ガルダ島にて開かれた戦いは人類・竜族それぞれの雌雄を決する戦いとして、後にも語り継がれる決戦となる。人類側の総大将はセーナの後継者としての立場を 確固たるものにしたアルド。対する竜族側はラグナから独立したブローである。そしてこのガルダの地はアルドの母セーナが初めて大戦に望み、圧倒的な数的不利を覆して勝利を得て、その名声を不動のものにした地でもある。そんな複雑な因縁が絡み合ったガルダの決戦であるが、既に戦の趨勢は大いに竜族側に傾いて いた。
「化け物どもが!」
最前線でドラゴンスピアを振るうリチャードはバージェでのセーナの警告を思い出していた。
「これほど一体一体の竜が強いとは・・・。これでは何のためにここまで乗り込んできたのか。」
今の彼を突き動かしているのはレダで散ったティーエと親友ノールの無念を晴らすためだけであった。レダのことなどティーネに任せておけばよい、ともう割り切っていた。しかしそんな思いを吹き飛ばすほど、ラグナ神軍の竜たちは強かった。
かつてリグリア要塞で戦っていたときにもブローとラグナ神軍は参戦していたが、まだ反目していたミューのために尽力する義理はないと精鋭は投入していな かった。その後、ミュー自身が行方をくらませたこともあって、一度北大陸に戻って、ラグナの命に従ってアクレイアを襲ったりもしたが、敢え無くエリミーヌのアーリアルによって手酷い目にあっている。しかしその時も精鋭を温存していたため、ラグナ軍の中でもここまでブローは大いに余力を残していたのだ。そし て今回、ガルダを落とさない限り、本拠を手に入れることの出来ないブローは容赦なく精鋭をアルドたちに差し向けたのだ。
共に譲れない意地を持つリチャードとブローの戦いだが、やはり地力の差は歴然だった。リチャードの意地とは裏腹にレダ軍は既にズタズタに寸断されており、アルドからも後退の指示が届いていた。
「ふざけるな!俺たちはまだ負けてはいないぞ!」
完 全に気が立っているリチャードは使者に対して怒声を放った。対する使者もさすがにアルドが選んだものだけあって剛のもので、さすがにリチャードの物言いに はカチンと来ていた。アルドとリチャードの仲はともかく、未だにヴェスティアとレダは関係はセーナとリチャードのせいで温まりきっていなかった。
「この戦いはレダと竜族の決戦にありません。命に従わねば、竜族に味方するつもりであることをアルド様にお伝えする。」
一人の我侭によってレダ軍が壊滅すれば、それこそ第二陣のトラキア・シレジア軍は敗残兵に巻き込まれて戦えなくなる。利敵行為を行うならば、敵として扱うと使者は言ったのだ。ここでさすがにマズいとノール6世が割り込んできた。
「ご使者、総大将の命には従います。すぐにレダは予定通りに迂回して後方に下がります。どうかアルド様には宜しくお伝え下さい。」
使者の方も周りのレダ兵たちが殺気だっていたのを見て、言い過ぎたと思っていたので、ノールの言葉には正直助かっていた。
「かしこまりました。くれぐれもご短慮はなさらぬようお願いします。」
ここでしっかりと釘をさした使者はそそくさと戻っていた。
「リチャード様、もう下がりましょう。アートゥ、殿軍を頼めるか。」
弟アートゥはしっかりと頷いたものの、当のリチャードが納得していなかったように見えた。それを察したノールがアートゥに何やら呟いていた。
その後、レダ軍は左右に分かれて撤退した。リチャードはノール・アートゥ兄弟が危惧したように一人で突撃を敢行した。その凄まじさは後までレダに語り継が れるほどで、精強な竜を次々と葬って行ったが、かつてティーエにされたようにアートゥによって気絶させられて下がって行った。
そしてそんなレダ軍の内情を知らず、撤退を援護するためにシレジア軍とトラキア軍が前進する。すでにレダ軍を突破したブロー軍の一部と交戦していたが、シ レジアの風魔道士、天馬騎士隊、トラキアの竜騎士隊と、それなりに竜と戦える布陣が整っていた第二陣はそれらをあっさりと壊滅させていた。ただ、やはり竜 との戦歴の少ない彼らはレダ軍と同じように地力に押されるようになっていく。
