南方攻略に志願したローランはハルトムートや、リーヴェ・リグリアからずっと同行していたナーシャやセイヤを引き連れて、サウス・エレブ奪還を含めた南方平定に向かっていた。先鋒を忠臣ゲオルクに委ねて、とりあえずはのんびりとした行軍を続けていた。そんな中、ハルトムートが馬を寄せてきた。
「それにしてもお前がネクロス討伐に名乗りを上げるとはな。俺が手を上げようとしていたんだがな。」
 ハルとローランの仲はセーナとリュナンの子供同士というだけでなく、互いに早くから王位継承権を放棄して身軽になった身であることもあって、長い付き合いであった。
「君が真っ先に手を挙げると思ったからね、ちょっとからかってみたかったんだ。まぁ他にも考えたこともあるけどね。」
少し考える風を装って、ローランは続ける。
「それよりも君こそどうして付いて来たんだ?ハノンの東はないとは思ったけど、バリガンに代わって北に行くかと思ったのだが。」
「見た目は華奢なお前が本当にネクロスとやりあえるのか不安でな。」
これを聞き咎めたのか、どこからかローランに似て華奢な少女が舞い降りてきた。
「ハルトムート様、ローランがまさかネクロスに遅れを取るとでも思ってるのですか?」
くすりと笑いながら言うその笑顔は母親譲りの美貌を誇っていた。彼女こそがサーシャの長女ナーシャである。天馬騎士としては世界一と言っても過言ではない実力を持つ母と比べては可哀そうだが、それでもローランに付き従うだけのものは持っている。ちなみにこの隊にもいる兄セイヤは世界唯一ともいえる男性天馬騎士で、彼女と共に自身の天馬騎士隊を支えていた。
「だけどよ、デュランダルって烈火の剣だろ。相手は火竜の四竜神ネクロス、どう見ても倒すどころか力を与えるような気がするんだが。」
「そこは心配していないさ!僕の出す炎とネクロスの炎は根本のところで違う。」
「?」
ローランの言うことがハルトムートもナーシャもよくわからないでいたが、不意にブラミモンドが現れてきて会話が途絶えた。
「何かあったのか?」
「ネクロス自身には動きはありません。ただ背後で好ましくない動きがあると入っています。」
声音も高いことから今のブラミモンドは女性の人格が入っているようだった。まだ彼に慣れないローランとナーシャに気にせず、ハルは静かに返す。
「背後?ラグナからの援軍か?」
ブラミモンドは静かに頷く。どうやら無口な人格に代わったようである。
「東に行くと思っていたんだが、こっちに来たのか。厄介だな。」
するとすぐにローランが反応した。
「ハル、君には大回りしてその援軍を食い止めてもらえないか?」
「ハッ?」
ハルトムートとてローランの実力は知っている。しかしそれでもネクロスと戦うには荷が勝っていると感じていた。
「ネクロスは何としてでも僕が倒す。だけど、それは周りの邪魔が入らなかった前提だ。だから何としても止めて欲しい。」
ローランの決意に満ちた瞳で見返されるとハルは何も返せなかった。なんでも来いというイメージのハルトムートだが、女性とローランのこういう瞳にはテンで弱かったのだ。
「わかったよ・・。だがな、絶対に死ぬなよ!」
「もちろん!」
こうしてハルは自身の手勢と、従軍してきたアイの竜騎士隊を引き連れて、別行動を取ることになった。
 
