「お母様・・・。」
一度撤退していたルキナにも巨大なギムレーと化した母は見えていた。愛する母が憎きギムレーになったことで、次に紡ぎ出す言葉が出ずにいたが、それを見ていたクロムが彼女の肩に手を置く。
「あいつなら大丈夫だ。今は俺たちが機会を逃さぬようしっかりと見ているだけだ。」
今回の戦いでは二人で組を成して、ルフレを覚醒させる役目にあたる。セーナの目だとギムレーでは魔王に勝てないと見ており、二人は絶好機を逃さずにルフレを魔王から離し、彼女の意識を取り戻す任にあたる。
そんな二人をマルスとシーダが見守っていた。今回の戦いでは二人が組みとなって、ギムレー側に張り付き、クロムたちの支援を行う予定である。ちなみにこの組になって戦う戦法はクロムが持ち込んだもので、今回の戦いで各人が採用していた。
「ルキナは特に辛いでしょうね。愛する母が、よりにもよって憎いギムレーになっているんだから。」
「でもセーナが同じ立場だったら・・・容赦なく斬りつけていたかもね。」
これにシーダはつい苦笑してしまっていた。
「クシュン!!」
「セーナ様、マルス様かロイ様あたりが噂してるんじゃないですか。」
こっちはセーナと組をつくるマリアンが茶化す。
「まぁ普段は剣を合わせている同士だからね。悪口の一つは言いたくなるわよ。さしづめ、私がルキナの立場だったら何の躊躇いもなくルフレを倒していた、とか言ってるんじゃないでしょうか。」
これにマリアンは思いっきり声を上げて笑う。生前はその病のせいもあって、どこか暗かった面も覗かせていたものの、今は憧れのセーナの頭脳として活躍しているだけあって、表情豊かになっていた。このあたりはルキナと似ていた。ともあれ、二人は魔王を遠くから見ながら、まずはギムレーと魔王の戦いを見守ることになる。
そして魔王を挟んだ位置にはロイが彼の軍師に戻ったミカと共にいた。
「思いのほか、ギムレーが強いな・・・。」
すでに屍兵と魔獣の戦いは相打ちのような形で事実上、消滅し、ついに魔王とギムレーの対決が始まっている。セーナの読みではすぐにギムレーが危機に陥ると見ていたのだが、想像以上の粘りをもって魔王と伍していた。
「こちらにとっては好都合ですが、その分、片方が取り込まれれば厄介となります。」
ミカもロイもセーナが読みを誤った理由を知っている。その理由となる存在がギムレーの強さに繋がっていたのだ。
(リリーナ、セーナを補佐してやってくれ。)
ミカも認める魔力を持つロイの妻リリーナをセーナのサポートに付けていた。そのため、ミカがロイのサポートに付いている形である。実は理を外した存在となったミカですら、リリーナの魔力には及ばないという。それに今、セーナの傍に必要なのは色々とものを考える軍師ではなく、それをサポートする手足である。リリーナはまさに打ってつけの役目であった。
「今よ!」
セーナがライトニングを上空に上げて、合図とした。予定よりも遅くはなったが、これを合図にセーナとエフラムたちが魔王とギムレーの間に割り込む。そして魔王の背後からはロイとミカが仕掛けて、魔王の注意をそらす。
『虫ドモガ小賢シイ』
魔王も負けじと巨大な拳を振り下ろす。幾度もギムレーに打ち込んできたものである。しかしロイは運命の鍵を持って、これを受け止める。
『馬鹿ナ!』
そして傍らに回りこむミカが業火の理を解き放つ。これに魔王は吹き飛ばされた。この一連のやり取りだけで魔王とギムレーは大きく離されることになる。
「悔しいけれど、やはり私の魔法では吹き飛ばすのが精一杯のようね。」
ミカが自嘲するが、それでも魔王にはそれなりの効力を示しているようには見えた。
「セーナ様、今です!!」
