サイの地での戦いでシグルド・ナディア二人を討ち取って、エインフェリアを壊滅させてからアルドはレダとゾーアに復興のための兵を割り当てて、ソニア要塞で激戦の疲れを癒していた。ある程度、立て直したらサウス・エレブを経由して母と合流するつもりだったのだ。それを知ってか、リチャードもレダに戻らずに静かにそのときを待っていた。
そろそろサウス・エレブに渡ろうとソニア要塞を出発しようとしたアルドたちにミカが大急ぎで駆けつけてきて、思わぬ報せを届けてきた。
「ラグナ軍からブローが独立し、ガルダ島を狙っております。至急向かって下さい。」
今のアルドならばそれが何を意味するのかもわかっている。
「すぐに行く。だけどあそこが戦場ならば数は絞った方がいいか。・・それよりも君はもう母上のところに戻るのか?」
「いえ、私も及ばずながらアルド様をご支援させて頂きます。それと、兵を絞るのであれば、余った兵の一部をバージェに回して欲しいとセーナ様がお願いされています。そして出来れば次に言う方を回して欲しいそうです。」
そしてミカが述べていく人物は意外と大物でアルドを困らせることになる。
「まずはリーヴェのアルク様、カナンのセト王子、レダのティーネ女王、そしてヴァルス様の4人です。そして彼らを束ねる大将としてトウヤ殿をお願いし、さらにブルーウイングの方々、そしてロキとユキの兄妹も同道願いたいとのことです。」
面々も凄いが、立場を気にしない体制に母らしさを感じていた。
「凄い面々だが、それゆえに何か重大なことをされるのであろう。いなくなるのは私としても困るけど、バージェに向かうようにお願いしておく。」
これにミカが丁寧に頭を下げる。共に戦った彼らが離脱するのはアルドにとっては痛いが、代わりに彼の苦労を知るミカが加わってくれるというので十分元は取れたと言ってもいいだろう。
事は急を要するので、アルドの指揮で動く兵から精鋭を選りすぐり、ルゼルを大将とする先鋒をすぐに出発させた。ソニア要塞は急に慌ただしくなり、事態の急変を察知した他国のものがアルドの元に駆けつけてきた。
「何かあったのか?」
まず口火を切ったのはリチャードだった。アルドと共に艱難辛苦を味わったこともあって、今ではすっかり彼を認めていた。
「時間があまりないので手短に言います。ラグナ軍の一部が独立して、ガルダ島に向かったとのことです。なので、皆さんの中で戦えるものがいれば、ガルダに向かって欲しいのです。」
リチャードはまだガルダ島の戦略的価値はあまり意識していなかったが、リーべリアとユグドラルの中継地ということはわかっている。
「兄上、私とシレジア軍はすぐにガルダに向かいます。早速ですが、準備をするのでこれで失礼します。」
これにデルファイも続く。
「さすがに私たちには選択の余地はありませんね。クレスト様に続いて失礼します。」
デルファイの言う通り、リーべリアにいるユグドラル勢からすればガルダ島は生命線であり、選択肢は一つしかなかった。
「もちろん我らヴェスティア勢もガルダに向かいます。皆さんはどうしますか?」
ここでミカが割り込んできた。
「申し訳ありませんが、もう1つ動きがあります。敵はわかりませんが、セーナ様から次に言う方々をバージェに回して頂きたいのです。」
そして先ほど伝えた面々の名を伝える。
同じ場にいるアルクとセト、ヴァルスは兵を率いてガルダに向かうつもりだったが、それぞれリーヴェからナロンとアトロム、カナンからセネトとサン、シオン、サリアからフラウとシロウを出すことでまとまった。レダからはここにティーネがいないので、ライラが入れ替わりでレダの復興を指揮し、ガルダへはリチャードとセーラ、ノールで向かい、ティーネをバージェに向かわせることとなった。
他の勢力は対応が分かれた。ウエルトは精鋭をガルダに派兵させることにし、残りはレダ復興の支援を行う。アカネイア諸勢はまだ前年の戦の復興途上であることから無理は出来ず、ここで撤退となる。ただし、アルドの依頼もあってアイバーは残り、彼の頭脳を担う。傭兵団のブルーバーズ、ブルーウイングはセーナの要請に従ってバージェに向かい、これにサーシャも同道する。
これで大筋の方針が決まったので、諸将はそそくさと部屋を後にしていく。いつの間にか、残ったのはアルドとミカ、ミルだけになっていた。
「アルド様、1つお願いがございます。」
ミカが改まった口調でアルドに話し掛ける。つい、アルドも背筋を伸ばす。そしてなぜかミルも我がことのように真似る。
「今回の戦が終わりましたら、ぜひ娘ミルをアルド様の奥方にしてもらえないでしょうか?」
また、セーナあたりからの無理難題が言われるかと思っていたアルドは思わぬ言葉に一瞬思考を停止していた。
「お、お母様、こ、こんな時に何を仰っているんですか?!!」
顔を真っ赤にして慌てたミルの言葉に、ようやくアルドは我に帰ってミカの言葉を理解した。
「今だから言うのよ。アルド様もこの戦が終われば、私とだってあまり話することも出来なくなるでしょうし。」
ヴェスティア宰相を長い間務めたミカらしい言葉である。そして再びアルドに向かって言う。
「不器用なところはありますが、ミルのアルド様への思いは私のラティへのそれよりも大きいと思ってます。そしてこの子の無邪気さが今後のアルド様に必要になるかと思います。」
理詰めで簡潔な言葉しか聞いたことのないミカの言葉とは思えないほどまとまりのない言葉ではあったが、それが逆にミカの気持ちをアルドに伝えることになる。しかし、既にアルドの気持ちは決まっていた。
「ミカ、あなたにそう言ってもらえて嬉しいよ。だけど、既に僕はこの戦いが終わったら、ミルを妻に迎えるつもりだったんだ。ミカに報告する手間が省けて、僕も助かった。」
これに今度はミカが驚く番であった。
「そ、そうだったのですか。それは出過ぎたことを申しました。てっきり先ほどの会合からアイバー女王と親密になられていたのかと思いまして。」
「ふふ、ミカもやっぱりミルの母親だね。レダで一緒に戦っていたときもミルが同じようなことを言ってきたよ。・・・それほど僕と彼女はお似合いなのかな?」
「お似合いか似合わないかはともかくとして、世界に史上最大の影響を与える婚姻となりましょう。何しろヴェスティアとアカネイアのトップが夫婦となるのですから。・・・まぁ難しい話を抜きにしても、アルド様とアイバー女王でもお似合いだとは思っておりました。」
「ミカもそう思ったのか。だけど僕は女性としてはあまり見ていなかったかな。・・・何というか母上に似すぎて・・・ただただ頼ってしまうんだ。」
あまりの本音にミカが吹き出した。
「なるほど、アルド様はアイバー女王にセーナ様を見られていたんですね。それならば、先ほどのやり取りも納得できます。」
そして視界の片隅にもう顔全体を真っ赤にしたミルに気付いてミカが、一つ間を置いて言った。
「良かったわね、ミル。これからはしっかりとアルド様を支えてあげてちょうだいね。」
そして再びアルドに向かって言う。
「何もできない娘ですが、どうか宜しくお願いします。・・・ただしミルを泣かしたりしたら、アルド様と言えども容赦はしませんからね。」
最後の一言にアルドはさっきまでの笑みがにわかに凍りついた。これを見たミカとミルは互いを見合ってクスクス笑っていた。
それぞれの思いを胸に、最後の決戦に向けて勇者たちがソニア要塞を出ていった。目的地はリーベリア大陸極東バージェとガルダである。