リキア王ロイはリーベリア大陸へ向けた第一次南征を決断した。しかしいくらロイが優れた器量を持っていても、国力はレダやサリアとはリキア単独ではとても相手にならない。最低でも周辺国の援護が必要であった。そこでロイはかつての戦友たちを集めることにした。
イリアでもまたリキアのような統一国家の建設が進められていた。その中心にいるのはイリア傭兵騎士隊長のゼロットである。妻のユーノ、義妹にあたるティト、シャニー、そして先年の戦いで実力と名声を付けたノアとトレックもそれを支えていた。そんな中でロイから傭兵依頼が届いていた。ゼロットは異大陸での戦になることと、ロイの軍師ミカから届いた密命にも対応することから、リキアに送り出す人物を義妹ティトとシャニーに指名した。
「シャニー、そんなに物を持っていってどうするの?!必要なものはオスティアで用意されるとロイ様が仰っていたでしょ。」
ティトの怒声が響く彼女たちの家にひと組の男女が訪れた。
「あのぉ、ティト殿、シャニー殿。」
旅の準備をしていたティトたち姉妹はこの声でようやくお客の訪問に気付いた。
「あ、フィルさんに、ノア殿じゃないですか?!お見苦しいところをお見せしました。」
フィルと一緒に来た恋人のノアが言う。
「いえ、こちらが勝手に訪れたものなので気になさらず。」
同じイリア騎士団の一員だが、未だに傭兵騎士団と天馬騎士団とでは厳密には独立しているためか、まだまだ余所余所しさは残っている。もっともシャニーはそんなことを気にする性格ではないが。
「それで、今日は何か私たちにご用でしょうか?」
ここでフィルが身を乗り出してきた。思わずティトとシャニーも内心で身構えた。
「実は私もお二人に同行させていただきたいのです。」
これにはティトとシャニーも戸惑うしかなかった。先述したように恋人のノアはイリア残留組で決まっていた。確かにフィルの処遇についてはゼロットが決めることではないので自由ではあったものの、フィルの言葉通りにすればノアとしばし分かれることになるのだ。いや、しばしという程度で済めば良いのだが。
「フィルさん、せっかくノアさんとの生活も落ち着いてきたというのに、リキアに行くとなれば数年は会えないかもしれないですよ?」
シャニーがフィルに聞く。が、答えはノアから出てきた。
「そのことは私からも言いましたよ。でも、彼女はやらなければならなければならないと言って、聞かないんですよ。」
と言って、軽く頭をかく。ティトは彼の内心の複雑さを見せまいとする心に同情していた。
実はティト、リキアに恋人がいる。ロイの直臣アレンである。すでに婚約もしていて、もうすぐリキアに嫁入りすべく準備も進めていた。とはいえリキアとイリアではさすがに距離があるため、二人は年に1月ほどしか会えていなかったのだ。だからノアとフィルには別の道を歩んで欲しくなかったのだ。
余談だが、籍を考えれば彼女はリキアの天馬騎士として参戦しても良かったのだが、ロイは傭兵を生業とするイリアのことも考えてイリア天馬騎士団として雇う配慮を示してくれていた。恋人と共に戦え、かつ、故郷のためにもなるこの戦いはティトにとってはまさに渡りに舟であった。なお、先年の戦いではロイ軍のアイドル的存在だったシャニーだが、意外にもまだ良縁には恵まれていなかった。
ともあれ、そんな思いを秘めたティトもフィルを諌めていたが、共に戦えると単純に喜ぶシャニーと、既にフィルの説得に折れたノアがいる状況ではどうしようもなかった。
「・・・そこまで言われるのであれば仕方ありません。ただし私たちはフィルさんをオスティアに連れて行くだけです。ロイ様へはフィルさん自らが談判されてくださいね。」
あくまでフィルはロイから雇われていない旨を強調して、あくまでオスティアまでの移動を共にするまででティトは妥協した。しかしフィルはそれで問題なかった。
