「しまった、奇襲されたか?!」
雨が降っており、デーヴィドがいるところからはアルド隊に何があったのかは判然としていない。しかしミルの絶叫は確かに届いており、極めて重大な緊急事態が起こったのであろう。すぐに彼は飛竜にまたがって向かおうとするが、サーシャがそれを止めた。彼女はアルド隊に限らず、この一帯で何が起きているのかを薄々と察していたのだ。
「下手に動くのは危険です!おそらくもう私たちは包囲されているのでしょう。」
そして間髪いれずにデーヴィドに言う。
「ここならば背後に竜殿があるので、後ろから襲われることはありませんし、長期戦となった場合には拠点としても使えます。」
本当ならばサーシャとてセーナとアルドの安否はデーヴィドと同じくらいに気になっているはずである。しかし、だからこそデーヴィドをしっかりと制御しなければならなかった。アルドにも何かあった以上、次にユグドラルを背負えるのは彼しかいないとサーシャは思っていたからだ。その思いはさすがに焦りを隠さないデーヴィドの心に、しっかりと通じていた。
深呼吸をして、落ち着きを取り戻したデーヴィドに対して、今度はリーネが名乗り出てきた。
「デーヴィド様、ここをサーシャ様とお二人にお任せ致しますので、私にアルド様の元に向かわせて下さい!必ずや彼らをこちらに向かわせるようにします。」
決然とした表情を見て、デーヴィドはすぐに頷いた。
「よろしく頼みます。だが無理はしないように。」
「お任せ下さい!」
そしてリーネ隊は雨の中を向かっていった。
(頼む、無事であってくれ。)
理詰めで動く彼もこの日ばかりは天に祈るしかなかった。


 一方、ミルの叫びに即座に対応したのはデーヴィドだけではなく、後続していたライトたちもそうであった。混乱しているアルド隊に合流すると、ライトは息をしないアルドと、絶望に放心状態となったミルを抱えてすぐに北上を再開した。湖上にはアルドを貫いた巨神剣ラグナロクをしまい、竜となったラグナが自分たちを見下ろしている。
「あれがラグナか。・・・だがどこかおかしいな。」
ライトがそう呟いていると、ラグナのすぐ横に閃光が走り、更なる竜が姿を現した。その竜はシレジア王家が象徴としている風竜に見えた。
「ラグナと並ぶ竜で風竜と言えば・・・・」
ライトは嫌な汗が流れるのを感じたが、どうやら最悪の展開にハマっていることを悟りつつあった。
「ラオウまでも復活したのか。」
そして背後には魔法陣に浮かんだ女性が彼らを見下ろしていた。
「いきなさい、ラグナ、ラオウ。世界を滅ぼす手始めとして、まずは彼らを吹き飛ばしてやるのよ。」
ライト自身は会った事はなかったが、それは紛れもなくミューであった。彼女はリザレクションを使い、強引にラグナとラオウを蘇らせて一気に奇襲してきたのだ。ただし、強引に甦生させただけに、かつてのエインフェリアにいたクレスたちのように生前の記憶は継がれておらず、さながらモルフのように振舞っているように見えた。また、能力も生前のものよりは格段に落ちてはいるのだが、元々彼らの能力を知らないライトたちにとってラグナとラオウの存在だけで士気を挫かせるには十分であった。
 だが事態はそれだけではなかった。サーシャが危惧した通り、ミューはリザレクションを乱用し、新たなるエインフェリアを作り上げ、竜殿を取り囲むように配置していた。西方にはクラウスが率いていた魔竜部隊、北西で竜殿攻略を担当するのがラオウの風竜部隊、東にはミュー自身が率いていた氷竜部隊、そしてこの盆地の入り口にあたる南方にはネクロスの火竜部隊、というようにラグナが操っていた四竜神の各部隊が今度はミューの指揮の下、一同を包囲していた。

