後にベルンと名乗ることになる同地にマルスユニオン軍はセーナを総大将にして、ラグナ軍はイーリスを総大将にして睨みあった。一時はリーべリア大陸の過半を制し、人類を破るのも間近と言われたラグナ軍だが、すでにミューとブローの離脱、ラオウ、ネクロスの戦死によって青息吐息となっていた。イーリスは少ない将兵を遣り繰りして、勝てないまでも負けないための布陣でセーナを迎え撃つ。北東の山上にある城塞遺構(後のベルン城)には自身の娘イドゥンと、ネクロス配下だったヤアンが元ネクロス火竜部隊を率いて立て籠る。西方にはセーナたちに並々ならね復讐心を抱くネルガルが、最後に正面をイーリス自身が魔竜部隊を率いている。
既にブルガルにいたときから敵布陣は把握していたからセーナはあまり悩むことなく、突破する戦術を定めた。まずは後方を脅かす恐れのあるイドゥンたちにはハルトムートを主将にしして、配下にローラン、ハノン、バリガンとようやく合流したテュルバンが加わった。更に兵力として、すっかりコンビで活躍することが多くなったジャンヌとロイトを与力としている。ネルガルに対してはクレストを主将にし、アトス、エリミーヌ、ブラミモンド、更にこちらも名コンビたるレクサスとデーヴィドが付いた。同じシレジア勢ということでフィーリアとグスタフもここにいる。そして誰もが驚いたのが中央、対イーリスの布陣である。最前線には何と総大将たるセーナが入り、アルドと並んでこの戦いの副将に任じられたミカも一緒にいるというのだ。そして本来、全軍を掌握すべき場所にはリーベリアとエレブでそれぞれ指揮をとったアルドとルーファスが控えている有様だった。
「これでは私たちにも備えているようにも見えますね。」
引き続いてアルドの脇に控えるアイバーが静かに言った。アルドはこれに応える。
「見えるというかそうなのでしょう。各戦線はおそらく今配置した戦力で押し切って、何の理由かはわからないが、僕たちをここに封じ込めたい、そんな気がする。」
アルドも難戦を繰り広げてきたこともあって、戦略眼はセーナやアイバーの域に達しつつあった。
「・・・戦を見届けるために来たが、これでは本当に見ているだけになってしまうな。」
実際、アルドが率いた軍勢はすでに戦闘に使える兵はわずかであった。ガルダで共に戦った兵の大半はリーベリア・ガルダの復興のために留めており、連れてきた兵たちも長い船旅と、更に長い戦いが続いていたことで厭戦気分が広まっていた。アルドが連れてきたものたちで頼りになりそうなのは彼が率いるグリューゲルと、相変わらず戦意が旺盛なリチャード率いるレダ軍くらいの有様である。
「わからない。ただ母上はこの戦で何かをやろうと考えている、私を欺くために。」


ガルダからの長い航海を経て、ブルガルに着いたセーナたちだが、彼女の表情は激戦後の勝利にも関わらず冴えなかった。いや、長年付き添ってきたアルドからしても、生まれてから初めて見るほど不機嫌な表情をしていたのだ。きっかけはあった。船で移動中にブルガルのルーファスから知らせが来てからであった。それは悲劇の知らせであった。イリアにいたネルガルがガルダ決戦の裏でサカの一部族に襲い掛かっていたのだ。セーナは彼に備えていたが、知っての通りバージェにいたため、彼の監視をブラミモンドに引き継いでいた。しかしブラミモンドもやはり心はガルダに向いていたため、彼の襲撃の探知が遅れてしまった。急を察知して駆けつけたときにはその部族は既に壊滅していた。老若男女問わずその部族の8割が死に、残りの1割が重傷を負うという悲劇に見舞われていたのだ。ルーファスはアトス、エリミーヌ、ブラミモンドの力を結集して、辛くもネルガルを退かせたが、おかげでサカの部族との信頼は大きく揺らぐ結果となった。
ブルガルに着いたセーナは激しい口調でルーファスとブラミモンドに詰め寄った。その激しさは長年付き添ってきたミカも驚くほどであった。終いにはブラミモンドの頬を平手で叩くことまでしてみせ、アルドとハノンが止めなければセーナは斬り付けかねない剣幕になっていた。結局サカの部族が心酔するハノンが賠償を名乗り出てその場は収まったが、ブラミモンドはヴェスティア帝国から追放という処分を受けることになった。だがこれをアルドは狂言と見ていた。
今、ここでサカの民に見限られるようであれば、ラグナと変わらぬ見方をされてしまうのである。味方となったものには最大限の敬意を払うのがセーナの流儀である。起きてしまったものに対してはもう取り返しはつかないが、罪を罪として罰し、償う方針をサカの部族の前で示す必要があり、それを先の場でセーナは強烈な形で示したのだ。ただし、アルドの予想通り、ブラミモンドとハノンに対してもセーナは事前にこうすることを伝えており、やはりあの場のやり取りは演技であったわけである。
なおブラミモンドに課されたヴェスティア帝国追放によって彼は国籍を持たなくなったものの、だからといって他国に仕えるわけではなかった。彼は戦後、この大陸に留まって色々な研究を行っていくと申し出ており、元々ヴェスティア帝国追放という罰も実質的には無罰に等しいものであったのだ。それをサカのものたちに悟られないためにセーナは激しく怒って見せたわけである。とはいえ、演技とはいえ、その怒り方は前述したように半端なくブラミモンドと共に報告していたルーファスとハノンも恐れ戦いたと後に漏らしている。

