ソニア要塞を出たアルド率いる連合軍はやや隊列を乱しながらも、陸路と海路に分かれてそれぞれガルダとバージェを目指した。アルドは当初は海路から直接ガルダに乗り込むつもりであったが、セーナがバージェにいると聞いてバージェへと向かうことに変えた。
ソニアからバージェへは同じカナンとは言え、縦断することになる。しかし先にバージェに戻っていたルゼルが道中の準備を万全にしており、多くの荷馬車を手配していたことから当時としては異常な速さでバージェに着く事ができた。アルドは出迎えた母との再会を喜び、諸将を引き連れてバージェ城に入った。ここでパレス以来となる大軍議が始まるのだ。

まずはマルスユニオン盟主セーナが静かに口を開いた。
「皆さん、まずは今回は私が不覚を取ったことをお詫びします。」
今回の苦戦はセーナが倒れたこと一つであったことはもう説明は不要である。
「ですが、皆さんの奮闘のおかげでリーベリアは魔の手から一度は解放し、私たちも精鋭を引き連れてラグナのいる大陸の過半を抑えることが出来ました。」
ここでセーナはアルドを促した。これにアルドは内心で苦笑した。
(母上は相変わらず人が悪い。皆まで言ってくれれば良いのに・・・。)
心の中では母に対して珍しく愚痴っていたが、もちろんおくびにも出さない。
「ただし、皆さんにも先日お伝えした通り、ラグナ軍よりブローが独立し、この先ガルダを狙おうとしています。彼の地はリーベリアとユグドラルを結ぶ要衝であり、奪われれば兵のいないユグドラルを蹂躙され、疲弊して横腹を突かれるリーベリアに抵抗する術はなくなります。何としてもガルダを奪われるわけにはいきません。そのためにもレダやゾーアで見せた皆さんの力をもう一度貸してください。」
ここでアルドに続きを言わせたのは、既にアルドがセーナの後を継いだことを意味している。世代交代が進んだ意味もあるが、セーナ世代のリチャードやセネトが素直にアルドに従っているのもその証であった。その一人リチャードが鼻を鳴らせて言う。
「ふん、この期に及んで腰の定まらないやつなど大したことはない。返り討ちにしてやれば良い。」
だがこれをセネトが制して、セーナにブローの戦力について尋ねる。
「ブロー自身は先年、さる事情で深手を負った経緯からかつての猛威は持っていません。」
セーナは断言するが、しかし、と続ける。
「かの軍勢はラグナの親衛隊だけあって、一頭一頭の竜の戦闘力は四竜神配下の戦闘竜やエインフェリアを遥かに凌駕します。」
今まで苦闘してきた相手よりも強力と聞いて、一部のものからつばを飲む音が聞こえた。
「なので私の方も三男のハルトムートとアトスを急遽向かわせてはいます。ただし間に合う保障はありません。」
しかしセーナはアルドのためにとっておきの切り札をガルダにすでに送っていた。それは上手くすれば戦の趨勢を決するだけの力を有しているが、セーナはあえて諸将には伝えなかった。アルドもそれはまだ聞いていないが、母のことだから何か用意しているだろうと察しは付けていたりしていた。が、企み好きの母だから、聞いたところでここでは口を割らないだろうと踏み、追求はしなかった。
その後、ガルダに詳しいセーナを交えて、ガルダ島での布陣が話し合われた。先陣は未だにレダでの雪辱に燃えているリチャードが名乗り出て、第二陣を左右に分かれてクレスト率いるシレジア軍とデルファイのトラキア軍が備えた。第三陣は更に三つにわけて左右をリーヴェ、カナンで固め、竜との戦いに慣れたサリア軍が中央に配され、後方にヴェスティア軍とウエルト軍が南山に布陣する形で備えることになる。遊撃部隊としてサルーン率いる旧Pグリューゲル空軍が、そして万が一の撤退路としてガルダ島南岸にセーナが呼んでいたヴェスティア・オーガヒル海軍、クロスマリーナの輸送船団を待機させることとなった。なお、援軍として駆けつけたミカの魔道士部隊はガルダ諸島南部の島々に配され、回りこみ後方を狙おうとするブロー軍別働隊の迎撃を遠距離魔法で封じることとなった。

