み、ついにキアラン公国をラングレンの魔の手から解放した。結局、この戦いでは私の記憶は戻ることはなかった・・・。だけれども、貴重な出会いがあったのも事実。フェレ公国のエリウッド公子、優しすぎるのが玉に傷だけれども明らかに群を抜いた素質を秘めていた。
一度、リンと分かれた後は、私はフェレの町でしばらく過ごすことになった。やっぱり彼のことが気になっていたのでしょう。
そうすると彼の父エルバートが失踪したことを契機に、リキアに暗雲が広がっていくことになった。私は偶然を装ってエリウッド公子の軍師として参加。途中にはキアラン公女リンとの再会、オスティア候弟ヘクトルと出会い、ラウス候ダーレンや地下組織黒い牙との戦いを繰り広げた。そして、ついに黒い牙を壊滅させ、彼らを操っていたネルガルと彼の呼び出した火の竜を撃退することに成功した。
この直後であった、突如として私の全ての記憶が戻ったのは。そしてそれとともに私に課せられた使命も蘇った。だけれども、エリウッド公子には私の課す使命を果たすだけの力はあっても、優しすぎる性格からその後の戦いを切り抜けることはできないでしょう。だけれども、彼の妻となったニニアンは氷竜であるにも関わらず、彼の愛に応えるためにこの大陸に残った意志の強い女性。きっと二人の間に産まれる子供はセーナ様の遺志を継ぐに足る英雄となるでしょう。そんな英雄が来るまでに私はそのための土台を作ることにした。
フェレの当主となったエリウッド卿とニニアンの結婚式、オスティアの後を継いだヘクトル卿とイリアの天馬騎士ファリナの結婚式と立て続けにおめでたい出来事が続いて、ようやく落ち着いてきたある日、私はある情報を得て、オスティア郊外に急行した。そこではかつてエリウッドが壊滅させた黒い牙がある指導者のもとで再結集していた。彼らは一時代前の義賊として生きる道を選んでいたものの、ネルガルが操っていた頃の悪事の反動から傭兵たちの絶好の賞金首になってしまっていた。そしてそこで結集した傭兵たちの包囲を受けていた。
しかも彼らは今の指導者の指示で、人を殺さない集団になっていた。そのため決定打を打つことができず、かえって黒い牙の面々が討たれていくという最悪の事態になっていた。私もその指導者のことは知っていたから気の毒に思い、ついに単身で突入した。
すでに黒い牙は敗勢濃厚になっていた。
「・・・どうしても駄目か?」
指導者を守る、暗殺者らしきものは体術を用いて、迫り来る傭兵たちを気絶させていた。
「駄目だよ、ジャファル。それじゃ、ソーニャのいた頃の黒い牙と同じになっちゃう。」
声にまだ幼さのある指導者はエリウッド軍でも高い魔力を秘めていたニノだった。彼女は黒い牙のかつての指導者リーダス一家の一人として育てられ、卑劣な手を使うソーニャを最後まで信じていた純粋無垢な少女であった。だからこそ人を殺すことにはニノにはどうしても出来なかった。
そんな問答を繰り広げるうちに、ニノに傭兵の一人が襲いかかった。さすがのジャファルも不意をつかれ、援護に間に合わない。そこにようやく私が追いついて、エルファイアを解き放った。記憶が戻って、初めて使った魔法がこれだった。
「! お前は?!」
「ミカさん、なの?」
私も二人の戦い方には期待していたから、ネルガルとの戦いでも重用させてもらっていた。だから、彼らもすぐに私のことを認識した。
「ニノ、あなたが決断しなければ、あなたを支えてくれるものが死んでしまうのよ!それでもいいの?」
もともとが暗殺者であるジャファルにはこんな言葉はとても期待できない。ニノを信じているから、決して薄情ではないのだが、まだまだ彼も心は出来あがっていない。
私はニノの決断に構わずに、一気にエルファイアをぶっ放していく。彼女の純粋な気持ちは大切にしたいが、しかし、やりたいことはあまりにも理想が高すぎるし、彼女には荷が勝っていた。戦いながら必死に説得していき、ようやくニノは決断した。
「ごめんなさい、皆。私のせいで皆が傷ついてしまって。」
だがそこかしこで声があがる。
「そんなリーダーだからこそ、俺はまた黒い牙に付いたんだ!」