「ティト殿、ありがとうございます。」
こうしてティトとシャニーに、フィルも加わったイリア美人三人衆はリキア・オスティアへと飛び立っていった。
一方、サカではクトラ族長となったスーが代表して、リキアに向かうことになっていた。援軍を依頼しに来たロイの使いと共に母の墓前で新たな戦いへの船出を報告する。
「母上、また戦いに行って参ります。どうか草葉の陰から見守りください。」
簡単に挨拶を終えたスーは使いの女性・ミカとじっくりと墓を磨く。そして墓碑にはリンディスの名が刻まれている。
全ての用事を終えてゲルに戻る途中、ミカがスーに言う。
「しかしスー殿、どうして母君の仇である私を彼女の墓に案内してくれたのですか?」
だがスーは迷いもなく言う。
「仇などとはとんでもない。あなたは母の望みを叶えてくれた恩人、それを遇するのは娘たる私の役目。」
ミカとスーとの付き合いはミカがリンを看取った直後から始まっていた。当時も最悪の展開を覚悟していたミカだが、今のスーを見てもわかるように彼女はミカの手を取って、むしろすぐに連絡してくれたことを感謝したほどであった。娘であるスーは母との再会後、草原の上で死にたいという望みを叶えるため、敢えて草原のゲルに住まわせていた。高齢となったリンには体がこたえることからブルガルに住まわせる意見もあったが、スーはその声に一切耳も貸さなかった。あくまで草原に生きる母を尊敬していたからこそ、スーもまた草原に生きるものとして母を遇したのだ。だからミカとの戦いで死亡したことに対しても、悲しみはしたものの、それが宿命だったと割り切っていた。それがスーという女性であった。
「ミカ殿、母のことは気になさらないでください。あなたはあなたの使命を果たしていけば、それで母は満足してくれます。役に立てるかはわからないけど、私も必ずやあなたをお助けいたします。」
スーは決然とした瞳でミカを見つめている。かつてのハノンも似たような目をしていたが、改めて見つめられるとやはり頼もしく見えた。
「スー殿、ありがとうございます。」
こうして、約束を果たしたミカは静かにサカを後にする。
リキアに入ったミカに対して、彼女を狙う影があった。
(あれが噂に聞いた理を外れた女魔道士ミカか。15年前まではエトルリアの闘技場で暴れまくってもいたみたいだしな。)
その少年魔道士は誰かに似た緑色の髪をしていた。
「お前、ミカだな。今度、ロイの軍師に居座って、何を企んでいるかは知らないが、俺がその素性を暴いてやる!」
『ノスフェラート!!』
強力な闇の波動がミカを正面から捉える。しかし炸裂する直前、ミカの魔法防御はその波動を打ち消した。
「フン、やはり簡単にはいかないか。だが、そうでなくちゃ、面白くない!」
『イクリプス!』
闇の紋章がミカを取り囲む。しかし今度はミカが魔力を放射すると、あっさりと闇の紋章が破壊された。
「あなたの魔力、どこかで感じたことがあると思っけど、その髪の色でわかったわ。あなた、レイでしょ?」
「フン、俺も有名になったもんだな。そうさ、俺様がロイ軍の最強魔道士レイだ。」
「その程度の魔力で最強だなんて、ロイ殿も見る目がないわね。何なら今ここで魔力の使い方というものをお見せしましょう。」
そしてミカは一気に瞳を閉じて、魔力を解放する。凝縮されていく魔力の精度の高さにレイは思わず驚き、そして興奮していた。
(わずかに間にここまで魔力を集めるとは・・。間違いない、こいつは大賢者アトスにも匹敵する魔力を持っているな。)
そう思っている間にミカの魔法の詠唱が完了する。
『エルファイアー!』
あのリンとの戦いで放ったものよりも桁違いに密度を増した炎がレイに襲いかかる。
「グッ!」