 大方の方針がまとまったところで今度はリチャードがセーナに問いかける。
「そういうお前はどうしてバージェにいるのだ?」
ここまで来ていながらガルダの戦いに加わらないというセーナの意図がわからないのだ。彼自身、セーナを好かないのは相変わらずだが、いればそれだけで戦が決まることはわかっていての発言であった。
(言われてみれば、何故母上はこのバージェで何をしようと言うのだろ?)
気がつけば言われるままに従っていたアルドであったが、このあたりはアルドもわからないままなので静かに母を見た。それに気付いたのか、セーナは静かに口を開く。
「わたしもつい最近知ったことだけなので確定したわけではないことを前提に言うわよ。・・・この戦いは私たちとラグナだけが仕組んだものではなかったのよ。」
「他に黒幕がいたということですか?それがブローなのですか?」
アルドの問いにセーナは首を振る。
「ブローにそこまでの頭はないわ。むしろ彼はその黒幕に煽られたと見るべきね。でなければ、いくらラグナに不満を持っていたとは言え、戦いの天秤が大きく傾いていたこの時期に独立する理由がないもの。それにいきなり急所たるガルダを狙うなんて、短絡的なブローには無理よ。明らかに入れ知恵したものがいるはずよ。」
「そしてその黒幕がガルダの裏でここを襲うと。」
「バージェの人には申し訳ないけど、バージェを襲うことが目的ではないわ。・・・私の推理が正しければ狙いはあなたよ。」
そして指した先はトウヤであった。それだけで彼は誰が来るのか悟った。
「四竜神ミューですか?・・・しかし彼女はラグナに忠義を誓っていたのではなかったのですか?」
その証拠にリーベリアの苦戦はミューのリザレクションが生み出した不死の軍勢エインフェリアが原因であり、ラグナのために相当な犠牲・負担を出していた。
「私もつい最近まではそう思っていたわ。だから、彼女は少しばかり手がかかると思って、北方まで出向いたりしたわ。・・・だけどそこにミューはいなかった。それだけならまだ良かったわ。彼女は部下に負け戦を強い、更に・・・己の右腕と恃む忠臣を殺した。」
「そんな馬鹿な!」
普段朗らかなトウヤが驚きの余りに立ち上がって、叫んでいた。アルドもセーナの言っている壮絶さに言葉を失っていた。
「生で見たものはいないけれども、私はエイナールの魔力がミューによって潰えたことをしっかりと掴んでいたわ。」
「・・・」
言葉にならない声をあげながら、トウヤは席に着いた。敵ではあるが、トウヤはミューの高潔な人柄は認めていた(もちろん理を捻じ曲げるリザレクションんを多用することは言語道断である)。しかし、今のセーナから聞いたミューは悪名高いクラウスやブローをも上回る鬼畜なことを平気でしていたことになる。とても同じ人物とは思えなかった。それを察してセーナが言う。
「だから仮定しているのよ。今のミューは私たちの知るミューではないと。」
「じゃあ、何者なんだ。」
思いもよらぬ展開に半分付いていけていないリチャードが戸惑いながら聞く。
「それがわかれば苦労はしないわ。だけれども、ブローがガルダを狙わせている間に、今の彼女は動かないはずはないわ。」
「・・・だからここで母上はトウヤ殿と共に迎え撃つと。」
「そういうこと。それにここならばあなたが結集していたリーベリアの力を集められるだけでなく、バージェならば上手くいけばあなたたちの援護も出来るしね。」
そして一呼吸おいて続ける。
「とりあえず私はそういうわけだから、トウヤたちと共にここに留まっているわ。アルド、そしてガルダに向かう皆さん、武運を祈ってるわ。」
「母上も。」
そしてそこここで諸将が顔を合わせて頷きあった。これでバージェに集結した諸将の軍議が終了した。

戦の前ということで宴も開かれず、バージェはすぐに静けさを取り戻した。しかし、ガルダに向かう軍の総大将となったアルドは眠りにつけず、バージェ城のバルコニーにたたずんでいた。今までは無我夢中で戦ってきたから感じる間もなかったが、人類の命運を背負って戦うことに強烈なプレッシャーを感じていたのだ。
「アルド様・・・。」
そのプレッシャーで小さく見えていた背中に、聞き慣れた声が届いた。ミルである。
「ミル、母上の元に行っていたんじゃなかったのか。」
アルドとミルの婚約はすでに公式のものになってはいたが、一応二人の関係はまだ主と侍女のままである。
「いえ、そのセーナ様がアルド様のことを心配されていたので、私をと。」
ミルは正直にセーナに促されたことを伝えると、アルドは苦笑した。
「母上には本当に参っちゃうな。ここまでお見通しなんて。」
アルドはやっぱり母に完全に兜を脱いだ。
「少しはアカネイアで成長したと思ったら、リーベリアで痛い目にあって、それで伸びたと思ってもまだ母上には及ばないんだな。」
「・・・アルド様、そんなことは余り気にしないで下さい。あの方を超えられるような人なんていませんよ。それで、やっぱりガルダでの戦いが不安なのですか?」
ずけずけと切り込んでくるミルにアルドは再び苦笑した。
「相変わらずずいぶんと直球だね。まぁそれでこそミルだけど。」
「す、すみません。」
それが自分の悪い癖だとわかっているミルは慌てて頭を下げた。
「いや、こういう風に言ってくれるのは母上かミカ、そしてミルくらいだもんな。・・・ミル、この手を見てくれよ。」
そして差し出した手は未だに震えていた。
「レダで戦っていた時はこんなことはなかったのにな。」
そんな手をミルは何も言わずに両手で包み込んだ。思わぬ行動に、アルドの顔が赤くなった。
「大丈夫ですよ。今までだって戦い抜いて、生きてきたんですから。」
相変わらず根拠のない言葉ではあるが、彼女が言うからこそその気になれるのである。このあたりがミルの持つ魅力である。
「まったく、ミルの言葉は相変わらず感覚論なんだな。ミカが聞いたら色々といわれそうだな。」
「憎まれ口を叩けるようになれば、アルド様ももう大丈夫ですね。」
そう言われて、アルドはハッと気付いた。
「手の震えが消えてる・・・。凄いな、ミルは。」
普段と変わらずに接したミルが人類の存亡を賭けた戦いに挑むアルドの心を溶かした瞬間であった。
その光景を見届けたかのように、少し離れたところで蒼髪が舞い、気配が消えていった。それにアルドは気付いていた。
(母上、ありがとうございます。何としてもガルダを守り抜いて見せます。)


二日後、ガルダに渡ったアルドは南山から裾野に広がる大軍勢を眺めていた。ミルのおかげで不安は大分和らいだが、まだなくなったわけではない。だが、もうその時は迫っていた。
「北山の偵察部隊から合図が上がりました!敵襲です!」
これにミルとアイバーが気を引き締めてアルドを見た。
「全軍、戦闘体勢!レダのリチャード殿に激励の使者を送るんだ!」
アルドの号令の元、南山の連合軍本陣が慌しくなった。
ここに史上最大の大激戦が始まった。

 

 

 

 

 

最終更新:2013年04月19日 00:06