ラグナの本拠地・竜殿、四竜神を扱い、人の歴史を裏から操り、そして殲滅しようとしたラグナ率いるラグナ軍はついにこの本拠地に追い詰められた。まだラグナ神軍自体はベルンにて残存しているものの、すでにイーリスはエレナとミカによって動きを封じられ、セーナを追撃した竜たちも待ち伏せられていたライトによって返り討ちにあった。既にラグナの手元には手勢はなく、セーナは悠々と竜殿の前に立っていた。
「ここに入るのももう何度目かしらね。」
幾度もセーナはラグナとの和解を試みて、ここを訪れたものである。セーナの考える理想の世界にとってラグナたち竜族の力は必要不可欠なのだ。
「あまり時間をかけていると、さすがにエレナたちが危ないわね。急がないと。」
そう言って、愛馬メリルをライトのところに向かわせて、自身は竜殿へと突っ込んでいった。
そのとき、ラグナのもとに懐かしい顔が訪れていた。ミューである。
「何の用だ、ミュー。」
「一応、お世話になりましたからね。最期のご挨拶に参りました。」
「わしとセーナの共食いを高みの見物しておって、よく言うわ。わしは貴様の考えていることも手に取るようにわかっているぞ。」
そう言いながら、巨神剣ラグナロクを構えた。
「よろしいのですか。セーナと戦う前に余計な力を使って。」
「それこそ余計な心配というものだ。・・・わしは一時の誘惑に負け、貴様を用いて理を歪ませる過ちを犯した。その過ちは己の手で正させてもらおう。」
そして巨神剣が勢いよく振り下ろされる。しかし、ミューは軽く体を捻らせるだけでかわした。それでもラグナは続けて、剣を振り回す。ラグナログが発する剣圧が竜殿のそこここを斬り付けるものの、ミューはラグナを弄ぶかのように最小限の動きで優雅にそれらをかわしていく。
「さすがにずっとわしを見ていただけはあるな。」
「それだけではありませんよ。ずいぶんと老いられましたね。・・・さて、私はここで去ることにしましょう。もうそろそろセーナがここに来るでしょうから。」
そう言って、ミューは魔法陣に身を委ねて消えていった。
「魔女め・・・。」
残ったラグナは忌々しそうに呟くことしかできなかった。
そんなことがあったとは露知らず、セーナはラグナへの道をひたすら急いでいた。竜殿の中は一本道とはいえ、かなり入り組んでいる作りであるから時間はかかる。後の英雄王ロイがこの竜殿に攻め入った頃よりも遥かに大きく、しかもより地下に潜らせていたのだ。しかしラグナはすでに竜殿から配下のものを退避させていたため、セーナは誰の妨害もなく進むことができた。
「久しぶりね、ラグナ。」
そしてついにセーナは宿敵と再会する。
「待ちかねたぞ。イーリスを倒さずに乗り込んでくるとはな。」
「彼女を見ているとどうしても倒すことなんて出来るわけはないわ。それに彼女ならばあなたの遺志を継ぐことはできるもの。」
言いながらセーナはキーオブフォーチュンを抜き放ち、さらに結んであるハチマキを放り投げた。直後、凄まじい魔力が辺りの空気を圧し始める。
「それが貴様の魔力か。その程度なのか。」
「まさか。」
セーナは笑みをたたえると更なる魔力の解放を図った。
『バーストアウト!』
刹那、セーナの青色の髪がサーシャのそれに似た空色に変わり、先ほどとは比べ物にならない魔力がセーナから発散された。バチバチと小さな雷もまとっている。
「人の身でそこまで行くとはな。確かにラオウにもそんな魔力をまとっておったわ。」
「残念だけど、これでも彼には届かないのよ。本当にどんな修行をしていたのだか。・・・さて、もう私たちには語り合うことはないでしょ。何か他に言うことでもある?」
既にセーナは己の魔力を解き放って、ある魔法を発動しようとしていた。
「そうだな。確かにわしとお前との間にもう蟠りもない。『昨夜のアレ』でいずれマシな世が来ることがわかった以上はわしのやったことも無駄ではなかったのだからな。」
そう言いながら、ラグナはラグナロクを構える。しかしその瞳は先ほどミューと戦った時に比べると遥かに澄み切っているように見えた。
「だが、何もしないでただわしも倒れはせぬ。アウロボロス、ナーガと戦い続けたものの意地をお前にもこれで見せ付けてやる!」
そしてラグナロクが振り下ろされた。
だが巨神剣は彼女の前に吹き上がった風に受け止められることになった。
「そうか、ミラドナ。お前もセーナに味方しているのであったな。」
するとミラドナがセーナの体を借りて言う。
『ラグナ、確かに人はあなたがた竜族に対して恩を忘れ、裏切ったりもしました。傲慢であったことは否定できない事実です。ですが、もう良いではないですか。あなた方が恐ろしい存在であることは今回の戦乱で嫌というほど思い知らされました。もうあなたがた竜族を軽んじるようなことはしないでしょう。』
そしてこれにセーナが続ける。
「ラグナ、私は更に人に対して一度頭を冷やしてもらおうと考えているわ。人というのは一度増長し出したら本当に止まらなくなるからね。」
ここでセーナは更に一息入れて、続ける。
「今回の戦いで人は竜に苦しめられながらも勝つことはできた。ロキやユキが共に戦ってくれたとはいえ、やっぱりしばらくは人の中では竜に対する憎しみの方が勝るでしょう。だから人がその憎しみを竜に向けないようにする。」
これにラグナが苦笑する。
「まるでお前が俺をさも倒したかのような言い草だな。」
「あら、私の予定ではここでもうすぐ私と共に死ぬ筋書きなのよ。・・・もうすぐよ、私の魔力とキーオブフォーチュンの加護が父の遺した書物を理の究極破壊魔法へと変えた。それを二人で一緒に喰らうのよ。」
すでに詠唱は終わったのか、セーナの前には白い魔法陣のようなものが回っていた。
「これで終わりにするわ!・・・チキ、聞こえているのなら、防御体勢を取っておきなさい!丸ごとここを破壊する。」
『シューティングスター!』
時を合わせて、竜殿からベルンの決戦場にかけて凄まじい轟音が響き渡った。
「地震?」
父と睨み合ったまま、動かずにいたアルドはすぐに異変に気付いた。ふと目を見ると、テルシアスの兵たちが一斉に伏せていたことに気付いた。
「エルマード、全員、すぐに地面に伏せろ!!」
この数秒後のことであった、セーナがいるであろう竜殿の方向に巨大な隕石が落下してきたのは・・・。