レイは自身の魔力を魔法防御に当てて、ミカの火球を食い止めようと試みるものの、やはり今まで戦ってきた相手とは魔力の質そのものが違っていた。気が付けばレイはミカの火球に吹き飛ばされていた。
次にレイが目を覚ましたのは、とある部屋の中であった。
「ようやくお目覚めね。全く口ほどにもないんだから。」
ミカの声にようやくレイの意識も覚醒した。
「お前が異常なだけだ。・・・それよりもここはどこだ。」
「リキア領タニア内にある、『リキアの牙』本部よ。」
「リキアの牙ってサカで戦っていた時に紛れこんでいた奴か。」
「そういうこと。私はここの軍師も務めているのよ。・・・それよりもあなた、ベルン国境近くの孤児院で育てられたでしょ?」
急なミカの問いにレイはあまり考えもなく頷く。
「あなた、母親に会いたいとは思わない?」
思わぬ問いにレイがキョトンとする。
「何っ?」
しかしレイの答えを待たずして、ミカがドアの方に声をかけた。
「ニノ、入ってきて。」
そしてニノが部屋の中に入ってきた。いつもの明るい顔も心なしか緊張しているのがよく分かった。
「レイ、あなたの母親が彼女よ。もっともあなたは彼女のことを憎んでいるのかもしれないけど。」
ミカも当初は子供たちを孤児院に置くことには反対していた。しかし、かつて共にエリウッドの下で戦っていた時の悲劇を考えると、ニノの決断も仕方ないとも思ってた節もあったから、結局はニノの選択を尊重した。
「でもね、あなたも聞いてるとは思うけど、あなたたちの名前はニノが考えたのよ。まだ満足に文字の読み書きすら出来なかった彼女が、あなたたちのために懸命に考えてつけたのがルゥ、レイだった。」
レイはニノが入ってきてから、何も言っていない。じっとニノとミカの間で視線を動かしているだけである。さっきまで不敵な言動をしていたのが嘘みたいである。
しばらくしてニノがようやく口を開いた。
「レイ、私はあなたがロイ様の軍でルゥと共に活躍していると聞いて凄く嬉しかった。」
それは母親らしい言葉であった。これレイが反応する。
「・・・どうして俺たちを捨てたんだ?」
それをミカが説明しようとしたが、敢えてニノが止めた。自分の、母としての役割を今、果たすべきだと思っていたのだ。
「・・・私はリキアの牙の前身『黒い牙』の創始者ブレンダン・リーダスの娘として育てられた。」
そこからはニノの過去が延々と語られる。ゼフィール暗殺未遂から黒い牙に命を狙われ、一緒に育った二人の兄との戦いを経て、死んだはずの二人の兄・養父との哀しき死闘、到底真実とは思えない内容をレイに話していく。自分の下に置いておけば、また同じ思いをさせてしまわないとは限らない。だから二人を孤児院に預けた。
「許してくれるとは思ってない。でも、真実だけは知って欲しかった。」
それがミカがレイを連れてきて、ニノが全てを話した理由である。
「ごめんね、レイ。私はそろそろミーティングの時間だから行くわ。また会いたければ呼んでね。いつでも出向くわ。」
そう言って、ニノは部屋を後にしようとドアに近づいた。それに反応してレイが口を開く。
「待て、一つ頼みがある。」
ニノはレイに振りかえる。
「俺をリキアの牙に加えて欲しい。」
「えっ?!」
これにはニノも驚いた。
「か、勘違いするな。俺は世界一の闇魔道士になるために、お前たちに興味があるだけだ。決して、か、母さんを守るとか、そんなんじゃないからな。」
顔を赤らめるレイの姿に、ついミカはくすりと笑っていた。謹厳な彼女も今の言葉で内面に併せ持つ優しさに気付き、彼のことを認めたのだ。そしてニノも彼の言葉に目を赤くしていた。
「レイ、ありがとう。」
ドアの前まで言っていたニノは思わずレイまで駆け寄って抱きしめていた。
感動の再会の翌日、ミカはニノに頼んで自身の助手としたレイを伴ってオスティアまで一気にワープで飛んでいった。
