まず動き出したのはテュルバンとアトスの二人であった。ノアの艦隊によって後の西方三島に渡った彼らはラオウ軍残党とナバダ軍別働隊が激戦を繰り広げていたジュトーへと急行する。
 「テュルバン、まさかとは思うが、いきなりラオウ軍を叩くとか言わないよな?」
アトスがしっかりと作戦を練っているか尋ねる。しかしその懸念が的中した。
「着けば・・・そのまま突っ込む。」
これにアトスは手を顔に当てた。
「お前な、どっちが敵かはわかってるよな?」
「・・・ラオウ軍残党・・・だろ?」
「じゃあ、ナバダ別働隊の大将は知ってるか?」
「エキドナだったか?」
一応彼も十勇者に数えられただけあって、最低限の情報は入れていた。
「じゃあ、お前は戦場でそのエキドナって大将を見分けられるのか?」
本来ならばこんなことを言わねばならないテュルバンが大将に向いていないことはセーナもルーファスもわかっていただろう。しかし、彼らもまたこの戦線のことはどうでもいいと思っていた節があった。実際に、あの軍議の夜に行われた大宴会ではアトスに対して無理をしないようセーナから達しを受けていた。聡明なアトスは未だに精神的に落ち着かないテュルバンに対して何かきっかけを与えたるのがこの出兵だと思っていたのだ。
 ふと我に返ると、テュルバンが口籠っていた。アトスの理路整然とした突っ込みに返し切れなかったのだ。少々苛めすぎたと、アトスが苦笑して返した。
「・・・わかったよ。俺がエキドナ殿に話を付けて来て、攻撃を控えてもらおう。」
「・・・いいのか?」
「仕方ないだろ。・・・とりあえず俺が戻るまではカイムの言うことをきっちりと聞いておくんだぞ。」
カイムとはテュルバンの父ボルスの代から仕える、グリューゲルの古参である。力任せの戦いをするこの親子をサポートするためか、非常に頭が切れる軍師的な役割を果たしている。
「わかった。」
ここは素直にテュルバンも言うことを聞いたので、アトスは安心して後を託してワープで一度テュルバンたちと別れた。

 「隊長!セーナ様から派遣されてきた援軍の将が隊長にお会いしたいと申し出ております。」
すぐにアトスはエキドナ隊に接触して、隊長に目通りを願った。
「丁重にお通して!」
この部隊をまとめる女隊長エキドナは何の疑いもなく、すぐにアトスに会うことを決断した。
 数分後にはすでに二人が出会っていた。
「お久しぶりです、エキドナ殿。」
「おお、どなたかと思えば、アトス殿か。ナバダでお会いして以来ですね。」
実はこの二人は人竜戦役が始まる前に偶然ナバダで会っていたことがあったのだ。ただし当時もこの地での戦いは続いていたため、あくまでナバダのエルフィンと作戦を打ち合わせしに来ていただけで、アトスとは顔を会わせた程度に終わっている。しかしエキドナはすぐにアトスのことを認識した。
「まもなくテュルバンという者の手勢が東から敵の籠もる拠点に攻め込みます。ただ、その者はこちらの方々のこともわからないため、誤って手を掛けてしまう恐れがございます。なので一度攻撃を控えていただいてもよろしいでしょうか?」
「?むしろ多方面から攻め込んだ方が効果的でないのか?」
「仰ることはもっともです。ですが、恥ずかしきことながらテュルバンはあなた方のことがわからず、血気逸って襲いかかる恐れがございます。その代わりに彼の戦いっぷりは私が保証致します。必ずや、敵に切り口を作ってさしあげましょう!」
アトスが薄い胸を張ってみせると、エキドナは苦笑した。
「いいわ、私たちも少しばかり疲れていたからお願いするわ。だけれども、最後の詰めは私の方でやらせてもらうわ。」
ここでエキドナは『攻略』ではなく『詰め』と言った。この意味をアトスはすぐに理解した。
「ずっとこの戦線を任されているエキドナ殿の思いをかっさらうことは致しませんのでご安心を。・・・ではまた後ほど。」
そしてエキドナが発する撤退命令に、安心したアトスはすぐにワープでテュルバンの元に戻って行った。


