カラリと地に落ちる雷剣ジークリンデ、その持ち主は既に魔に飲み込まれていた。それを呆然と見つめるのはルネスのもう一つの双聖器ジークムンドの持ち主にして、双子の兄エフラムであった。
「ククク、滾ルゾ!無垢ナル女ノ心ガコレホドトハナ。コレデアレバ貴様ラナド屑ソノモノダ。」
 妹エイリークは幼馴染リオンの人格を巧みに出してくる闇についに心を奪われ、取り込まれることになった。更なる進化を遂げた闇に対してエフラムは怒りにかられ、炎槍ジークムンドを構えて今にも突進しようとしていた。
「エフラム、撤退するのよ。今の魔王は手に負えないわ。」
ラーチェルの言葉も聞こえずに、ついにエフラムは魔王に対して突進た。が、すぐに何かがエフラムを引き止める。
「お願い、エフラム、馬鹿なことはやめて。エイリークだけでなく、あなたまで失ったら・・・。」
目を真っ赤にしてターナが引きとめたのだ。これにエフラムの怒りが急速に収まっていく。
「すまない、ラーチェル、ターナ。」
そして文字通り、脱兎のごとく魔殿から撤退していった。
「マダ滾ル、滾ルゾ!コレホドトハ思ワナカッタ!!」
一度エフラムたちによって制圧された闇の樹海に、そしてマギ・ヴァル大陸にも魔の侵食が始まる。
 「どうすればいいんだ。」
闇の樹海にまで辛うじて撤退したエフラムたちは心を乱しながらも、攻めてくる魔物たちを蹴散らしながら対策を練っていた。
「あのエイリークを取り込んでしまったことで、もう聖石も力は及びませんわ。」
ラーチェルが無念そうに伝えるが、その目はまだ何かあることを伺わせた。それにエフラムが気付いて先を促す。気持ちはどこか急いているが、ようやく頭の回転が戻ってきたことに満足したラーチェルがそれに応える。
「だけれども一つだけ叔父様より手立てを聞いておりますわ。でもそれはあまりにもリスクの高いもの。あの魔が更に巨大なる闇を呼び込んでしまうことも有り得ますわ。」
「魔が・・・・闇を?」
「でも、上手く行けば闇を打ち払う、更なる巨大な光を導くこともできますわ。それはまさにあなたの持つ天運次第。どう、ここで滅びを待つのではなく、乗るか反るかの大博打でも打ってみない?」
傍らで聞いているターナはラーチェルもショックでおかしくなったのかと思っていた。しかし、ラーチェルの目は本気である。そしてその熱気にエフラムも引き込まれていた。
 そしてエフラム軍は再び魔殿に突入する。