「そろそろかな。」
そ んな状態をクレストもデルファイも想定はしていた。本来ならば第三陣にあって同じユグドラル出身のヴェスティア軍と連携するべきところを第二陣になったの はひとえにその対竜戦の経験の少なさにあった。実際に両軍が主に戦ってきたのはエインフェリアだったので、今回の戦いで相手になる竜に対してどうしても攻 めきれずにいた。
ここでクレストは切り札を出すべく合図を送った。直後、島に烈風が吹き荒れたかと思えば、北山から白き竜が飛び出してきた。リーベリアの守護竜フォースドラゴンであった。
「あれがクレストの切り札か。」
南山から厳しい戦況を見ていたアルドはクレストの秘策に一息ついた。
「小賢しい老いぼれが今更何のようだ。」
面倒くさげに采配していたブローも背後に現れた白き竜に反応して、徐に動き出す。
『我はリーベリアの守護竜フォースドラゴン。リーベリアを侵せし者はたとえ同じ竜であろうとも容赦はせぬ。』
そして強烈なブレスを解き放つとブロー軍の竜たちを吹き飛ばす。レダ軍が壊滅し、同地にブロー軍が居座ったことから、フォースドラゴンとシレジア・トラキア軍に挟まれたことになり、ブロー軍はさすがに動揺していた。
「・・・とりあえずは戸惑っているようですね。」
南 山で静かに戦況を見守っていたアイバーはアルドに言った。相手が竜であっても感情というものを持っている以上は積極的に奇策を弄すべきとバージェの軍議か ら進言していた。これにクレストが乗った形で、フォースドラゴンの背後奇襲が実現したのだ。しかしアルドもアイバーも相変わらず顔は冴えないままだった。
だが戦場は目前だけではなかった。背後を固めているミカが使者が飛んできた。
「ブロー軍別働隊が迂回してきましたが、ミカ様以下の魔道士隊のサンダーストームにて撃退に成功しました。」
こ れはまさしく朗報であった。迎撃するにも大きな土地がないために、まとまった戦力をおけないガルダ南諸島には竜に対して絶対的な決め手があるミカたちを配 したのは成功だったのだ。これで背後から襲われる恐れはなくなったが、肝心の正面が相変わらず芳しくないものであった。
「切り札を出しますか?」
アイバーがアルドに聞くが、彼はすぐに首を横に振った。
「まだだ。あれは切り札というよりは奥の手だ。・・・それよりもサルーンたちに出陣の用意だ。サリア軍たちにも援護に行ける準備を伝えておくように。」
今回の決戦でアルドが最も頼りにしているのは実はサリア軍であった。リグリアでも八面六臂の活躍を果たし、ハノン・ラケル離脱後はアルド軍の対竜主力を担っていたからだ。だからこそシレジア・トラキアを差し置いて、アルドのすぐ前を任せたのだ。
フォースドラゴンに向かって行ったブローは先年の傷を押して戦いを挑んだ。ただそれでも老齢のフォースドラゴンを圧倒していく。
「相変わらず口だけの爺だな、貴様は。そんな程度の力でリーベリアの守護竜を名乗るなぞ、笑止。」
鋭い爪がフォースドラゴンの鱗を貫き、体に食い込む。更に尻尾を振り下ろして、フォースドラゴンを北山に叩き付けた。
「お前たち、見ての通りこの程度だ。お前たちは気にせずに前を攻めよ。」
そしてブロー軍の竜からは咆哮が上がり、再びシレジア・トラキア軍への攻めが激しくなった。
だが直後、北山から勢いよく飛び出したフォースドラゴンがブローの首もとに喰らい付いた。
「まだまだだ。お前こそその程度の実力か。ラグナの元親衛隊長が聞いてあきれるわ。」
そう言って、噛む牙に力を込める。しかしフォースドラゴンの牙は実はブローの固いうろこによって阻まれていた。
「だから、貴様は老いぼれなのだ。自分の牙ですら、感覚がなくなっているのだからな。」
そして今度は体をひねって腕をフォースドラゴンの首に回した。