 しかし、事はこれで終わらなかった。翌日、今度はセーナの直下で働いているアジャス配下の諜報衆の一人が駆け込んできた。
「申し上げます!ルーファス様のいるアクレイアがラグナ神軍の奇襲を受けました!!」
「何だとっ!?」
これにはさすがのローランもナーシャと共に驚いた。わずかだが、ブラミモンドも眉をピクリと動かす。
「それでアクレイアは無事なのか?」
「結論から申しますと、ぎりぎりで守り切ったというところです。」
「ぎりぎりというと、相当な犠牲が出たのか?!」
「はい、迎撃したアルサス隊とティーゼ隊はほぼ壊滅状態となり、ルーファス殿の部隊も相当な痛手を被っております。」
今言った内容はほぼアクレイアの全ての軍勢を指していた。
「・・・ほとんど負け戦じゃないか。どうやって敵は退いたんだ・・。」
「ルーファス殿も負けを覚悟されていたのですが、ぎりぎりのところでエリミーヌ様のアーリアルが炸裂されたのです。一撃でラグナ神軍は半数が倒れ、残りの半分が戦闘不能に陥ったため、撤退した模様です。」
 それだけでローランはその戦場で起きていたであろうルーファスとエリミーヌの葛藤を察した。ルーファスもぎりぎりまでエリミーヌに辛いことをさせたくなかったのであろう。気持ちはわからなくもないが、その私情があわや全滅の憂き目をみることになっていた。
「・・・・・・そうか、ルーファス殿はエリミーヌ殿を最後までかばわれていただな。それでアクレイアはこれからどうするんだ?」
「セーナ様はこの敗戦の責を取って、ルーファス殿をアクレイア駐留軍の大将から一度解任されました。また軍師を務めながらも不在であったアトス殿もグリューゲル十勇者、およびPグリューゲルを除名となりました。」
余談だが、実質的にアトスには軍師の解任程度で終わっている。というのも、アクレイアの軍議後にセーナは既にPグリューゲルの解散を宣言しており、それと共にセーナ十勇者という名も終了を迎えていたのだ。つまりはルーファス1人が重い責を負っていることになる。
セーナがルーファスに与えた罰を聞き、ローランは静かに目を閉じた。
(・・・これだけの負け戦なら仕方ないか。これでルーファス殿も多くの者の命を背負う重みがわかったであろう。)
「そしてアクレイアの後任には暫定的にティーゼ殿が就くことになりました。」
この人事はセーナにして珍しく首を傾げる人事であった。ルーファス・アトスを解任した以上は、次に就くべきは間違いなくアルサスである。それを押しのけてティーゼを立てたというのはセーナが珍しく格を重んじて選出したことに他ならない。
「そこでローラン様には申し訳ないのですが、ブラミモンド殿の手勢をアクレイアに戻していただきたいとのセーナ様からのご依頼です。ただしブラミモンド殿の帯同は引き続きお願いする所存ですし、テュルバン殿がアクレイアに到着し次第、再びお送りいたします。もちろんそれまでの間に進軍を止めていただいても構わないとセーナ様は申しておりました。」
ハルトムート隊が抜けた今、更にブラミモンド隊が抜けるのは厳しいとローランも思っていた。しかし、拠点たるアクレイアが今度こそ落とされればローランだけでなく、ハノンやバリガンも苦境に陥ることになる。
「ブラミモンド殿、今、お話の通り、手勢をアクレイアに戻していただけますか?」
これにブラミモンドがローランを見つめ返した。
「いいのか?かなり苦しくなるぞ。」
「わかってます。しかしブラミモンド殿さえ、残っていただければ何とかなりますよ!」
これにブラミモンドは静かに頷く。
「ということです。仰せの通りに私たちもブラミモンド殿の部隊をアクレイアに戻します。」
「ありがとうございます。ちなみに北からもミカ殿の手勢をアクレイアに戻しておりますので、これでアクレイアの守りは堅くなることでしょう。直ちにセーナ様にこの旨を復命致します。」
そして諜報衆は風となって消えて行った。ブラミモンドも手勢にアクレイア後退への指示を出すために、すぐにローランの下を下がっていった。
 残ったローランはナーシャと共に今後について考えていた。
「なぁ、ナーシャ、思っていた通りには上手くいかないもんだな。」
「結局、私たちとブラミモンドさんだけになってしまいましたね。」
「とりあえず一旦、進軍を止めよう。このまま下手にサウスエレブに近づけば、ネクロス軍に攻撃されてしまう。」
「でも、それはそれで今度はハルトムートさんの手勢が孤立してしまいます。」
 ナーシャもさすがによくわかっていた。だがローランとてそれは承知している。
「わかっている。だから止まっているのも一日だけだ。その間に僕が何としても打開策を考えてみるよ。」
彼がそういう以上はナーシャは何も言えなかった。彼を信じて、ナーシャは全軍の進軍停止を伝えるためにローランの下を一度去った。
 

 「やっぱりこれしかないか。あとでセイヤには怒られるかもな。」
翌日、考えがまとまったローランはナーシャとブラミモンドを呼び出した。
「二人してネクロスのところに遣いとして行ってくれないか?」
「えっ?」
ナーシャが戸惑うのも無理はなかった。ネクロスはエレナによって四炎を、セーナによって師と言えるラオウを失ったばかりである。とてもこちらの話を聞いてくれるとは思えなかった。
「だからブラミモンド殿、あなたに随行をお願いしたい。何かあれば、すぐにワープで戻ってくればいいのだから。」
これにブラミモンドが納得したように大きく頷いた。
「本来ならば僕自身が行きたかったけど、ネクロスはなかなかの女性好きと聞く。綺麗なナーシャなら話くらいは聞いてくれると思うんだ。」
言われたナーシャは少しばかり顔を赤らめる。好意を寄せる彼からこう言われればナーシャも年頃の少女そのものの反応であった。しかしローランは静かに続ける。
「用向きはこうだ。二日後、私とネクロスでの一騎討ちを所望すると。」
れにハッとしてナーシャが彼を見る。しかし彼は構わずに続ける。
「ネクロスから出す条件は君の宰領で呑んでもらって構わない。たとえば一騎討ち後のそれぞれの軍勢の扱いについてとかは非道なことさえ言わなければ、基本的に呑んでもらっていい。」
ここでローランが一呼吸を開けてナーシャを見た。
「だけど、もしかしたら、ナーシャ、ネクロスのことだから君を求める条件を出してくるかもしれないけど、それは撥ねつけてくれて構わないよ。駄目なら、駄目でブラミモンドにハルの軍勢を呼び戻してもらって、しばらくは睨みあいをするだけだから。」
厳しい状況にも関わらず、自分のことを思ってくれるローランにナーシャは胸が熱くなるのを感じていた。
「わかりました。でも、ローランには勝機はあるの?」
「正直なところで言うと五分五分だね。だけど、僕は彼と戦わなければならないんだ。でなければ、ずっと彼は業火の中で生き続けなければならなくなる。」
後半のローランの言葉はあまりにも深すぎてナーシャも首を傾げていた。それに気付いたローランは苦笑して、言い直した。
「まぁ、戦う以上は負ける戦いはしないさ。」
「・・・・わかりました、ローラン様のその言葉を信じて、これからネクロスのところへ向かって参ります。」
今度はナーシャの前半の言葉の意味がわからず、彼が首を傾げたものの、ナーシャがすぐにブラミモンドを促して去っていったため、その真意を確かめることはできなかった。
 ともあれ、ナーシャはブラミモンドと共にネクロスの元に一騎討ちの申し入れをしに向かうこととなった。

 

 

 

 


 

最終更新:2012年03月14日 22:48