魔王を吹き飛ばした先には既にセーナたちが回りこんでいた。ミカの叫びが聞こえたかは定かではないが、セーナはここで仕掛ける。
『ジャスティスブレイク』
そして、光の波動が魔王を捉える。
一方、ギムレーに乗り込んだマルスやクロムたちはシーダの援護もあって、無事に頭部に到達した。そこに待っていたのは紛れもなくルフレであった。だが瞳に生気はなく、明らかに何者かに操られているように見えた。
「お母様!」
駆けつけようとするが、闇の波動によってルキナは吹き飛ばされる。危うくギムレーの体から落ちるところであったが、そこはしっかりと見ていたシーダによって救われる。
「駄目だ、今の彼女には何も見えないし、聞こえてもいない。」
その原因を実はマルスもわかっていた。それこそが今回の事件の黒幕であったのだ。
この間にもギムレーと化したルフレの攻撃は続く。既にギムレーと戦闘経験のあるクロムだが、今回は互いを知り尽くしたルフレが相手とあってか、彼に対しての攻撃も動きを読んだものが続く。マルスがフォローして、辛うじて交わしてはいるが、このあたりは前のギムレーよりも非常に戦いづらかった。
「どうすればいい。」
クロムがマルスに聞く。
「残念だが、待つしかない。あっちの対処が終わって、セーナも彼女を縛り付けている原因を排除出来るだろう。」
こうして対ギムレー戦線は膠着することになる。
その対魔王だが、セーナのジャスティスブレイクによるエイリークたちの救出に苦闘していた。セーナの持つ魔力であれば十分成せるはずなのだが、やはりジャスティスブレイクの性能に難があった。この戦場で繰り出されている武具は総じて神、もしくは聖武器の加護をうけたものであるが、この魔法はセーナが作り出しただけの魔法であるから、絶対的に火力が足りないのだ。低級魔法ファイアのように術者次第では聖武具に劣らない性能を示すものの、これには火力の足りなさだけでなく、それを補うためには障害となる上限まで定められていたのだ。水に例えれば、ファイアを湖のような魔力を持つセーナが使えば大河川として注ぐことができるものの、ジャスティスブレイクではそんな湖からは良くても蛇口を捻る程度の水しか出てこないのだ。
リリーナが加わり、強引にジャスティスブレイクの威力を増やすものの、それでも魔王の行動を少し縛ることが出来る程度であった。
『本当ニ虫トイウノハウルサイモノダ。』
そして片方の手から黒き魔光を解き放った。既にセーナたちに合流して、魔王をけん制していたロイたちもこれには不意を付かれた。
「セーナ、リリーナ!!」
ロイの言葉にようやくセーナとリリーナは魔王の攻撃に気付いた。だがこのときには、既に跳ね返すだけの間はなかった。ここで、セーナはリリーナを突き飛ばして、自らが魔光を受けた。直後、壮絶な爆発が起こり、セーナが吹き飛ばされる。普段のセーナであれば、この程度の攻撃ならばすんなりと着地して不敵な言葉を返すのであるのだが、今回、彼女は受身を取ろうとはせずにそのまま地面に叩き付けられて、しばらく起き上がろうとはしなかった。
「セーナ様!?」
ミカが慌てて、今まで見たことのないセーナに驚いて駆けつける。
「大丈夫ですか。」
「やはり絆を・・・断ち切るしかないの。」
セーナは決して魔王の攻撃に屈したわけではなかった。だが、その攻撃よりもセーナは絆を取り戻せそうにないことに珍しくショックを受けていたのだ。
セーナ、マルス、ロイの誰か一人が力を出せば、十分魔王を打ち倒すことは可能であった。敢えて回り道をしているのは言うまでもなく、エフラムの希望を繋ぎ、彼の絆を守るためだった。しかし今のままでは捕らわれたエイリークごと魔王を打ち倒さねばならなくなる。その辛さは兄2人を実質的に討った彼女だからこそわかっていた。遅かれ早かれエフラムは妹を失った代償を何らかの形で払うことになるはずである。そしてそこから新たな悲劇がまた続くことになりかねない。必死に戦って憎しみ連鎖を一度断ち切ったセーナにとってそれはこの時空が破壊されることなどよりも遥かに耐え難いことだった。