「お前はもう終わりだ。さっさと死ぬがいい。」
再び北山に投げつけると、強烈なブレスや火球をフォースドラゴンに容赦なく見舞わせる。
その光景は必死に防戦するシレジア軍やトラキア軍にもよく見えていた。頼みとしていたフォースドラゴンの劣勢は彼らの士気を大きく挫いた。特に今回の大戦 ではあまり厳しい戦いを経験していないシレジア軍の動揺が激しく、クレストやセリアの鼓舞も空しく、ついに逃亡者が出始めてきていた。ここに後方から前進 してきたサリア・リーヴェ・カナン軍が合流してきた。アルド軍最大兵数を誇る第三陣が早くも登場したことはアルド軍の苦戦を如実に示していた。
「さてと俺たちもそろそろ行くとするか。」
アルドの命で迂回したサルーンたち旧Pグリューゲル空軍はブロー軍の後方に回っていた。
「リーネ、これからは何も言わずに俺の言うことを聞いてくれ。」
いつになく厳しい表情をしているサルーンをリーネは静かに見た。
「今、あのブローはフォースドラゴンとの戦いで部隊からは孤立している。」
「!?それじゃ私たちでブローを襲えば?!」
リーネはサルーン隊の力の総力を結集すれば、今のブローを倒せると思っていた。だが彼は首を横に振って、話を続ける。
「リーネ、お前が部隊を率いてブロー軍の背後を襲え。もう一度背中を突いて、やつらの足を止めよ。でなければ、やつらは南山まで止まらんだろう。」
「・・・それで、あなたはどうするの?」
長年共に暮らしてきた夫である。考えていることはリーネも分かっていた。
「皆まで言わせる気か。・・・俺がサルーンを討ちに行く。」
「それなら私も。いえ、皆で。」
「それはならん。さっきも言っただろう。ブローを倒すだけではならん。やつらの目的はこのガルダを足がかりにすること。ならばブローが死んだだけではあいつらを止めることは出来ん。それをお前たちがやるのだ。」
しかし相手がブローではいくらサルーンが勇猛でも一人では厳しいとリーネは思った。
「・・・死ぬつもり?」
「そうかもしれんな。だが、これだけはやらなければならん。ブロー軍とブローが再び一緒になれば、更に手が付けられなくなるからな。たとえ無理でも時間稼ぎくらいなら出来る。」
頑固なサルーンの説得をリーネは既にあきらめていた。
「・・・そう。」
空中で二人は抱擁を交わして、サルーンは銀の槍をしごきながら言う。
「すまないが、リュウマとリオンを頼む。」
「サルーン、ありがとう。」
そして彼は一気にブローへと突撃する。
「私たちはこれよりブロー軍の背後を突く。・・・全軍、前を見て突撃しなさい。」
それがサルーンが聞いたリーネの最期の言葉であった。
「我はヴェスティア軍セーナ十勇者の一人サルーン。ブロー、貴様の命を頂きにきた!」
彼の名乗りにブローは嘲笑した。
「黙って背後を突けば良いものを。これだから貴様らは馬鹿なのだ!」
すぐに強烈な火焔を吐くが、サルーンは一度引いてその炎を避けた。が、さすがにフォースドラゴンとの戦いで体が温まっていたブローはすぐに火球を放っていた。退いたばかりで体勢を立て直していないサルーンはこれをまともに喰らい、愛竜と共に吹き飛ばされた。
(まだだ、こんな簡単に捻られていたら、リーネにも会わす顔がない。)
必死に愛竜にまたがり、気絶していた竜に活を入れると、再び浮上していた。
(こうなれば捨て身でいくしかない!)
サルーンは両手で槍を前面に構えると一心不乱にブローへと突撃していた。これにブローは冷笑する。
「勝てぬとわかって、無謀な特攻か。」
そして火焔を吐き出すも、サルーンは敢えて避けようとはしなかった。
「何っ!?」
驚くブローは続けざまに火球を放つが、慌てて放った火球にサルーンを吹き飛ばすだけの威力はなかった。だが確実にサルーンの体力は奪われており、既に意識は朦朧としていた。だが、槍だけは握ったままであった。
(あの胸の傷痕だ。セーナ様が言っていた、先年の傷というのを突くんだ!)
