いつの間にかイーリス隊後方に謎の部隊が到着していた。まだイーリスはそのことには気付いていない。
「どうしたの、レイン。随分と緊張しているみたいだけど。」
その部隊を率いているのはヴァナヘイム大陸にいるはずのエレナであった。
「と、当然じゃないですか。この戦いが全てを終わらせる戦いで、その火蓋を落とすのがよりにもよって僕の魔法だなんて。」
そう言いながら大きいエイルカリバーの風の刃が出来上がって、発射されるのを待っていた。
「名誉なことじゃないの。全くレインはもっと自信を持ちなさい。」
そう言ってエレナはレインの手を取った。思わず頬を赤らめたが、すぐに顔を前に向けてごまかした。
「しかしレインの魔力も凄いレベルになったもんだな。こんなデカい風の刃なんて、なかなか見たことがないんだが。」
プラウドの率直な感想にはエレナが応えた。
「私の傍にいたんだから当然でしょ。母上もミカやゲインに有り余る魔力を与えていたのと同じように、私の魔力もレインに流れていたんだから。」
思わぬ告白に今度は当のレインが驚いた。
「そ、そうだったんですか?!」
余りの驚き振りにレインが作っていた風の刃が崩れかかった。
「ほら、レイン、しっかりしなさい!・・・全く、魔法使いなんだからそれも気付かなかったの?」
エレナの言葉にレインは何も返せなかったが、実際にここまで魔力が大きくなったのがエレナのおかげだとは思っていなかった。
「というより自身の魔力を他人に渡せる自体知りませんでしたが・・・。」
「まぁ私だって自発的に渡しているわけではないからね。器を溢れた魔力の行き先がたまたまレインであって、あなたもそれを受け入れるだけ大きな魔力の器を持っていたということ。」
話しが逸れたことに気付いたエレナがコホンと咳払いをして戻した。
「とにかく、早く打ち込むわ。」
これにレインも再び意を決して、魔力を目の前の風の刃に注ぐ。そして解き放った。
『クロスエイルカリバー!』


 レインが放った風の刃は文字通りにイーリス隊を背後から切り裂いた。
「何事!?」
とイーリスが言うや否や、レインの風の刃が彼女に襲い掛かった。さすがに今のレインの魔力を持ってしてもイーリスには届かずに風の刃は受け止められて、すぐに打ち消された。イーリス自身が隊の後方にいたこともあって、今の一撃に大きな被害は出ていないが、後方に部隊がいることを身を以て知ることになった。そして何よりもイーリスにとってはその事実がもたらす精神的ダメージが大きかった。
(ラグナ様・・・、私よりもあの女の方が大事だったのですね。・・・確かにあの女を握られれば私たちの存在意義は完全になくなりますが・・・。)

 実はイーリスもエレナたちが後方を脅かす可能性をわかっていた。ラグナが本拠としている竜殿の目の前には大きな湖が広がっており、その湖上に浮かぶ一つの島には瞬時にして別大陸に渡れる巨大な門が置かれていたのだ。そしてその門を潜った先がヴァナヘイム大陸・ヴァーナ帝国領の奥地であった。
 この扉を使って、クラウスやネクロスはラグナとの連絡を密にしながら策動を続け、ヴァナヘイムの戦役が終わるとヴァーナ側からニーナが派遣してきた十聖騎ルルやストラス、シーアが様子見として出てきた。エレナはまさか出口がラグナの本拠だとは思っていなかったが、アジャスからの追加調査によって竜殿の目の前に出ることがわかっていた。だから敢えてエレナはずっとヴァーナに留まっていたのだ。ちなみにこういった門はこの大陸にもう一つあり、後にヴァロールと呼ばれる島にあり、その門は1000年後の戦いに大きな意味を持つことになる。
 ともあれルルたちが偵察してきたこともあり、エレナがヴァーナに留まったことから、イーリスはこの門を通じて背後を襲ってくるリスクを承知の上でこの地に布陣を敷いた。竜殿付近を決戦場にするには開け過ぎており、狭隘なベルンの方が戦うのに無理はない。そして最後の盾としてラグナのために戦うイーリスのために、エレナが門から現れてもラグナが防いでくれると信じていたことの方がイーリスには大きかったのだろう。しかしそれをもラグナは裏切ったから、イーリスにはショックだったのだ。

