「眠れないようね。」
最後の軍議を終えて、セーナはエフラムを呼び出していた。
「どうしてあそこまでしてエイリークやリオンを救う策を立てたんだ。」
「言ったでしょ。私は絆が断ち切ってまで守る世界なんて無用だって。・・・それにもう一つあるのよ。」
「?」
「誰かのために、絆のために戦う人間は限界を超えた力を発揮できる。」
「絆の力・・・。」
「そう、私もどうしようもなく強い敵が3人いた。1人はちょっとズルをしてしまったけれども、残りの2人も私一人の力ではどうすることもできなかったわ。」
「それを絆の力で打ち破ったと?」
「そういうこと。まぁ私の場合は周りの皆がいなければ、さっきいった3人に会わないうちに死んでいたことだってあったでしょうね。それだけ私は弱かった。」
「それは僕も同じさ。」
二人の会話に割り込んできたのはマルスであった。
「僕だって皆がいなければ、アリティアが一度滅ぼされた時点で命を失っていただろう。メディウスどころか、さっきいたカミュやミシェイルにも勝てなかっただろう。」
そしてマルスの手がエフラムの肩に置かれた。
「君にもそんな絆があったのだろう。今は一人かもしれないけれども、既に僕らの間に絆が出来ているじゃないか。そしてその絆が君が紡いできた絆を取り戻してみせる!」
そしてエフラム、マルス、セーナは固く手を取り合った。
別のところではクロムとルキナが静かに魔王がいた方角を見ていた。
「お父様、まさかお母様がこんなところにいたとは思ってもいませんでした。」
やはり話題はルフレである。
「それは俺も同じさ。しかもギムレーの力が覚醒していたなんてな。」
「・・・本当にお母様は戻ってこれるんでしょうか?」
「ルキナ、心配するな。俺たちの絆で絶望の未来は変わったんだ。ここにいるみんなの絆が合わされば、不可能なことはない。」
「その通り。」
今度はロイが割り込んできた。
『ロイ殿!?』
「親子水入らずのところ、申し訳ない。ただ、セーナが君たちのことを心配していたのでね。ま、取り越し苦労だったみたいで良かった。」
そう言って、すぐに立ち去ろうとするロイに、ルキナが呼び止める。
「あ、ロイ殿、待ってください。一ついいですか?」
「?」
「あの、この地に現れたお母様、いえ、ギムレーはどんな様子だったんですか?」
その問いにロイは少し間を空けて応える。
「正直なところ、僕にはあまり印象がないんだ。ふらっと戦場に現れては、圧倒的魔力で僕らの部隊もセーナの部隊も崩して、立ち去っていったから。一度剣を交えたこともあったけど、その時はまるで心がないかのようだった。でも君たちから事情を聞いて、ようやくわかったことがある。」
「?」
「君らが知っているルフレの心はまだ死んではいないさ。でなければ、この世界はあの魔王が来るまでに滅んでいただろう。」
そしてロイが再び寝床に戻ろうとしたものの、ふと足を止めた。
「もし彼女に会う覚悟があれば、明日僕らに付いて来るといい。彼女は僕らの剣キー・オブ・フォーチュンで封印されているから、明日の朝、その封印を解きにいきます。」
これにルキナがすぐに返した。
「行かせてください!」
そして同じような目でクロムもロイを見た。
「だが彼女と話すことは厳禁だ。残酷なことを言うが、僕らはギムレーと魔王を争わせることにある。君たちの絆で彼女を覚醒させてしまえば、今度はエフラムがつらい目に会うのだから。」
要は封印されていたルフレがギムレーという悪夢になるのをじっと見ていろということである。これほど残酷なことはない。しかし、クロムは躊躇わなかった。
「わかっている。まずは彼女が生きていることが確認できればそれでいい。」
そしてルキナも首を縦に振る。これにロイは微笑みを返した。
「わかった。僕からセーナに口添えしておこう。明日の朝は早いから今のうちに寝ておくといい。」
そしてロイも自身の寝床に戻っていった。残ったクロムとルキナは溌溂としていたルフレの姿を思い浮かべ、やがて睡魔に身をゆだねることにした。
翌朝、といってもここでは日が上がる訳ではないので、厳密に朝が来ているのかはわからないが、セーナたちは少し離れたほこらを訪れていた。
「ここにお母様が。」
ルキナがこじんまりとしたほこらを見上げながら呟く。そこにセーナが語りかける。
「ねぇ、ルキナ、もう一度聞いてもいい?もし今回の戦いでルフレ自身の心が覚醒しなかった場合には本当に彼女を討っていいの?」
実は昨晩の軍議でセーナが例の策を出した後、ルキナは先ほどセーナが言ったことを言っていたのだ。これにルキナが応える。
