「では草原の掟に従って、どうしてもラグナの下で私たちと戦うということですね。」
東方サカの攻略を任されたハノンは部族を束ねる族長と会見していた。同じ人類としてラグナとの共闘を持ちかけたのだが、やはり梨のつぶてに終わりそうになっていた。
「先祖のこととはいえ、一度力を以て屈した以上は主のために尽くすのが草原に生きるものの宿命。共に戦って欲しければ力で我らを下すことだ。」
間にアクレイアから同行している通訳を介しているが、概ねこのような返答であった。
「女性の身で、敵とわかっていた我らに堂々と乗り込んできたそなたに敬意を表し、そのまま帰ることを許す。」
族長の言葉で、ハノンとの会見は決裂という形で締められる。ゲルを後にする時に、ハノンは思い出したかのように振り返って言う。
「族長殿、一応警告をしておきますが、我らを倒したところで、次には万単位の援軍が相手となります。私が相手の間のうちは温情を持って接するつもりではいますが、私を破った後はたとえ降伏しても許されないと思って下さい。もっとも、私は負ける戦はしないつもりですけどね。」
恐ろしい言葉を吐きながらも、静かにゲルを後にするハノンの姿は相変わらず颯爽としており、サカのものたちも結局何も返すことはできなかった。
「しかしこの八門陣は固いぞ。ただでさえ、数で大きく劣っているのに、この堅陣を崩せるのか。」
同行してきたホームズは敵陣の中でも颯爽としていたハノンのことをすっかり認めていたが、事前に見ていた敵の陣形を見るとさすがに攻め方が思いつかずに苦慮していた。
「別に大きく崩すつもりはありませんよ。彼らは対ラグナ軍の道案内をしてもらわないといけないので、一時的に戦力を削ぐような戦い方をするだけです。」
「本気でルーファスに宣言したように死者を出さない戦をするつもりか?」
ホームズもその言葉を聞いて、楽しみに付いてきたものである。この堅陣を崩すだけでも一苦労だと言うのに、死者を出さない戦をして勝つなど絶対に不可能だと思っていた。しかしハノンは笑顔で返す。
「もちろん戦は生き物である以上、確実に死者を出さないようにするのは不可能です。だけど、いたずらに死者を出せば、後々の禍根につながってしまいます。」
「まぁな、だが、それが難しいんだがな。」
一方、ゲルに残る族長たちもハノンが最後に残した宣言に、苦虫を噛み締めていた。血気に逸る若い者が族長に迫る。
「まだあの女もそんな遠くまで行っていません。今のうちに討ちましょう!」
だが族長は冷静であった。
「お前の目は節穴か。あの二人を襲ったところで多大な犠牲を出して、逃げられるだけでなく、サカの部族たちの義は失墜するぞ!」
そして瞳を閉じて続ける。
「何にせよ、既にラグナ様も援兵を派したという知らせもある。我らができるのはあの娘の手勢を撃退し、返す刀で後を追ってくるであろう軍勢を撃滅するしかないのだ。」
だが族長は思った。本当にあのハノンとかいう娘に負けるのではないのか、と。それを振り払うためか、族長は改めて言う。
「良いか、我らはあの娘の手勢には打っては出ぬ。あくまで迎え撃つ形で、あの娘の矢を止めるのだ。」
(どちらにせよ、一両日中に決着を付けねば・・・。)
自陣営に戻ったハノンは再び眼下に布陣しているサカの八門陣を見ていた。敵陣は先ほどまでいた本陣を中心に円陣や方陣を八方向に配した陣形をしており、ハノン隊はそれを西から攻めようとしている。
「かつて世界を統べていた古代帝国ですら手こずったというサカの八門陣。だけれども付け入る隙はある。」
今のハノン隊は彼女自身が率いる旧Pグリューゲル弓騎士隊に、母ラケルが率いる精鋭バイゲリッターの二隊で構成される。特にバイゲリッターはアルドのリーベリア大返し時の主力を担った部隊だけあって、接近戦での強さも身に付けていた。数は圧倒的に劣るものの、守りに入った敵相手ならば十分勝機はあるように見えた。
「随分と余裕そうね。」
そんなハノンに母ラケルが近づいてきた。
「あれだけ守りに重点を置いた布陣を見たのはヴェスティア決戦での先帝以来よ。あの時でも攻撃重視のクロスナイツが攻めあぐねていたのに、私たちであれを抜けるのか、と思ってしまうわ。」
「ヴェスティア決戦では抜く必要はありましたが、私たちはあれを抜く必要はありません。ホームズさんにも言いましたが、力を見せ付ければそれで事は足ります。」
「力?」
「ハイ、サカの部族たちは昔の血を色濃く残した、典型的な戦闘民族。そんなものたちには百の言葉を弄すよりも、どう逆立ちしても勝てないことを見せ付けた方が効率的です。」