「そうだ!ソーニャのもとではいつ勝手に殺されるかもしれなかったけど、リーダーのためならば喜んで死ににいくぜ!」
短い時間ではあったものの、ニノはそれだけ黒い牙の面々から慕われるようになっていたみたい。これには私もさすがに驚かされた。
「ニノ、今からはとりあえず一点突破よ。そうね、南でも目指しましょうか。」
私の指示に、ニノもすぐに頷いた。いつの間にか、エリウッドのもとで戦った関係に戻ったかのようだった。こうして一気に戦場を離脱して、態勢を立て直した黒い牙は、反転しながら、追撃してきた傭兵団を撃退した。
「やっぱりミカさんは凄い!」
ここで抱きついてくるあたりはやっぱりニノはまだ子供だった。でもこんな素直なところがニノのいいところなのだろう。
「ねぇ、ニノ、お願いがあるんだけど、聞いてもらっていい?」
「もちろんです。」
「しばらく私もここに置いてもらえないかしら。」
これにはさすがのニノも驚いた。
「ミカさんの実力なら、エトルリアでもベルンでもリキアでも一軍を任せられるくらいになると思うんだけど。」
そんな地位ならばセーナ様のもとで嫌というほど味わった、なんてニノに言ってもわかるわけもないから、適当にはぐらかした。
「私は堅苦しいのが苦手なのよ。それに私はジャファルと同じようにあなたのことが心配だからね。」
もちろん別のねらいもある。知己はあっても、大陸のほとんどを知らない私にとっては、自分の目となる諜報組織を持つことは今後のことを考えても必要だった。それには元々地下組織だった黒い牙は最適だった。ニノも私のことを信じてくれているし、そんな彼女に黒い牙の面々も心酔している。だから、悪く言えば私の好きなように作り変えることもできる。
それからはニノとジャファルとともに黒い牙の再編と共に、諜報衆として作り替えた。途中でニノとジャファルとの間に双子が設けられたけれども、ニノは自分と同じように若い時に悲惨な思いをさせたくないのか、リキアの孤児院に預けることにした。既に彼女も自分が普通の女性として生きていけないことを自覚してもあったのだろう。でも私は信じてる、いつかまた親子で再会できる日が来ることを。
一方で私はエトルリアまで足を運び、ある貴族の少女と出会った。なかなかの魔力を有しているにも関わらず、その使い方が上手くいかず苦しんでいた。
「あなたですか?私に会いたいという方は。」
育ちの良さが伺える装飾の多いローブに包まれて、その少女は私に話しかける。
(思えば昔の私もそんな過去があったものね。)
本当に短い間ではあったが、他の貴族令嬢に負けないよう父は宝珠輝くローブを着せてくれたこともあった。もっともそんなものは本当に見せかけだったけど。
私は大仰にため息をついて、彼女に背を向けた。
「こちらに見込みのある魔道士見習いの方がいると思って参りましたが、どうやら人違いでありました。お呼び立てして申し訳ありませんでした。」
このあたりのやりとりは人をからかう天才だったセーナ様を真似たもの。
「えっ?」
その少女は思わぬ展開に空いた口が塞がらず、従者にいたっては逆上してしまっている。
「無礼者。どうしてもと言ってお嬢様に会わせさせておいて!」
おそらく少女も私が何を求めているのかはわかっていないらしい。まぁまだ年頃の少女だから仕方ないと、一応ヒントを出してあげた。これでわからないようでは私の眼鏡が曇った証。
「ではそなたに聞く。見てくれを気にして大成された賢者様のお名前をこの田舎者の私に教えて下され!貴公らが敬うパント様もエルク様も果たしてそのようなお方なのか?」
これに少女がハッとして、未だに怒り狂う従者を下がらせた。そして自分の元に歩み寄ってくる。
「あなたの仰る通りでした。このようなきらびやかななローブを身につけたところで、魔力が伸びるわけでもございません。」
噂に聞いた通り、貴族令嬢という身分の割に素直な性格だった。だけど、次には思わぬことを彼女が言う。
「本来ならば今度、私の方からあなたのところへお伺いに行きたいところですが、何分わたしもあなたの実力がわかりません。どうか未熟な私にお見せいただけますでしょうか?」