 その光景を見ていたセーナもイーリスのことを気の毒に思っていた。とはいえ、セーナもラグナが竜殿から動けない理由はわかっていたから
、一方的にラグナを批難するつもりもなかった。そして心に誓うのである。
(戦は愛し合ったものの心をも引き裂くもの。ここまで泥沼化してしまった戦は早く終わらせなければ・・・。)
そしてセーナはキー・オブ・フォーチュンを振り上げて、全軍に命じた。
「これより全軍、総攻撃に移る!」
この直後、一発のライトニングが総攻撃の合図を全軍に伝える。

 

 このライトニングを機に、東方の山岳にある城砦跡に篭もるネクロス火竜部隊と、ラグナの娘イドゥンの魔竜部隊を攻略するハルトムート率いる隊も動き始めた。ハルトムート隊はローラン、バリガン、テュルバンの三人が争うように第一陣に配されており、既に神将器の力を解放して、ネクロス火竜部隊を圧倒している。
「ハル様、もうすぐ前に出ている火竜部隊は崩れるそうです。」
そう伝えるのは彼を慕い続ける竜騎士アイである。成長著しい彼女もさすがにローランたちの前では見劣りするので、今回の戦いはその機動力を活かした伝令役を買って出ている。そしてハルトムートの傍らにはもう一人女性がいる。ハルの突撃にあわせて彼を援護する役目となるハノンであった。
「さすがはネクロスを実力で倒したローラン殿ですね。・・・では私も部隊のところに戻って準備してます。」
颯爽とハノンがハルのもとを去っていく。
 実際に前線にいる三将のなかでもローランの活躍ぶりは半端なかった。おそらくは自身がネクロスを倒したことからしっかりとけじめを付けたかったのだろう。実はこの合間にもローランはネクロス部隊をまとめる火竜ヤアンと戦って、彼を気絶させている。今はイドゥンの魔竜部隊への道を空けるために火竜部隊の中央にねじ込んで、こじ開けているところである。
 八神将の能力もあるが、ここまで性急に事を進めいるのにはある理由があった。実は布陣するにあたってセーナから一つ注文が付いていた。
「できるだけ将来への禍根を拡げないように。」
だから敵部隊の隊長と思われているイドゥンを手早く抑えるべくハルトムートは戦術を立てていたのだ。それをわずかの間にローランたちと実行に移せるあたりはさすがはPグリューゲルのナンバー1であった。

