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 「ちょっと待て。何故俺がお前と戦わなければならない。」
叫びながらアジャスはマーニの斬撃を必死に防いでいた。アルドに情報が届かない理由はここにあったのだ。
 セーナは戦前に自身の諜報衆の半数をアルドに委ねた。それはヴェスティアの権限がアルドに移っていることを改めて明らかにするのが目的である。しかし、先日のブルガルでの会話の通り、セーナはアルドに対して意図的に情報を隠し通すつもりであることから、本音としては渡したくなかったのは言うまでない。仕方なくセーナは自身の手元に置いたままのマーニに、アルドの配下にさせたアジャスの妨害を命じたのだった。余談だが、セーナが持っていた諜報衆には他にブラミモンド配下のクロノス諜報衆がいたのだが、彼らは先日のサカの件で失態を演じたこともあってそれを理由として謹慎している。また前述したように特務諜報衆は既に解散し、アジャスを除いて大半がマーニ傘下の諜報衆に入っている。
 そしてアジャスに諜報衆の技術を仕込んだのが誰あろうマーニであるから、当然マーニには敵うわけがなかった。影の術が通用しないのであれば、表の剣士として戦うのがアジャスの残った道となる。しかしアジャスはシュラムの剣士として当然剣技は優れてはいるが、マーニとて歴戦の時空剣の遣い手であるから、こちらに関しても甲乙付けがたかった。マーニとしてはアジャスを抑え付けていればよく、勝つ必要はないから散々に彼を翻弄することになる。それは他の諜報衆の者たちも同様で、技量・経験に優る特務諜報衆を吸収したマーニ諜報衆によってアジャスの諜報衆はその手足を抑えることになった。


 こうしてアルドが情勢を把握できないまま、イーリスとの決戦はすでに最終段階までになっていた。主戦線となる南部戦線では後方から奇襲したエレナが既にイーリスとの一騎討ちに及んでいた。レインとプラウドはさすがにラグナ神軍相手では分が悪いので後方から牽制する程度に抑えており、実質的にエレナとイーリスが戦っている状態である。他のラグナ神軍のものたちも精鋭の竜たちであり、それなりにエレナを足止めできるだけの能力は有していたが、イーリスが無駄な犠牲を嫌い、自ら戦っていたのだ。
 そしてそのエレナとイーリスの戦いはエレナの一方的な攻勢に終始していた。しかも世界中の負の感情を得て力を得るアウロボロスとその魔神剣ダーインスレイヴは西部戦線にて果てたネルガルの強烈な憎悪をキャッチし、更に力を増していた。とはいえ、守りに徹するイーリスに対してなかなか決め手がない状態でもあった。
「さすがにラグナの奥さんね。ここまで打ち込んでも、決められないとはね。」
エレナは率直な感想を漏らした。相当な斬撃を放っているはずなのに、全く手応えが感じないのは初めてであった。
「それは私も同じ。まさかここまで私を追い込む人がいるとは思ってもみなかった。・・・それにアウロボロスの力をそこまで上手く使っているとはね。」
今のイーリスは無我の境地に達しているらしく、余計な雑念はすっかり取り払われており、純粋にエレナとの戦いを楽しんでいた。もちろん彼女はイドゥンの戦闘不能とネルガルの死を直感的に理解している。
「もう東も西も決着が着いたのだから、あなたに逆転の目はないの。お願いだから、降伏して下さい。」
エレナの言葉に、イーリスは当然のことながら首を振った。
「それは出来ません。私はあの人のために最期まで命を賭ける。人にも竜にも裏切られたあの人にはもう私しかいないのだから。」
イーリスの言葉にエレナの胸は詰まった。かつては心を開いたガレやカルバザンを失い、最近でもネクロスやミュー、ブローにまで裏切られた心情をイーリスはよく理解していた。
「あなたも大切な人が周りから裏切られ続けていたら、あなたもその人を見捨てたりするのですか。」
イーリスの問いが全てであった。だがエレナも剣を振るいながら言う。
「だけれども死ねばそれで終わりよ!あなたが生きればラグナの思いも残るんじゃないの。・・・死んだら何も残らないのよ。」
漆黒の剣を振りかざしながら言うエレナにイーリスは思わず苦笑した。
「絶望を振りまくものを宿したあなたにそう言われるとはね。」

