セーナはデーヴィド率いるドラゴンナイツと共に後方から迫ってきていた、ネルガル率いる魔道士部隊と睨みあった。ネルガルの方も、よりにもよってセーナが出てきたことに驚き、対応に苦慮していた。しかしネルガルよりもセーナが出てきたことを知った配下の士気減衰が著しく、すでに進軍を止めてしまっていた。
「それじゃ、ネルガルのところに切り込んでくるわ。」
キー・オブ・フォーチュンを抜いたセーナはまるで遠足に行くかのような風情であった。
「私も共に行きます。空から行くほうが何かと効率もいいでしょう。」
とは言うものの、デーヴィドの本音は別である。母と共に戦いたいのだ。
「ふふ、竜騎士の天敵の一つ、魔法の集中砲火を浴びるかもしれないのに?」
敢えてセーナが意地悪な質問をするが、デーヴィドは
「あっさりと魔法で落ちたら、父上や母上の教育が悪かったのでしょうね。」
と暗にセーナにやり返した。どうやらレクサスとの付き合いか、それともセーナの血が出てきたのか少しばかり小狡さが出てきていた。ちなみに当然のことだが、まだ一般にはデーヴィドの母がセーナであることは知られていない。
 とりあえずその回答に思わず苦笑したセーナはすぐに頷いて、デーヴィドの愛竜に乗った。そしてドラゴンナイツに待機命令を出すと、己はすぐに上空へと舞い上がった。
「ようやく母上と戦えることができました。」
二人きりとなって、本音を吐露したデーヴィドに、しかしセーナはまじめな顔をして言う。
「私も嬉しいけれども、今回はさすがにあなたでは分が悪いかもね。ネルガルの魔力は今まで戦ってきた魔道士のレベルをはるかに超えているわ。・・・悪いけれどもあなたは援護に回ってもらうわ。」
すると今度は素直に頷いた。
「確かに尋常じゃない気を感じますね。わかりました。せっかくの機会ですが、ここは母上にお任せします。」
そして手綱を扱き、足で合図を送って、一気に愛竜を滑空させた。
「ふふ、それにしてもこの鞍は座り心地が抜群ね。」
「当然です。気まぐれな母上にいつでも座って貰えるように、特注したものなんですから。」
まるでこれから命のやり取りを行うとは思えない、ほのぼのとした親子の会話が滑空中に行われていた。
「ありがとね、デーヴィド。でも、今度はあなたの奥さんをここに座らせてあげなさい。」
「わかりました。この大戦が終わったら、良き人を探すことにしましょう。」
「何だったら、バリガンのところにいる、フィラ、ファリス、フィリアの三人まとめてもらっちゃいなさいよ。あの子達はいい子だし、何よりもレイラも喜ぶと思うわ。」
「・・・母上とは違って、私は一人の女性しか大切にできませんよ。」
「あら、そう?あなたが声さえ掛ければ、道行く女性は何も言わずに付いてくるでしょうに。」
 そうこう言ってるうちにセーナとデーヴィドは一気にネルガル隊に切り込んでいた。もちろん敵勢はミイルの一斉射を解き放つものの、セーナが展開する魔法防御を突き抜けるものは皆無である。
「やはりネルガルの魔力はずば抜けているわね。いくわよ、デーヴィド!」
そしてセーナは立ち上がって跳躍した。その先には黒衣に包まれたネルガルがいた。
 「役立たずどもめ・・・。お前たちは下がっていろ!」
部下に対して気遣いが出来るエイナールと違って、ネルガル隊の結束は決して高くない。だからネルガルの言葉には従うものの、雑然とながらネルガルと距離を取っていく。
 そしてセーナがネルガルの前に降り立つ。
「お前がセーナか。」
「そういうあなたはネルガルと言うのね。人でありながら、ラグナになぜ付いているの?」
すると血走った、殺気に満ちた視線を返す。これに歴戦のデーヴィドも思わず怯んでいた。
「簡単なこと、貴様ら人間に我が一族は迫害されたのだからな。人として生きる権利が与えられない以上は、竜に付くよりないだろう!」
「・・・噂には聞いていたけれども、やはりあなたはガーネフのひ孫だったのね。」
アジャスからネルガルに関する素性はわずかであるが、聞いていた。しかしひ孫と言ってもマルスの時代から1000年も経った今では生存しているないはずである。少なくともデーヴィドはそう思っていた。
「そうさ。人間どものせいで、曽祖父にガーネフがいたというだけで、祖父、父、母、兄、それだけでなく血がつながっていなくとも俺と関係していた者は全て殺された。その憎しみが俺をここまで強くした。」
憎しみの連鎖を止めるべく戦ってきたセーナにとっては、まさに対極にある存在と言えよう。
「憎しみが理を外させたというわけね。本当に人間というのは憎しみを作ることだけは際限ないわね。」
これにデーヴィドが聞く。
「理を外したというのは?」
「何らかの理由で人の中を巡る魔力が限界を超えたときに人は理を外した存在となるのよ。そうなったら、あらゆる常識が通じなくなる。彼のように寿命という概念もない。」
「寿命がない?!」
驚くデーヴィドを尻目に、セーナは驚くべき言葉を紡ぐ。
「驚くこともないわ。あなたのすぐ隣にも理を外した存在がいるわ。」
それは紛れもなくセーナ自身を指していたのだ。
「ま、そんなことはどうでもいいわ。ネルガル、互いに理を外したもの同士、ここで決着を着けましょうか?」
そしてセーナが鉢巻を取り外す。制御を外れたセーナの魔力が隣にいるデーヴィドすら圧し始める。これにネルガルも同様に魔力を解放する。
 一気に熟した戦機、先に仕掛けたのはネルガルであった。
『ゲーティア!』
今までにはなかった闇魔法を解き放ったネルガルであったが、セーナは思わぬ行動を取った。己の魔力でネルガルの闇の波動を弾き飛ばすと、そのままキー・オブ・フォーチュンを抜いて、斬りかかったのだ。同じ理を外したもの同士でもセーナはやはり次元が違っていた。完全に虚を突かれたネルガルにセーナの斬撃が襲い掛かる。