その視点の先にはアルフレッドたちに傷つけられていた傷痕がしっかりと見えていた。いや、そこしか見えていなかったというのが正しかった。その胸が目前に見えてきた時、サルーンの脳裏に二人の女性が現れた。それが妻リーネと命にも等しい主セーナであった。
「リーネ、セーナ様、先に天上に行って、カインを怒鳴りつけています!」
直後、サルーンの槍がブローの胸を貫いた!ブローは地面に墜落し、そして当のサルーンは青空の彼方へと消えていった。
南山からもその光景はよく見えていた。アルドは何も言わずに顔を伏せ、彼の死を悼んだ。
(サルーンは元々、この地を死に場所としていたのか。)
だがずっと悼んでいるわけにはいかない。アルドはすぐに顔をあげると、全軍に号令する。
「ブローの生死は不明だが、これで敵に打撃を与えた。これより総反撃に移る!」
すでに撤退に入っていたレダ軍、シレジア軍、トラキア軍も戦えるものは再び戦線に戻って、突撃を敢行する。だがこれを冷笑するものがいた。
「愚かな。ブロー軍はすでにブロー様の軍にあらず、すでに我が軍となっている。者ども案ずるな、このブルーノ様が采配を取り、お前たちに勝利を導いてやろう!」
そ の声は紛れもなく先年のパレスでハルトムートとアトスに前に散ったはずのブルーノであった。傭兵団フリーダムウイングに潜入し、時空剣の継承者アルフレッ ドを追い詰めた奸智の持ち主である。何の因果か再びブロー軍に加わって、いつの間にか主よりも大きな影響力を有するに至っていたのだ。そしてそんなブルー ノの一声でブローの敗北に動揺していたブロー軍は息を吹き返した。
「まずは後方のうるさい蝿どもを追い散らせ。」
ブルーノの采配は的確で、後方をかく乱していたリーネ率いるサルーン隊は苦境に陥った。元々レダでの戦いで大きく数を減じていたため、これ以上のかく乱は 無理と判断してサルーン隊は撤退していった。隊長となったリーネはあくまで無理攻めを続けようとしたが、リュウマがそれを必死に押し留めたのだ。アルドか らサルーン隊に対してすぐに撤退の合図を出していたのも大きかった。
これで後方からの攻撃がなくなり、ブルーノもまた全軍の攻撃を命じた。人と竜による入り乱れた戦いが始まったのだ。最初はやはり勢いと圧倒的な数のアルド 軍が竜に対して優勢を保っていた。一時は北山の麓にまで押し返して、ブローの戦死を確認できるところまで行ったほどである。だが攻勢もそこが限界であっ た。
ブルーノが前線に飛び出してきて、アルド軍将兵を次々と蹴散らしていったのだ。この中でサリア軍のシロウが負傷して、下がっていたのだが、痛手だった。ア ルド軍の中でもやはり竜族に大打撃を与えていたサリア弓騎士隊はこれで采配に精彩を欠くようになったのだ。更にサリア天馬騎士隊やシレジア天馬騎士団も長 時間の戦闘ですでに息切れしており、継続的な戦闘が出来ずに撤退し始めていた。残る部隊でまともに打撃を与えられるのが魔道士部隊なのだが、すでにシレジ ア軍の大半が撤退している今では有力な魔道士部隊はすでにいなかった。
「ここまでか・・・。」
アルドはこのままでは勝機を得られないことを悟っていた。ここでガルダに来ていたミルの叔母ミキが彼を促した。
「アルド様、今のうちに撤退を。後は私が始末します。」
「叔母様・・・。」
「ミル、心配ありがとう。でもこれは誰かがやらなければならないこと。非力な私がそれを全うできるのであれば、これに勝る喜びはないわ。」
その瞳には先ほどのサルーンと同じものが輝いていた。そう、何かあった時に彼女はアルド軍全軍の殿軍を引き受けることになっていたのだ。そしてアルドが前に言った『奥の手』のために命を散らすつもりでいた。
「アルド様、さ、お早く!」