 ローランの突撃によって空いた間隙にすかさずハルトムートとハノンが突っ込んで、二人の隊はベルン城塞跡に侵入した。すぐに魔竜部隊が迎撃してくるものの、ハルトムートが繰り出すエッケザックスの衝撃に次々と吹き飛ばされていく。辛うじて避けた魔竜たちはすぐの追撃ができないハルトムートに襲い掛かるが、そこはハノンが援護して撃退する。
 華麗なるコンビの前に魔竜部隊は経験不足を露呈して、次々と撃退されていき、ついに一同は最奥部に到達した。そこに銀髪とオッドアイが特徴的な少女イドゥンが佇んでいた。
「君が・・・ラグナの娘・・・イドゥンなのか?」
人と竜とでは成長速度が違うのもあるが、それを割り引いても若いというよりも幼く見えた。人で言えば12、3くらいだろうか。だからハルトムートも戸惑いながら聞く。彼の言葉にゆっくりと顔を上げたイドゥンは静かに答える。
「あなたたちね、・・・お父様の歩みを止めるものは・・・許さない。」
すぐに敵意をむき出しにしてくるが、ハルトムートはまず対話を試みた。
「待ってくれ。この城に展開している魔竜は君が生み出しているのだろう。」
あまり竜族について詳しい知識を知らないハルトムートだが、ここに来る途上で蹴散らしてきた魔竜たちの呻く言葉を彼は聞いていた。
「皆、『ママのところには行かせない』とか言ってたからな。君が戦うなら、俺たちはその間も彼らを討たなければならなくなる。それでいいのか?」
あくまで情に訴えかけるハルトムートだが、相手はそんな常識は通用しなかった。
「・・・お父様のためになら皆、命を捨てるつもり。・・・そう命じたもの。」
無表情のまま言い放つイドゥンの姿に、付き添っているアイは背筋を凍らせた。そして懐から竜石を取り出した。これにハルトムートが慌てて返す。彼女が竜の姿となればもう対話の余地がなくなるからだ。
「ま、待ってくれ。なぜ君はそこまでしてラグナのために戦うんだ?」
「・・・お父様のため。」
ラグナのため、を繰り返すイドゥンにハルトムートを心の中が何か引っかかった。
「イドゥン、君は、君自身はラグナが何のために戦っているのか知っているのか?」
それにはイドゥンは何も返さなかった。
「イドゥン、君はどうなんだ?君の生み出した魔竜や共に戦ってきた竜が次々と倒されていくこの戦いが本当に意味があると思っているのか?」
「・・・私はお父様のために戦う、それだけ。」
同じ回答しか返ってこないイドゥンに対して、傍から聞いていたハノンは半ば説得を諦めつつあった。
「ハル、どうするの?」
彼女は討つのも止む無しといったつもりなのだろう。しかし彼の表情を見たハノンはまた驚いた。母が倒れたときにも流したことのない涙を流していたのだ。
「ハル?」
しかし既に彼女の姿すら今のハルトムートには見えなくなりつつあった。
「おかしいじゃないか!?この世にイドゥンとして生を受けているのに、ラグナの駒としてしか生きられないなんて。自分の足でどうして生きようとしないんだ。」
ハノンとてハルトムートの言いたいことはわかる。しかし相手が「ラグナのために」の一点張りでは説得のしようがない。だからこそ討って彼女を楽にさせようとハノンは考えていた。それはアイも同じであった。そんな二人をよそにハルトムートのもう一つの剣が静かに輝き始めていた。
 そしてハルトムートは驚くべき行動を取り始める。エッケザックスを放り投げたのだ。
「ハル様、何を?!」
しかしすぐに光り輝くもう一振りの剣・ティルフィングを抜いた。
「ハノン、アイ、すぐにヴェスティアの帝位継承権を投げ出して自由気ままに生きて来た俺にあいつを説得する言葉を思いつかない。だけれども俺はあいつを討てない。生まれてきたのに自分の意志を見出せないあいつを討つのは無垢な子供を討つのと同じなように思えるからな。」
その言葉にハノンはハッとしてうつむいた。
「確かに母上から禍根を断つ戦いをするようには言われているが、彼女を討つのはあまりにも忍びない。だが、俺にはあいつを説得する言葉が見つからない・・・。」
いつも姉エレナばりに勝気な言葉を吐くハルトムートとは明らかに様子が違っていた。
「ハノン、お前はどうだ?」
しかしハノンも首を横に振った。
「アイは?」
「ごめんなさい、私も。」
「・・・そうか、ならば彼女の心の檻は後世のものに託そうと思う。」
『?』
ハルトムートの言っていることがわからず、ハノンとアイは互いに顔を見合わせる。
「彼女をティルフィングの力で封印する!俺は後世の英雄が彼女の心を開かせてくれると信じる。」
「・・・そうね、今は問題解決を先送りした方がいいかもしれないわね。少なくとも私たちには彼女を救うには討つという答えしか出せなかったんだから・・・。」
ティルフィングはそんな一同の思いを受け取って、白銀に輝き始める。それを戦闘意志と取ったイドゥンは竜石に力を込めて、魔竜へと姿を変えた。
「ハル、気をつけて。彼女は幼くても、さすがにラグナの娘よ。」
「もちろんだ!?ハノン、アイ、援護を頼む。」
そして三人はイドゥンへと突っ込んでいった。

 1時間後、ベルン城塞跡から戦闘終了の合図となる火矢がハノンより上がった。城外で戦っていたローランたちは即座に城の制圧を周りにいる魔竜たちに伝えたが、逆に怒り狂って襲い掛かることになった。結局、この戦線が完全に終了するまでに更に時間を要することになる。


 1000年後、ラグナの本拠地だった竜殿最奥部に攻め込むロイの片手にはハルトムートの握っていたティルフィングがあった。
「ハルトムート様、ご覧あれ。僕はこれから人と竜が共存できる世界を作ります。そのために、まずはハルトムート様が悩んだ末に封印したイドゥンの心の檻を解放する!リリーナ、ファ、援護を頼む。」
いつもはロイの思いを受けて紅く輝くティルフィングはこの時ばかりは白銀に輝いていた。そしてチキの霧のブレスと、リリーナのフォルブレイズに守られながらロイはイドゥンへと突っ込んでいった。

 

 

 

 

最終更新:2013年12月30日 21:55