「おお、ミカ殿、お待ちしておりました。ロイ様もリリーナ様もおられないので、どうしたら良いのか困っておりました。・・・って、そなたはレイではないか。」
いきなり泣きついてきたのはマリナスであった。今回の戦でも兵站を始めとする後方支援を担うことになっていたが、今は彼の言ったようにロイもリリーナも不在なため、リキア内外から集まってくる諸将の対応に忙殺されていた。
「おっさん、また髪が薄くなっただろ?」
「やかましいわい。・・・とりあえずミカ殿、申し訳ないが、代わりに応対をお願いします。」
すっかりミカはロイの部下たちに頼られる位置に就いていることがこのやり取りからも伺える。
「わかりました。あ、そうそう、彼も当面は私の助手として一緒にいてもらうことになりましたから。」
「な、こやつをですか?」
驚くマリナスに、レイは不敵な表情を浮かべていた。
ともあれ、ミカは集結していた諸将に挨拶をしていく。皆、ロイと戦っていたものたちだが、ミカのことはほとんど知らないため最初はやはり怪訝な表情を浮かべていた。そのため、まずはミカから挨拶をする。
「私が今回、ロイ様の軍師を務めさせていただきますミカと申します。エトルリアにおりますロイ様に代わり、お集まりいただいた皆さまには御礼申し上げます。」
まずはイリアから来たティト・シャニー姉妹が到着の挨拶を行った。
「イリアから参りましたティトと申します。こちらは妹のシャニーです。」
「よくぞ、遠いイリアからお越しいただきました。今回の戦いではお二方には期待させていただきます。」
「傭兵ならば当然のことでございます。それよりも私をイリア傭兵として雇っていただいた配慮には感謝の言葉もございません。」
「故郷を思う気持ちは素晴らしいことです。そして新しい家族のために戦えることになれば、きっとあなたも戦いやすくなるだろうと考えただけですよ。」
その言葉に傍らのレイが少しだけミカを見た。
(そういえば、こいつの家族はどうなってるんだ?確かに性格はキツいが、一応美人だというのに全然話を聞かないな。)
そう思っていたら、いつの間にやらティトたちとの会話が終わっていた。
「あ、そうそう、ミカ様。実は、私たちの他に、もう一人、お連れしてきたのですが、お会いいただけますでしょうか?」
すっかりティトとシャニーのことを気に入ったミカは首を縦に振る。そして出てきたのがフィルだった。
「フィルと申します。勝手ながら、私もロイ様の軍旅に同行させていただきたく参上いたしました。」
その幼い顔立ちにミカは20年前に戦った女性剣士のことを思い出した。
「もしかして、あなたはカアラ殿のご息女か、親戚ですか?」
これに驚いたのが同席していたエリウッドであった。もちろんフィルも同じである。
「母をご存じで?」
「もちろんです、共にエリウッド様の下で戦った戦友ですからね。ね、エリウッド様。」
ミカの問いかけにエリウッドが頷く。この間、何か考え事をしていたミカは思い出したことがあったのか、エリウッドに言う。
「エリウッド様、彼女も一緒に雇っていただけないでしょうか?私に考えがありますので、ここにいるレイと共に側に置いておきたいと思っております。」
これには自分からお願いをする予定であったフィルの方が驚いた。
「一応、ロイに聞く必要はあるが、彼女であれば問題ないであろう。フィル殿、私からも頼む、ぜひとも力になって欲しい。」
「とんでもございません。ありがたき幸せにございます。」
まだミカは彼女が『時空剣の継承者』であることは知らない。しかしリンの遺した言葉から、彼女がそうであることは半ば確信していた。
続いて一見すると海賊と山賊のような二人がミカの前に現れた。
「へなちょこ水軍を率いてまいりましたギースと申します。ロイ様から直々のご指名をいただいたと聞いて、輸送船50隻と共に参りました。そしてこちらは部下のガレットです。」