 アトスが合流してから、テュルバンは更に行軍を急がせて、ついにその日のうちにラオウ軍残党の籠もるジュトー砦に到着した。
「いいか、テュルバン、この一撃で戦が決まる。アルマーズにお前の思いを全て込めるんだ!」
ラオウ軍残党は迎撃のために出てくることもせず、ただただテュルバンたちの出方をじっと窺うだけだった。テュルバンはアトスの言葉に従い、巨大な斧アルマーズに力を込めていく。すると、斧が輝き出し、凄まじい魔力が放射され始めていた。これを認めたアトスもフォルブレイズに魔力を注ぎ込んでいく。
(これがキーオブフォーチュンの力か・・・。放たれる魔力がかつての比ではない。)
内心で驚いていたアトスだが、すぐに己の魔力が凝縮されたのを確認すると、テュルバンにいう。
「行くぞ、テュルバン!!」
これにテュルバンの断末魔の叫びが辺りに響くと共に、アルマーズを振り回した。
「うぉぉぉぉ!!」
『スパークル・ブレイズ!』
天雷の斧アルマーズから放たれる雷撃と、業火の理フォルブレイズから放たれた火焔は砦の城壁に炸裂するや、壮絶な爆発をもたらした。あまりにも凄まじい爆発であったため、遠くまで退いていたエキドナ隊の将士たちも思わずひるんだほどである。
 ラオウ軍残党も、テュルバン・アトス隊将兵たちもその爆発からしばらくしても何が起きたのかはわからずにいた。やがて視界が開けてくると、そこには信じられない光景が広がっていた。
「・・・じ、城壁が・・・。」
それは敵味方問わずに漏れた感想であった。アトスとテュルバンの合体魔法がラオウ軍残党が籠もる砦の城壁をものの見事にくずしていたのだ。
「終わったな・・・。テュルバン、エキドナ殿の軍勢に合流するぞ!」
さすがのテュルバンも慣れない魔力の解放で一時意識が飛んでいたが、アトスの言葉で我に返った。
「・・・攻めないのか?・・・勝てるぞ。」
今、城壁が崩れ、ラオウ軍残党の士気は底まで落ちている。テュルバン・アトス両隊の力を持ってすれば、楽に落とせる状態にはあった。
「なら、攻めるか?大将はお前だからそれも構わんけどな。確かに勝てるかもしれんが、無駄な憎しみを増やすだけだぞ。」
「・・・何?」
「このまま俺たちだけでラオウ軍を攻めても奴らが降ることはないだろう。彼らにとって俺たちは敬愛する主を討った宿敵なのだからな。もともと種も違う。」
アトスの言うことはテュルバンには難しいことはわかっている。しかしやんわりとではあるが、攻撃する愚かさを説いていく。
「降伏しない以上、俺たちが選ぶ道は殲滅しかない。だがそれでは出さなくてもいい犠牲を敵味方双方に出すことになる。それを知ったらセーナ様はお喜びになると思うか?」
セーナの名を出せばテュルバンも必死に考えをめぐらすことをアトスは知っていたから遠慮なく使った。
「あの塔の時のような・・・哀しい顔を・・・されるのか?」
彼にとってもあの塔で見せたセーナの表情は深く印象に残っていた。強く、美しく、楽しく生きるセーナしかテュルバンは見たことがなかったから、それは余計に鮮烈に記憶に残っていたのだ。
 アトスの頷きにテュルバンはすぐに首を横に大きく振る。
「俺はそんなセーナ様の顔を見たくない・・・。アトス、どうすればいいんだ。」
「難しく考えるな、テュルバン。同じ竜族である、エキドナ殿に全てをお任せしてみないか?」
これにテュルバンがアトスをまじまじと見つめた。
「エキドナ殿ははっきり申してはいないが、彼女はラオウ軍残党との和解を考えている。既にラオウ軍に抵抗するだけの力はなくなったのだ、後は彼女に任せてみる気はないか?」
「・・・だが敵同士じゃないか。」
「だけれども、ずっと戦い続けていただけにそれなりに情みたいなのも湧いているはずだ。クラウスやブローの部隊ならばそんなものは望めないが、ラオウ軍はそれなりに理性を持った者たちだ。これ以上戦う不利もわかってるはずだ。」
「・・・もし駄目なら?」
「その時は俺も止めはしない。全力でラオウ軍を殲滅させるのみだ。・・・だがそれまではエキドナ殿に賭けてみないか?」
しばらく考えていたテュルバンは側で二人の会話を聞いていたカイムに訪ねた。
「私もアトス様の考えに賛成です。今のラオウ軍であれば、決裂を待って戦ったとて負けることはないでしょう。ならば今考えるのはいかに犠牲を少なく、明日のためになる選択をするのか、ということじゃないでしょうか。」
カイムの言葉はテュルバンにとって非常にわかりやすい言葉であった。さすがに幼少時から接しているだけに、彼に対してどういう言葉をかければわかるのかを熟知していた。カイムの配慮に内心で唸るアトスを尻目に、すぐにテュルバンが決断を下した。
「アトス、・・・これより転進する。エキドナ殿に・・・合流しよう。」
「了解。・・・全軍、これよりナバダ・エキドナ隊へと合流する。」