言われてみれば彼女の言葉ももっともであった。
「それは失礼致しました。ではあまり威力の強い術をやっても騒ぎになるだけですので、こちらをお見せしましょう。」
『スピードサンダー!!』
ほぼ詠唱なしのまま、すぐさま解き放たれた雷撃に、少女は大いに驚いたようだった。
「す、凄い。」
振り絞るようにこういうのが精一杯のようだった。
「あなたにはさっきも言ったように見込みがあります。あなたさえよろしければ3月ほどで、魔力の使い方とかを手ほどきしてあげましょう。ただしご両親を含めて、諸々の説得を3日でやってアクレイア南東の郊外に来ることが条件です。これが守れないようであれば、私はあなたの前から姿を消すことにします。」
「・・・3日ですか。わかりました、必ずや駆けつけます!」
元気のいい返事に満足した私はひとまずアクレイアを去った。
その後、約束の刻限ぎりぎりで彼女は現れた。やっぱり貴族として生きてきた父を相手に説得するのは相当骨を折ったみたいだけど、結局は彼女の主張が容れられた。私も黒い牙をニノとジャファルにお願いしていて、マンツーマンで彼女を鍛え上げることにした。
わずか3ヶ月の特訓は成功し、彼女の魔力の使い方は見違えるように向上した。もちろんそれも大事だったけれども、貴族から離れた生活をさせることで人間的にも大きな成長を遂げていた。成果に満足した私は彼女をアクレイアに戻した。その数年後、魔道軍将エルクにその実力を認められて、若くして次の魔道軍将に指名されるようになった。そう、魔道軍将にして、エトルリアの母とも言われるようになるセシリア将軍の誕生であった。だけれども、私の狙いは更に先にあった。
修行を終えてアクレイアに戻る日となった時、私はセシリアに一つのお願いをした。
「いつか、あなたも私と同じように見込みある後進たちを指導することをお願いされることになるでしょう。その時、因習に囚われずに良き方法と思った方法で育ててあげてほしい。」
「それならば、私よりもあなたの方がいいのでは?」
「あなたならばわかるでしょ。私は基本的に鞭を振るうことしかできないのよ。我慢強いあなただからこそ、私は指導しただけで、それが誰にでもできるわけではないことは自分がよくわかっているわ。・・・それに対して、あなたには私に欠けている慈しみの心を強く持っている。その心を持って、次代のものたちを導いてあげてほしい。」
そう言われたセシリアはしっかりと頷いたあたりは、やっぱり私が育てた女性であった。
その後のことはもう説明不要かもしれないけれども、彼女はオスティアに常駐していた間に、フェレ公子ロイとオスティア公女リリーナを教育し、見事に一代の英傑へと仕立て上げた。
そして20年余りの時が流れた。黒い牙はジャファルのことを仇敵視するオスティア諜報衆との対立から彼の病死を契機として、リキアの牙と名前を変えた。この間に偶然出会った闇魔道士カナスが加わっている。この間に大陸は鳴動を始めていた。大陸東方にあるベルンが突如として各国への侵攻を開始して、北のイリア、隣のサカが瞬く間に制圧されてしまった。そして矛先は当然のようにリキアにも向けられた。
「ミカ、私たちはどうするの?」
長い付き合いになったニノはすっかり私に対してため口を利いてくれるようになった。彼女も立派な女魔道士になり、いつの間にか諜報に必要な技術も身に付いていた。もうすでにリキアの牙を1人で采配することも問題なくなっていた。だけどやっぱり大局的な視野は向き不向きがあるみたいね。
「落ち着いて、ニノ。敵は正面から来るわけではない。」
実際にベルン方面だけでなく、サカからも侵攻が始まり、二方面作戦をリキア諸侯連合は強いられることになる。ベルン方面に注力していたリキア軍は作戦の変更を余儀なくされるが、それよりも早くベルン国王ゼフィールが親征してきて盟主たる地位にいたオスティア侯ヘクトルが戦死する。
「・・・ヘクトルさん。」
かつての難戦を共にくぐり抜けた戦友の死に私もニノも大人しく弔ったが、事態は着実に悪化している。
「もうリキアもヤバいよ!?」
