アルドとナディアの決戦前の布陣を見てから、セーナは単身でバリガン率いる北方攻略隊に戻ってきた。
「大分寒くなってきたわね。」
彼女の相手をするのは幼馴染とも言ってもいい位の仲であるレイラである。
「やっぱりバリガンに付いてきたのはシレジアに近い環境を久しぶりに楽しみたかった、というのが本音ですか?」
「私にとって、シレジアこそが本物の故郷だもの。今となっては戻るわけにもいかないからね。バリガンには悪いけれども、久しぶりに郷愁に浸らせてもらうつもりよ。」
仮にも目の前にいる相手の長男が晴れの主将となっているのに、この発言を堂々とされるとさすがのレイラも苦笑した。
「心配しないで、彼には私の直卒騎士を付けているからそれなりに戦力も増強しているわ。」
それは事実である。アカネイアから帰還してきたミカの次男ヴァインを新隊長としたアルバトロスをバリガンの槍騎士隊に付けていた。そんなバリガンも、セーナの思いを察してか、主将であるにも関わらず軍の先頭に立って、まるで彼女のために道を清めるかのように進んでいた。
大きな戦闘も起こらないままイリアに入った後続のセーナたちにもほのかに雪が降ってきていた。気温も低くなってレイラも冬用の衣装に着替えたものの、未だに魔力の込められている服を着ていて暖かいセーナは相変わらず軽装のままであった。
「体はともかく、顔とか足とかは寒くないんですか?」
レイラの心配に、しかしセーナはまったく気にしていない。
「昔のあの事件もあったから、着ている部分だけじゃなくて体全体が温まるように魔力を込めているのよ。」
さすがに魔力の造詣が深いシレジアで育っただけあって、セーナはその使い方は巧みだった。しかしふとセーナは空を見上げながら、しみじみと言う。
「もうあの事件からも30年は経っているのかしら。ずいぶんと遠くまで来たものね。」
あの事件、今のセーナを形成付けたと言っても過言ではない悲劇を思い出したようで、レイラも思わず静かになった。
「メリル・・・、あなたがいなければ、私はシレジアの土になっていた。たとえ生きて帰れたとしても、今の私はなかったわ。」
あの事件があってからはセーナは表向きは大きく行動を変えることはしなかったものの、その行動に責任を持つようになった。そしてアベル、ボルス、ミカと出会い、その後、実の父となるカインも加わって、グリューゲルを結成した後、グランベルに戻り、ヴェスティアに拠点を据えることになる。
バルド同盟結成に至っては父セリスですら脅して、東側諸国との繋ぎを取り、股肱の臣たちと共に大陸全土に及ぶ大同盟締結に向けて奔走した。その功もあってか、一時は父に疎まれてシレジアに渡された彼女がセリスの有力後継者に並ぶまでに認められるようになった。
そんな過去をレイラに昔話のように語っていった。こういった話は俗には不吉とされてはいるものの、レイラも少しばかり過去に浸っていたのか、特別とめようともしなかった。
「まぁバルド同盟も無事締結できて、落ち着いたと思ったら、まさかリーベリアに行かされるとも思わなかったけどね。よくよく考えたらお父様はどこからリーベリアの情勢を知ったのかしらね。」
セーナは突如、リーベリア巡察の命を受けて、相談役のコープルと二人だけでリーベリア大陸へと向かった。それがセーナ飛躍の始まりとなる。グラナダではいきなりゾーア帝国兵に襲われて窮地に陥ったが、バルキリーの杖の暴走で復活したパピヨンの活躍により辛くも脱出。その後はウエルトに渡り、かの地をまとめたリュナンと出会うことになり、互いに協力し合うことを約束した。