拳をぐっと握り締めながらもアルドは全軍に命じる。
「第三陣に撤退の合図を。ウエルト軍、ヴェスティア軍もブロー軍に一当たりした後に後方の船に避難すること!」
そして最終作戦の合図が南山より上げられた。
これをガルダ南部の島から見ていたミカも静かに呟いていた。
「ミキ・・・。」
作戦の全容を知るミカは顔を俯けつつ、各島に連携を取るべく使者を走らせた。
直後、ガルダ島南山に黒光する砲塔が輝いた。
「魔導砲への魔力充填を開始!狙いを北山の麓、ブロー軍後方に定めよ。」
これこそがセーナがアルドに託した切り札・魔導砲であった。エレナが東方クラウンエッジの戦いで集中運用しようとしてそちらに行っていたが、セーナがこの日のことを読んでノアに魔導砲を運ばせていたのだ。
(もっと早くにこれを使っていれば勝てたものを。完全に僕の失態だ。)
ア ルドはあくまで自分たちの手で勝利することにこだわり、母からの送り物を敢えて奥の手として使用を控えた。しかし、ブロー軍の強襲はアルドの想定を遥かに 超えて強力で、アルドの目論見をあっさりと打ち砕き、戦の趨勢を決めてしまった。今、使用をしてもあくまでブロー軍の足を止めるだけしかならないだろう。
唇を噛むアルドとは裏腹に、ミキ率いるMPは迅速に魔導砲を準備していく。
「アルド様、間もなく準備が完了します。一斉射にしますか?順繰りに何段かに分けますか?」
「二段に分けて斉射しよう。合わせてグリューゲルも仕掛ける。ウエルト軍には撤退してくる各軍勢の整理をお願いしよう。」
その命を受けて、各地に伝令が飛んでいき、その間に魔導砲の準備が整った。
「よし、魔導砲放て!」
刹那、人も竜も意識が吹き飛ぶほどの轟音がガルダ島に響き渡った。そして次の瞬間にはブロー軍の竜たちが吹き飛ばされていた。
「ぐう、人間どもめ、噂に聞いていた魔導砲を据え付けていたのか。目の前の雑魚どもなど無視して、あの砲を止めて来い!」
ブルーノが命を下した直後、二斉射目が放たれて、ブルーノのすぐ隣でも轟音が唸り、衝撃波が襲い掛かった。
「だが、もう遅い。この戦いは決したのだ。馬鹿だったな。」
結局、魔導砲の二斉射も二人の想定どおり、ブロー軍の足を鈍らせる程度であった。しかしおかげでアルド軍の大半は南岸に接岸していた輸送船への搭乗が完了し、残るアルド率いるヴェスティア軍とウエルト軍ももうすぐ撤退が完了するところであった。
一方、魔導砲は二斉射を放っただけで沈黙し、MPのシスターや魔道士たちはすぐに逃げ去っていた。ブルーノは大いに拍子抜けしたものの、残った魔導砲を置き土産として接収しようとした。
「ふふふ、ブロー様をまさか討つとは思わなかったが、おかげで俺がこの軍を掌握することができた。上々の展開よ。」
元々 ブルーノはブローからこの軍の実権を掠め取るつもりでいた。強引に謀略で奪うつもりだったが、今回の戦いで呆気なくブローが死んだことで円滑に実権が転が り込んできてブルーノはこれ以上ないほど上機嫌であった。だが、その傍らでブルーノたちによって集められた魔導砲に再び魔力が充填されていることに気付く ものはいなかった。
物陰に隠れて、魔導砲に魔力を充填していたのはミキと自ら残ることを志願したMPのシスターたちであった。
(まだガルダの決戦は終わっておりませんわ。そう簡単に終わらせてはサルーン様たちに失礼になります。)
すでに魔導砲への充填は完了していたが、なおもミキたちは魔導砲への充填を止めようとはしない。少しずつではあるが、魔導砲も赤くなってきていた。しかし、未だに勝利に酔っているブルーノはその異変に気付いていなかった。
(セーナ様、アルド様、私もお先に天上にいっております。姉上、どうか長生きしてください!)
