セーナの用いたシューティングスターは少し離れたベルンでの決戦を瞬く間に止めてしまった。つい先ほどまでセーナ、アルド、イーリスと三者に分かれて争っていたのが嘘のように静まり返っていた。
「終わったか・・・。」
デーヴィドはアベル隊と睨み合いながらも、竜殿方向に隕石が落ちたことを確認した。そしてドラゴンナイツの副隊長に命じた。
「誰か、中央のルーファスに遣いを出して、ベルン戦線をまとめるよう伝えるのだ。そしてお前たちはデルファイの元に戻って、指示を仰げ。」
「デーヴィド様は?」
「私は竜殿に行く。」
言い放つや否や、デーヴィドは愛竜に鞭入れて飛び去ってしまった。部下思いでいつもドラゴンナイツと共に行動してきた彼の思わぬ行動にドラゴンナイツの将兵は一瞬、呆気に取られたものの、命に従ってデルファイとの合流を図ることにした。
そのまま単騎で竜殿に向かおうとした彼の元に思わぬ人物が駆け寄ってきた。ベルンでは共にアルドを止めようとしたサーシャである。
「デーヴィド皇子、一人では危険ですよ。私で良ければ、お供しましょう。」
彼女はデーヴィドがセーナの長男であることを知っている一人であり、今回、珍しく感情を表に出して動いている彼に危惧を抱いていたのだ。一方のデーヴィドもセーナが義妹にしたサーシャに対しては尊敬の念を抱いており、制御役としては打ってつけだった。
「助かります!」
デーヴィドはサーシャの意をすぐ汲み、素直に感謝の意を示した。また、サーシャ隊の後ろに先ほどにらみ合っていたリーネ隊も続き、デーヴィドはそれなりの陣容を率いて竜殿方面へと向かうことになった。
またベルン南部で決死の攻防をしていたエレナたちもようやく戦いが終わっていた。セーナの戦場離脱後は彼女の足を止めたいイーリスが攻めに転じていたが、辛くもエレナはミカと共に凌いでいた。やはりセーナのシューティングスターによってラグナの魔力を見失ったショックは大きく、今までの猛攻が嘘のように戦意を失っていた。
「イーリス、あなたも来て。竜殿に行って、あなたも何があったのか見届けるのよ。」
そう言ってエレナは強引にイーリスの手を取って、魔法陣に身を委ねて飛んでいった。
「あなたたちは手勢をまとめた後に来るといいわ。ここの後始末はルーファスに任せることにするから。ニイメ、そういうことだから、部隊の指揮は任せたわ。」
戦闘が終わって駆けつけてきた、プラウドやレイン、ニイメに後始末を任せると、ミカもワープして消えていった。ミカの表情は以前、セーナが倒れたときのように強張っていたため、他のものたちは結局何も言うことが出来ず、頷くことしか出来なかった。
「さて私たちもヴェスティアの獅子に道を譲りましょうか。このままいれば、噛み付かれてしまいますからね。」
東部戦線においてセーナに同調して、ハルトムートを閉じ込めていたジャンヌは部隊を中央に戻すべく、共に行動を取っていたロイトに話しかけていた。
「少なからず私たちは彼らから恨みを買ってしまったからな。すぐに逃げるとしよう。あんな軍勢と戦うのはご免被りたいしな。」
既にロイトは先年のアカネイア動乱でヴェスティアの強さを身に染みて知っており、ジャンヌに対しておどけてみせた。
ロイト・ジャンヌ両隊が封鎖を解いて、中央に動き始めると、すぐにハルトムートたちは弓から放たれた矢のように飛び出してきた。特にハルトムート率いる竜騎士隊の速さは凄まじいの一言で、あっという間に後続をも置いていくほどだった。
「さすがにセーナの気性を最も受け継いだと云われる御仁だ。」
ロイトはそんな光景を見ていて思わず呟いていた。
「ルーファス、お前がこのベルンに残ったものたちをまとめるのだ。お前はアルドの副将だったからな。」
今まで影でミカ隊にいたゲインがアルド隊本陣に残っていたルーファスのところを訪れていた。ちなみにセーナ軍には格としてはセーナに並んでもおかしくないフィリップがいたが、彼はブルガルに留まって後方支援役に徹していた。
「僕が・・ですか?」
正直なところルーファスもエリミーヌのことが気になって仕方がないままであった。だがセーナもアルドも敢えて今回の戦では二人を引き離させた。エリミーヌもルーファスもその意をしっかりと理解し、それぞれの役割を全うしたが、いざ戦が終わると敢えて振り払っていた感情が舞い戻ってくるものである。
しかしそれを無理にもう一度振り払ったのはルーファスの騎士としての誇りがしっかりしていたのだろう。
「アイバー様、この場合、ラグナ神軍の反応が怖いので軍全体をセーナ様のいたところまで南下させるのが一番だと思うのですが、いかがでしょうか。」
アルドは万一のためにアイバーをルーファスのために残していた。そしてルーファスは父ではなく、彼女に思うところを遠慮なく訪ねた。
「それがいいのではないでしょうか。もっとも今、この地に残ったものたちでどこまでラグナ神軍に抵抗できるかは微妙ですが・・・。」