ギースはエトルリアを中心に海運をしていたものの、戦乱で海賊に落ちぶれていたところでロイ軍に加勢した。一方のガレットはミスル半島近辺で山賊をしていたものの、リリーナの純真さに毒気を抜かれてロイ軍に加勢し、戦後はギースの配下で水兵となっていた。
「今回の戦ではお二方の働きが鍵となります。その分、活躍された暁には更なる恩賞をお約束致します。」
義を謳う海賊だったギースとて、今はまずは水運業を軌道に乗せるために実績と資金がやはり必要であった。それをミカが提供してくれ、更にチャンスまでくれるのであるから彼としては申し分なかった。ミカにしてもギースは数少ないエレブ大陸外を知るものであったから、期待していた。
「リーベリアもユグドラルも共に航行経験はございます。海の向こうの野郎どもに一泡吹かせるのはかなりシビアではありますが、まぁお任せ下され!」
胸を叩いたギースはガレットを促して下がって行った。とりあえずこれでリキア国外から来た客はメドがついたので、ミカはエリウッドと図って夜の宴会の準備を整えることにした。
一方、ミカの言う通りにエトルリアに行っていたロイとリリーナは同国の魔道軍将でもあり、二人の師でもあるセシリアと会っていた。
「こうして三人だけでお会いするのは久しぶりですね。」
ロイがしみじみとした感想を述べる。
「ふふ、気が付いたらロイもリキアの国王になるんだから、年は取ってみるものね。」
しかしセシリアは真顔に戻った。エトルリア魔道軍将とリキア国王の会談となった瞬間である。
「色々と聞くと、リキアは何やら南方に遠征するために、イリア、サカ、ベルンから援軍をお願いしているみたいね。」
「やはりエトルリアを仲間外れにしている理由が聞きたいということでしょうか?」
ロイもすっかり国王としての顔になっているあたりはセシリアも内心では驚いていた。
「ええ、その通りよ。やはり西方三島が原因かしら。」
今のエトルリアは周りが思っているほどに盤石ではなかった。エトルリアの影響力が失墜していた西方三島は、ロイがエトルリアと対峙した際に共闘したレジスタンスの手によって事実上、制圧されていた。今はその代表エキドナとエトルリアの間で独立交渉が行われている。新しく国王についたミルディンと、セシリアやパーシバルらは独立を容認しているものの、肝心の利権を放棄することになる文官や貴族衆からの反発が激しく、一部では傭兵を雇って王家を牽制するものさえいる始末であった。
「セシリアさんには申し訳ないですが、明言は避けさせていただきます。」
しかし瞳はしっかりと肯定しているようにセシリアは見ていた。ふぅとため息をつく彼女に、重い空気を払うべくリリーナが話題を転じた。
「そういえばミカさんて、セシリアさんの師でもあったんですよね?」
「そうよ、三か月の間だったけどね。フラッと現れて私を試したと思ったら、急にアクレイアの郊外に来いなんて言われたわ。」
これにはリリーナもロイと共に苦笑する。すぐにその光景が浮かんだらしい。
「あの人らしいですね。しかしそうすると、あの人は何歳になるんですか?」
ロイの疑問に、セシリアが人差し指を口の前で立てる。
「ロイ、気持ちはわかるけれども、女性に年齢を聞くのはダメよ。デリカシーがないところは相変わらずなんだから。」
たしなめるセシリアにクスクスと笑うリリーナであるが、しかしロイと同じことは確かに思ってはいた。
「でも、ロイが思うことも仕方ないじゃないですか?私たちの前に現れたミカさんはセシリアさんと同じか、若くさえ見えましたよ。」
ちなみにセシリアはミカからの直々の特訓を受けた後は彼女と会ってはいない。というよりセシリアの目の前から完全に姿を晦ましていた。
「リリーナの言った言葉が本当ならば、きっとミカは年を取っていないんでしょうね。」
しかしロイはやっぱり納得していなかった。
