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  アルドは未だに目の前で起きている光景が信じられずにいた。首もとに突きつけられた黒き剣と、その血が滲んだような紅い瞳を除けば、対峙しているのは20年前に亡くなったはずの母セーナその人であった。
「私の子と聞いてたけれども拍子抜けね。」
声音も間違いなくアルドの記憶に残っていた声そのものであった。だがアルドは何も返せずにいる。
  少し離れたところでエレブにいたはずのマーニが駆けつけていたが、こちらはセーナが連れてきたもう一人のマーニと思われる剣士に食い止められていた。
  しばらくして、殺気をやわらげたセーナは黒き剣を引っ込めて、鞘に閉まった。
「今日は警告だけにしておくわ。こんな平和ボケしているところを抑えたところで私が面白くないもの。」
だがこれにアルドがようやく返す。
「ま、待て。やれる時にやるのが戦人の鉄則ではないのか。」
その口調にはまだ戸惑いが多分に含まれているのは遠くにいるマーニにもよくわかった。セーナも笑って返す。
「ふふ、それはあなたが私に勝つ手段があったということ?私はいつでもあなたをやれると思っているのだけれども。」
黒き剣こそしまったものの、それでもセーナを纏う魔力は他を圧し続けており、アルドも呑まれつつあった。
しかし、別のところから思わぬ返答があった。
「あると思っていたりしてね。」
横合いから二人の男女が飛び出してくると強烈な炎魔法を解き放つ。
『ボルガノン!』
セーナは二つの火球を受け止めると、上空に跳ね返した。直後、巨大な爆発が頭上で起きるものの、セーナは平然としていた。
「懐かしい顔ね。こっちの世界ではあなたたちも理を外れたようね、ミカ、ゲイン。」
アルドの加勢に加わったのは元セーナ十勇者のミカとゲインであった。そして遅れてアルドの妻ミルもグリューゲル将兵と共に急行してきていた。
「面倒臭くなってきたから、やっぱりこのあたりで引き上げるとするわ。」
そして黒き魔法陣に乗ってセーナは去っていった・・・。


  「色々とわからないことがあるのだが、まずはマーニ、あの母上は一体何者なのだ?母上のことだから、天上から降りてこないとも限らないけれど・・・。」
冗談を言えるようになったあたり、アルドはようやく思考力が戻ってきていた。
「あのセーナ様は別時間軸から来たセーナ様です。あちらの世界の私を闇の力で取り込み、あの黒き剣の力を得て、こちらに侵攻しようとしてきたのでしょう。」
「前に母上も言ってたな、一人の一つの決断で世界は姿を変えるって。その変わった世界から来たってことか。」
アルドの問いにマーニは頷く。
「じゃあ、次はミカとゲインに聞く。母上が持っていた黒い剣、あれは魔神剣ダーインスレイヴというものか?」
ミカとゲインは互いに見合っていたが、ミカが応える。
「ラグナとの戦いの時にエレナ様が持っていたものと同じでしたので、間違いないでしょう。」
その魔力の波動を感じたからこそミカとゲインはヴェスティアに駆けつけてきたのだ。
「その母上は我らの世界をも支配するために来たと言った。」
これにミカが返す。
「恐らくあのセーナ様の世界は完全にアウロボロスの手に落ちたのでしょう。セーナ様の言葉からするに、私たちも止めようとしたのでしょうけれども返り討ちにあったようですね。」
「母上は今回は警告と言ってはいたが、次はないだろう。だけれどもあの母上に対抗できるものがいると思うか?」
アルドの問いに一同は思わず顔を俯けた。かつて戦ったラグナをも遥かに凌ぐ力を皆、別世界のセーナに感じていた。そんな彼女に抵抗できるものは同じアウロボロスを宿したエレナだけだろうが、二人を会わすのにはあまりにもリスクの方が大き過ぎることを理解している。下手をすれば、どちらかが取り込まれ更なる強大なアウロボロスを生み出しかねないのだ。
「あのセーナ様に抵抗できるものは残念ながらいないでしょう。生前のセーナ様をもってしても5分に持ち込めれば上々なのではないでしょうか?」
客観的に物事を見極められるゲインの言葉が一同に重くのしかかる。
  ここで最初の質問以来、黙り込んでいたマーニが重々しく口を開く。
「一つだけ手はあります。これならばあのセーナ様との戦いを回避出来て、事を解決することはできましょう。」
これにアルドが身を乗り出した。
「本当なのか?!」
「ですが、あまりにも犠牲が多く、辛い決断を強いることになります。」
相変わらず表情が冴えないマーニに、しかしアルドは先を促した。恐らくそれしか手がないと見ているのであろう。
「わかりました。では申し上げます。・・・」
それからこの世界を守るための策がマーニから語られることになり、苦渋の果てにアルドはその策を採ることとなった。