「はい、大丈夫です。というより母がそれを望んでいるのです。かつてギムレーが覚醒しようというときに私が母の命を奪おうとした時がありましたが、あの時も母は躊躇わず剣を突き刺すよう言ってくれたのです。」
「ふふ、さすがは私の子孫ね。」
「えっ?」
驚いた顔でルキナがセーナを見た。既に二人を含めて、一同はほこらの中を進んでいる。
「ルフレは私が宿した暗黒神ロプトウス、そして私の長女エレナが宿したアウロボロスという闇の神の末裔よ。」
「し、しかしあなたには闇の気配がまったく・・・。」
「死ぬ少し前にロプトウスを解放したからね。というわけで、あなたのいた未来が壊滅してしまった理由の一端は私にもあるというわけ。」
これにはさすがのルキナも何も返せなかった。
「どうして闇を握っていたのか、聞きたそうな顔ね。じゃあ、一つだけ聞くわ。・・・あなたは穢れのない、闇も影もない世界に住みたいと思う?」
これがルキナの叔母エメリナならば間違いなく住みたいとか言うであろう。クロムももしかしたら首を縦に振っていたかもしれない。しかしルキナはすぐに首を横に振った。これにセーナは少し微笑む。
「私も同じよ。光に満ち溢れた世界ほど息苦しい世界はないと思うわ。残念だけど、そんな世界に住めるほど人も謙虚ではないしね。」
これは彼女が生前、しかも比較的若い時期に悟ったことである。あくまで人の可能性を信じるマルスとは明らかに異なって、ある程度、人というものを見限っている節があった。
「にも関わらず、人はやはり光を求めようとする。光というのは求めるものではなく、自ら作って広げていくものだと言うのに。」
ルキナの世界でもすぐ傍にその象徴がいる。父クロムである。戦が終わり、疲弊した民はクロムに己の光を託していた。もちろん聖王として非力な民を導く使命はあるのは当然だが、それ以上に民はクロムに対して希望や栄光を求めていたことに、セーナの言葉からルキナは気付かされた。さすがにセーナの末裔ルフレの血を継いでいるだけあって、セーナの言わんとすることはすぐに理解できた。
「だから私は世界に闇というものを残すことにするために敢えてロプトウスを残した。そして、娘がアウロボロスを復活させようとするのも止めなかった。」
ルキナは何も言えずにいると、セーナが試すように聞く。
「これがあなたの世界を滅ぼした遠因。そうとわかったら、私が憎くない?」
しかし、それにルキナはすぐに返す。
「いえ、その決断があったから私もこうして生を受け、お父様たちに出会うことも出来たのです。」
この言葉だけで、セーナは彼女のことを認めることとなった。ただこれにクロムが茶々を入れる。
「ルキナも成長したんだな。昔ならば、怖い顔をして斬りかかっていただろうに。」
これにルキナは顔を真っ赤にするが、特に否定はしなかった。これにセーナたちが笑っていると、やがて闇の気がつよくなってきた。
「悪いけれども、お喋りはこれまでよ。」
口調を一変させてセーナがルキナたちを大人しくさせた。このあたりの貫禄はさすがにクロムの比ではなかった。
一同の視線の先にはまるで氷漬けにされたような女性がいた。
(お母様・・・。)
すぐにルキナはそれがルフレだとわかった。クロムも同じような表情をしているあたりは察しているのだろう。
「封印を解いて、すぐに本陣にワープで戻りましょう。」
ロイがそう言って、運命の鍵を掲げて、己の力を注ぎ込む。
「クロム、ルキナ、辛いかもしれないが、今は耐えてくれ。必ず絆を取り戻そう!」
マルスが二人を気遣い、運命の鍵に思いを注ぐ。
「これはすべての時空と次元、万物を守るための戦い。そしてただ勝つだけではだめ。何としてでも絆を守らなければならない。それをするのが、私たちの役目。行きましょう!」
セーナが決意を、運命の鍵に込める。そして封印されていたルフレが輝き始める。
時の最果てにて先に戦いを繰り広げていたレオパルド・マークを先鋒とするセーナ(2世)軍は、北から攻めていたカミュ・ミシェイル軍、南からのシグルド2世・ナディア率いるセーナ軍と共に足並みを揃えて去っていく。この行動にさすがの魔王も訝っていたものの、東から来る闇の波動に注意が注がれた。
すでに東方では人ならぬもの同士の戦いが始まっていた。魔王が派した魔獣軍の先鋒タルヴォルはギムレーとなったルフレが生み出した屍兵の猛攻の前に滅ぼされた。さすがにかつてクロム軍で神算鬼謀を生み出した智謀は健在で、魔王軍の体勢が整わないうちに猛攻を仕掛けてきた。そしてルフレもそれなりに距離が離れているにも関わらず、闇の火球で魔王を直接狙う。
闇と魔が、セーナの狙い通りについに激突する。