「そんな人がいるんですか?」
改めて聞いてくるロイにセシリアは「これは秘密よ。」と前置きをして続ける。
「先代の魔道軍将から聞いた話だと、20年前のラウスの乱の時に八神将のアトス様とブラミモンド様にお会いしたことがあるらしいの。」
「・・・本当ですか?」
「真実よ。それに、先代の魔道軍将の方はエリウッド様の側にいたミカからアトス様とよく似た魔力を感じていたそうよ。」
それを聞いたリリーナとロイは思わず顔を見合わせた。
「まだ仮説の域を出ないけれども、人の中にある魔力がある量を超えると理を超越した存在となる説があるわ。私は八神将のアトス様やブラミモンド様がそうだったようにミカも理を超越した存在になっているんだと思う。」
しかしさすがに一同はミカがアトスの母だとまでは思っていなかった。
「理を超越・・・。」
またリリーナとロイが見合っている。
「まぁこのあたりはミカ本人に聞いてみることね。あっさりと教えてくれるかもしれないわよ。」
そしてロイもリリーナも同じタイミングで頷いた。このあたりの呼吸の合わせ方はさすがに良き夫婦と言えた。ついセシリアもこの夫婦を見ていると心が和んでいた。しかしロイにはしっかりと釘を差しなおすことを忘れなかった。
「ロイ、あなたはもう少し女性の立場に立って聞くことも忘れないように。」
これには後に英雄王と称えられるロイもたじたじであった。
しばらくの談笑の後、ロイたちはリキアに戻るため、セシリア邸を後にする。セシリアの見送りを受けたロイはあることを思い出した。
「セシリアさん、大事なことを忘れていました。ミカからセシリアさんに言伝がありました。」
「?」
「昔みたいにたまにはアクレイアを離れるのもいいものですよ、と。」
「・・・思い当たる節はあるわ。彼女にはわかったと伝えて。」
そう言ったセシリアの表情は今まで最も苦渋に満ちていたが、ロイもリリーナもそれ以上は何も言えなかった。それを察してセシリアが二人を改めて見送った。
「さぁさ、あなたたちもリキアに帰りなさい。皆が待ってるんでしょ。遅くはなるけど、いずれ私たちも押しかけさせてもらうから。」
同じ日の夜、オスティア城のバルコニーで南東の方角を見つめるミカの姿があった。
「何を1人で黄昏れているんだ?」
声を掛けたのはエリウッドであった。
「このバルコニーの風景を見ていると昔を改めて思い出すもので。」
「そういえばウーゼル殿から聞いたことがある。この城はヴェスティアの町並みをできるだけ再現できるようローラン様が設計されたと。」
「ヴェスティアもオスティアも防備に適した、歴史の浅い都市ということもあれば、自然と似てはくるものです。」
「ふふ、相変わらず手厳しいな。」
「これが性分なもので。申し訳ありません。」
「いや、それでこそミカではないか。記憶が戻ってもそこは変わらなくて安心したよ。」
エリウッドはそう言いつつも苦笑いをしている。
「それよりもエリウッド様こそ、これからはオスティアの留守をお願い致しますよ。」
「わかっている。オスティアとリリーナに何かあれば、君だけでなく、ヘクトルからも怒鳴られそうだからな。」
これにミカは噴き出した。
「違いありませんね。」
しかし更に二人の背後から女性の声が飛んできた。
「そんなことはすご腕天馬騎士たる私がさせないのでご心配なく。」
それはリリーナの母でもあるファリナである。彼女は実質的にはヘクトルに雇われてエリウッドとミカの下で戦っていた過去を持つ。
「ファリナ殿・・・、まさか天馬騎士に復帰されるのですか?」
ファリナはミカの問いに頭をかきながら照れてみせた。
「あの、ティトとシャニーって娘たちを見てるとね、どうしても昔を思い出しちゃってね。あ、でも槍捌きならば、しばらくはウェンディと手合わせしてたから、大分戻って来たわよ。」