  翌日、アルドたちはヴェスティア宮殿の中庭に集い、逆転の策を実施しようとしていた。宰相フリードもミルから事情を聞いて駆けつけ、更にアルドの良き理解者ルゼルも妻カリンを連れて来ていた。更に思わぬ人物が訪ねてきた。ただその相手はアルドではなく、ミカとゲインであった。
「父上、母上、どこかに行かれるのであれば、私も連れていってください!」
彼の名はマーク、ミカとマークの間に授かった子供である。
前線を退いていたミカとゲインは共に恋人を失い、しかも命にも等しい主セーナに先立たれた共通項を持っていたことから自然と結ばれることとなった。その結晶がこのマークである。大賢者と魔法剣士の夫婦から生まれたマークはすでに片鱗を見せ始め、兄アトスに匹敵する素質を秘めているとミカもゲインも期待していた。唯一の難点はその若さゆえにまだ怖いもの知らずで、少しばかり感情で走り出すことがあることであろうか。相手にアウロボロスと化したセーナとあってはマークは足手まといになりかねず、ミカが強い口調で止めようとした。しかし、姉であるミルが弟に助け舟を出した。
「母上、今回はセーナ様との戦いを回避するために動いているんです。むしろ厳しさを教える意味としては良いのではないでしょうか。」
もうミルも2児の母であり、しかもヴェスティアの次代を育まねばならない立場である。これにアルドも懐かしい剣を取り出しながら同意する。
「私のことは心配ないさ、この剣もマーニからもらったしな。ミカとゲインのどちらかがいれば、十分彼を守ることはできるだろう。」
それは母セーナが持っていた遺品の一つ『運命の鍵』キーオブフォーチュンであった。ラグナとの戦いが終わった後、セーナの遺言に従ってマーニが預かってエレブに置いてあったのだが、今回の事態にアルドの覚悟に触れてこの剣を託したのだ。なお、『運命の鍵』が皇帝の手から離れたことによって、皇帝の証たる剣は宝剣シュヴァルツヴァルトに変わっており、先日のセーナとの戦いでもアルドはこっちの剣を使っていた。
「二人がそういうのであればそうしましょう。」
ともあれアルドとミルにそう言われれば、ミカたちも渋々同意した。
  これでアルドとマーニに同行するメンバーが決まり、アルドは『運命の鍵』を、マーニはソールカティを引き抜いて、それぞれ剣を構えた。
「では行こうか。まずはアウロボロスが支配する世界に向かう!」
そしてアルドとマーニが空に向かって、それぞれの剣を振りかざした。


  「ここがアウロボロスの支配する世界のヴェスティアか。」
ユグドラルの首府となっているアルドの世界と比べて、こちらのヴェスティアはあくまで交通の要所という存在に留まっているようで、それなりの町に留まっている。まずアルドはこの世界の歴史を調べ、どの段階でアルドの時間軸から分岐したのかを探ることにした。ここで意外な活躍を見せたのがマークである。この世界でセーナの側についていることからマーニは顔が割れていることから、彼に白羽の矢が立ったのである。そしてミカから諜報の手ほどきを受けていたマークはわずかの間にこの世界の歴史を調べ上げてきて、一同を感嘆させた。