それはアクレイアを出たときからハノンが一貫して言ってきたことである。ただし、ではどのようにしてその隔絶した力を見せるのか。ラケルはそれを聞くが、ハノンは逆にあることを問い返してきた。
「母上、一つだけ教えてください。かつて、母上は人を殺めることが出来なかった人と聞いてます。」
「そうよ、今思い返せば、あのときの私は少し弓の腕良いからって自惚れていたのかもしれないわね。力と義を示していれば、人は何も言わずに付いてくると思っていた。・・・・・・まさか、あなた?!」
「そうです、私はこの戦いで、力と義があれば人は振り向いてくれることを母上にお見せしたいのです。そして、叔父上には申し訳ないですが、母上に昔の母上に戻ってもらいたく思ってます。」
「ハノン・・・。」
「清濁併せ持つことが不要だとは思いません。だけど、このままではこの戦で勝ったとしても第二のラグナをすぐに生み出してしまいます。」
「・・・」
「私たちにはセーナ様のように圧倒的な力で、濁りのない清らかな風を世界に流す必要があるのではないでしょうか。・・・セーナ様は私に仰ってくれました。今のセーナ様であれば、ラグナを打ち倒すことは出来るであろうと。だけれどもそれをしないのは時を待っているからと。私はそれを、清らかな風を流す人々が出てくる時と思っています。」
「清らかな風・・・。」
静かに呟くラケルに対して、娘が決意を告げる。
「母上、もう一度言いますが、母上はまだ過去の人ではなく、兄と、ヴェルダンと、ヴェスティアを今後も支えなければならないお方です。だから、私は、この戦いで母上を、昔のように人を殺めない、清らかな風を流す人に戻して見せます!」
そして軽く頭を下げて、ハノンは母の元を辞した。
その光景を遠くから聞いていたのがホームズであった。頭を掻きながら、つい本音を漏らした。
「まったく大した娘だな。これじゃ俺が何のために付いてきたのかわからんな。」
そんな彼に静かに近づいてくる影があった。
「もうそれだけ時代が移っていることだよ、ホームズ。」
その声の主を知っているのか、ホームズは大きなリアクションを取ることなく静かに返す。
「全くだ。・・・それよりも俺はお前がこっちに来たことが本当に信じられないんだがな、リュナン。」
相手はリムネーから息子ローランに同行していたリュナンであった。そのままサウスエレブに行くと思っていたのだが、なぜかこの東方遠征軍に付いてきていたのだ。
「ローランならば心配していないし、どのように締めようとするのかも想像は付いている。・・・あいつはメーヴェにそっくりだからな。それよりも私は君と同じようにハノンの戦い方が気になったものでね。」
この戦いでホームズはラケルが指揮していたバイゲリッターの一部を借り受けて、指揮を取ることになっている。リュナンは密かに彼の部隊に紛れて戦う予定であった。
「そりゃそうだな。だけどよ、あの陣形を見ると俺でも勝てる気がしないんだが。」
眼下に広がる八門陣は微動だにせず、ハノンたちの挑戦を待ち受けていた。その威容には歴戦のホームズもさすがに呑まれていた。これを見たリュナンは思わず噴出した。
「そんな弱気なホームズを見るなんて珍しいな。」
「弱気なものか。冷静に現状を見て、思っただけだ。」
「そうかな?昔のホームズであれば、『軽く食い破ってやる』とか言って、まっさきにシゲンとでも突っ込んでいたんじゃないのか。」
そんな光景が浮かんだのか、リュナンとホームズはお互いを見合って吹き出していた。
「はは、やっぱり年なんて取るもんじゃないな。これでは俺もハノンに言われてしまうわ、『昔のホームズに戻してあげる!』なんてな。」
「もしかしたらホームズが盗み聞きしていたのも、彼女ならば知っていたのかもね。」
「あの風のような女ならばそれも可能だろうな。ということはあれは俺に対しても言っていたことになるのか。こりゃ、参ったな。」
頭に手を当てて、苦笑するホームズは、一気に10歳以上は若返ったような無邪気さが戻ったようにリュナンは見えていた。
「さ、そろそろ軍議の時間だろ、私に構わずに行ってくれ。」
「ああ、わかった!」
それぞれに悩みながら、苦悶しながら時を過ごしてきた英傑たちはハノンの透き通った風に触れて、自由闊達として生きてきた若き自分を思い出した。そしてそんな彼らにハノンは明日から始まる戦いの作戦を打ち明けた。
リーベリア出身の英傑3人を引き連れ、八神将の疾風ハノンの軍略がサカの草原に吹き荒ぶ。