その後、セーナの身を案じて駆けつけてきたシレジアを中心とするユグドラル義勇軍と合流して、カナン東部にあるガルダ諸島をゾーアの支配から解放する。それからはゾーア帝国を東からけん制する役目を担いながら、鉱物資源が豊富なこの地で色々と武器を開発したり、駆けつけてきたライトと愛を育んだりしていた。ユグドラルで勃発したイード戦役が終わり、セーナに味方する東側諸国の連合軍や国元に残っていたグリューゲルが合流すると、再びセネー海を西下してもう一人の英傑・ホームズと出会う。元々陽気な二人の馬はぴったりと会い、リュナン同様に強固な協力体制を結ぶ。この帰り際についにセーナに聖者ヘイムと聖戦士バルトの血が覚醒することになり、今の強大な魔力を持つきっかけとなる。
ガルダに戻ってしばらくの落ち着きの後に、セーナはついにゾーア帝国に対して仕掛けることになる。シャガール三世の反乱を名目にして、義勇軍の大半を帰国させて隙を見せたセーナに対して、ゾーア帝国は大軍を差し向けて東の脅威排除をもくろんだ。しかしここにセーナの必勝陣形【流星陣】が炸裂、大将のヴァーサを討ち取るまでの金星を掴み取った。更にセーナは、動揺するゾーア帝国に対して、堂々と少数で帝国内に侵入してカナンの黄金騎士ゼノンの救出までやってのけている。
そして各地で反ゾーアの狼煙が本格化してくると、セーナもついにソフィアに侵攻を開始する。同地の勇者フリードの猛攻に押されながらも、ゾーアの将ベロニカを討ち取る成果を挙げて、ソフィアを解放する。それからはセーナはリュナン軍と合流していたリベカと交換して、密かに同軍に潜入する。南リーヴェの戦いでは前にメーヴェとの口論から己を乱していたリュナンから密かに指揮権を奪取するなど、今考えると恐ろしいこともやっていた。南リーヴェの戦いを勝利に導いた後、グリューゲル空軍と合流した上で臨んだリーヴェ王都の戦いではゾーアの第三皇子ジュリアスと一騎討ちに及び、見事に打ち破っている。
この間に兄マリクが己を支持するシアルフィ・エッダに対して攻撃を仕掛けるものの、セーナはリーベリアでの戦いを継続することになる。このあたりの決断は非情なものではあったが、セーナは後悔してはいなかった。それに女神ユトナが応え、その援護を受けて神剣ファルシオンがここに復活することになった。そしてリーベリア大陸における最後の戦い・邪神の祭壇ではリュナンたちのフォローに徹しながらも、ガーゼルの切り札ブラックレインとの壮絶な魔道戦を繰り広げ、犠牲を最小限に食い止めている。
「それにしてもこの頃に私がロプトウスの血を覚醒させていなくて良かったわね。していたら、完璧なるアウロボロスが復活していたんだから。」
セーナがロプトウスの血を覚醒させていたことは親しいレイラも当然知っているし、アウロボロスのことも大体は聞いている。それをエレナが宿していることも。
「あの時にアウロボロスが復活したら、もうどうしようもなかったでしょうね。ある意味では今回のような人と竜の戦いも起こらなかったかもしれませんが。」
レイラの言うことももっともである。下手をすればセーナに対して、ラグナと人類が結託して戦っていたこともあったのかもしれない。
「ふふ、こうしてみると、色々な可能性があったものね。」
滅び行くガーゼルを見届けずに、セーナは足早にリーベリアを去っていった。俗に言うリーベリア大返しの始まりである。あっという間にユグドラルに取って返してきたセーナはエバンスでセリス解放軍の勇者レスターを豪快な戦法で打ち破る。その際に大いなる禍根を残すことになったものの、セーナは歩みを止めることなく、シアルフィにてエッダを攻略したマリク軍と激突する。結果は、フリージのフィーリアの寝返りや、トラキアのフィリップ、ヴェスティアで監禁されていたグーイらの活躍もあって、マリク軍を大いに撃破することに成功する。更には夫ライトと合流した上で臨んだ、兄マリクとの二度目の戦い・ヴェルトマー平原の決戦では、十二魔将による奇襲を受けたものの、十勇者とセーナが冷静に対応してそれぞれ打ち破り、最後にはバーハラを飛び出してきた兄マリクをセーナが討ち取っている。ただし今思い起こせば、このあたりからラグナによる干渉がちらりと見え始めていた。