だけど、まだ決断の時ではない。確かに事態は悪化しているが、一方で芽が出始めたこともある。セシリアに教育されたロイが精鋭フェレ軍と共に、リキア東部を解放し始めていたのである。だけれども、だからこそ嫌な予感がする。
「敵は正面だけではない。横から来ることもあるし、もしくは・・・。」
その予感が命中する。既にリキア諸侯同盟は形骸化しており、ベルンの侵攻によって彼らに内通するものが現れたのだ。その一部の勢力がサカから来たベルン軍と呼応してロイ軍とオスティアの回廊を分断してしまったのだ。
「すぐにタニアを奪回する!」
断を下した私に、ニノ以下のリキアの牙は勇躍して飛び出した。リキアの牙、最初の戦いの舞台となったタニアはリキアの中央部にある公国である。ベルンの侵攻と重臣の内通によって当主は討たれたものの、公女ティーナと近衛騎士ガント率いる残党と合流したことでどうにかタニアの奪回・復興に成功した。
この後、ロイ軍によってラウス領が陥落し、内乱が勃発したオスティアも再制圧された。更にはエトルリア軍の援軍もあって、侵攻してきたベルン軍は撤退していった。これでようやくリキアは平穏を取り戻した。しかしすぐにロイたちはエトルリア軍によって反乱が頻発している西方三島に赴くことになった。当然、何者かが煽った反乱が相次ぐものの、この程度の規模であればリキアの牙の敵ではなかった。
結局、ロイが西方三島に行ったのもベルンに蝕まれたエトルリアの策謀であった。卑劣な罠に合ったロイたちは西方三島でエトルリアとの対決を決断。これで主力のいないリキア本国は危機に晒されることになるものの、彼らはロイの実力を侮っていた。リキアに攻め入る前にロイたちは現地のレジスタンスと合流して、瞬く間に西方三島を解放したのだ。この間にエトルリアでセシリア将軍を中心とした反乱が起きて、リキアどころではなくなったものの、これでセシリアの身が危うくなった。しかしそれは彼女が育てたロイである。すぐさまセシリアが追い詰められているミスル半島に向かうと、辛くも彼女の救出に成功した。その後、一時ナバダ砂漠に入って音信が途切れたものの、すぐさまアクレイアに侵攻して、エトルリアを解放している。だけれども、正直ロイがここまでやれる騎士にまでなるとは私ですら思ってはいなかった。彼もまた時が選んだ英傑なのだろう。
ロイはエトルリア軍の総大将となって、大胆にもイリアとサカの二方面作戦を展開、密かに私たちもサカに侵攻して援護したとはいえ、あっという間に両地域を制圧してしまった。
「す、凄いですね、ロイ公子がここまでやられるなんて。」
ニノも素直にロイの資質に驚いていた。20年も前とはいえエリウッドやヘクトル、リンという英傑を知った私たちから見ても、彼の実力はそれらを凌駕しつつあると言えた。
結局、ロイはその勢いを維持したまま、国王ゼフィールを討ち取り、ベルンをも陥落させてしまった。更にベルンの奥地に行って、何者かと戦っていた情報もあるみたいだけど、さすがにそこまでは私たちも掴むことはできなかった。ロイもそのことに関しては後で明かしてもらうことにしましょうか。
その後、ベルンはゼフィールの妹ギネヴィア王女が王位に就く形で終了した。しかしリキア諸侯同盟は今回の戦いで多くの諸侯が倒れることになり、一方で終戦に貢献したフェレとオスティアの両公国が絶対的な影響力を持つようになった。更にこの両国は終戦後まもなく、ロイとリリーナ婚約が発表されたことで、実質的にロイがリキアの盟主的な立場へとなることになるだけでなく、巷ではリキア統一国家への移行を望む声があがっていた。ならば、私がその後押しをするだけ。
私はラウス侯エリックのもとを訪れた。彼はエルバート卿の件でもダーレンの死で不問にされたというのに、懲りずにロイに立ち塞がりながらも領地の一部没収で済んだという無駄の悪運のいいボンボン貴族。私の一番嫌いなパターンだけど、好き嫌い言ってる場合ではないからね。
「お久しぶりでございます、エリック卿。」
明らかに私の顔を見た途端にエリックの顔が変わっていた。20年前とはいえ、エリウッド殿を介して互いに戦った仲ではある。私が何も言わずとも人払いを命じ、二人きりとなった。
