かつては世界を制していた古代帝国の侵攻を食い止めていたとも伝えられている、エレブ唯一の都市ブルガル。サカの民と手を結んだハノンはバイゲリッターと共に、侵攻してきたラグナ軍相手に苦戦していた。初戦はまだハノンとの戦いの影響でサカの軍勢を温存していたが、異様な敵勢を前に敗北を喫する。殿軍として配されていたホームズが奮戦しなければ、あわや壊滅もあり得たという惨憺たる敗戦であった。
次にサカの八門陣が出張ったものの、正面から食い破られることとなり、続けての大敗を喫し、ついに背後にブルガルの城壁が見えるところまで追いつめられていた。これ以上、敗北することは一度従わせたサカの民が離反する恐れもあり、守るために戦ってきた背後のブルガルからも狙われることになる。ハノンにとって文字通り、配水の陣となったわけである。
しかしまだサカの民はハノンへの協力体勢を崩していなかった。先日の戦いでは八門陣の前面が食い破られたが、今度の戦いに対しては後方にいた無傷の部隊を前面に置いている。そしてハノンたちバイゲリッターたちも立て直した上で側面に置いて、彼らの戦いを補佐するつもりでいた。とはいえ、ハノンはなおも厳しい表情を続けている。あまりにも常識が通用しない相手なだけに、未だに打開策が見出だせていないのだ。

相手はサカの民も人形と呼ぶ者のみで構成された軍勢であった。その名をモルフと言う。生前の英雄、勇者をモデルにして『作られた』生命体である。当然、作る以上は生前よりも強力に調整されている。
ミューの不死の部隊エインフェリアと並ぶ、命を冒涜したこの軍勢はブローとクラウスが作り上げていた。20年前のヴェスティア決戦時の裏で発生していたセーナの母ユリアの悲劇にはクレスのモルフも投入されたり、セーナがガルダ島にいた頃にあったイード戦役でも似たような存在が目撃されていた。ただし、今回のような軍勢単位では認識はされていなかった。
今回投入されたモルフ将はあろうことか、セーナの祖父シグルドとその親友キュアンとエルトシャンの三人が前衛を務めていた。さらに三人の猛威に隠れてしまっているが、更に後ろにハノン隊にいるリュナンの父グラムドやセネトの父アーレス、カナンの剣エルンストもいた。これだけの相手にハノンも苦戦するのは仕方のないことだろう。
しかもモルフたちの恐ろしいところはサカの民が人形と例えるように感情というものがないことである。先日のサカとハノンの戦いでは彼女が敵の心理を巧みにつく戦い方で勝ちを呼び込んだが、これがモルフには一切通用しないのだ。ハノンもそれを理解して、今回の戦いでは本来のバイゲリッターの戦い方、命中率と殺傷率を重視した戦法に切り替えたが、やはり弓兵主体で上述した相手ではそもそも戦力が違いすぎた。だから、ブルガルに追い詰められながらも未だに解決策が見出だせなかったのだ。

しかしそんなハノンに続々と援軍が到着し始める。まずはアクレイアから西方サカ平原を経由して、ヴァナイヘイムからジャンヌとロイト率いるグラ・エバンス軍がハノン隊に合流した。これで万余に及ぶ軍勢が到着したことにより、戦力に厚みを増すことができた。更に南方・サウスエレブからローランとセイヤ・ナーシャ率いる天馬騎士隊が到着していた。もう説明は不要であるが、サウスエレブでの戦いが短期で終わったため、同地の守備をハルトムートに託してサカに入ってきていたのだ。これでハノンとローランによる二正面作戦を相手に強いることが可能となった。そして最後に、まだ到着こそしていないが、イリアにいたバリガン槍騎士隊とレイラ母娘率いるオーガヒル天馬騎士隊がまもなく到着するとの知らせが届いた。これを届けたのがフィードとフォード率いるオーガヒル諜報衆も当面はハノンの傘下に入ることになり、ブルガルにはアクレイア・サウスエレブをも上回る戦力がハノンの下に集った。ただし、セーナはイリアに残っていたネルガルの気配を察知し、万が一のためにバリガン隊の後方を固めるためにハノンへの助力は無理という報告が届けられたが、ブルガル防衛の全権を改めて託されている。
そしてハノンたちの決意に触れて、サカの民たちも不退転の覚悟を決めた。ブルガルから若者たちを動員し、負傷者でも戦うことができるものは八門陣に加えさせることにした。この背景にはモルフの軍勢を届けてきたラグナの狙いがサカの民の殲滅にあることをサカの長老たちが見抜いたことも影響している。