そこに懐かしい声が響く。
「セーナ、あそこを見るんだ。」
緑色の袖から伸びる指は魔王の胸のあたりを指していた。セーナは言われるがままその先を見る。よく見れば、女性の手のようなものが少しばかり出ていた。
「まだ希望を捨てるな!手はある。」
そして声の主を見て、セーナの瞳に生気が戻った。世界でたった一人、セーナが愛を誓った夫ライトがそこに立っていた。天上に行ってからはマルスやロイと戦いに明け暮れるセーナと距離を置いてはいたものの、ずっと彼女のことを見守っていたのだ。
それでもまだ希望を見いだせないのか何も言葉を出さないセーナにライトは苦笑する。
「もう忘れたのか、シレジアには魔力を増幅する魔方陣があったのを。」
これにセーナは思わずアッと言った。
かつてセーナたちがリーベリアにて空中魔導戦で使ったものがあった、それがマジックスクウェアであった。炎、風、雷、光、闇、この5属性の力で中央の術者を補佐する強力な魔法陣である。中央の術者とサポートする術者が異なる神の加護を受けている前提条件があるが、今いる時の最果てでは神の権限も及ばないことから考慮不要で、しかもライトたちが炎、風、雷を理としてまとめていたことから、以前よりもずっと使いやすくなっていた。しかし一つだけ懸念があった。
「ここにいるのは理使いだけじゃない。光と闇はどうするの?」
ちなみに理使いにはライトではなく、リリーナが当たることになる。ライトはそれとは別の形でセーナたちを手伝うつもりであった。セーナの問いにすぐに二人の男女が出てきて、セーナを驚かす。母ユリアと長兄マリクだったのだ。
「お母様に、お兄様!」
実はユリアは既に夫セリスと共にセーナと合流して別の任務に当たっていたのだ。それは彼女でしか出来ないはずだった。
「セーナ、あなたの言いたいことは私もわかってるわ。だからこそ、早く終わらせないと。」
これにセーナは何も言わずに頷く。そして兄が続ける。彼は生前ロプトウスを覚醒させていたこともあって、闇魔法に長けていた。言うまでもないが、秘める魔力も母にユリア、妹にセーナがいるだけあって、おそらく世界屈指の闇術者といってもいいのだろう。ちなみに天上に行ってからはまだセーナと会ったことはなかった。
「こうやってずっと待っていたのさ。天上でもお前は何かやらかすと思っていたからな。」
そう言いながらもリリーナ、ユリア、マリクはセーナを囲むように並んでいた。
「仕方ないでしょ。私はこういう星に生まれたんだもん。」
ようやく調子が戻ってきたセーナに、三人は魔力をセーナに送る。それをヒシヒシと感じたセーナは再び破邪の魔法を解き放つ。
『ジャスティスブレイク!』
前よりも密度を増した白銀の光が魔王を包み込む。そして間髪いれずにライトも続ける。
『フォローウインド!』
術者を補佐するのは何もマジックスクウェアだけではない。ライトは風の援護魔法フォローウインドでセーナの破邪の光を後押しする。
「これが・・・・絆の力!」
魔王の攻撃を受けて吹き飛ばされたセーナを守るため、エフラムはロイと共に前に出ていた。そんな中で発生した強大な光とセーナたちの様子を見て、ついエフラムは呟いていた。
「ふふ、これでは僕らは蚊帳の外だね。」
ロイが苦笑しながら言うが、エフラムは笑って返す。
「あまり自画自賛するのは得意ではないが、俺たちがいなければ彼女たちは魔王の攻撃をずっと受け続けていたんだ。こういう貢献の仕方もありだろ。」