  セーナがシレジアからグランベルに戻ってきて早々異なる歴史が展開されていた。彼女はセリスから半ば強引に皇帝の座を奪うと、兄二人にリーベリアに遠征させるのと同時に、トラキアのフィリップと婚姻を結ぶ。両国の結びつきを武器に、北部トラキア連邦を屈服させると、アレス、エルトシャン2世親子を騙まし討ちにしてアグストリアを併合する。
  セーナの強引なやり口を知ったマリク・シグルド2世は妹を止めるべく兵を返そうとしたものの、ガルダ島にてゾーア帝国の反撃にあって壊滅した。シグルドの妻ナディアは苦労の末にイザークへ帰還し、シレジアのセティと共にグランベルに先手を打って攻撃を仕掛けた。ミカやゲインもこれに呼応してセーナに反乱を起こしていた。しかし、トラキアに横腹を突かれただけでなく、セーナの誘いに乗ったクリードの裏切りにあってシレジア軍全滅、ナディア、ミカ、ゲインの戦死という惨澹たる敗戦を喫した。当然、イザークはグランベルの属国になり、シレジアは残りの兵で抵抗したものの結局滅亡への道を歩んでいった。
  ユグドラルを統一したセーナはリーベリアを8割方制していたゾーア帝国と同盟し、リーベリア残存勢力と戦った。と思ったのも束の間であった。ノルゼリアにて教皇グエンカオスと会見したセーナはその場で彼を殺害してしまったのだ。そして混乱するゾーア帝国をユグドラルから連れてきた圧倒的な兵力で制していったものの、この混乱でリュナンを盟主とするユトナ同盟が結成され、大反撃に合うことになる。
  慣れない大陸での戦いにセーナ軍は連戦連敗を重ねて、ついには邪神の祭壇にまで追い詰められることになる。しかしこれこそがセーナの策略であった。リーベリアの英傑たちを一箇所に集めたところで、彼女はその力で強引に四人の巫女を奪い、一気にガーゼルを覚醒、さらに自身に秘めるロプトウスと合体させてアウロボロスとさせることに成功したのだ。彼女の解き放った黒き雨によって邪神の祭壇に集まった四英雄は為すすべもなく戦死した。この一戦で逆転したセーナは悠々とリーベリアを統一し、そのままの勢いでアカネイア大陸まで制圧していたのだ。

  「そして今はリーベリアで発生した反乱の鎮圧に当たっているということです。」
ちなみにこのマークの言うリーベリアの反乱はブルーバーズのリーダだったトウヤの子が起こしたものである。当然そのトウヤの妻はサーシャではなく、別の女性に代わっている。
「ということで戻る時代は決まったな。この時代の母上に見つからないうちにさっさと行こう。もう気付かれているかもしれないけどね。」
アルドの言葉に一同も頷いた。そしてマーニとアルドがそれぞれの剣を振り上げた。


  アルドたちは別時空を遡って、約40年前の、セーナがグランベルに戻る直前まで飛んだ。ちなみにミカによるとアルドの世界の歴史とではセーナがグランベルに帰還した日が1週間ほど後にずれているという。
  本来セーナがグランベルに旅立った日のシレジアは大嵐の日であった。ミカはこの光景を見て、思わず声を上げた。
「思い出した。この日はこの天気だったから、グランベルへ戻ろうかセーナ様と揉めたんだったわ。・・・結局、セーナ様に押し切られて、旅立ったのよ。」
これにマークが反応する。
「ということはこちらの歴史では嵐で出発が遅くなったということですか。そんなことで歴史があんなにも変わってしまうのですか?」
素朴な疑問にはマーニが答える。
「歴史というものはそういうものよ。ほんの些細な選択の違いで変わるのよ。・・・それよりもアルド様、どうしますか?」
「とりあえずもう出発の延期は決まったのだろう。そうなれば、もう手は一つしかない。どうにかシレジア城に入りたいものだが・・・。」
するとミカが進み出てきた。
「私が行きましょうか。一応老けはしましたが、当時もシレジア城を行き来していたので、この嵐を加味すれば上手く入れるのではないでしょうか。」
  ミカの思惑はあっさりと成功した。まだこの頃のミカはセーナの部下というよりはバーハラの貴族令嬢としての面が強く、目の前のミカが多少老けていることに気付いたとしても門番の身でそのようなことを言えるわけがなかった。
  こうなればマーニの独壇場である。ミカの知識もあって、すぐにセーナが自室にいることがわかった。
「どうします?このまま私の方でやりましょうか?」
シレジア城に入って以来、顔が強張ってきたアルドを気遣ってマーニが言った。
「いや、何も知らないままやるのは、いくらなんでも礼儀に反する。やる以上は私たちなりに筋を通したい。」
と、そのときである。
「そこにいるのは何者?!」
アルドたちを不審者として見咎める声は、まさしくこっちの世界のミカであった。
「もう静かに進むのは無理だな。いや、むしろこれだけの騒ぎにした方が歴史も変わるかもしれない。マーニ、母上のところに案内してくれ。残りはここで出来るだけ騒ぎを大きくしてみてくれないか。」
そしてアルドはマーニと共に物陰から飛び出していた。
「止まりなさい!!」
若いミカが静止させようとするが、二人は当然止まるはずもなかった。通路を横断中の二人にミカは賊と判断して魔法を解き放つが、その直前にゲインが間合いに入って剣先を突きつけた。
「悪いが、二人を止めさせはせぬ。」
だがゲインの剣が次の瞬間には、何かの衝撃と共に飛ばされていた。
「貴様ら、セーナ様の命を狙うものか?!」
そう言ったのはこちらの世界のアベルであった。
(そうか、このシレジアにはミカだけでなく、アベル殿、カイン殿、そしてボルス殿もおられるのを忘れていた。)
セーナがいるのであれば当然の事実であったのだが、すでに40年も先を生きていた一同からすればどうしても失念していたことである。ミカ、ゲイン、マークはミカとアベル、そして更に駆けつけてきたシレジア天馬騎士アイリスも加わって、シレジア城はさながら攻められたような状態に陥ることになる。
  一方、マーニとアルドの二人だが、忍ぶ術のないアルドであるからどうしても動きに制約があった。どうにかセーナの部屋に着くところでこちらもカインとボルスに食い止められることになった。アルドとマーニは最強の十勇者相手によく戦っていたが、二人ともそれなりに年を食っていたために油の乗っているカインとボルスを押し切ることが出来ずにいた。
「こうなった以上、母上もここにいるとは思えない。一旦、退こう!」
そして中庭に向かって退いていった。すると中庭から3頭の天馬が浮上してきた。
「アルド様、すでにセーナ様はエリーと共に天馬に乗って避難されたそうです。これに乗って、後を追いましょう!」
ミカは過去の己たちを圧倒的な魔力で抑えると、そのままペガサスを分捕っていた。何事も卒のないミカに二人は苦笑したが、すぐに表情を引き締めてペガサスに飛び移った。
「ミカ、ペガサスに乗ったはいいが、母上がどこにいったのかわかるのか?」
「当然です。私がセーナ様の側に何年いたと思っているんですか?」
「では我らを連れて行ってくれ。」
そして一同はシレジアの嵐に消えていった。