 夜も深くなってきた頃、ついにテュルバン・アトス隊はエキドナ隊と合流した。事のなりゆきを見ていたのか、エキドナはずっと眠らずに彼らを待っていた。
「アトス殿、それにあなたがテュルバン殿か、配下の者から話は聞きましたよ。あの堅固な城壁を一撃で吹っ飛ばすなんて、驚きましたよ!」
エキドナは何の戸惑いもなく、アトスとテュルバンの手を取って、その労を労った。これに驚いたのがテュルバンであった。
「エ・・エキ・・ドナ殿。俺のこと、こ、怖くないのか?」

 実はテュルバン、全く会ったことのない人物、特に女性と会うことが非常に恐怖になっていた。テュルバンはヴェスティアでは若いころから十勇者入り間違いなしと有名にはなっていたことから、多くの人が足を運んでいた。しかし容貌も相当怪異であることから、初対面の人から怖がられることが多々あった。もちろん大抵の人は外面ではそのようなしぐさをおくびにも出さないが、テュルバンはすぐに相手の内面を読み取り、怯えていることを悟る。幼い心を持つ彼はショックを受けて心を閉ざしてしまい、それ以上のコンタクトを取ろうとしなかった。
 そのトラウマはかなり深刻で、実はアトスとしゃべるのも苦手な方であったくらいなのだ。今でこそアトスが腹を割って話してくれているから、今回の戦いでもみられたような円滑なコミュニケーションが出来るようになっていた。しかし元からテュルバンが心を開くものもいる。主セーナはもちろんのこと、初対面で何の躊躇も恐怖も感じずに接してくれたエレナやハノン、ハルトムート、更に幼馴染のブラミモンドがそれに入った。テュルバンは彼らのためならば死をも恐れない覚悟ですらいるほどだった。
 ともあれ、それ以外の人物に対しては基本的にテュルバンから接触したがらないため、今回のエキドナとの面会もアトスに任せようと何度も言っていたくらいだった。

 テュルバンの言葉にエキドナは軽く首を傾げるが、すぐに彼女は彼の中に眠っていた怯えを理解した。
「そんなことないよ。あなたは私の戦友さ。どうして怖がる必要がある。」
その言葉にはセーナやエレナがかけてくれたのと同じくらいの優しさがあった。
「それよりも私たちの無理な願いまで叶えてくれてありがとう!あとは私の方でこの戦いを締めてみせるから、のんびりと休みながら見ていてちょうだい。」
こうしてエキドナとテュルバンによる連合軍が完成した。

 エキドナは翌早朝にはすぐにラオウ軍残党の籠もる砦に向かった。部隊をカイムに託して、テュルバンとアトスもそのまま彼女に付いてきていた。
「私はナバダ軍のエキドナと申します。お互いに依るべき大樹が倒れた今、我らは共に支え合って新たな大樹となる必要があります。どうでしょうか、ここで戦をやめ、手を取り合えって未来の世界の礎となりませんか?」
エキドナの声は先日テュルバンたちが城壁の穴を通って、中で籠もるラオウ軍残党に確実に届いていた。その証拠に明らかに中の方でざわめきはじめていた。
 しかし思っていたよりも早くラオウ軍残党の方でも結論が出た。彼らもまたラオウの死と、孤独な籠城で犠牲を強いることの無情さを痛感していたのだ。そしてそんななかで急に現れてきたテュルバンとアトスが頼みとしていた城壁をあっさりと崩していたものだから、唯一戦う理由にしていた戦意もこれで挫けてしまった。これでエキドナから自分たちの健闘を称えながらの共生を訴えかけてきてくれたものだから、彼らも意地とか名誉とかを気にせずに降ることが出来たのだ。