 一方、別世界にあるイーリス聖王国では聖王クロムの下に、破滅の未来からやってきて父と共に未来を変えたルキナが訪れた。
「お父様、お忙しいところ、申し訳ありません。」
「いや、構わんさ。最近はこっちのルキナにいいようにされているからな。」
 邪竜ギムレーを辛くも打ち破ったクロムは姉エメリナの後を継いで、イーリス聖王の座に正式に着いた。しかし元々内政のような難しいことはクロムが苦手としていることから、フレデリクとミリエル、マリアベルの三人にイーリスの復興を指示していた。謹厳なフレデリクとミリエルに対して、マリアベルは何度か衝突していたりしているようであるが、とりあえずはイーリス復興も軌道に乗りつつあった。
 対するルキナは共に未来からやってきた仲間たちと共に残存する屍兵たちの掃討を行いながら、ある人物を捜索していた。それこそがルキナの母であり、クロムの妻でもあるルフレであった。彼女は邪竜ギムレーを完全に滅ぼすために自ら進んで犠牲となり、ギムレーを自滅へと追い込んだのだ。しかしそのままルフレ自身も姿を消すことになってしまっていた。
 「それで久しぶりにやってきたということはルフレのことで何かわかったのか?」
ルキナは一月に一回は会いに来ているのだが、クロムは二言目には同じことを聞いている。それも無理はないと娘はいつも思う。
 己の半身と恃むルフレは頭が切れるだけでなく、クロムの思想をよく理解していた。先にあげた三人とて理解していないわけではないが、それを具現化させることが彼女に到底及ばないことは恐らく本人たちが一番痛感しているのだろう。
「いえ、残念ながら今日もお母様のことではありません。急に来たのは異界の門のおじいさんがお父様に急遽お会いしたいという言伝を頂いたんです。・・・何でも時空の危機だとかで、どうしてもお父様の力が欲しいと。」
「あのじいさんが?」
「はい。」
先年までの一連の戦いの合間で、クロムたちはルキナの言う異界の門で魔符によって生み出された英傑たちと戦いながら、そこに住む老人が奪われた(ばら撒いた)魔符の回収を手伝っていた。
「またインバースのような色仕掛けにやられて魔符をばら撒いたんじゃないのか?」
とは言うものの、久しぶりに体を動かせる理由が出来て、まんざらではない表情をクロムがしていることに、娘たるルキナが気付かないわけがなかった。一応、気付かないふりをしてルキナが苦笑しながら返す。彼女も前の戦いに比べれば大分角が取れ、表情が柔らかくなっていた。
「いえ、私も疑っていましたが、ちゃんと魔符はしっかりと保管されておりました。」
「仕方がない。では行くとするか。」
と言って、聖王とは思えない気楽さでさっさとイーリス王城を飛び出していった。先ほども言ったように内政全般は先の3人に、屍兵残党には元自警団出身のイーリス軍やルキナたちが対処していたので、意外とクロムの手は空いているのだ。
 そして異界の門をくぐるとすぐに例の老人が飛んできた。
「じいさん、久しぶりだな。ルキナから時空の危機と聞いたんだが、どういうことだ?」
「すまんのう。わしの持っている魔符ですら無効化されてしまって、手のうちようがないのじゃ。」
「いろんな伝承の魔符でもか?」
「そうじゃ。まぁ、話すより行ってみれば、良かろう。」
「じいさん、ちょ、ちょっと待ってくれ。」
しかし老人はクロムの話を聞かずに二人をそのまま作り出した空間に送り込んだ。
「マギ・ヴァルより生まれし魔王がまさか時の最果てに現れるとはな・・・。いくら手が無いからといって、あんなところに送ることはなかろうに。」
つぶやく老人は二人が行った方向を見ながら続ける。
「わしも出来うるだけのことはした。あとはそなたたちの力次第じゃ。」