そう願った直後、魔導砲は過剰に充填した魔力を暴走させて、先ほどの砲撃とは比べものにならない轟音と衝撃波を拡散させた。
南山頂上での大爆発は当然アルドたちにも見えていた。
「全軍、これより反転せよ!ガルダ島を奪取し、ブロー軍を駆逐する。」
そして更にアルドたちの後方にある各島から夥しい数の竜騎士たちが浮上してきた。そのまま凄まじい勢いでアルド軍たちを飛び越えて、ガルダ島へと向かっていく。そのうちの一騎がアルド軍の船団に近づいてきて、大声で宣言した。
「我はトラキア皇帝フィリップ。敵軍は我らトラキア・ドラゴンナイツ以下が蹴散らす。貴公らは安心して、ガルダ島に上陸せよ!」
これもセーナが残した切り札であった。そう、ミキが呟いた通り、まだ戦いは終わっていなかったのだ。
アルドは二段階の策を用意していたのだ。かつてセーナが言っていた言葉『勝ったと思った瞬間に最大の隙を見せる』を体言したのがこの二段目の策である。だ がこれでミキやMPという貴重な命が失われた事実は変わらない。南山にいた頃にもっと早く魔導砲を使っていれば、アルドたちはこの二段目の策を使わずに勝 つこともできたかもしれなかった。
(ミキ、サルーン、君たちの死は僕の枷になっていくのだろう。)
しかし過ぎたことは仕方のないことである。たらればを語ればそれこそきりがなくなるのである。
的確な命を次々と発していきながらも、アルドのもう片方の手は固く、それこそ血が滲み出さんほどに握り締められていることにミルは気付いた。彼女は無意識に彼のその手を優しく包み込んでいた。その頬には一筋の光る筋が流れ、周りで見ていたものの涙を誘った。
「ミル・・・。」
そしてそれを見たアイバーが隣に来て、
「後のことはお任せ下さい。」
と 優しい声を掛けてきた。精神的にも限界になってきたことを自身で理解していたアルドも彼女の配慮に素直に従うことにした。頷いたアイバーは周りのものを下 げると、自身も一段下がったところで各所に指示を出していった。残った二人は揺れる船上で、涙を流しながら抱き合った。
ブルーノ以下ブロー軍精鋭が南山で爆殺したことでブロー軍の残党は今度こそ恐慌に陥った。更に空を覆いつかさんばかりのトラキア竜騎士隊の登場は、激戦を 終えたばかりの彼らの士気を挫くのに十分過ぎた。それだけでなく、撤退路にあたるガルダ北岸にはようやくハルトムートとアトス率いる部隊が到着・上陸して いたのだ。
これだけでなく、更に誰もが想像もしていなかった人物が南山と北山の中間に魔法陣に包まれて降り立つ。
「私の名はマルスユニオン盟主セーナ。ラグナ神軍よ、これ以上の殺生は無駄です。降伏しなさい!」
黒き竜ロキに跨り、セーナが登場したのである。これで今度こそ大勢は決した。
ガルダ島の決戦、人類側はこの要衝を死守することに成功した。しかし、この犠牲は余りにも大きかった。リーベリアの守護竜フォースドラゴン、ヴェスティア の勇者サルーンやミキが戦死しただけでなく、一般兵たちにも半数を超える死傷者を出ていた。前哨戦でもリーヴェのアトロムが死亡し、リーヴェ・ヴェスティ ア海軍の戦闘艦は全滅している。
セーナはガルダ東部の町でアルドと再会して、その労を労った。決して褒められる采配でなかったが、人類の運命を背負って、これだけの軍勢をまとめるだけでも大したものであった。
「私があなたと同じ年であったら、絶対にこんな役割なんて断っていたわ。でも、あなたは逃げずにその使命を受け入れた。・・・それだけでもあなたは大した子供よ。」
そして母は息子を抱きしめた。これにアルドは何も返すことは出来なかった。
しかしすぐにセーナはマルスユニオンの盟主の顔に戻る。
「さぁ、アルド、これから私は北大陸に戻るけれども、あなたたちはどうする?一緒に来る?」
これに真っ先に声を上げたのがリチャードである。
「当然だ。ここまでリーベリアを、世界を荒らされておいて、黙っていられるわけがないだろう。」
吼えるリチャードに、アルドも反応した。
「母上、我らも行きます。いえ、行かねばならないのです。この戦いの終わりを見届けるのが、私がフォースドラゴン殿やサルーン、ミキから託された最後の役割だと思うので。」
この言葉でセーナは改めてアルドのことを見直した。もし親子として育っていなかったら、セーナは彼に惚れていたのかもしれない。それほど今のアルドは凛々しかった。
「わかったわ。皆で北大陸に来るといいわ。そして人と竜、神々の戦いの終焉を見届けるのよ。」
こうしてアルド軍のエレブ行きが決定した。

 

 

 

 

最終更新:2013年05月09日 01:45