 しかしライトたちにはそんな状況など二の次であった。何よりもラグナとラオウの二人だけでもここにいる戦力で太刀打ちできるとは思えなかった。いや戦いにすらならないだろう。既にアルドの死はアルド隊全体に伝わっており、逃亡兵すら出ている状況なのである。
(万事休すか・・・。)
そしてラグナとラオウのブレスがアルド、ライト両隊に襲い掛かる。
刹那、ライトの前に二人の魔道士が降り立ち、魔法を解き放った。
「ブラミモンド、ブレスを逸らすことだけを考えるんだ。」
「承知!」
『フォルブレイズ!』
『アポカリプス!』
魔法陣で乱入したアトスとブラミモンドはそれぞれの魔法をぶつけて、辛くも両者のブレスを逸らすことに成功した。
「ライト様、殿は私たち二人でどうにかします。どうか竜殿まで北上して下さい。そちらはデーヴィド様とサーシャ様が確保していますので。」
二人はネルガルとの戦いで戦闘不能となったエリミーヌを連れて、この地に入ってきていたのだが、彼女をデーヴィドに預けてきたために、このような微妙なタイミングになっていたのだ。
 更にこの二人に思わぬ人物が援護に出てきた。
「二人だけではあの二人を止めるのは大変でしょう。ここはお手伝いしますわ。」
そう言ってきたのはフィーリアである。ベルンの戦いではクレストの補佐として、西部戦線にいた。
「父上!早く兄上たちを連れて北へ。」
父ライトの登場に驚きながらも、駆けつけてきたクレストが父に言った。彼らはセリアの天馬騎士隊と共に到着し、途中で合流したリーネの案内でここに着いたのだ。当然、フィーリアもいるならば兄グスタフも付いてきている。

 「面倒くさい・・・。まとめて吹き飛ばしてやりなさい。」
ミューは静かに命じると、ラオウとラグナは先ほどよりも強大な火焔を放つべく、息を吸い込んだ。が、突如として彼らの行動が止まった。
「何っ?!」
ミューだけでなく、これにはアトスたちも驚いた。しかし優位に立つミューは冷静になって、状況を整理、すぐに原因を理解した。
「リザレクションの干渉か!?西の方からか!」
と同時に西方に置いていたクラウスの部隊が壊滅していることを察した。
「ガルダで降ったラグナ神軍がいつの間に。それにロキとユキを連れてきたのね?!」
「ようやく間に合った・・・。」
西の山岳から竜殿を見下ろす位置にはいつの間にか姿を消していたミカが佇んでいた。彼女はセーナの遺策に従って、ガルダ島で別れていたロキ・ユキ兄妹、更に彼らと行動をしていたラグナ神軍たちを呼び込んでいた。その上でもう一つのリザレクションを持つユキを使って、ミューのリザレクションを打ち消そうとしたのだ。ラグナたちが動きを止めたのはその効果である。ミカが振り返ってユキを見る。
(やっぱりミューの魔力には届かない・・・。)
懸命にユキは魔力を振り絞っているが、さすがに四竜神に数えられたミューを抑えきれるとはミカも思っていない。セーナが遺した策もこれが時間稼ぎに過ぎないことを言っていた。だが、この時ミカは、策の切り札たるアルドがすでに死んでいることを知らなかった。