ともあれモルフ軍の襲来を前に、ハノンはブルガル最終決戦に向けて懸命に戦線を立て直していった。ハノン隊は西方からきたグラ・エバンス軍に合流してここに本陣を据えて、モルフ軍を西から圧迫する。そして南西に配置していたローラン隊をそのままにして、三方向から締め上げる方針とした。更に夕方、北西方向よりレイラ率いるオーガヒル天馬騎士隊が到着し、まだ経験的に不安のあるナーシャ・セイヤ両天馬騎士を補佐することになった。
そしてレイラの後を追うようにレクサス率いるグラオリッターが物凄い速さでブルガルへ向かっていた。同じ騎馬部隊であるバリガン槍騎士隊をも置き去りにするほどの速度を出して追っているから、さすがに部下のものも悲鳴をあげていた。
「レクサス様、もう少しお待ちを。これでは人も馬も使い物にならなくなります。」
「音を上げるやつは付いて来ずともよい。俺がブルガルに着けさえすればよいのだからな。」
その声音は柄にもなく興奮していた。何しろレクサスは最も欲していたものを昨日手に入れたばかりだったのだ。

時はイリア・エデッサでの戦い後の夜に戻る。長い行軍で疲労していた部隊を休ませたレクサスはセーナに呼び出されていた。最初は面倒くさがっていたが、セーナが懐から出した一つの書状を渡されて、眠気が一気に吹き飛んだ。その書状の内容も衝撃的であったが、その差出人にはセーナだけでなく新皇帝アルドも名を連ねていたことがレクサスをさらに驚かせた。
「なぜこれを?この一枚の書状でセーナ様が築かれた秩序は崩れ去るかもしれませんよ。」
これにセーナは質問で返す。
「それが欲しかったのはあなたじゃないの?あなたはそれに見合う働きを私が皇してくれたから、それに報いただけ。」
すると不意にレクサスから書状を取り上げる。
「まぁ、いらないのであれば、この書状はなかったことにするわ。」
これにレクサスは珍しく慌てた。
「な、ちょっと待ってください。今まで身を粉にしてきてそういうことをするのであれば、今ここで行動を起こしても良いのですよ。」
この本気とも悪戯とも取れる発言をする危うさがセーナのお気に入りであった。
「ふふ、冗談よ。どうも、あなたと話しているとからかってみたくなってしまうものね。」
そして笑いながらセーナは再びレクサスに先ほどの書状を渡す。彼は受け取るや否や、すぐに懐にその書状をしまい込んだ。
「いい、レクサス。あなたのことだから、その書状の使い時は誤ることはないとは思うけれども、使うならば民をしっかりと導くことを忘れないようにしなさい。それが私からあなたに送る最後の忠告よ。」
「肝に銘じます。」
そこでしっかりとセーナの目を直視して返すあたりはレクサスもさすがであった。

胸に手を当てて、懐に入れた書状を確認したのはもう何度目であろうか。ともあれ、これを頂いた以上はレクサスは返礼として更なる活躍を期待されていることでもあり、それが猛烈な速さでのブルガルへの急行につながっていた。


そしてレクサスが到着する前にブルガルの決戦は始まる。第一撃は援軍として来たローランの一撃から始まった。彼は烈火の剣デュランダルを上段に構えてから一気に振り下ろした。すると、猛烈な火焔が地面を伝って、モルフ軍に襲い掛かる。刹那、凄まじい爆発を生じて、巻き込まれたモルフたちが吹き飛んでいった。
(ローラン、お前はとんでもない力を手に入れていたのだな。)
吹き飛んでいくモルフを西から見ていた父リュナンは、ローランの成長に内心から驚いていた。とはいえ、自分も負けるわけにはいかない。身軽な立場になって、かつ、守るべきものがある今、リュナンの剣技は若き頃より淀みなく、鋭くなっていた。やがてハノンの攻撃命令が出ると、ジャンヌたちに負けじとリュナンもホームズと共にモルフ隊へと攻撃を開始した。
対するモルフたちもサカの八門陣への攻撃を開始した。しかしサカの民たちもここで負けると存続の危機に陥ることから決死の覚悟で、モルフの攻撃を防いでいく。ここに横から雪辱を誓うハノン軍とローラン隊が突っ込んできた。

