ウエルトに逃亡してきたリュナン率いるラゼリア軍と、バルト戦役時に留守役を務めていて力を蓄えていたヴェルジェ軍で構成されたウエルト解放軍は負けることなくコッダの残るウエルト王宮を制圧した。これによりウエルト王国の覇権を争った戦いは解放軍の勝利で幕を閉じた。
城内で反旗を翻したライネル隊に捕縛されたコッダはリュナンとマーロンによって処罰を下されようとしていた。
「リュナン殿、お願いだ、殺さないでくれ。わしはリーザ様に政権を握ってもらうためにこのようなことをしたのだ。バルト戦役で敗れたことで当家の窮状を察しいただけるだろう?当家の土台を再び堅くするためには反王政勢力を駆逐しなければならなかったのだ。」
コッダのその場しのぎの言い訳がはじまった。そこですかさずマーロンが言った。
「それではなぜ、サーシャ王女を追ってルースを派遣したのだ?しかもそれだけじゃない。護衛のケイトに攻撃しているではないか。」
これはもちろんマーロン自身、詳細は知らなかった。リュナンやケイトから聞いていたのだろう。これにはコッダも返す言葉がない。ここにリュナンが追い討ちをかける。
「宰相は王政を再び取り戻そうと兵を挙げたのですね?それなら十分、大義名分になりえますね。しかし大義名分を持つ勢力から内応者が出るというのはどういうことですか?それに諸侯から人質を出させるのも私は初めて聞きました。」
リュナンはコッダの言い訳を逆手にとって口撃した。そうコッダの言うことが正しければ、それは正義に準じた行動である。それが王女討伐、聖騎士離反などありえるはずが無かった。コッダの完敗であった。その様子を見届けたマーロンが結論を述べた。
「コッダ!貴公にはすぐさま処罰したいところだが、その権限はロファール様にある。我らにはない。それまでは牢屋に監禁させてもらうぞ。」
コッダは胸を撫で下ろしていた。死刑が免れると思っていたからだ。
「安心するでない!ロファール王が戻ってくれば、そなたはすぐに処断されよう。」
マーロンの厳しい一言にコッダの顔から再び血の気が引き、ライネルに連れられて牢屋行きとなった。おそらくもう青空を見ることはないだろう。
コッダと入れ替えにしてサーシャに連れられて王妃リーザがリュナン達の前に現れた。
「リーザ様、私達がもう少し早く来ていれば、リーザ様にもサーシャにも辛い思いをさせなかったのにと悔やまれてなりません。私の思いが至らなかったことを、お許しください。」
リュナンはウエルトのためとは言え、他国での戦いで多くの死者を出したことを後悔していた。グラムでの一騎討ちがそのリュナンの気持ちの表れであったのだろう。しかしサーシャから事情を聞いたリーザは
「リュナン様、あなたが謝ることはありません。あなたは私達、ウエルトの民を救ってくれたのです。確かにウエルトは以前よりも荒廃しましたが、失われたわけではありません。そして今、リュナン様のおかげで固い絆で結ばれた騎士たちがこのウエルト王宮に集ってきたのです。」
リーザは夫ロファールの国を守ってくれたリュナンに頭を下げた。そしてさらに王妃は続けた。
「リュナン様。グラムド大公はお亡くなりになって、あなたの祖国のラゼリア公国も帝国の占領下にあると聞いています。それなのに、どうしてこんなに遠い国のことまで考えられましょう。リュナン様は立派になられましたね。昔のリュナン様は元気な少年だったのに、今、私の目の前にいるのは若かりし頃のグラムド大公、そのままです。あの頃が懐かしく思い出されます。」
リーザがリュナンと姿をだぶらせていたのは紛れも無く、レダ解放戦争時のグラムドであった。魔竜クラニオンにも怯むこともなく利害抜きでレダ地方を解放しようとしていた頃の彼である。
「リーザ様?」
「あ、気にしないで下さい。それよりこれからどうするのですか?」
「我々は祖国ラゼリアをここウエルトのように解放するつもりです。」
「帝国軍と戦うつもりですか?」
ここで今まで発言を控えていたオイゲンが進言した。
「リーザ様、我々がウエルトに来た真の目的は帝国との戦いに備えて兵力や軍資金を・・・。」
「オイゲン、今は・・。」
リュナンがそれを遮ろうとしたが、
「リュナン様、もういいんです。我々の戦いはここウエルトから始まるのです。世界は今、混沌と絶望の風が吹き荒れています。そして歩みを止めてはなりません。そして進むためには協力してもらうしかないのです。」
「私もそう思いますよ。私の夫ロファールもリュナン様と同じく世界を救うためにバルトに赴きました。敗れたとは言え、彼の死も意志も滅んではいません。私はそんな彼の意志を継ぐべくリュナン様に、ラゼリア軍にできる限りの援助をいたしましょう。」
これによりウエルト解放戦争で行動に共にしたウエルト=ヴェルジェ軍は正式なウエルト正規軍となってリュナン率いるラゼリア軍と共に世界を救うために共闘を誓った。
その夜、ラゼリア・ウエルト軍の壮行会が王宮で華やかに行われた。
「リュナン様。」
ひとりの青年がリュナンを見つけて話し掛けた。
「あっ。ナロンじゃないか。どうしたんだ?何か思いつめてるみたいだけど・・。」
そうナロンだった。ヴェルジェにてマーロン卿から預けられた騎士であり、ラフィン隊の急先鋒として活躍していた若武者である。
「リュナン様、僕もラゼリアに連れて行ってくれるんですか?」