「お前はエリウッドの側にいたミカとかいう軍師だったな。しばらく姿を消していながら、改めて俺に何のようだ。」
相変わらず虚勢を張るから、ボンボンとか言われるのよ。だから私は率直に言ってやった。
「脅迫に参りました。」
これにすぐにエリックの顔が赤く反応するが、構わずに続けた。一度、ボンボンに話をさせると止まらなくなるから。
「少なくともエルバート卿とロイ殿の進軍妨害を今更咎めるつもりはありません。だけれどもあなたにはもう一つ罪があるのでは?」
「な、なんのことだ。」
「どさくさに紛れてタニアを掠め取ろうとしたではありませんか。」
「・・・証拠がどこにある。」
「私は実質的にリキアの牙を掌握しておりましてね。それだけで足りないのであれば、タニアでの戦いを語ってあげましょうか、自称天才軍略家エリック卿の華麗なる負け戦を。もちろん未だにラウス兵の一部を捕えておりますので彼らを引き出しても構いませんのよ。これらを揃ってオスティアにでも出して、タニアが騒ぎだせばさすがのラウスも今度ばかりは危ないのでは?」
「俺を動かすためにタニアを静かにさせているというのか。」
「共にリキアのために動いてくれるという条件で彼らには不承不承黙ってもらっているわ。」
こうなるとエリックはどうしようもなくなる。しかしなおも彼は虚勢を張って、上からの口調を続ける。まぁ、みっともない姿を見せられるよりはマシではあるけど。
「何が望みだ。」
「今度のリキア諸侯会議で、エリック卿にはリキア統一国家とロイ殿の国王就任を真っ先に進上してもらいたい。」
「何だと、リキアの全てをあの小僧に委ねるというのか?!」
「彼は先の大戦で並ぶなき大功を取られた。もはやフェレとオスティアに留まる器でないことは、天才軍略家であるエリック卿でもおわかりでしょう。」
ここでさっきまでへし折った鼻を少し直してあげるスキルもまたセーナ様譲りの話法である。
「・・・・わかった。悔しいが、あの小僧は本物だ。リキアのためならばそれも止むを得まい。」
もっともらしい言葉を言っているが、彼は痛いほどに唇を噛んでいた。思いのほか、楽にエリックは私の言うことを聞いてくれたことに満足して、足早にラウス領を後にした。
もっとも私のエリックへの脅迫は無駄に終わった。例のリキア諸侯会議で真っ先にロイが自らの口で統一国家の建設を諸侯に打ち明けたのだ。その後は予定通り、ロイと敵対した過去を持つエリックが賛意を示したことで周りも一気に賛意へと傾いていき、最終的にロイを国王とするリキア王国への統一が決定化された。それにしても良い意味で私の期待を裏切ってくれるロイ殿は私でも図りしれない英傑になっていたようね。
それでは私の方も覚悟を決めないといけないわね。リキア統一国家の発足後、私はまたニノたちにリキアの牙を預けて、サカの懐かしい場所を訪れた。年を取ってはいたけど、そこには懐かしい顔が待っていた。
「久しぶりね、ミカ。」
「リン、久しぶりに会えて私も嬉しいわ。でも・・・」
苦みを含む表情する私にリンは昔と変わらない笑顔で言う。
「あなたが皆まで言わなくていいわ。わかってる。あなたが『運命の鍵』を取りに来たことを。そのために私と戦いに来たことも。」
そう、リンはセーナ様が使った最強の剣『運命の鍵・キーオブフォーチュン』を代々守ってきた一族の末裔だったのだ。ちなみにその祖は時空剣の継承者・マーニにあたる。
「この『運命の鍵』は世界の運命を導くためにあるもの。それゆえに天に選ばれし者であるかを見極める必要がある。あなたがその人物を見定め、これを持っていくのなら、私はあなたの親友であっても剣を向けなければいけない。」
リンは気丈にもソウル・カティを私に向けてきた。わかっている、やらなければ彼女も満足してくれないことを。
「リン、こんな形で戦わなければいけないなんて皮肉ね。でも負けるわけにはいかない。」
私も久しぶりに魔法剣を作り上げた。魔法剣・ボルガノン、久しぶりにしては少々魔力が重いけど、リンが相手ならこれくらいの魔法剣を用意しなければ負ける。
『いざ!』
私とリンの死闘が始まった。