 時の最果て、そこはあらゆる次元、時間軸が交差する場所。ラーチェルの秘策によって魔王とエフラムはこの地に飛ばされていた。しかし魔王の力はさすがに強靭で、一対一での戦いでは圧倒的不利は否めなかった。
「何ガシタイノカハワカランガ、コウナレバコノ空間ゴト貴様ヲ叩キ潰ス。」
魔王の波動は容赦なくエフラムの肉体を蝕み、そして心も次第に絶望に苛まれつつあった。
(やはり駄目なのか・・・。こんなところに光をもたらすものが訪れるわけがない。)
 しかし、そう思った直後、馬蹄の響きと共に5騎の騎士が現れたかと思えば、あっという間にエフラムを乗せて、魔王の前を去っていった。何が起きたのか分からず、とりあえず己を救ってくれた女性をみると、エイリークのような蒼髪がまず目に入った。
「まったく、あんな化け物みたいなのに、一人で挑むなんて無理もいいとこよ。」
その蒼髪の女性がエフラムに言った。少し顔を覗き込むと、妹にはない凛々しさが秘められていた。エフラムが自分に興味を持っていることを知った女性は静かに自己紹介する。
「私の名はセーナよ。とりあえずちょっと離れるから、しっかりとつかまってて。」
そして女性二人が相乗りしているところに向かって聞く。
「マリアン、とりあえずこっちの方向でいいんでしょうね?」
「はい、この先にマルス王とシーダ様がカミュ様とミシェイル様と共に控えております。そこまで行けば、あの化け物も手は出せないはずです。」
後ろでもう一人の女性にしがみついていた盲目の女性がセーナに応える。
「私たち戦乙女3人に、ヴェスティアで誓いを立てた三銃士、アカネイアの三英雄、これだけ揃えば負けない布陣にはなりそうね。ね、義姉上。」
気分をよくしたセーナはもう一人の女性、義姉ナディアに話しかけた。
「まだ油断しないことね。そうそう読みどおりにはさせてくれないでしょうね。」
案の定、半人半馬の魔獣タルヴォルの大軍が既に追いつこうとしていた。
「今のままでは満足に戦えんぞ!」
セーナの兄シグルド2世たちが後方に回って、迫ってくるタルヴォルを返り討ちにしているがいかんせん数が多すぎる。セーナが戦えれば多少は逆転できる目も出てくるが、今はエフラムを支えているので上手く戦えていない。
 やがて西に逃れるセーナ隊がタルヴォルの大軍に呑まれそうになったとき、南北から人の大軍が襲い掛かった。
「まさかこんな形でセーナ様をお救いするとは・・・。」
赤髪の軍師ミカがうれしそうに呟くと、傍らにいる蒼髪の女性が振り向いた。
「ミカさん、何かお呼びしました?」
その女性もセーナと言った。複雑だ、とミカは苦笑するが、すぐに真顔に戻る。
「気になさらず。このまま攻勢を続けてください。でなければロイ殿たちの負担が大きくなってしまいます。」
こちらのセーナは素直にうなづく。そして凛とした声を響かせる。
「レオとマーク殿に伝令。このまま北のロイ様と共に魔物の軍を押しつぶします!」
次世代の獅子レオパルドが咆哮し、セーナを慕うミカの息子マークが采配を振るい、タルヴォルを蹴散らしていく。
 「アレンとランスに伝令、そのまま押し込むんだ!」
北から攻めるのはロイ率いるエレブの勇者たちであった。両先鋒を任されたアレンとランスは見知らぬタルヴォル相手にも怯まずに押し込んでいく。ある程度、優勢が見えてくると、ロイはリリーナを連れてセーナたちと合流すべく馬を走らせた。
「ロイ、何か嬉しそうね。」
リリーナがロイに聞く。
「当然だろう。普段は無理やり戦わされた彼女と、今回は共に戦えるんだから。」
「でも、それだけここも危ないってことでしょ。」
「そういうこと。そして勝たないといけない。でなければ、生も死も、時間も次元もすべてが壊れてしまうから。」
 辛くもタルヴォルの大軍を蹴散らしたセーナたちは後方に待機していたマルス軍と合流した。
「・・・・ようやく事情がわかったわ。それにしても無茶なことをするものね。世界が救えないなら、次元を超えて助けを求めるなんて。まぁ私も人のことは言えないけど。」
かつて己も次元を超越した力を使用したことがあるだけに、彼女はエフラムの思いをよく理解していた。
「ま、でも狙いは悪くないかもね。ここには3振りの『運命の鍵』が揃ったんだもん。上手くやればあの魔王を倒すことはできるんじゃない。」
セーナ、マルス、ロイ、三人が持つ最強の剣キー・オブ・フォーチュンは既にそれぞれの存在を認め合って、共鳴している。
「それだけじゃ駄目だ。妹を、リオンを、救わなければ・・・。」
エフラムの思いに、三人の英雄は思わず見合わせる。
「気持ちはわかるが・・・。」
ロイの言葉をセーナがさえぎる。
「手はないわけではないわ。」
これにエフラムだけでなく、ロイとマルスも反応した。
「破邪の魔法ジャスティスブレイク、これを使えば闇に捉われた心を解放することができる。だけれどもこれを使うにはあの魔王は強すぎる。魔王をギリギリまで弱らせるか、隙を作るしか手はないわ。」
本当ならば聖魔法ティアリーライトを使いたかったのだが、かつて同居していた大地母神ミラドナが離れているため、もちろん利用することはできない。
「あの魔王を弱らせる手間はないぞ。配下の魔物たちだって強力だから、一気に決着を着けなければこちらが負ける。」
 その時、連合軍の陣地に一組の男女が訪れた。彼らこそが異界より飛んできたクロムとルキナだった。ただ時が時なだけにセーナたちの元に通されるまでにはミカによる尋問にも似た質問攻めを受けたのは言うまでもなかった。
「ミカのことは許してちょうだい。これも私たちのことを思ってのことだから。」
これにクロムは気にしていないとばかりに頷いた。
「いや、こちらこそ無用心に軍に接近してしまったのだ。詫びるのは俺たちの方さ。」
そしてクロムとルキナがそれぞれ軽く自己紹介をする。
「も、もしかしてあなた方は本物なのか?」
クロムの軽い疑問にマルスたちが首を傾げると、おそらく例の爺さんのことを知っているのだろうロイが軽く魔符のことをマルスに伝える。
「あぁ、あのお爺さんのもとで修行していたのか。厳密には僕らは天上の人間だから、魔符から生まれたものでも、君やエフラムのように生の人間でもない。」
「天上の人間?」
「そう、現世の姿を借りて、こうしてのんびり・・・ではないけれども好き勝手やっていたんだ。」
これにセーナが毒づく。
「私が来てからのんびりできなかったような物言いですね。」
実際にセーナが来てからというもの、天上では隙を見てはマルスと剣を合わせていた。時には軍勢を繰り出しては戦を行っていることもあったくらいである。ロイが来てからは特にその傾向は顕著になり、平和に惚ける暇は完全になくなっていた。
「い、いや、悪い意味ではないんだけどね。」
さすがの神君もタジタジであった。
 すっかり忘れ去られそうになったクロムが軽く咳払いして話を戻した。これにセーナとマルスが顔を見合わせて苦笑する。
(でも、やっぱり世界の英雄ですね。こんな状況でも冗談を言い合えるなんて。)
素直にルキナはそう思っていた。少し前の彼女は世界の存亡を背負って戦っていたこともあって、必要以上に気負っていたことを今でも覚えている。
 ともあれ、これで役者が揃い、いよいよ作戦を練り始める。セーナはもちろん、ナディア、マリアン、ロイ、マークなど歴史にその名を轟かす戦略家が揃い、ミシェイル、カミュ、シグルド、エルトシャン、キュアン、レオパルド、そしてクロム、ルキナとそれを具現化させるだけの駒がいる。まずは魔王を取り巻く魔獣たちを蹴散らす方策はすぐにまとまった。しかし、肝心の魔王からエイリークとリオンを引き剥がし、倒す戦術となると、さすがに煮詰まっていた。ここでは敢えて何も口を出さずにいたセーナが静かに口を開ける。
「今まで練った策がパーになってしまうだけでなく、リスクも高いけれども、確実に魔王の注意を逸らす方法はあるわ。」
『?』
「闇と魔を戦わせる・・・。」
セーナの述べていく策に最も驚いたのが誰あろうクロムとルキナであった。何しろセーナが言う闇というのが、この天上に迷い込んでいたルフレだったからだ。