 アトスはもろもろのやりとりをエキドナに任せて、事の成り行きを報告すべくルーファスのいるアクレイアに戻ってきた。彼の威令が行き届いているのか、アルサス隊と現地民がテキパキと動いて小なりと言えどもそれなりの砦が出来つつあった。
 まずアトスはリディアのもとに向かった。テントをくぐると、ようやく目を覚ましていたリディアと見た目の年が近いエリミーヌが談笑していた。
「リディア、目を覚ましていたのか。」
しかしリディアは軽く会釈をした程度で、アトスのことに関してそれ以上何も言おうとしなかった。これを察してエリミーヌが言う。
「アトスさん、それがリディアさんはやはりあの戦いが相当堪えていたようで、今までの記憶を失われているようなんです。ようやく彼女がリディアだってことを教えて、この軍のことを簡単に話していたんですよ。」
「そうだったのですか。エリミーヌ様、ご苦労をおかけしました。それと、これから彼女をナバダ別働隊の隊長エキドナ殿のもとにお預けしますので、申し訳ないですが、準備をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「あ、もう行っちゃうんですね・・・。さびしくなりますが、仕方ありませんね。わかりました、リディアさんのことはお任せください。アトスさんの準備が出来る頃にはお連れ出来るようにしておきます。」
「お願いします。」
 そしてアトスはそのままルーファスのところへ足を伸ばした。
「ルーファス殿、無事西方は落ち着きました。結論だけを申せば、エキドナ殿の別働隊とラオウ軍残党が和解して、我らにもラグナにも関与しない第三勢力となって戦にはこれ以上関わらないとのことです。」
「ここを出て、わずか4日で終わるとは、さすがはテュルバン殿とアトス殿ですね。どうやら犠牲もほとんど出なかったようで何よりです。」
ルーファスはやはりテュルバンを大将にしたことにいくらか不安だったようで、本気で胸を撫で下ろしていた。それを見てアトスが苦笑しながら言う。
「それで我らはこれからどうすればいいでしょうか?」
「アトス殿にはリディア殿を引き渡されるために戻られるかと思いますが、それが終わったらまたここに戻ってきていただけませんか?まだ経験の浅い私を補佐して欲しいのです。」
「それはいいですが、軍勢はそのままですか?」
アトスの問いにルーファスは苦笑しながら言う。
「実は大陸に戻るための船が今は西に戻ってしまっていて、こちらに渡すための船がないのですよ。なので、しばらくはエキドナ殿と行動を共にして下さい。」
何やらこれはまた何かセーナが企んでいるのだろう、とアトスは察しを付けた。しかし船がないのは事実のようなので、手勢はどうしても西方三島に残らざるを得なくなった。
 とりあえず今後の方針はわかったが、ふと思い出したことがあったのでアトスが言った。
「それよりもルーファス殿、先ほどエリミーヌ様にお会いして気付いたのですが、彼女の少々魔力の伸びが異常な領域になっておりました。」
「えっ?」
「あまり言いたくはないのですが、その伸びが少し前のセーナ様をも凌駕するほどなのです。」
少しばかりルーファスの顔が強張ってきていたのをアトスは気の毒に見ていた。
「ち、ちょっと待ってください、アトス殿。セーナ様ですら、その魔力で自身を制御できないと仰っていたではないですか。もしかしら・・・。」
「あまり言いたくはないですが・・・、魔力に精通したセーナ様ですら抑えきれないものを、遥かに若いエリミーヌ様が抑えられるとお思いですか?」
ここに集うもので、ルーファスとエリミーヌの思いを知らないものはいない。辛いのはわかっていたが、伝えなければならないことをアトスはわかっていた。どうしても口調も厳しくなるが、それも彼を思ってのことである。
「セーナ様もあと1年持つかどうかと仰られていましたが、エリミーヌ様も同じくらいでしょう。恐らく彼女もそれを察しているはずです。」
つまり彼女はもう故郷アリティアに帰れないことを知っているのだ。
「・・・」
「ルーファス殿、エリミーヌ様の決断を大切にしてあげてください。」
ルーファスの年でこのような思いをさせたくはなかったが、時間が限られているためアトスは遠慮なくルーファスに思いの丈を伝える。セーナやエレナが次代を担う器として託されたルーファスにはそれに答えるだけの器量はあった。
「アトス殿、貴重な言葉ありがとうございます。私も彼女が側にいてどこか甘えていたのかもしれません。エリミーヌ様には残りの時間を楽しめるよう配慮していきます。」
アトスもしっかりとした視線を返してきたルーファスのことを今更ながら認めることになった。
(成人したてだというのに大したものだ。これで経験を積めば、アルド様やアイバー女王に匹敵する大物になられるだろう。エリミーヌ様のことが重荷にならなければいいが・・・、おそらく彼ならば乗り越えられるだろう。)
そう確信したアトスは軽く礼をして、去って行った。そして何事もなかったかのようにエリミーヌのところに向かい、出発準備の整ったリディアを伴ってジャトーへと戻って行き、エキドナに彼女を託すことになった。


 テュルバンはその後、ラグナ軍との戦いが終結するとヴェスティアを離れ、再び西方三島に戻ってくる。そして長い戦いで荒廃した地をその生涯を賭けて、己を信じてくれたエキドナと共に復興していくことになる。
 そして天雷の斧アルマーズは親友ブラミモンドの手によって一度封印され、彼の忠臣カイムの魂によって守られることになる。その封印が1000年後、オスティア侯弟ヘクトルによって解かれるまで続く。

 

 

 

 

 

最終更新:2012年02月18日 00:21