塔の麓に設けられたセーナ軍陣地に戻ってきたセーナたちはそれぞれのテントに戻って、短い睡眠を取った。そして夜が明けると、セーナとルーファスは諸将を呼び出して軍議を開いた、大陸の運命を切り開くことになる運命の軍議を。
「さて、まずはこの大陸のことについて知っているものは少ないだろうから、アジャスから報告を頼むわ。」
実はこの頃にはセーナはもう一つの情報源サブちゃんからの情報を断っていた。ナバダのことを知られたくないのもあるが、情勢もかなり立て直してきており、アジャスも度胸の据わった諜報術を駆使してラグナ軍について良質な情報を得られるようになっていたからだ。そしてその情報源となる人物がアジャスに促されて入ってきた。このあたりに住む先住民族の長老だという。
錚々たる面々に囲まれて、落ち着かない長老にセーナは隣まで駆けつけて落ち着かせる。ただし言葉は通じないからアジャスが間に入る。
「私たちはあなた方を害すつもりはありません。あなた方が希望すれば共に生きていくことも歓迎しますし、干渉されたくなけれ私たちもこれ以降は手出しはいたしません。」
しかし長老は敢えてセーナたちとの共存を望み、あろうことか若い衆50人を後日応援に駆け付けるとまで言ってくれた。アジャスが情報を取得するために色々と食糧やら生活品やらを提供していたこともあって好意的に見ていたのだ。
そして長老は言う。
「北、東、南それぞれの部族で竜たちとの対応は異なってます。北の部族はミューという竜との間で相互不干渉が取り決められており、その約束から我らの誘いにも乗ってくれないでしょう。一方で東はかつてはラグナと戦ってはいましたが、敗北を喫して今ではラグナと共に戦う道を選びました。もちろん我らの言葉も聞いてはいただけません。」
ここで必死にメモを取っていたアジャスに配慮してか、長老は間を置いた。どうやら二人の間ではそれなりの信頼関係が出来あがっていたらしい。それに気づいたアジャスが苦笑して先を促した。
「逆に南では元々、皆さま方と交流していただけでなく、サウスエレブ壊滅の際に南の部族が巻き込まれたことで反ラグナで一致しています。今はネクロスとかいう竜がいるので、表立って動いてはいませんが、我らの言葉にはすぐ乗ってくることでしょう。」
貴重な情報が得られたことに満足したセーナは長老の手を握って感謝した。当の長老は顔を赤らめながら退出していく。
(さすがは人好きのするアジャスね。ゼロには悪いけれど、さすがにここまで早く現地民との繋ぎが取れたのも彼だからね。)
そう心の中で思っていながら、セーナは自席に戻って行った。
「ルーファス、今の情報を元にどう動く?」
ちなみに今のセーナ軍は兵の数は実は10万どころか5万にも満たない。セーナがヴェスティアから連れ出してきた30万の大軍も、ヴァナヘイムの治安回復のためにその大半を残していた。しかも兵の半分は接近戦に自信がついたとはいえ、弓兵揃いのバイゲリッターである。ただし兵の数の割に八神将に示されるように将の質と量は申し分ない状態である。こういう問いを想定していたのだろう、ルーファスの答えは明快であった。
「相手がわかれているのであれば、我らも別れて進撃をするべきかと。」
幸いこちらの軍勢は皆、一騎当千の勇者たちばかりである。戦力的には分散しても問題はないと見ていた。周りのものも同意なようでハルトムートやローランは首を縦に振っている。それを見たセーナが更に聞く。
「皆も同じ意見のようね。では更に聞くわ。何方向に分ける必要がある?」
「5方向です。まずこの地で各方面からの情報をまとめて指示を出す者、そして先ほどの長老が仰られていた北方(後のイリア)、東方(サカ)、南方(リキア)を攻略する者。そして最後は、後方にある三つの島からなる諸島(西方三島)を確保する者です。」
ルーファスの言うことは兵法の基礎であるが、竜を相手にはむしろ上策であった。
「皆はどう?」