 先ほどマルスが少しこぼしたように天上ではセーナを中心にして、マルスとロイ、そして彼らに関わったものたちを中心にして、簡単ながら戦いが行われていた。もちろん命のやり取りは行わず、それぞれの駆け引きの妙を競い合っていただけなのだが、突如として巨大なる邪竜ギムレーが天上に現れるようになったのだ。それこそがクロムたちが探すルフレである。
 現世では未来からきたギムレーと自殺のような形で消滅したものの、その時に生じたエネルギーが強烈だったことから天上まで飛ばされていたのだ。そしてクロムの憂えていたギムレーの力は残念ながらまだ消えておらず、一度その巨大な姿を見せて、天上の秩序を脅かそうとすらしていた。そのため事態を憂えた三英雄は『運命の鍵』の力を使って彼女を封印していたのだった。

 今回はその封印を解き、あの魔王にぶつけようと言うのがセーナの策である。似たような波長を持つ両者であるから、相手を取り込もうとしてまずは間違いなく両者は相争うことになるだろう。そして力が弱って相手を取り込もうとしたところが最大の隙となる。その一瞬を持って、セーナは仕掛けるべきだと言ったのだ。
 共倒れになれば理想なのだが、セーナの見立てでは魔王が強く、ギムレーを打ち倒すと見ている。そしてギムレーが弱まり、魔王がギムレーをも取り込もうとする瞬間を狙ってセーナたちが仕掛け、ジャスティスブレイクを持ってエイリークとリオンを魔王から引き剥がす。これがセーナの立てた策である。
 だがリスクは当然ある。まずはタイミングを少しでも誤れば、完全なる闇、もしくは魔が生まれることになり、そうなればセーナたちでも手に負えなくなる点がある。また、そもそも魔と闇が反発せずに手を取り合って、時の最果てを破壊せんとする可能性も否定することができない。しかし上手くいけば、エイリークとリオンだけでなく、ルフレを正気に戻すことも可能となる。セーナはこのハイリスクハイリターンな策を提示し、やがてマルス、ロイもこの策に乗っかった。この三人が考えていることはただ一つである。妹・親友を助けたいエフラムと、妻・母を助けたいクロム、ルキナのためにできることをする。何よりも絆を重んじてきた三人にとっては当然の結論であった。
 もちろんリスキー過ぎるとミカやマークが止めようとするものの、セーナがエフラムたちを軽く見ていう。
「この戦いはただ次元・時空を守るだけの戦じゃない。愛するものたちの絆を断ち切って守らねばならない世界であれば、私はこんな世界なんていらないわ。」
この一言で場の空気は決した。というよりもマルスとロイも賛同している時点でセーナの策は既定路線と化しており、ミカとマークの諫止はセーナの思いを周りのものに改めて理解させるための狂言とも言えた。

 過去と未来、生と死、時空と次元、そして信じあう絆を守るためにセーナの鬼謀と英雄たちの絆が闇と魔に挑む。

 

 

 

 

 

最終更新:2012年08月17日 00:24