「それもそうか。」
そして二人は笑いあった。そしてその時が来た。
「グググ、馬鹿ナ。」
魔王の呻きと共に、胸から一人の少女が徐々に姿を出してきた。彼女こそがエフラムの妹エイリークであった。ほとんど意識のない彼女であったが、手にはもう一人の手がしっかりと握られていた。そこから現れたのがエフラムとエイリークの幼馴染のリオンだった。
「エイリーク!!リオン!!!」
エフラムの叫びに、わずかだがエイリークが反応する。
「あ、あに、う、え?」
そして二人が一度魔王から引き剥がされた。
「サセルカ!!」
魔王も必死に腕を伸ばして、二人を取り込み直そうとした。しかしここにロイとエフラムが突進した。
『ブレイズストライク!!』
『スパイラルシェーバー!!』
ロイが振り下ろした斬撃は魔王の右腕を切り落とし、エフラムが突き出したジークムンドは左腕を貫いた。二人が逃したことで既に魔王はかつての力が見る影もなく弱体化しており、今までの苦闘が嘘かのように魔王の体は脆かった。それだけでなく元々リオンの体を媒体としていただけに、すでに魔王の崩壊が始まっていた。
「じゃ、後は頼んだわよ!」
既に勝機を見極めたセーナはそそくさとユリアと共に魔法陣に乗って消えていった。
「さぁ、後は君たちで決着を着けるんだ。」
そしてロイはエフラムを促した。いつの間にかライトのライブのおかげでエイリークもすっかり意識を取り戻している。
「兄上、ご迷惑をお掛けしてすみません。」
「全くだ。・・・だがな、おかげで俺も大事なものを取り戻すことが出来た気がする。お前がリオンをしっかりと守ってくれたから、俺たちは何も失わずに済んだ。」
笑ってこたえるエフラムに、エイリークも頷く。
「・・・はい。」
「ほれ、お前の剣だ。」
ジークリンデをエイリークに渡して、二人で魔王に対峙する。もう魔王に抵抗する力はなかった。否、存在を守るだけで必死だった。
「貴様ラノ力ガ、ココマデトハ・・・。ヤハリアノ女ノ口車ニ乗ッタコトハ誤リダッタカ!」
そしてエフラム、エイリークの双聖器が魔王を打ち砕く。
魔王の断末魔が聞こえてしばらく経った後、膠着状態に陥っていたギムレー戦線の方でも異変が起こった。突如としてルフレの纏う闇のオーラが揺らぎ始めたのだ。
『ジャスティスブレイク!』
そしてボロボロの姿になったセーナが魔法陣に乗ったまま、破邪の魔法をルフレに解き放つ。光はルフレを捉え、闇の魔法体が姿を現した。これこそがルフレをギムレーにした原因である。
「クロム、ルキナ、あれを打ち破りなさい!」
セーナの言葉に、二人はすぐに動いた。クロムとルキナは互いにアイコンタクトをしただけで、すぐにファルシオンを中段に構えて突進した。
『ツインズ・ディヴァイン・ブレイザー』
だが闇の魔法体もただでは負けるつもりはない。
『ゲーティア!』
と上級闇魔法を唱えるつもりだったのだが、それよりも早く想定していなかったところから攻撃を受けた。
『トロン!!』
完全に意識を覚醒させたルフレが放ったものであった。これに闇の魔法体は完全にゲーティアを放つ機会を失った。
「クロムさん、ルキナ、今です!」
ルフレが隙を見出し、クロムとルキナはそれを漏らさず討ち果たす。それが彼らの戦い方であった。
ふた振りのファルシオンが交わった先、それが闇の魔法体の中心であった。強烈な闇を放ちながら、魔法体は次の瞬間には弾け飛んでいた。
エフラム、クロム、ルキナにとっては愛するものを取り戻すための戦いは無事にハッピーエンドを迎えた。ルフレが自我を取り戻した瞬間に、ギムレーはその姿も消して時の最果ては平穏を取り戻した。