「まぁやっぱり『もし』とかを語るのであるならば、そのあとの兄上との戦いの方が色々語れたでしょうね。もし義姉上と和解できたら、もしくは義姉上が勝てていたら、果たしてラグナとの戦いはどうなっていたことか。」
ヴェスティア動乱とも、内乱とも言われたヴェスティア決戦。当初は大陸各地でそれぞれ燻っていた火種が一気に吹き上がった形だが、長期的な戦いを望まないセーナ・シグルド双方の話し合いにより、ヴェスティアにて一堂が会する大決戦へとなった。
結果的には各戦線共、セーナ側が勝利を挙げることにはなったものの、その実はそれぞれにとって重く深い戦いであった。その糧が今につながっているのは言うまでもないが、一歩間違えればセーナの言うように今ある世界地図が塗り替えられていたことも容易に想像出来た戦いだった。
「その後は私やミカと共にトーヴェに篭って、子供たちの教育を始めたわけですね。」
「そう、思えばこの頃が一番平和で楽しい時だったわ。」
思わずセーナの目も細く、母の顔になっていた。
ヴェスティア決戦とその戦後処理が終わったセーナはレイラとミカと共にシレジアのトーヴェにて後進の育成に励んだ。厳しい自然と、それぞれの性格合わせた三人の教育は、アルドたちの今の活躍につながることになる。
「そして気がついたらアルドの初陣を見届けることになるんだものね。平和な時ほど時間が経つのは早いものね。」
突如としてアカネイア大陸に戦火が上がることになり、これに夫ライトと息子アルドが立ち向かうことになった。相手はロイト、セーナがリーべリアで知り合ったリュートとの対立が昔から不可避と見られていたが、彼の背後にヴェスティアのセーナが付いているとあって、大きな活動は控えていた。しかし、準備が整ったということで仕掛けてきたのだ。
捕らえられたリュートを救うべくライトはリーベリア諸侯らと共にアカネイア大陸西部グルニアより上陸。同国の支援もあって、無事にリュートを救い出し、初撃においても初陣となるアルドの活躍でロイトの勢いを削ぐどころか、あわや壊滅させるところまで行く。
「今だから言うけど、あの時のアルドには正直私も焦ったわ。あのまま終わったら私のアリティア中入りが無駄に終わるだけでなく、アカネイアを引っ張り出すことができなくなるからね。」
もともとセーナのあの大戦での狙いはどんな形であれアカネイア大陸勢力と手を結び、対ラグナで一つにすることであった。非情な言葉を言うと、別段リュートでもロイトでもどちらが勝っても構わなかったのだ。そして狙いはもう二つある。一つ目はセーナや子供たちへの恐れから始まったライトの暴走を止めることと、二つ目はできるだけ泥沼化して中立を守っていたアカネイア勢を巻き込んで、雌雄を決することであった。しかしラーマンの戦いでのアルドの活躍ぶりはロイトの狙いだけでなく、セーナの狙いすら打ち砕こうとしていたのだから、それを止めたライトに少しばかり感謝していたりする。
「やはりアカネイアも視野にいれていたのですね。」
「当然でしょ、あの国は少しばかり自惚れが過ぎていたけれども、それを支えるだけの底力があったわ。だから、どうしても対ラグナを見据えるにあたって力は欲しかった。」
そして戦局はグルニアの寝返りによって混沌を迎えることになる。ライトは復讐のまま、反転してグルニア王都まで攻め込むものの、ヌヴィエムの華麗なる罠の前に大敗を喫する。一方のアルドもまたロレンス要塞に立て篭もってはロイト率いる大軍を止めていたものの、巧みなる進退によってぎりぎりな戦いを強いられることになる。しかし捨てる神もあれば拾う神もある。
まずグルニア王都で大敗したシレジア軍には一度離脱していたリュナン率いるリーヴェ軍が駆けつけ、グルニア軍を打ち破り、同国を降伏させている。またロレンス要塞に篭もるアルド軍に対してはマケドニア軍が駆けつけて、彼の危難を救っている。