 その頃、もう一つの戦場ではマルテを覚醒させたバリガンの猛反撃が始まっていた。いや、厳密にはその猛反撃はたったの一撃であったが、戦場の帰趨を決するだけのものをバリガンが解き放ったのである。
 マルテの覚醒と共に、バリガンは己の力を振り絞って、槍を地面に突き刺した。直後、目の前の地面が割れて、巨大な氷柱が次々と地中から飛び出してきたのだ。氷竜たちはこの予期せぬ攻撃に為すすべもなく氷柱に体を貫かれて、絶命していく。
「な、なんということ?!」
エイナールにも地面から飛び出す氷柱が襲い掛かっていたが、さすがに素晴らしい反射神経を持ってかわしていた。とはいえ、目の前に広がる惨状には二の句が告げずにいた。
 「これがバリガンとマルテの力・・・。」
南に迂回していたレイラは事態の急変に驚いて、再び戦場全体を俯瞰できる場所まで浮上していた。
「バリガン、あなたって子はセーナ様の思惑を大いに超えたのね。」
それは母である己からも完全に独り立ちしたことを意味する。そして、まだまだ子供だと思われていたフィラ、ファリス、フィリアの三人の娘もいつの間にか立派な天馬騎士になっていた。そう気付くとついレイラは寂しくも感じた。
「だけど私だって負けないわ。」
ヴェスティア三聖女に数えられたレイラもまた、闘志を再び滾らせて戦場へと舞い降りていく。
 「申し上げます。後方に敵援軍が到着。・・・ヴェスティアのグラオリッターと、トラキアのドラゴンナイツと思われます。」
混沌とした前線にも二部隊の到着がようやく伝えられた。その言葉を聞いたエイナールはつい表情を強張らせた。
「ヴァナヘイムにいた二部隊がもうここに?」
「更にこれに後方のセーナたちが合流する気配があります。」
と聞くが、すでにエイナールはセーナの魔力を追っており、エイナールとは逆方向、つまりネルガルとぶつかったことを感知していた。
「こうなった以上はもう無理ね。私が敵を引き止めている間に、皆には撤退するように伝えて。」
勝ち目のない戦なのはわかっていたため、エイナールも無理はしなかった。
(ネル、生きていたらまた会いましょう。)
穏やかなエイナールは恋人ネルガルへの配慮も忘れなかった。そして眦を決して、自身は前線へと向かっていった。
 バリガンとエイナールはすぐに対峙することになった。
「どういった技をやったのかは知りませんが、それでも私を倒すことはできませんよ。」
「あなたがエイナール殿ですね。あなたとの戦いはともかく、この戦場での雌雄は決しました。あなたが退くというのであれば、無意味な追撃は致しません。」
もうくどくなるが、雌雄を決した後の追撃戦こそ、敵に痛打を与えられる数少ない場である。それを敢えてバリガンは放棄すると言ったのだ。
「好意はありがたく受け取りますが、私とてただ負けて帰るわけには参りません。あなた方の力量を測るため、ここで手合わせを願います。」
エイナールもまた素直にバリガンと戦う理由を述べる。互いに礼節を重んじる者同士が対峙したこともあって、命のやり取りをこれから行うにも関わらず清清しい風が吹き抜けていた。
 やがてエイナールは氷竜となり、バリガンが槍を扱く。先に仕掛けたのはエイナールであった。氷のブレスをバリガンに向けて吐いたが、バリガンは冷静にマルテを回転させてブレスを防ぐ。直後、大きく跳躍すると、バリガンは槍を一気に振り下ろした。これは先年のアカネイアの戦いでヌヴィエムが使っていた槍の戦い方を人伝に聞いて、試していたものである。しかしエイナールは冷静に鱗でバリガンの一撃を受け止めると、身体を捻らせて尻尾による一撃を見舞わせる。バリガンはエイナールの一撃を喰らい吹き飛ばされるが、すぐに受身を取って着地する。
「さすがはエイナール殿、少しばかり油断しておりました。」
この言葉を受けて、エイナールはわずかに笑みを浮かべる。お互いを認め合う好敵手の出現を喜んでいるようであった。
 その後もバリガンとエイナールは一進一退の攻防を続けていたが、決着が付かないまま日没を迎えることになった。どちらも氷と風を巧みに扱う攻撃を得意としていたため、決め手に欠けていたのだ。エイナールはブレスで一気に間合いを取ると、人の姿になってバリガンに言った。
「私もずいぶんと熱くなってしまいました。本来の目的は十分に果たしたので私もここで撤退することにしましょう。バリガン殿、この続きはまた別の機会に。」
これに対してバリガンはわずかに息を乱していたが、すぐに笑ってエイナールに返す。
「わかりました。この勝負は後日。」
実を言うと、バリガンはすでに体力が限界になっており、表向きこそ軽く息を乱す程度に抑えているが、エイナールがいなければすぐにも崩れ落ちそうなほどギリギリな状態であった。エイナールにしてもこれ以上、ここにいる理由はなかった。ネルガルの元に向かっていたセーナがこちらに向かっていることを彼女の魔力から察知したのだ。おそらく今のバリガン相手なら辛うじて勝てただろうが、打ち倒すようになれば、すぐさまセーナに逆襲されると見たのだ。こうして互いの目論見は置いておいて、両者の戦いは痛み分けという形で終わった。
 エイナールは魔法陣に身を委ねて消えると、バリガンはふいに緊張のいとが切れて、ふらっとなった。そんな時、腕を誰かが掴んでバリガンを支えた。掴んだ相手を見て思わずバリガンは驚いた。
「フォードじゃないか。」
「全く、兄貴は無茶をするぜ。」
フォードもまたレクサスと共にこの戦線に駆けつけてきたのだ。やがて長兄の無事と、次兄の到着を確認して、3人の妹天馬騎士たちも駆けつけてきて、レイラの子供たちが久しぶりに一同に会することになった。
「私も幸せ者ね。こんな大乱のときに子供たちの成長を側で見ていられるなんて。」
遠くから目を細めてみていたレイラに、静かに影が近づいてきて言う。
「あいつらだけじゃないぜ。」
そう言ったのはフィードである。神出鬼没な彼もいつの間にかこの大陸に上陸し、密かにバリガンたちに追いついていたのだ。ヴァインをはじめ、ミーアやリョウマは戦後処理という名目で静かにその場を離れ、親子水入らずの時間を彼らは過ごすことになった。