「もうすぐここも閉じることになるわ。四人は早く自分の世界に戻るといいわ。」
一同がようやく合流すると、早くもセーナが別れを告げようとした。このセーナの態度にルキナは小首を傾げるものの、気のせいと思いなおした。これを見たルフレが初めて会うセーナをじっと見ていた。彼女からすれば、セーナは祖先にあたる存在であるが、ルキナが感じた違和感が何となくわかった。
(おそらくルキナは彼女がセーナじゃないと見ているんでしょうね。)
しかしルフレはセーナと会うのが初めてで、しかも救われた側なので何も言わずにいた。
そんな中、どこからか聞いたことのある声が聞こえた。
「ふぉふぉふぉ、どうやら終わったようじゃな。皆、ご苦労じゃった。」
その声は異界の門の番人をしていた老人であった。これに真っ先に声をかけたのが意外にもセーナであった。
「ブラギ様、ご苦労じゃないわよ。見てよ、この格好。もう、ボロボロなんだから。」
実はあの番人の正体はセーナがいた時代から運命を司る神として崇められていた十二神の一人ブラギだったのだ。その事実を聞いて、クロムたちが互いの目を見合わせる。
「リザレクションの失態といい、今度は魔符をばら撒いたそうね。まったく運命の神が聞いて呆れるわ。」
「そういうな。お前の魔符だけはしっかりと懐に入れて守っておったのじゃから。そこにおるクロムにも見せておらんぞ。」
そう聞いて、セーナが鳥肌を立たせた。やれやれと言った態でロイとマルスが苦笑し合う。
「仮にも神様なんだからしっかりしてよね。それよりも早くクロムたちをそっちに戻してちょうだい。できるのであれば、エフラムたちも戻して欲しいんだけど。」
「マギ・ヴァルにもか、まぁ仕方ないじゃろ。」
そう言った直後に一同の前に青と赤の二つの魔法陣が作られた。
「青いほうがマギ・ヴァル、赤の方がイーリスに戻る魔法陣じゃ。さぁ、お主らはさっさと帰ってくることじゃな。」
「これ、逆ってことはないわよね・・・。」
セーナの突っ込みに、ブラギは笑って返す。
「それくらいは信頼せい。」
「わかったわよ!」
さすがにセーナの返しには笑みが含まれていた。
「さぁ、こんなつまらないところにいても仕方がないわ。あなたたちはさっさと帰りなさい。・・・そして守った絆を大切にね。」
それだけでセーナは一同に背を向けた。これにロイとマルスも続ける。
「短い間だったが、なかなか楽しい戦いではあった。・・・まぁ無事に終わったから言える言葉だけどね。」
隣にいるリリーナが笑って頷いた。そして、エフラムとロイ、エイリークとリリーナがそれぞれ手を握る。
「あとは君たちがそれぞれの世界で絆を守る番だ。まぁ今回のような大事は起きないとは思うが、君たちの絆さえあれば、何でも乗り越えられるだろう。そして、できれば、その絆を広めていって欲しい。」
これにマルスがクロムと、シーダがルキナとそれぞれ握手する。ルフレやリオンはその光景をじっと見守っていたが、やがて元凶同士で苦笑しながら軽く手を取り合った。
やがてエフラムたちはマルス、シーダとも握手した後、青き魔法陣に向かっていき、身を委ねて飛び去っていった。まさに武人肌たるエフラムらしい去り際であった。
一方、ルキナはやはり最後の挨拶をしたいと、セーナに向かって歩いていた。
「セーナさん・・・。」
だがセーナは相変わらず背を向けたまま、彼女を止める。
「私への挨拶は不要よ。あなたも気付いていたんじゃないの?」
「えっ?」
「ふふ、あなたが感じたそれはまさしく正解よ。だから私にはあなたたちに声をかける資格は本当はない。」
「そんな・・・。いえ、そんなことはありません。あなただって、母を救ってくれたではないですか!」