その中でもハノンとラケル母娘、ローラン、リュナンとホームズの活躍は凄まじかった。今もなお軍神として語り継がれているシグルドのモルフをリュナンとホームズは共同して討ち取り、キュアンとエルトシャンのモルフをそれぞれハノンとラケル母娘が微かな隙を突いて、射殺すことに成功していた。
またこの頃になると、ようやく北西の方向よりレクサスが駆けつけてきて、戦線に加わった。これにより、ようやくハノン軍が優勢に立つようになり、サカの八門陣も戦機を見つけて、前進を始めた。
前と西方から圧迫を受けるモルフ軍であるが、彼らに後退するという選択はなかった。彼らができるのはブルガルを陥落させるためにひたすら戦い続けることのみである。ジャンヌやロイトが連れてきたグラ・エバンス軍の将兵たちはそんなモルフ兵たちに恐怖を覚え始めていたものの、両将の激励とハノンたちの活躍に触れて辛うじて踏みとどまっていた。ただし行軍・連戦の疲労からハノン軍の将兵たちの動きが鈍くなってきており、疲労知らずのモルフ軍の反撃が始まるのも時間の問題となっていた。

「このままではマズいな。」
さすがにリュナンはその流れをしっかりと掴んでいた。これをひっくり返すにはモルフの将を討ち取るしかない。リュナンも年齢相応に肉体も衰え始めており、さすがに身体が言うことを利かなくなってきていたが、身体に鞭打って再び前線に躍り出た。そして懐かしい影を見つけて、思わず言葉を漏らす。
「父上・・・。」
それは若き日に見た、憧れの父グラムドその姿であった。グラムドもリュナンを見つけたのか、血の滴る剣を向けてきた。これにリュナンもレイピアを父に向ける。
だがそれを止めるように蒼髪の青年がリュナンの前に立ちはだかった。リュナン同様にここが切所と深く切り込んできたローランであった。
「ここは私にお任せあれ。父上はそこでゆっくりと休んでいてください。」
これが普通の相手であれば、リュナンも引いてわが子の戦いを眺めていただろうが、何しろ父の姿をしたモルフが相手である。温和で戦は極力回避しようとする彼でも譲れぬ矜持があった。
「ローラン、好意は嬉しいが、ここだけは譲れんさ。」
セーナと違って、多少なりとも老いというのが出てきながらも、妙に向こう見ずな父にローランが苦笑する。
「わかりました。では共に戦いましょう。」
こうして別人とはいえ、ラゼリア三世代が直接剣を交えることになった。
一方、人型暴風と化したレクサスはそんなリュナンたちの死闘を尻目に、アーレスとエルンストに対峙した。リーヴェの武神ナロンですら苦戦したエルンスト、そしてグラムドの親友たるアーレス二人を相手に、アルド世代屈指の勇者たるレクサスは終始圧倒し、ついにスワンチカの錆びにしてしまった。
「この程度か、つまらん。」
セーナも認めた暴龍の真骨頂が遺憾なく発揮した瞬間である。

モルフ将も大分少なくなり、モルフ軍も明らかに押され始めていた。そしてこのときに更なる援軍が到着する。イリアよりようやくバリガンとその槍騎士隊が姿を現した。そして彼らだけでなく、西からも思わぬ援軍が到着する。
西から駆けつけてきたのはアクレイアを守っていたはずのルーファスであった。実はレクサスやジャンヌたちが去った後に西方三島に行っていたテュルバンが帰還しており、アクレイア周辺の情勢も安定してきたこともあって、いよいよ本拠をブルガルに移すべく東征してきていたのだ。付いてきたのはアルサスとティーゼの二人だけでなく、もちろんエリミーヌもいた。
「エリミーヌ様、あそこの軍勢にあの魔法をお願いできますか。」
前にも触れたが、アクレイアにもラグナ神軍が奇襲してきたときに、エリミーヌの魔法一撃でラグナ神軍を半壊させた実績がある。彼女を戦いに引き込むことは心が痛むが、少しでも早く戦いを終わらせるためにルーファスとエリミーヌは覚悟を決めていたのだ。エリミーヌは両手を高々と掲げると、静かに詠唱をはじめた。上空を覆っていた雲が割れ、にわかに空が輝き始める。これにモルフ軍、ハノン軍共に空の変化に気付いて空を見上げた。次の瞬間であった。
『アーリアル!』
至高の光がモルフに襲い掛かる。
ブルガルの戦いはこの至高の光で決することになった。多くのモルフはアーリアルの光を受けて消滅し、残ったものも身体に支障をきたし始め、戦いどころではなかった。しかもアーリアルの恐ろしい特徴として、敵味方入り乱れていたところに直撃したにも関わらず、味方には全く影響を与えていないところである。
更にエリミーヌはもう一本持っていた杖を振りかざす。杖から光が溢れると、ハノン軍将兵の一人一人を包み込む。すると、激戦を経ていて疲れきっていたはずの肉体に活力が戻ってくるのを感じた。それだけでなく、モルフにやられた傷も急速に癒されていったのだった。