 「何ゆえネルガルを斬られなかったのですか。彼は危険な存在なのでは?」
対するセーナは結局ネルガルに刃を突きつけたのみで、そのまま放置して軍勢を返していた。
「この戦場の大将はバリガンよ。ただでさえ彼の命を無視して行動を取っているのに、更にネルガルの命を取ってしまえば、彼は完全に面目を失ってしまうわ。」
あくまでこの戦はバリガンを完全に独り立ちさせるための戦いであることをセーナは言っているのだ。しかし、とデーヴィドは思う。
(たとえバリガンのためとは言っても、今まで苛烈なまでに禍根を断ってきた母上とも思えない。少し前ならばそんな配慮を見せずに躊躇いなくネルガルを斬っていただろうに。)
それだけの危険性をデーヴィドはネルガルに感じていたのだ。それを察してかセーナが言う。
「甘い、と思うでしょうね。私もそう思うわ。・・・何て言えばいいのかしらね。どうも最近、私も考え事が多くなっていけないわね。」
妙に歯切れの悪いセーナに、デーヴィドは何も返せなかった。
 今まで世界で起こっている事象に対してセーナは何かしらの形で関与してきた。しかし、バリガンとマルテの覚醒といい、ローランのことといい、最近起きていることはそんな彼女の想定を超える出来事が続いていた。それをセーナは己の目が曇ってきていたと暗に言ったのだ。
「まぁ、いいわ。バリガンの元に向かいましょう。」
こう言って、デーヴィドとドラゴンナイツを急かした。