  「エリー、ありがとう。」
アルドたちの襲撃を知ったアイリスの妹エリーはセーナの愛馬メリルと共にシレジア城を脱していた。
「それにしても今日、出発しなくて良かったですね。」
「ふふ、ミカに後で感謝しなくちゃね。せっかくメリルからもらった命をここで散らせるところだったわ。」
二人は中央山脈の中腹にある、とある天馬騎士の墓で嵐の中、事態が落ち着くのを待つことにした。
  しかし当然、それはミカの知ることになる。
(これを逃せば、歴史に修正の機会を与えてしまう。)
アルドはキー・オブ・フォーチュンより時空の習性を理解していた。マークに言ったように、些細な選択で未来が変わることもあるが、未来からの介入に対しては思いのほか頑強に出来ている。おそらく先ほどのシレジア城での乱も大きな出来事であったに違いないが、それはアルドたちが介入して起きたものであって当時の人たちが自ら決めて選択したものではない。未来を決める要素、つまりセーナそのものを廃さなければ、時空を修正する力によって本来の歴史に戻ってしまうことをアルドもマーニも理解していた。だからこそ、アルドは『母を倒すべく』執拗に追跡していたのだ。これこそがマーニがアルドに託した、己の世界を守るための策であった。

  三騎の天馬はセーナに向かって突進していく。
「クッ、どうしてここが。セーナ様、ここは私に任せて、逃げて下さい。」
そしてエリーは槍を取って、アルドたちに向かっていく。しかし彼女もまだ半人前の天馬騎士であり、彼らの敵ではなかった。アルドはすぐに背後に取り付いて、彼女を気絶させた。
「あとは母上のみだ。」
だがここで空が割れ、強烈な魔力が放射された。
「く、こんなところで。すまない、ミカ、ゲイン、二人で食い止めてくれないか。」
言われずとも二人はそのつもりであった。
「マーク、あなたはアルド様と共に行きなさい。そして起きることをその目に焼き付けなさい!」
本当ならば足手まといと言いたかったが、ミカはそこを我慢して歴史を見届ける役という大任を任せる形で誤魔化した。自尊心の強いマークも両親と戦うつもりだったものの、そう言われればあっさりと翻意する。

  その強烈な魔力を放射するのは未来から来たセーナであった。そう、先日、アルドに剣を向けてきたアウロボロスを宿したセーナである。彼らが抵抗するとすれば過去の己を廃するしか手がないと踏んでいた彼女は、アルドが最後の好機と見る瞬間まで敢えて見守っていたのだ。
「ふふ、前は私を倒せるといったあなたたちがどこまでやれるかしらね。」
魔神剣ダーインスレイヴを構えたセーナはそのままミカとゲインに切り込んでいった。