「ルキナ、ありがとう。あなたの配慮はわかっているわ。だけれども、それは私をみじめにするだけ。・・・だから、早く去りなさい!」
「セーナさん・・・。わかりました。」
そして両親を促して、赤の魔法陣へと向かう。
「元気でね、ルキナ。私とセーナ様が遺した結晶よ。」
それが彼女が発したルキナへの最後の言葉であった。ルキナもその言葉を聞いて、思わず目を真っ赤にしていたが、ついに振り向くこともなく、魔法陣に身を委ねて消えていった。
マギ・ヴァルに戻ったエフラムはエイリーク、リオンと共にラーチェル、ターナ、ヒーニアスがまとめていたエフラム軍と合流。魔王が失って、統制が取れなくなった魔獣に対して反撃を開始し、ついに打ち破ることに成功した。そしてそれぞれの国に戻って、国土の再建と、絆を広め、深めるため、やがて大陸全土に渡る連合王国建国に向けて動いていくこととなった。ここにマギ・ヴァルは黄金期への歩みを進める。
イーリスに戻ったクロムはと言えば、昔と変わらずにまずはイーリスの復興を続けていた。しかし、今回の件を気に自ら難しい交渉ごとや政治ごとにも乗り出すようになり、それをルフレがイーリスの宰相となって支えることになる。そしてルキナもまた、以前と変わらず自身の自警団を率いて屍兵との戦いを続けることになるが、最近ではフェリアやペレジアにも足を伸ばすようになり、時には遠くヴァルムやソンシンまで出向くこともあったという。それもひとえにセーナたちと約束した絆を広げていくために他ならない。数年もすると、ルキナの下には国をまたいで多くの有志が集うようになり、その勢威は母国イーリスをも凌ぐものとさえ言われるようになる。
そして話は時の最果てに戻る。
「いいのか?あれで。」
マルスがセーナに聞くが、彼女はただ頷くのみである。
「ルキナはわかっていたわ。私がセーナでないことを。セーナ様もそれどころではないもの。」
実はここにいるのはセーナではなく、彼女の影武者リベカであったのだ。ルフレから闇の魔法体を引き剥がす時から入れ替わっていたのだ。
「マルス様、ロイ様、時間がありません。手筈どおりにお願いします。」
「君はいいのか?」
同じ問いだが、先ほどとは聞く内容がまったく異なる。次の回答がマルス、ロイ、リベカの今後を決めるものになるのであるから。
「すでにセーナ様が決断されており、多くのものは予定通り動かれているのです。今更、私の意志で覆すことなどできません!」
「辛いものだな。せっかく二つの絆を取り戻したというのに、我らの手で一つの絆を断ち切らねばならないとは。」
「しかし、やらなければまた同じようなことが起こります。どうか決断を。」
リベカの問いにマルスとロイが顔を見合わせた。リリーナとシーダはそれぞれうつむいていて、何も言わないが先ほどとは明らかに纏う雰囲気が変わっていた。
「そうか、迷っていたのは僕らの方だったのか・・・。彼女が決断したというのに。」
マルスがぼそっと言ったことにロイも頷いていた。
「わかった。これより作戦に移そう!」
場所を少しばかり南に移すと、巨大な軍勢を前にしながら、一人の女性がセーナと激戦を繰り広げていた。
「やっぱりやるようね、エレナ。リベカが音を上げるのも無理はないようね。・・・だけれども、魔王もギムレーもすでに終わった。あなたの目論見は終わったのよ!」
本物のセーナが戦っていたのは実の娘にして、闇の神アウロボロスを覚醒させていたエレナであった。彼女こそが真の元凶であったのだ。
「だけど、これで『運命の鍵』の一振りを引き離すことが出来た。今こそ母上ごと、それを打ち砕いてあげるわ!」
「そこまでの覚悟なら私も退かないわよ。これで決着を着けてやるわ!」
そしてキー・オブ・フォーチュンとダーインスレイヴが交錯する。