そしてリュナンとローランの戦いも事実上、エリミーヌの参戦によって終結する。辛うじてグラムドは消滅こそ免れたものの、すでに武器を持つことができず、歩くこともままならなくなっていた。リュナンにとってはその光景を見るのも忍びなかったため、一気に決着を着けるべく剣を構えなおした。これを見て、ちょうどグラムドをはさんで反対側にいたローランも同じようにデュランダルを構えなおす。
『ツインズ・ブレイヴスマッシュ』
正反対の方向から光の波動が解き放たれ、グラムドは為すすべもなく打ち付けられる。そしてリュナンとローランは同じタイミングで跳躍し、上段からグラムドの姿をしたモルフに斬りかかった。

グラムドのモルフを倒して、ようやくブルガルの防衛線は終結した。サカの民はルーファスとハノンに礼を言い、連携ではなく臣従を誓うことになった。


これでこの大陸の大部分を制圧することに成功したが、事態は思わぬ方向に推移していた。ブルガル防衛成功の報せを受けて、同地に向かっていたセーナのもとに大慌てでアジャスが駆け込んでくる。
『ブローがラグナ神軍の一部と共に独立。現在はガルダ島に向けて進軍中!』
一見するとラグナ軍が分裂しているためにセーナたちからすれば好ましいようにも思える報せである。しかし後半の報せにセーナは顔色を一変させた。
「ミカ、すぐにワープでアルドに知らせて。何としてでもガルダを死守しなさい!あなたはそのままどういう形でもいいから、彼を支援してちょうだい。」
これに事態の深刻さをセーナ同様に捉えていたミカがすぐに魔法陣に体を委ねて飛んでいった。傍らにいるデーヴィドの表情も冴えなかった。
「窮鼠が猫を噛もうとしておりますね。よりにもよって最も痛いところを突いてくるとは。」
さすがに彼も理解していた。
ガルダ島についてはもう説明は不要であろう。ここを万が一ブローに落とされるようになると、ミューとの戦いで疲弊しきっていたリーベリア勢は思わぬ側面攻撃を受けることになり、かつ、リーベリアにいるユグドラルの援軍は兵站を遮られることになる。それだけでなく、すでに兵力が空に等しいユグドラルを狙うこともできるようになるのだ。つまり、この一箇所を落とされると、下手をすればリーベリア・ユグドラル双方が一気に陥落する恐れが出てくる。
「確か、サウス・エレブにハルとアトスがいたわね。アジャス、二人にガルダ島に急行するように伝えて。後の守りにはテュルバンを向かわせるように。」
すぐに対応策を繰り出すセーナはさすがであった。
「アジャス、あと手のものにブルガルに遣いを出して伝言を頼むわ。私は一度リーベリアに渡るからしばらくブルガルにいてラグナをけん制するように、ってね。そうね、よくデーヴィドとレクサスの助言を聞くように、というのも忘れないでね。」
「リーベリアに向かわれるのですか?」
デーヴィドの問いにセーナは頷く。
「今だからやっておきたいことがあるのよ。だから、ルーファスのことを支えてあげてちょうだい。まぁ、ラグナのことだからそうそう動こうとはしないとは思うけど。」
デーヴィドとアジャスが頷いたのを確認したセーナは、決意を新たにしてリーベリアへと飛んでいった。
人竜戦役の最大の決戦、第二次ガルダ聖戦の火蓋が切られるのはもうまもなくである。

 

 

 

 

 

最終更新:2012年12月20日 21:27