  一方のアルドとマーニ、マークは一直線にセーナを追っていたものの、当のセーナは全く逃げようとしていた。一堂は彼女の前に天馬を着陸させると、それぞれの得物を構えた。
「あなたたちが賊ね?その割には綺麗な魔力を持っているわね。」
レイピアを構えるセーナだが、その反面、アルドたちに強い興味を持っていた。
「正直に言いましょう。私は別の世界であなたに育てられた息子です。」
厳密には血が繋がっていないので、アルドは育てられたという表現を使った。普通ならばキョトンとするものの、セーナはその応えに笑みをもって返した。
「ふふ、若い母と年老いた息子がこうして対峙したということね。」
「私のいた世界は母のおかげで楽しい世界が訪れることができました。しかし、この世界の未来のあなたがその世界を滅ぼすべく侵攻しようとしているのです。」
この間もセーナは静かにアルドの話を聴いていた。
「しかもその母はあまりにも強大でどう逆立ちしても我らには勝つことはできません。」
「その未来の私というのがあなたの背後で暴れている者というわけね?それで私の命を奪って、あの化け物みたいになった私を消すと。」
セーナの質問に、アルドは頷いた。それと同時に、相変わらず常識を超えたこともあっさりと受け入れる母の度量の大きさに恐れいったりしていた。
「もちろん、こんなことは許されるわけではないことはわかっています。でも、私は母が作り変えた世界を守る義務があります。そのためならば」
「母にも手を掛けるというわけね。」
「それが私のやらねばならない事なのです、たとえ相手が母だとしても。」
そして一同は静かに対峙を続けていたが、セーナは再びレイピアを構えなおす。
「いいわ。将来の私があのようになるのならば、あなたの望みを叶えてあげるわ。でも、私に勝ってからね。悪いけれどもそこの二人には下がっててもらうわよ。」
これにアルドは頷き、マーニとマークは一度構えを解いた。

  アルドとセーナの戦いはしかし、一方的であった。老いは進んでいたものの、経験で雲泥の差があるアルドはキー・オブ・フォーチュンの力もあり、またセーナの剣の腕がまだ未熟だったこともある。だが、押し切られないあたりはセーナも己の思いを込めて懸命にアルドの斬撃を交わしていく。
(さすがは母上、未熟な剣技を余りあるセンスと意思で補っている。)

  だが時は限られていた。
「グハッ!」
後方で控えていたマーニの足元に、もう一人のセーナと戦っていたゲインが吹き飛ばされてきた。そしてすぐにミカもすぐそばの木に叩きつけられる。
「戯れもそこまでよ。やはりあなたたちは甘いわね。さっさと殺しておけばよいものを。」
禍々しい魔力を発散させながら、セーナはアルドに対してファイアを解き放った。
「邪魔をするな!」
マークが間に入って、食い止めようとするものの、やはり彼では荷は重く、あっさりと吹き飛ばされた。だがその先にいたのは若きセーナであった。
  吹き飛んできたマークに巻き込まれて、セーナも大きく態勢を崩していた。そこにアルドは容赦なくキー・オブ・フォーチュンを繰り出した。黄金色の剣身が見事な反射神経で体の前に持ってきたレイピアを圧し折り、そして愛する母の胸に吸い込まれていった。
  直後、セーナのファイアがアルドを襲い、吹き飛ばされかけたものの、放たれた火球は直前で雲散霧消した。
「こ、こんなバカなこと・・・が。」
見れば、アウロボロスのセーナの姿が半透明になっていた。過去のセーナが致命的な重傷を負ったことで、未来のセーナの存在が消えかかったのだ。
  「アルド、これがこの世界の私の結末よ。力に溺れた私は些細なきっかけで自らを滅ぼすことになった。・・・・哀れだけども、・・・これで良かったのよ。」
そして静かにセーナは瞳を閉じた。もう一人の未来からきたセーナも姿を消した辺り、完全に息を引き取ったのだろう。優しく母の瞼を閉じると、負担のかからない姿勢にさせて横たわせた。
「さぁ、戻ろうか。もうこっちの未来は壊れているはずだから、まずは我らの時代に戻ってから時代を進めていこう。」
そしてキーオブフォーチュンとソールカティを振り上げた。