その後、セーナはリーベリアとエレブで戦った将を全員集めて、最後の軍議を開いた。まずエレブ大陸での戦況を伝え、次の戦いがラグナ軍の最終戦力を潰す戦いであることを告げた。そしてそれがマルスユニオンとセーナ自身最期の戦であることを宣言し、周りの諸将を改めて驚かせたのであった。
その最終決戦の総指揮はマルスユニオン盟主たるセーナが就くことになり、前述のようにそれをアルドとミカが支える形となった。しかしこの場で布陣の形は告げられず、行軍中に伝えることになり、それを以てセーナは一方的に軍議を締めくくることになった。


セーナはその夜、アルドに呼ばれていた。
「母上、最後の決戦の布陣を行軍中に告げるというのはどういうことなのですか。皆、不安がっておりました。」
だがセーナは意に返さなかった。
「特にリチャードあたりが色々と喚いていたみたいね。でも心配はいらないわ。リーベリアで戦ったものたちで使おうと思っているのはクレストとシレジア勢くらいだから。」
すでにマーニ以下諜報衆が調べていたのだろう。ちなみにセーナのもう一つの目となっていたアジャスは特務諜報としての役割をほぼ終えていたことからアルド直下の諜報衆に移っている。戦後、特務諜報で得た技術を引き継いだ後にレダに帰還する流れになっていた。
「もう決まっていたのですか?ならばなぜお伝えしないのですか?」
「言えば変に裏を勘ぐる人が多いからね。皆、戦略的な視野が広くなったから。」
そして真顔になってセーナがアルドに告げる。
「悪いけれども、次の戦いで私はあなたも欺くつもりでいるわ。覚悟しておいてね。」
「それは母上がラグナと結託するという噂ですか?」
アルドがエレブに上陸してから変な噂がアルドたちの耳に入っていた。セーナとラグナが和を結ぼうとしているというのだ。だがその出所を探っているとセーナとミカから出ているというのだ。
「ふふ、そんな噂、信じているわけじゃないでしょ。」
「当たり前です。ですが、なぜそんなことを流しているのですか?」
「言ったでしょ、私はあなたを欺こうとしているって。噂であろうが、ワンクッション置いておいた方が衝撃は少ないでしょ。」
「何をしようとしているのですか?私にも黙っていないといけないことなんですか?」
それを聞いて、一瞬寂しそうな表情をしたのをアルドは一生覚えていくことになる。
「今のあなたに少しでもヒントを言えば見破られてしまうからこれ以上は言えないわ。一つだけ言えるのはそれはあなたのためにやらなければならないこと。」
そして次の言葉からはマルスユニオン盟主としてではなく、母としての言葉が出ていた。
「私はいつまでもあなたのために戦う。それだけは信じてちょうだい。」
「・・・わかりました。」


時と場所をベルン最終決戦前夜に戻す。一通りの布陣を終えたとの連絡が来たセーナは自身の部隊を回っていた。セーナ率いる本隊は旧Pグリューゲルのミカ隊の将士で占めており、その大半が女性という珍しい部隊であった。セーナ直属のアルバトロスは今はルーファスの元におり、彼女の手元にはミカ隊たちしか残っていないのであった。さすがに少なすぎるとアベルが将士を連れて来ようとしたが、それもセーナによって止められている。
「これが最期の戦い。我ながらなかなか豪華な面々が揃ったわね。」
しかも各方面にクレストとハルトムート、中央にアルドという自身の子供たちを配しているのである。まさにセーナの思いが詰まった戦いと言えた。
そんな感慨にセーナがふけっていると、突如キー・オブ・フォーチュンが輝き出して、目の前に時空の扉が出現した。
「どうやら誰かが呼んでいるようね。全く忙しいんだから。」
「セーナ様・・・。」
傍らにいるミカが心配するが、セーナは気にしなかった。
「心配ないわ。自惚れるわけではないけれども、今の私を止められるものはそうはいないわ。じゃ、行ってくるわ!」
そして時空の扉に飛び込んでいった。
セーナが戻ってきたのはその数秒後であった。
「セーナ様!」
「ふふ、大変な戦いに巻き込まれたわ。・・・でも楽しい戦いだった。意外なこともわかったしね。」
そう言いながらセーナはミカをじっと見ていた。いつもと違う視線を返してきてミカは反応に困ったが、その意味を後で理解することになる。
「?」
「ふふ、今はわからなくていいわ、後でわかるから。とりあえず私は一仕事終わったからこれで寝ることにするわ。これが最期の睡眠かしらね、いい夢を見れるといいわ。」

 

 

 

 

 

最終更新:2013年10月27日 01:11