 この二人の死闘の間に南部戦線はついに動きだした。
「予定変更よ!ミカ、あなたはエレナを支援して、イーリスを食い止めなさい。私はさっさと予定の場所に向かうわ。」
言い出したのはセーナである。もちろん相手はミカである。
「直接ですか?」
「今ならば西が空いているでしょ。そちらから行くわ。」
「・・・そうですか。とうとうお別れですね。」
「ふふ、随分と長い付き合いだったわね。今度、私が倒れていたときのような醜態を見せれば、天上では容赦しないからね。あなたは歴史の影に隠れてもいいから天寿を全うしなさい。そうすれば・・・ううん、何でもないわ。」
何か言いかけた言葉にミカは気になりながらも、静かに頷いた。
「あ、忘れていたわ。これはあなたが持っていなさい。私たちが一緒に過ごした証。」
そう言って懐から出したのはセーナのツヴァイヘルツェンであった。ミカはそれを静かに受け取り、自身のツヴァイヘルツェンにはめ込む。ふと視線を戻したときにはセーナの姿はもう消えていた。
(やっぱり私にはイーリスを倒すことはできない。・・・だけれども彼女はここで死ぬ覚悟で戦っている。それを覆えさせるには・・・ラグナを先に倒すしかない!)
 当初、セーナはイーリスをエレナと共同で倒して、そのまま追撃してラグナを討ち取るという戦術を立てていた。このあたりは先年のアリティア動乱でアルドがラーマンの戦いでロイトをギリギリまで追い詰めた戦いを真似したものだ。あくまでセーナたちとイーリスの戦いを、ラグナ相手まで強引に拡張させて一気に決着を着けるのがセーナのこの戦いの狙いなのだ。しかしイーリスにはどうしても哀れみを禁じ得ず、先に言ったようにイーリスを見逃すという決断をした。

 セーナはわざわざヴェスティアから連れてきた愛馬メリルに乗って既にレクサスが確保した西方から竜殿を目指した。しかしこのセーナが乗った天馬は後方にいたアルドたちに発見されることになった。
「南部隊に天馬騎士はいないはず・・・。ということは母上か?!なぜ西に?」
少ない情報からアルドは懸命に母の意図を探る。ここで側にいたアベルが察したのか、アルドに助け舟を出した。
「戦好きなセーナ様が戦闘のほぼ終わった西に向かったのです。セーナ様の戦いたい相手がいるのでしょう。」
さすがにこの頃には西部戦線でネルガルが死んだことは知らせが届いていた。となれば、セーナが西に向かって戦う相手は一人しかいない。
「ラグナのところに向かうのか?!!」
「その通りです。そしてラグナを倒すために壮絶な何かを行うのでしょう。」
「でもどうして我らをここに閉じ込めるんだ。」
「アルド様、ガルダの戦いが終わった後にアルド様が仰ったことを思い出して下さい。アルド様は戦を見届けたいと仰りました。しかしセーナ様にとってアルド様がすぐ側にいるのは危険なのでしょう。」
ここで一呼吸おいて続ける。
「しかし戦には予期せぬことはつきもんです。今回の勝ち戦の勢いで全軍でラグナの竜殿まで殺到すれば、セーナ様のラグナを打ち破れる策は使えなくなるのではないでしょうか。ならばここはアルド様をも敵とみなして備える。これがセーナ様の策なのでしょう。西部戦線でレクサス殿が真っ先に竜殿への道を確保したのもその一貫でしょう。」
さすがに長年セーナと共にいたアベルだけにセーナの意図を完璧に読み切っていた。
「・・・母上。そういうことだったのですか。」
「どういたしますか。」
本来ならばここは母の意図を汲み、じっとしているべきだとアルドは思っていた。しかしその一方でこの完璧なまでに設えられた母の策に挑みたいという気持ちも燻っていたりした。また更にはこれで命を散らせる覚悟でいる母の顔をもう一度見たいという欲望もあった。
 ここで思わぬ人物がアルドたちの元を訪れた。
「そういうことだったのか。」
入ってきたのはレダのリチャードであった。
「お前はここまでこてんぱんにされて悔しくはないのか。母親に一矢報いるつもりはないのか。」
あからさまな挑発であるが、レダで愛する妻ティーエを失ったリチャードの言葉にはどこかぬくもりがあることを感じていた。暗に、最期に顔を拝まなくてもいいのか、と言っているのだ。実際に心が揺れていたアルドに、この言葉は心に響くものがあったのだろう。決然とした瞳でリチャードを見返した。
「行きましょう!」
「ふふ、お前も男だな、ヴェスティアの魔女に喧嘩を売るとはな。いいだろう、レダがその尖兵になってやる。」
ここにセーナが己の策を託したミカと、その策を覆そうとするアルド、ラグナの壁になるべく今も死闘を続けるイーリスによる三竦みの戦いとなっていく。

 

 

 

 

最終更新:2014年01月25日 21:41