 これを探知したミューは竜殿のデーヴィドに対する攻勢を解いて、ラオウの風竜部隊を西に向かわせた。それと同時にミューは己のリザレクションに魔力をより込めた。しかし、それを妨害するかのように別方向から強烈なブレスがミューに襲い掛かった。
「何事!?」
答えはすぐにわかった。ミューに対峙するように一人の魔竜が出てきたのだ。
「ミュー、ラグナ様の魂を解放しなさい!あの方への冒涜は許しません!」
言うのはラグナの妻イーリスである。その瞳は怒りに震えていた。
 彼女はエレナによってこの地に連れてこられると、ヴァナヘイムへの門があった島から辺りの様子を伺っていた。最初は状況がわかるまで中立を守るつもりでいたが、ミューがラグナを甦生させてアルドたちを襲ったことを知って、激しく憤った。一緒にいたエレナもイーリスと共に援護したかったが、セーナとアルドの死によってこの地に蔓延する負の感情によってアウロボロスが覚醒しかかっており、それを抑えるために今も湖上の島に留まっていた。
「まさかあなたが人類の味方をするなんてね。」
ミューはかつての友を冷ややかな視線で見つめていた。対するイーリスもそんなミューを見て、落ち着きを取り戻して言う。
「ミュー、それは違うわ。人と竜の戦いはとっくに終わったのよ。・・・竜の敗北としてね。」
「誇り高いあなたのことだから、死ぬまで戦い抜くと思っていたわ。」
「私とてそのつもりだったわ。だけど私より先にラグナ様は死に、あろうことかその死を利用するあなたが現れた。」
イーリスが更に続ける。
「それにあなたはミューではないのでしょう?」
「ふふ、そういえばバージェでセーナも言ってたわね。・・・まぁいいわ。まずはこそこそ逃げようとするものたちを潰すとしましょう。イーリス、あなたの相手はその後よ。ラグナ、ラオウ!」
イーリスを無視して、リザレクションに魔力を注ぎこんだ。するとラオウとラグナが再び動き始め、先ほどとは比べ物にならない強力なブレスがアトスたちに襲い掛かった。再度五人もそれぞれも魔法をぶつけて逸らそうとしたが、逆に魔法が押し返される有様で遂に5人に炸裂した。
イーリスも手を拱いているわけでなくミューに襲い掛かったが、彼女は更にレスキューの杖で東の部隊にいたエイナールを呼び出して盾にすることでイーリスの動きを封じた。
「あなたという人は、どこまでも命を遊んで!」
イーリスは再び怒りに震えるが、ミューの思惑にハマって動くことが出来なかった。
「しかしミュー、いえ、リザレクションと言った方が正しいかしら、あなたもまだまだ甘いわね。」
先ほどのブレスで吹き飛ばされたフィーリアがミューに言う。
「さすがはこういうことには煩いフィーリア殿ね。如何にも私はミューの体を支配しているリザレクションという魔法そのものよ。」
ミューはフィーリアの言うリザレクションの人格ということを否定しなかった。おそらくフィーリアはバージェで見たときからそう思っていたのだろう。

 レダを侵攻していた際のミューはまだリザレクションに侵されていなかった。彼女が変わったのはアウロボロスが復活を遂げた時である。もっともアウロボロスの復活とは関係がない。ラグナのためにリザレクションを乱用していたことによって魔力の大半を使い果たしていたことでミューはリザレクションの侵攻を防ぐことが出来ずに、中枢まで乗っ取られることになった。
 それ以降はラグナのためでもなく、己の願望のために世界を滅ぼそうと画策するようになる。そのためにセーナとラグナの対立を最大限に利用することにし、未だにミューと信じて慕うエイナールたちをも捨石にした。そしてセーナがラオウを倒した時点でリザレクションの戦略は確定していた。セーナがラオウを倒した以上はラグナもきっと倒すことになるだろう。そうなった瞬間にリザレクション自身の力を使って、ラオウとラグナを呼び出して、疲弊したセーナたちを打ち破る。そのためにラグナ軍を弱体化させるために、ブローを煽ったりもした。
 ただしそんなリザレクションにも誤算が二つあった。一つはセーナがキー・オブ・フォーチュンを復活させたことであり、もう一つはセーナがラグナと相討ちとなったことである。キー・オブ・フォーチュンの力は未だに未知数なところが多いが、セーナと共に滅んだとあればミューにとっては僥倖と言えた・・・はずであった。

 「人の世界に通じたミューを実質的に支配しているあなたならば、ラグナやラオウなんかよりも私たちの戦意を一発で挫く人物を蘇らせたはず。」
圧倒的不利な状況にも関わらず、フィーリアの端正な顔は笑っていた。
「ずばり言わせてもらうわ。セーナはまだ死んでいないんでしょ。」
この言葉にリザレクションの口元が一瞬歪んだ。

 大きく水量が減った湖の影でセーナは水面に浮かんでいた。その瞳はまだ閉じているが、確かに息はしっかりとしていた。
「セーナお姉ちゃん、早く起きて・・・」

 

 

 

 

最終更新:2014年04月06日 21:23