セーナの問いに真っ先に応えたのは先ほど首を縦に振ったハルとローランであった。
「今が最大の好機だと思います。ここは攻めるべきかと。」
「同意だ。各戦力は薄くなるが、それは相手も同じだからな。」
バリガンやハノンも静かに頷いている。エリミーヌは元からルーファスの意に反するつもりもないし、テュルバンにもそれだけの思考があるのかは正直なところ疑問であった。
「では各方面の大将を決めたいのですが、ここは立候補していただきたいと思います。」
真っ先に名乗りをあげたのはやはりローランであった。
「私が南方攻略をやりましょう!」
これにハルトムートが立ち上がる。
「おっし、ローランがその気ならば俺が援護してやる。」
セーナはローラン1人では正直なところ不安でいたが、ハルが名乗り出てきたことで多少は迷いも晴れた。更に、
「私からもブラミモンドを貸しましょう。貴重な諜報を担う役目があるから、常時というわけではないけど、必要な時にはいるようにするわ。」
ちなみに当のブラミモンドは姿は見えないが、同席はしている。この軍議を盗み聞きされないよう、周りを見張っている。
「ではお願いします。」
ルーファスが言って、南方攻略は決まった。
「それでは私が東方攻略を務めましょう。先ほどの話だと、先住民との戦いになりそうですから、あまり倒すことなく力を見せる戦いが必要となるでしょう。そういう戦いならば、私にお任せあれ!」
名乗り出たのはハノンであった。
「ハノンが行くのなら私も手伝いましょう。」
母ラケルも付いていくと手を挙げた。これに面白そうだともう一人名乗りです。
「弓兵ばかりで面白そうだな、俺も付き合わせてもらおう。」
そう言ったのはホームズであった。これで東方攻略もそれなりの面々が揃った。これで満足したものの、セーナは念のため忠告しておく。
「もしかしたらラグナ軍からも竜の部隊を送ってくるかもしれないから気を付けて。何かあればすぐに援軍を頼むことよ。」
これにハノンが頷いて、東方攻略は決した。
そして最後は北方である。聞けば吹雪が吹きすさぶ中で、実質的に四竜神の筆頭になったミューを相手にするだけあって、最も苦戦が予想される戦線である。しかしここも1人の勇者が名乗りをあげた。
「北方は私にお任せあれ。」
バリガンであった。そして彼の意気に感じ入ったのかはわからないが、思わぬ人物が彼の助力を申し出る。それがセーナであった。
「ならば私が援護しちゃおうかしら。」
これにはルーファスが驚いた。
「えっ、セーナ様はここを残っていただきたかったのですが。」
「ここに残るのはあなたの仕事よ。戦うのが私の仕事。・・・まぁルーファスの心配もわからないでもないわね。だから、ミカ、レイラ、あなたたちも北方に向かうこと。これでいいでしょ。」
こうして北方攻略軍はバリガンを主将にして、ヴェスティア三聖女が付き従うという主従関係が逆転する構成となる。
更にセーナの一言でルーファスがこの地に残ることが決まったので残るは後方を固める軍勢を誰にするかとなる。
「・・・俺・・・・行く。」
片言ながらも断固たる口調でテュルバンが名乗りをあげた。だが彼は戦闘力は申し分ないものの、それ以外の部分に関しては正直言って未知というよりリスクの方が大きかった。しかしセーナはあまり気にしていなかった。
「テュルバン、ではあなたにお願いするわ。かの地ではナバダの枝組織がラオウ軍の残党と戦っているから、彼らと協力すること。そうね、アトスを側に付けるわ。」
同じPグリューゲル叩き上げの同僚であるアトスならば、常人では難しいテュルバンとのコミュニケーションが取れることができる。その上でリディアを彼らと合流させることができるので最適な人選であった。
そして1週間ほどの休息と各戦線間の打ち合わせ後に、ついにセーナたちが動き出した。迎え撃つのはラグナ四竜神の残り二人・ネクロスとミュー、そしてラグナもようやく精鋭ラグナ神軍を動き出すとの報せも入ってきた。ついにセーナとラグナたちの戦いは佳境を迎える。