ずっと側で見ていたけれども、やっぱりリンの剣は速くて綺麗だった。いや、前よりもずっと澄み切った斬撃を放ってくる。剣の戦いでは彼女に一日の長があるから、どうしても魔法で補う必要がある。しかしリンの剣技は私に詠唱の暇すら与えてくれない。
「どうしたの、ミカ。あなたはこんなものなの。」
気がつけば彼女の斬劇が私の肩を切りつけていた。ただし、力のない彼女であるから、傷を付けるに留まった。でもおかげで私の戦術も決まった。ここで切り付けられた肩を犠牲にして、片方の手でリンの剣を刃ごと掴む。
「えっ!」
そして空いた片手で一気に魔法を解き放った。
『スピード・トローン!!』
私だって無駄に眠っていただけではない。詠唱を極限に短くしたスピードサンダーを更に進化させ、トローンでできるようにしていたのだ。これで一気にリンが吹き飛んだ。肩から血を流しながらも私は一気に攻める。
『エルファイアー!!』
まだ態勢を立て直せなかったリンにこの火焔が直撃する。これで勝負があった。
息も絶え絶えになりながら、リンは口から血を吐いていた。どうやら長い草原生活が体を蝕んでいたらしい。そこに私の波状攻撃をくらったものだから、症状が一気に悪化したみたい。
「ゴホッ、見事だったわ、ミカ。あなたがロイに『運命の鍵』を届けたいという意思が凄く、ゴホッ、伝わってきたわ。」
「リン、あなた、そんな体で私と?!」
「昔に言わなかったっけ。私はベットの上じゃなく、この草原の上で死にたいって。ゴホッ、ゴホッ、・・・ようやくその願いが叶う、しかもあなたの目の前で、それも一族の使命を終わらせる形で。」
そして激しい咳き込み共に、一段と酷い喀血を起こした。
「ミカ、ゴホッ、あなたの望み通りに『運命の鍵』を持っていくといいわ。ロイにはあの剣が守ってくれる。ゴホッ、ゴホッ、だけど、二つお願いがある。」
私は静かに頷いた。少しずつだけどリンの姿が涙でぼやけてきた。
「一つ目は何が何でもロイを支えてあげること。昔のように急に風のように、ゴホッ、ゴホッ、いなくなったら承知しないからね。」
当然私は力強く頷く。リンも軽く頷いて、さっき私の肩を斬ったソウル・カティを差しだした。
「あと、ゴホッ、ゴホッ、これを時空剣の継承者に。ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ、私たちの一族は、ゴホッ、途中で時空剣の継承と、ゴホッ、ゴホッ、『運命の鍵』の守護をそれぞれの一族で分け合った。」
リンの容体が急速に悪化しているが、私は心を鬼にしてリンに聞く。
「わかったわ。けど時空剣の継承者って誰なの?」
「ふふ、あなたも共に戦ったことはあるわ。・・・それに大丈夫、いつかあっちから姿を出してくるわ、ゴホッ。」
「リン!」
「ミカ、ロイをお願いね。そして・・・絶対に世界を救ってあげて!!」
それがリンの最期の言葉であった。彼女はその命を草原の上で燃やし尽くした。
「リン・・・。必ずその約束を果たしてみせるわ!」
そしていよいよ私はリンから受け取った『運命の鍵』をロイに渡す時がやってきた。その瞬間から負けられない戦いが再び始まることになる。
ニノと共にオスティアまで出向き、まずはエリウッドに会うためにオスティア宮殿を進んでいく。すると、玉座の間から1人の少女とお付きの騎士が出てくる。本来ならばエリウッドのもとに行かなければならないのだけど、自然とその少女を見て、口が動いていた。
「そこの女性、もしかしてお名前は・・・。」
蒼髪の少女はしずかに私を見た。どこからか逃げてきてロイに助けを求めに来たのだろう。しかしロイとて可憐な少女だからといって無条件に助けるわけにもいかないから、しばらくは宮殿において様子を見る、という結論にでもなっていたのでしょう。憔悴しきったその表情を見ても、どこか怯えているように思えた。しかし誰かも知らない私の問いに、その少女は静かに口を開く。
「わ、私の名前ですか?セーナ、遠く異大陸から来ましたヴェスティア皇女セーナと申します。」
この出会いが第二次となる世界大戦の引き金となるのであった・・・。