ナロンはこのことを心配していたのだった。リュナンに期待されて預けられていたが、自分がそのリュナンの足手まといになっているか、と不安に襲われていたからである。そんなナロンを目の前にはリュナンの笑顔があった。
「ナロンはソラの決戦だって、ウエルト大橋の戦いだって一生懸命戦っていたじゃないか。僕はナロンの働きには助けられているんだ。君が頑張ってくれたからソラの決戦は勝てたんだ。」
事実、ソラの決戦で囮だったラフィン部隊の前衛を務めていたナロンはサーシャから与えられた革の盾を有効に使い、囮部隊にもかかわらずほとんど死者を出さずにリュナンの作戦を忠実に盛り立てていた。奇襲部隊を統括していたリュナンももちろんナロンの指揮を観察していた。
「そんな・・。僕はリュナン様の言われるとおりのことをしただけです。」
ナロンが謙遜するが、
「そんなことはないよ。命令が与えられても実際その通りにこなすなんて至難の業だよ。それにナロンはあれが部隊長になっての初めての戦でしょ?それであの結果なのはすごいよ。」
リュナンはしきりにナロンを盛り立てていた。それが功を奏したのかナロンの顔にも笑みが戻ってきた。
「ナロン、君にはラフィンの後を継いでもらうつもりでいるんだ。」
予想もしない言葉にナロンは驚いた。さっきまで自分がリュナンに迷惑をかけていたと思っていたのだから無理もない。
「どうして僕のような騎士が騎馬部隊の隊長に?」
ナロンは一番気になっていたことを質問した。
「ラフィンはウエルト王国の総指揮を任せようと思っているんだ。そうすると騎馬部隊の隊長がいなくなるだろう?それでソラの決戦での君の働きを見てて感じたんだ、『ナロンならできる』って。」
「でもロジャー様の方が適任ではないのですか?」
「一応ロジャーにも言ってみたんだけど、彼は僕に刃を向けたことをまだ気にしているみたいなんだ。それに彼からも推薦があってね。お願いだよ、ナロン。」
「リュナン様、僕のような者で良かったらどこまでもついていきます。」
その目には光るものがあった。ナロンにとってこの上ない名誉なことである。今までヴェルジェの一騎士に過ぎなかったナロンはリュナンに才能を引き出され、ついに一部隊の長となることができたのである。そして胸の内には後世に『リーヴェの剣』と呼ばれるまでになる原動力となる物が宿り始めていた。
一方、ウエルト王女サーシャは母リーザに呼ばれ、王宮の庭に立っていた。
「サーシャ、あなたはこれからどうするの?」
リーザは分かりきっている答えを敢えて求めていた。愛娘からその言葉を聞きたかったためである。
「お父様の安否を確かめるためにリュナン様に同行しようと思っています。いいでしょ?」
サーシャの無垢な瞳がリーザを映し出していた。
「もちろんよ。リュナン様ならあなたのことを守ってくれるでしょう。サーシャ、メルから預かったもの、今持っている?」
サーシャは懐から銀色の笛を取り出した。それは天馬の笛だった。王宮を脱出する際にリーザがメルに託したものだった。
「それを今、吹きなさい。」
そう言われ、サーシャは天馬の笛を吹き始めた。その笛からは透き通った音が辺りに響き渡り、壮行会にいたはずのリュナンやマーテル、エンテらが庭に出てきた。しばらくすると北の空から純白の騎馬隊が飛来してきた。それは母リーザが母国サリアに頼んでおくってもらった天馬騎士団であった。その中で騎士のいないペガサスが一番前を飛来していた。天馬騎士団は気が付くともう王宮の庭に着陸していた。
「サーシャ、あのペガサスはあなたのペガサスよ。」
あのペガサスとは一番前を飛んでいた騎士のいないペガサスだった。
「お母様。・・・・ありがとう!」
サーシャは走ってそのペガサスに向かった。大空への憧れ、今それが叶う。サーシャの胸は躍っていた。
「よろしくね。」
サーシャはこれから生死を共にするペガサスに話し掛け、ペガサスに乗った。ペガサスの毛並みは普通の騎馬と違ってふわふわしていた。サーシャが手綱を握った時、
「『ウエルトの翼』の誕生だ。」
リュナンがサーシャに叫んだ。その言葉にこれからサーシャの元で一緒に戦う天馬騎士団が応えた。
「サーシャ王女!我々、天馬騎士団はサーシャ王女の手足となって頑張ります。」
サリア王国以外で初のサーシャ天馬騎士団の誕生である。彼女たちの一部は母リーザに従っていた天馬騎士団の娘も参加していた。
「サーシャ。これは私が現役のころ、愛用していた槍よ。ちょっと今のあなたには重いかもしれないけれど、この槍があなたを守ってくれるわ。」
リーザは最後にレダ解放戦争以来つかっていないピラムの槍をサーシャに渡した。その姿はまさしく若かりし頃のリーザそのものだった。そしてサーシャはこれを機として大きく成長してゆくのだった。
翌日、ラゼリア・ウエルト連合軍は王都を発った。その陣容は以下のとおりだった。
ラゼリア軍 指揮 リュナン (連合軍総指揮)
参謀 オイゲン (連合軍第一軍師)
騎馬部隊 隊長 クライス 副隊長 アーキス
歩兵部隊 隊長 リュナン
後方支援部隊 隊長 マルジュ 副隊長 ラケル
ウエルト軍 指揮 ラフィン
騎馬部隊 隊長 ナロン 副隊長 ロジャー
天馬騎士団 隊長 サーシャ 副隊長 マーテル
装甲部隊 隊長 ノートン 副隊長 トムス
祖国を解放するため、そして世界を救うためリュナンは決意を新たに軍を進めるのだった。その日の天候は女神ユトナが祝福してくれているようによどみのない快晴だった。