 セーナにあしらわれた形となったネルガルはしばらくの間、何も出来ずにいたものの、やがて屈辱に体中を震わした。
「どこまで、どこまで天は俺を弄べば済むのだ!」
周りの者は何も言わずに、静かにネルガルの指示を待った。結局、彼が部隊を動かすまでにはあと数時間かかることになる。そしてその数時間が彼に更なる悲劇を招くことになる。


 「お疲れ様、バリガン。」
セーナがバリガンの元に着いて、まずはバリガンを労った。とはいえ、バリガンのやったことは勝ちとはいえ、あまりにも代償が大きいものがあった。何しろセーナが立て直したアルバトロスが再度壊滅してしまっていたのだ。幸い将級の犠牲者はほとんどいなかったものの、部隊の存続が不可能なほど兵の損失が甚大だった。それもバリガンの意地が招いたものであるのは誰が見ても明らかだった。
「バリガン、アルバトロスのことは気にしなくていいわ。あなたならばこの犠牲を意味あるものに変えてくれると信じている。いいえ、意味あるものに変えなさい。・・・それが私があなたに課す罰よす。」
「セーナ様・・・。」
「さぁ、北方軍総大将バリガン殿、次はどちらに向かいますか。」
ここで茶化して空気を変えることができるのがセーナのセーナたる魅力であった。
 これにしっかりと将としての表情をしっかりと戻すのが対するバリガンである。先ほどまで少しばかり情けない顔をしていたのが嘘のようであった。
「セーナ様、これからは基本的に南に向かいますが、一つ手を打っておきたいことがあります。アルバトロスを壊してしまった私が言うのもおかしいのですが、ヴァイン殿をお借りできませんか。彼にここの民との折衝をお願いしたのです。」
ミカの次男たるヴァインは主にアリティア方面の大使として活躍しており、難しい折衝を得意としていた。エイナールとの戦いにも中立を保っていた北方民との折衝は今後に向けて必須であり、それには彼の力が必要だと判断したのだ。
「それくらいならば問題ないわ。ヴァイン、アルバトロスのことは私に任せて、北方民との折衝を頼むわ。まぁ恐らくはこっちに転んでくるとは思うけれどね。」
実際に、エイナール軍の撤退を受けて、北方イリアの民はバリガンと手を結ぶことになる。これがイリアの歴史の始まりである。
 「では我々は南方ブルガルへと向かう。」
バリガンの命の元、エレブ唯一の都市ブルガルへと向かう。そこではハノンとサカの民による、ラグナ軍との決死の攻防が繰り広げられている地である。

 その夜、ネルガルの生存を魔力より感じていたエイナールは静かにイリアとサカの境で彼を待っていた。しかし、彼女に謎の影が襲い掛かった。エイナールも世界随一の魔力を持っているはずなのであるが、襲い掛かった影はそんな彼女を遥かに凌駕していた。そして何よりもバリガンとの戦いで少なからず疲労していたのも影響した。結局、わずかの戦闘でエイナールは押し切られ、その命を散らすことになった。
「エイナール、あなたのエーギルも美しいわね。あなたの最後の役目はその死を以って、ネルガルを追い詰めるのよ。ふふ・・・。」
その影はそういうと抜け殻と化したエイナールを置いて去っていった。
 その直後にネルガルがエイナールがようやく到着する。しかし物言わぬ姿となった彼女を見た彼は喉がつぶれるまで叫び、血が滲むまで強く拳を握り締めた。真実を知らない彼の憎しみの標的は当然セーナたちに向けられ、赤黒き炎がその瞳に宿り始めていた。ここに一つの狂気の炎が燃え上がった。

 

 

 

 

最終更新:2012年12月07日 23:09