またこの頃にはアジャスが持って来た情報は逐一ルーファスの元に届けられるようになっていた。それによれば竜殿に向かったのは竜との戦い方を精通したものばかりであった(主だった将ではアルド、クレスト、エレナ、ハルトムート、デーヴィド、ミカ、レクサス、サーシャ、リーネ、エリミーヌ、アトス、ブラミモンドが戦場を離脱している)。
「アイバー様、そこは私が命に賭けてどうにかしよう。」
そう胸を張ったのはゲインであった。彼の魔力と残った軍勢の力を結集すればどうにかなるだろう。
「では私たちも南に向かいましょう。付近に散開している部隊にも南に集結するよう伝えておいて下さい。」
この命を伝える使いが各方面隊に向かって飛び出すと同時に、入れ替わりで各部隊からの使いが方針を伝えてきた。西部戦線からはデーヴィドの意向を受けたデルファイが残存する部隊をまとめて、南部戦線へと向かっているという。東部戦線ではロイトとジャンヌは万が一の退路を確保するのと、柔軟に対応できるよう今ルーファスがいる場所に向かっているという。南部戦線からは代表してプラウドがラグナ神軍の拘束のために援軍を求める使いが来ていた。ルーファスは既に出していた命を改めて各使者に伝えて持ち帰らせ、自身は南に向かうこととなった。
そしてライトと睨みあっているときにその瞬間に立ち会ったアルドたちも衝撃からようやく立ち直りつつあった。
「あれが・・母上の切り札。」
「理の究極破壊魔法・流星『シューティングスター』、それがセーナ様の、ラグナを倒す切り札と言っていました。」
ミルの言葉にアルドは静かに頷いた。
「しかし己を巻き込む魔法など聞いたことがない。・・・そうか、母上は一度ラグナに油断した責をここで取ろうとしたのか。母上、そこまで覚悟されていたのですね。」
アルドはすぐに竜殿への進軍を再開した。既に目の前にいたライトは粛々と竜殿方面に向けて動きだしており、道は開けている。
「行こう!エルマード、進軍再開だ。今の衝撃での被害状況は動きながらまとめておいてくれ。」
「かしこまりました!」
こうしてアルド軍もまた竜殿へと向かっていく。
そして竜殿のあった盆地はセーナの放ったシューティングスターによって大きく様相が変わっていた。中央に大量の水をたたえていた湖は隕石による衝撃によって大半の水が蒸発し、隕石の墜落地点と見られる北岸にはクレーターがくっきりと大きな口を空けて、湖に注ぎ込む水を飲み込み続けていた。中央にあったヴァナヘイムへとつながる門は衝撃で崩壊しているが、盆地奥地にある竜殿は辛くも形を留めているように見えた。
やがて隕石によって巻き上げられた水蒸気は行き場がないまま、雲となり辺りは大雨となり始めていた。また一緒に巻き上げられた土砂が太陽を隠し、まだ昼にも関わらず辺りは暗くなっていた。
「・・・まるで地獄だな。」
アルドは竜殿に来たのが初めてだから、元々がどういう地形だったのかはわからない。それは同行しているミルやエルマードも同じであった。ただどう見ても今の状態がまともとは思えなかった。
「母上はどうしてこんなことをしてまでラグナと相討ちをしたんだ。」
アルドの疑問に思わぬ人物が声を掛けた。
「それは簡単です。これくらいのことをしなければラグナを倒せないからです。」
言うのはいつの間にか合流していたアジャスである。
「セーナ様は仰ってました。殲滅力ではラオウに一日の長があるが、体力・持久力という点でラグナを上回るものはいないとのことです。あのラオウですら彼に従っているのは広大な視野を持っているだけでなく、己の力では彼を倒しきれないと判断したからと聞いてます。」
実際にラグナの体力は底なしと言えた。それだけでなく、傷ついてもその回復が他の竜に比べても段違いに早かった。最初のセーナとラグナの対決で彼女のギガスカリバーで傷ついた時も実はかなり早い段階で完治していたくらいなのである。そんな底力を持つ相手を倒すには、究極の瞬発力を持って魔力をぶつける必要があった。セーナはそれをシューティングスターに託したのだ。
アルドはずぶ濡れになりながらも湖畔を北上していた。目を凝らしてみると竜殿入り口には既にデーヴィドたちが到着していた。
「さすがにデーヴィドは何事にも卒ないな。」
苦笑するアルドだが、その歩みは急に止まることになった。難行軍を共にしてきた馬が歩みを止めてしまったのだ。
「アルド様、私の馬で良ければお使いください。」
エルマードのすすめに応じて、馬を乗り換えるべく下馬したアルドはふと何かに気付いてその方角に目を向けた。その瞬間だった。
アルドの胸に深々と巨大な剣が突き刺さっていた。
「あ、アルド様・・・?」
ミルは目の前で何が起きているのかわかっていなかった。その剣の持ち主をたどっていって、ミルはあの日のことを思い出した。敬愛するセーナを追い詰めた、巨大なる剣を駆る男。今、彼女の目の前で同じ絵が展開されていたのだ。
「あなたは・・・ラグナ・・・。う、嘘でしょ。」
そしてアルドが崩れるように倒れる。
「いやぁぁぁぁぁぁっ!」
ミルの絶叫が盆地にこだまする。