だがこれだけであればまだロイトとその軍師・カイの力で何とかなったであろう。しかしついに仕掛けたセーナの一撃が二人の思考を完全に停止させた。あろう事かロイトの忠臣カーティスを寝返らせて、アリティア王都アンリを制圧してしまったのだ。動揺してカダインまで撤退してきたところを、セーナは果敢に攻めて、アルドとの挟撃の元、ついにロイト軍を大いに打ち破ることになった。
敗北したロイトはアカネイアに身を寄せることになり、同国は彼を受け入れることになる。しかしこれによりアカネイアを攻める名分が出来たセーナは当初の予定通り、アカネイア攻めを開始する。レフカンディでの戦いは急峻な地形と指揮を取るアイバーの巧みな進退にさすがのセーナも攻めあぐんでいたが、トラキアのデーヴィドの奇襲の前についに防衛ラインを突破。そのまま王都パレスまで制圧することに成功する。だがそれはアイバーの奇策であった。パレスがレフカンディ同様に周囲を急峻な地形で囲まれたことを利用して、大包囲網を敷いたのだ。大軍故に長期滞在ができないことを逆手に取り、このまま干し殺しにしようとしたアイバーであるが、セーナが呼び出したカナンとトラキア竜騎士隊の襲来、ロイトの寝返りによる軍略の崩壊と、アカネイア軍内の内部分裂によってついにアカネイアへの反乱を決行する。
絶対不敗の陣形を己の愚かさで砕かれたアカネイアはここに滅び、アイバーを女王とする新生アカネイアが誕生となり、同時にアカネイアのパレス同盟、リーベリアのユトナ同盟、ユグドラルのバルド同盟を一まとめにした大同盟マルスユニオンもまた同時に産声をあげることになる。これでラグナに対抗する手は全て整ったはずであった・・・・。
ここでセーナが自嘲する。
「まさか、ラグナが自らヴェスティアに乗り込んでくるとは思わなかったわね。サウスエレブの異変を聞いておきながら、それすら読めなかったのだから、あのあたりは私の二度目の不覚ね。」
突如として超ド級の知らせが世界中を駆け巡った。セーナ倒れる、という知らせである。そして同時にラグナ軍の攻撃がリーベリア大陸に行われた。ミュー率いるエインフェリアの侵攻はレダから二路、ゾーアから一路の計三路から行われ、西から旧イストリア国境、リグリア要塞、ソニア要塞で辛うじて人類側が食い止める程度となった。以北ではラグナ軍によって事実上制圧されることになり、多大な犠牲を払うことになった。
ヴェスティアは急遽リーベリアへの援軍を送るものの、セーナを失った衝撃で我を失ったアルドは同じく親友の死に焦慮をきたしていたリチャードと共にレダで大敗北を喫することになる。
また突如イザーク東方から現れた軍勢に対してはエレナが立ち向かった。最初こそ巧みな進退によって苦しめられていたが、父ライトの思わぬ協力によって未知の異大陸ヴァナヘイムに渡った。
その裏でセーナの魂を奪取すべく、果敢にもラグナに挑むものもいた。末子ハルトムートとアトスである。彼は特務諜報のアジャスや、駆けつけてきたチキと共にラグナの本拠・竜殿に乗り込み、チキとラティの二人の犠牲を出しながらもついにセーナの魂救出に成功する。
「私がもっとしっかりしていれば、チキとラティも死ななくて良かったのにね。」
「セーナ様、気にするなとは言いませんが、あまり引き摺らないように。」
といいながらも、未だにメリルの件ですら引き摺っているセーナだから、心の底には大きくしこりとして残っているのであろう。
ハルトムートによって救われたセーナはヴェスティアの残兵を率いてヴァナヘイムへと急行する。かの地で戦う娘エレナが己と同じように不要な殺戮を起こすことを読んでいたのだ。ヴァナヘイムの天王山・クラウンエッジの戦いでエレナは確かにそれを行おうとしていた。魔導砲による圧倒的火力による制圧で、逆転を目論んでいたエレナだが、それはぎりぎりで駆けつけてきた母によってついに止められた。肝心の戦場も既にエレナの挟撃が始まっており、更にヴェスティアから連れてきた軍勢がヴァーナ軍の側面を突いたことで、同軍は壊滅することになる。