  元の世界に戻っていくワームホールでは、一同が自身の世界を救ったことに安堵していた。しかし突如として覚えのある強烈な魔力があたりを覆う。
『許さぬ。お前たちだけでも元の時代に戻れぬようにしてやる。』
そこに現れたのは消えたはずのセーナとアウロボロスであった。彼女の世界は壊れたものの、時空の渦で辛うじて思念を留めていたのだ。そしてワームホールが音を立てて崩れ始める。
「アウロボロスにこんな力があったなんて。」
マーニは懸命にソールカティに力を注ぎ、急いで進ませる。しかし、人数が多いことからどうしても速度を上げることが出来ずにいた。
「このままでは呑まれてしまいます!」
「マーニ、私たちを切り離して!アルド様と二人だけになれば、戻れるでしょう。」
ミカの思わぬ申し出にマーニとアルドが驚く。
「何を言うんだ、ミカ。せっかくみんなで守るべきものを守ったばかりではないか、ここでお前たちを失えば意味がないだろう!」
しかしこれにゲインが冷静に返す。
「そんなことはありません。元々、私たちはセーナ様を亡くして以来、ずっと世捨て人として生きてきたのです。今更、生きようが死のうが関係ありません。・・・マークには申し訳ないことをするが。」
「アルド様、時間がありません。あなたはまだ、元の時代に必要となるお方です。どうか、決断を。」
母を殺し、今また己を支えてくれた忠臣を切り捨てるという非情なる決断をしなければならない自分が本当に情けなくなっていた。しかし迷っている時間はミカの言うようになかった。
「・・・済まない、ミカ、ゲイン、そしてマーク。私は世界を守るために行く。マーニ、責は私が全て負う。だから行くぞ!」
人を導くには決断だけでは伴わない。責任を負う必要もある。ヴェスティア皇帝として20年導いてきたアルドはそれを痛いほど理解してきた。ここまで長き期間、皇帝を務めてきたのはその負担を後進たちになるべく与えないためである。それは時の摂理が通用しない今であっても変わらない。すべては己が背負い込めば良いのである。それは正しく母が歩んだ道そのものであった。
  全てを覚悟したアルドにこう言われれば、マーニは従うしかない。ソールカティは最後の力を振り絞り、アルドのキー・オブ・フォーチュンと共に濃密なオーラを形勢した。そして二人を取り囲むと、後方から崩れかかってきたワームホールを振り切って去っていった。
「アルド様、あなたは血は繋がってはおりませんが、セーナ様のご立派な後継者です。」
ミカは満足げな表情を浮かべると、家族と共に時空の渦へと呑み込まれていった。


  「アルド様!しっかりしてください!!」
ヴェスティア宮殿の中庭に戻ってきたアルドは共に飛んできたマーニと共に軽く意識を失っていた。愛するミルの声に気付いたのはわずかの後ではあったが、アルドにしてもミルにしても果てしなく長かったように感じられた。
「良かった、ご無事だったんですね。」
ミルの、心から安心した声を聞いて、ようやくアルドは元の時代に戻れたことを確信した。
「すまない、ミル。どうにか目的は達したが、戻ってくる途中にミカたちを置いてきてしまった。」
それはあまりにも残酷な事実であった。しかしミルもまた、そんなアルドの苦衷を理解してきた女性である。
「そうですか・・・。でも気になさらないで下さい。母上のことです、きっとどこかでしぶとく生きておられますよ。」
本当ならば悲しいはずなのに、前向きな言葉を吐いてくれる彼女にどれだけ励まされてきたことであろう。気がつけばアルドの腕がミルを抱きしめていた。
「アルド様・・・。」
ミルも静かにその抱擁に応えた。
  セーナが命を懸けて変え、アルドが血の滲む思いで紡いできた世界はこうして守られた。


  「誰っ?そこにいるのは?」
うら若き女性の声が聞こえ、マークはわずかばかり意識を覚醒させていた。
「だ、大丈夫ですか?」
目の前にはどこかで見たような蒼髪の少女が心配そうに己を見ていた。だが体が言うことを利かないばかりか、今まで何をしていたのかさえ全く覚えてすらいなかった。
「良かった、無事みたいですね。今、人を連れてきますから、もう少しだけ待っていてください。」
そしてしばらくして彼女の従者らしきものが少女を呼んでいた。
「セーナ様、倒れているという方はどちらですか?」

  そしてミカも全く別の場所で意識を覚醒させた。
「気がついた?・・・あなたは草原の入り口に倒れていたのよ。」
それがリンディスという少女との出会いであり、第二の人生の始まりであった。

 

 

 

 

 

最終更新:2013年01月02日 18:50