(ウェンディもやりづらかっただろうな。)
エリウッドの苦笑する顔を無視して、ファリナがミカに迫る。かつての戦いの時はミカの立てた戦略に従わずに衝突していたことの多い二人ではあったが、年を経て妙な団結力を見せていた。
「ね、そういえばあの二人の契約金はいくらだったの?さすがにすご腕天馬騎士たる私の2万は超えないわよね?」
相変わらずお金に関する執念は捨てられないようで、ミカも苦笑していた。
「ティトとシャニーのこと?とりあえず契約金としては二人で10万は出したわ。」
「へ?」
「当然でしょ、彼女たちは姉妹でイリア1、2を争うファルコンナイト。あなたを雇った時は一人前の天馬騎士ではあったけど、いかんせん経験量が違いすぎるでしょ。」
「ううう、じゃあ、今の私ならいくら払うの?」
そこはきっぱりとミカは言う。
「5千・・・・払ってもらいたいくらいだわ。」
「・・・前言撤回しようかしら・・・。せっかくあなたにとって懐かしい人をもう一人紹介しようとしたのに・・・。」
しかしそこはミカであった。彼女の思惑など当に察していた。
「ラガルトのことでしょ?あなたが密かにオスティア諜報衆とは別の諜報衆を持っていたことなんて、私が知らないとでも思ってた?」
ラガルトは黒い牙の古参中の古参で、当時のニノもラガルトおじさんと呼んでいた。義賊時代の黒い牙を知る数少ない人物だった。だからニノが黒い牙を復活させたら、すぐに戻ってくると思っていたものの、結局彼は戻って来なかった。それは彼が新しい主を見つけたからとミカたちは判断した。ただしそれがまさかファリナだと判明するには更に20年の時が必要だった。
「先年の戦いであなたはいち早く、ヘクトルの死を知り、オスティア貴族衆の怪しい動きを察知して、イリアへ脱出した。あなたはイリアに援軍を頼んだのでしょうけど、あまりにも早い動きに私は良い意味で不振に思ったわ。抜け目のないあなただもんね。・・・だから調べてみたら、ちょろちょろとラガルトが動いてたのよ。」
「あなたって、やっぱりどういう頭をしているのよ。」
「褒め言葉をどうもね。でも、私もあなたのことを見直したわ。あなたもちゃんとヘクトルと守ったオスティアのために必死で戦っていたんだからね。・・・それにリリーナっていうかわいくて、立派な後継者もいる。」
ミカは素直にファリナのことを認めていた。
「だから、あなたにもオスティア守備の副将としてエリウッド様とリリーナを守ってもらうわ。」
「そうこなくちゃね。言っとくけど、5千は払わないからね。」
「当たり前でしょ、どこに国王の姑からお金をせびる軍師がいるのよ。」
噴き出しながら言うミカに、ついに笑いが止まらなかったエリウッドが爆笑した。
「昔もそうだったが、やっぱり二人の掛け合いはなかなか面白いな。」
ともあれ、前オスティア侯妃、そして自称・すご腕天馬騎士ファリナの参戦も急遽決まることになった。
エリウッドがファリナを促して下がっていくのを見送ったミカは再びバルコニーに身を預けた。
「これでエレブでやれることは一通りやったかしらね。私たちの時代からは合わせて4人、エレブに私を含めて2人が集い、シレジアに1人、そして・・・あそこに1人ね。・・・アトス、あなたが生きていてくれればどんなに楽だったことか。」
記憶を無くしていた間に命を散らした長男を思い出し、謹厳な彼女の頬を涙が伝う。アトスはその散り際にその魔力を解放して、ミカの記憶を取り戻すきっかけとなっていたことは、今のミカは察していた。そのため、母子として改めて話すことはできなかったが、共に闘った記憶はしっかりと胸に秘めている。
「アトス、あなたが命をかけて取り戻してくれたミカとしての記憶はもう無駄にしない。必ずやセーナ様が思いを託した大地を守ってみせる!」
決意を新たにしたミカは静かにバルコニーを後にしていった。