セーナはその後、ルーファスやエリミーヌ、ホームズらを引き連れて、東へ向けて航海を始め、復活したばかりのアウロボロスとの勝負を経て、今、足を踏みしめているエレブへとたどり着くことになる。
その間、リーベリアでの戦況もセーナの復活によって一変する。セーナの命によってイザーク・ティルナノグに大返ししたアルドは彼女から帝位を譲られた後、ワープで戻ったリグリアにて建て直しのための戦いを始める。レダ奪回戦ではリチャードの活躍と、西方イストリア国境戦線を制していたアイバー率いるアカネイア・ウエルト・サリア連合軍の援軍によって、クレスとクリード率いるエインフェリアを大いに打ち破った。
また東方ソニア要塞でも駆けつけてきたトラキアの勇者デルファイによって、ついに均衡が崩されることになる。ソニア要塞は猛襲するシグルド2世軍によって壊滅寸前に陥るものの、元々この地を決戦にするつもりはないシグルド軍と、デーヴィドとジュリアスの活躍によって篭もるセネトたちは辛くも救われることになった。
アルドはこのシグルド軍を壊滅させるためにサイの地にて対峙する。アルドはリーベリア・ユグドラルの勇者を自身の手元に集結させるという奇策を持って、力で叔父を打ち破り、そしてナディアも駆けつけてきたルゼル操るアリティア連合軍と追撃してきたデルファイ軍の猛攻についに力尽きることになるのだが、それはまだ彼女の耳には届いていない。
一通り振り返りが終わった頃には、すっかり夜も更けていた。セーナとレイラは寝床に入り、明日に向けて寝ようとしていたものの、どうもセーナは寝付けずにいた。
外に出て、一面に輝く星空を眺めていると、何者かが声を掛けてきた。
「眩いばかりの星空ですね、私にはいささか眩し過ぎますが。」
聞いたことのない声音に、セーナはその声の主を見た。どこかで見たような雰囲気をしているが、まとう魔力をセーナは感じたことがなかった。
「あなたは誰?」
「お初にお目にかかります。私の名はギムレーと申します。・・・遥か未来からあなたに一目お会いしたいと思い、飛んできました。」
「あなたも時空を乱そうとするもの?」
「いえ、その逆です。何しろあなたがラグナを倒してもらわなければ、あなたの孫にもあたる私も将来存在することができませんからね。」
「孫?どうりで見たことのある風貌だと思ったわ・・・。そうすると、あなたはエレナに宿ったアウロボロスの子、というわけね。」
「その通りです。私の世界ではあなたがラグナを破った600年後、アウロボロスを再覚醒させたあなたの娘エレナによって世界中の文明が滅亡します。あなたがたが築きあげた歴史はもはや神話・伝承としてしか残っておりません。」
世界が滅んだと聞かされても、セーナは別段驚いた様子は見えなかった。
「ふぅ~ん、文明が滅んでも私たちの活躍が残っているなんて嬉しいことね。」
「辛うじて残った人間たちはその神話・伝承を元に希望を見出し、新たな世界を築いていきました。そして私は人間たちの希望を絶望に変えるために、世界に闇をもたらそうとしています。」
「所詮は同じ繰り返しというわけね。ふふ、人というのはどこまでも罪深い存在ね。・・・それであなたは何の用。そんな未来話をしにきただけ?」
「ええ、本当にそれだけです。その伝承から、かつて人類をまとめて、竜族に挑んだ女性がいると聞いて、どんな人物かお会いしたかっただけです。」
「それだけかしら、本当はあなたの世界に私のような存在になりそうな人が出てきたんじゃないの?」
ニヤニヤしながら言うセーナに、ギムレーは静かに笑う。何も言わないのを肯定とみなしたセーナは続ける。
「所詮、世界なんて昼と夜があるように、闇か光がすべてを統べることなんて有り得ないこと。逆もしかり。あなたが世界を再び絶望で満たそうとするならば、希望をもたらすものが出てくるのは世界の理よ。・・・まぁさっきの話を聞いた話だと、さすがにエレナの時は彼女の絶望を覆すものは現れなかったみたいだけれども。」
そしてしばらく見詰め合った後、セーナは大きな欠伸をして背中を向けた。
「ま、そろそろ眠くなってきたから、挨拶程度であるなら、この辺で失礼させてもらうわ。暇があったら、また会いに来てもいいわよ。」
ギムレーはそんなセーナの様子を見ていて、しみじみと思っていた。
(隙だらけに見えて、どこにも隙がない。というよりも最初に警戒していたときに放った魔力の鋭さときたら・・・、やはりあなたは稀代の戦乙女だったのですね。)
何か納得したような表情になったギムレーは闇に解けて消えていった。それを魔力で追っていたセーナは静かに呟く。
「あれがアウロボロスが生み出した、次世代の邪竜ね。本当に人というのは変わらないんだから!」
最後のところはわずかばかりだが、苛立ちが込められていたことを、同居するミラドナは見逃さなかった。
ともあれ再び睡眠を取り始めたセーナは今度は妙な夢を見ることになった。気がつけば眼下には見慣れた宮殿があった。
「あれはヴェスティア宮殿・・・。私の知っているものよりも少し大きくなっていることからすると、少し未来のものかしら。」
その推測はあたっているが、あまりにも眼下の状況が異様であった。ヴェスティアからシアルフィ、ユングヴィに向けて、多くの国民が避難を始めていたのだ。一方、逆側のフリージ丘陵入り口では激戦が繰り広げられていた。帝都を守る軍勢の旗印は双龍旗で、それを攻めるのが聖斧の旗を掲げる軍勢だった。
「これはアルドとレクサスの戦い?何らかの形でレクサスはヴェスティアの防衛能力を奪い取り、一気にその心臓たるアルドを打つべく、奇襲をしてきたってことかしら。」
眼下の状況を見ただけでそこまで見切るあたりはさすがセーナであった。数はざっと見ただけであるが、アルド軍が10万、レクサス軍がオーガヒルも含めていて50万近くになっていた。アルド軍が少ない理由は先ほどセーナが見た国民の避難に大半の兵を割り当てていたからである。レクサスは自身で編み出した鬼謀により、大兵力を生み出す帝都の機能を停止させていたのだ。
といっても迅速に帝都を落とさねば、自身が今度は窮地に陥る。もともとアルドもレクサスの計は見切っているようで、無理に攻め込まずに柔軟にレクサスの攻めを受け止めていた。時間さえ経てばバーハラからの援軍が来るのだろう。レクサスもそれを理解しているから、それこそ火の出るような勢いで猛烈に攻めまくる。
世界でも1,2を争う精鋭グラオリッターとグリューゲルの激突は終始、互角であったが、やがて数に勝るレクサス軍がアルド軍を圧し始める。グリューゲルもよくよく耐えていたものの、グラオリッターだけに対応するわけにもいかなくなり、どうしても戦力を集中させることが出来ずにいた。このままいけばアルド軍の敗勢が濃厚になりそうになっていた、その時、地平線の彼方より50万に迫るバーハラ軍がようやく姿を見せた。これに気づいたレクサスは意地でもアルドを倒すべく総攻撃を開始し、アルドも懸命にその猛攻を防ぐ。
そんな戦が佳境に入ろうとした時にセーナはまぶしい朝日によって目を覚まさせられた。
「・・・夢・・か。」
彼女としては未来の一つの可能性を見せられたわけだが、折角ならば結論も知りたい気持ちでいた。ただ、どうして急にそのような夢を見ることになったのかもわからない今、同じ夢の、しかもその続きを見れる保証はない。
さすがの彼女も今の夢が『運命の鍵』キー・オブ・フォーチュンが見せたものとは思いもよらなかった。セーナは気を取り直して、頭を覚醒させるために顔を洗いに外に出て行くのであった。