ウエルト大橋の敗北により渦中の宰相コッダはラゼリア軍の勇猛さを改めて思い知った。と同時に部下の不甲斐なさに憤りも感じていた。グラムにおけるロジャーとリュナンの一騎討ちに、挟撃まではうまくいったが詰めが甘かったウエルト大橋の戦い、この二つはコッダの予想のしない展開であった。当のロジャーは恋人メルの看病により一命を取りとめたが、コッダの怒りに触れて南ウエルトの治安維持に当たらせていた。しかしウエルト大橋を解放軍に制圧された今、ここ王都に戦火が近づいているのは誰の目にも明らかであった。コッダはロジャーを許し解放軍討伐のために王都に戻るよう使いを発していて、今はその帰途であると思われていた。しかしロジャーには府に落ちない点が多くあった。王都に向かいながらも彼は自分が何をすべきかを考えていた。
今のウエルトの状況はそのほとんどを解放軍の勢力下にあった。忠誠を誓っているロジャーは王妃リーザを擁護しているといったが、その王妃の姿を見ることは無く。一方、敵対する解放軍は王女サーシャを擁し、彼女自身も王国を救うべく奔走していた。その結果がコッダ派の孤立だった。ソラの決戦直前に北ウエルトの諸侯に王女サーシャ自ら足を運び彼らを味方につけたことが波紋を呼び、その影響が南ウエルトにまで波及していた。もはやコッダに残された道は王都に侵攻してくる解放軍を壊滅させ、王女サーシャを殺害するしかなかった。コッダ陣営に残っていたのは王都の親コッダ貴族と支配化のロトの村だけだった。
聖騎士ロジャーはある決断をしていた。解放軍への鞍替えである。この決断をさせたのはリュナンとの一騎討ちと恋人メルの無事を確認できたからである。グラムでの一騎討ちではその時の力関係は経験・実力から言ってもロジャーに圧倒的有利であった。いや最後の一瞬までは誰もがその結果が覆ろうとは思っていなかった。しかし天は若き英雄に味方した。止めとばかりに放った突きがリュナンが胸にしていたアクセサリーに当たったことで急所を免れ、体勢を崩していた隙にリュナンに斬られていた。その時のロジャーはリュナンの剣に何か異様なものを感じ取っていたのだろう。恋人メルの無事も大きい要因になっていた。リュナンとの戦いで重傷を負ったロジャーを救ったのは紛れも無く彼女であり、彼女が人質として王城に囚われてからもロジャーは彼女のことを一時たりとも忘れることは無かった。一方で恋人を監禁したコッダに対する憎悪は増していた。そして解放軍の盗賊ナルサスによってメルが救出され、解放軍に在籍していると知ったロジャーは何の障害もなく、コッダに刃を向けられるようになったのだ。決意を新たにしたロジャーの部隊は決戦の日の前夜に王都の門に到着していた。
同じ頃、王都の北の門からある一団が静かに市街地へ向かっていた。その一団は言うまでもなく解放軍の先発隊であった。コッダに奇襲するために早めに城内に忍び込ませていたのだ。実はこの行動には両陣営の心理戦が展開されていたのであった。時をさかのぼり、その日の真昼のこと
「僕たちは王都の市民達を戦火にさらすことだけは避けなければならない。だから一気に決着を付ける。今夜のうちに城兵たちの目を盗み、軍の大半を市街地に侵入させる。」
リュナンが珍しく自作の戦術を披露していた。
「ちょっとお待ちください、リュナン様。たとえコッダが愚将とは言えども、この王城の守備力を知らないはずがありません。コッダはウエルト大橋の時と同様に、敢えて軍を二分させて各個撃破する戦術を取るのは目に見えております。」
王都について詳しいマーロン卿が反論した。この二人が意見を交わすのは初めてだった。しかしリュナンはそれを待っていたかのように主張した。
「マーロン卿、我が軍の構成を改めて考えてみてください。」
「我が軍にござりますか?・・・・・端的に言いますと、ラゼリア軍とウエルト=ヴェルジュ軍。・・・・まさか!」
マーロンがリュナンの言う策を把握した。
「そう、侵入させるのは全ウエルト=ヴェルジュ軍。卿の言われた通り、この王都は守備の堅さはかなりのものがある。しかしそれはその機能を使いこなせた時に限る。僕たちの部隊には一年前までコッダと同じ宮廷に仕えていた人間が多くいる。卿、あなたもその一人ではないですか。コッダの企んでいることなど卿にはわかるはずです。もし一年前と王宮の様子が変わっていても、つい最近まで王宮にいたメルやノートンから詳しく知れば、コッダの策もわかるでしょう。」
「なるほど敵の策を逆にうまく使おうというのですな。」
マーロンを始め、軍議に参加していた一同がその策に賛同した。
「それでは明日の決戦に備えて、部隊の再編成を行う。城内に侵入するのはエンテ、サーシャ、ラケル、マルジュを除くウエルト=ヴェルジュ部隊。指揮官はもちろんラフィン、そして王都により詳しい者であるノートンを侵入部隊の前衛隊長を、メルには後方支援部隊長を担当してもらう。侵入部隊はロジャーとの万が一の戦闘に備えて常に隊列を乱さないように。」
この時解放軍はロジャー部隊の内応を知っていた。しかし仮にもコッダ陣営最後にして最強の騎士である。一筋縄では行かないと思っていたのであろう。準備を万全にしておけば後顧の憂いもないという心理が働いているのであろう。なおウエルト=ヴェルジュ軍にエンテ、ラケル、サーシャ、マルジュを加えないのもロジャー部隊の動向から来ていた。もしロジャーが内応に応じなければ、ラフィン隊との激突は避けられなくなる。そんな激しい戦いの中ではエンテとサーシャを守りぬけないとリュナンは考えていたのだった。ラケルはサーシャの、マルジュはエンテの護衛役として本隊に配属された。この策は明らかに前回のウエルト大橋の戦いの影響を大きく受けているといえよう。

そしてリュナン、ロジャー、コッダ、そしてウエルトの命運を決める最後の戦いが始まった。コッダ軍は解放軍の読みどおりに城内に侵入していたラフィン隊に攻撃を仕掛けた。しかしラフィン隊を北で接した部隊の進軍が止まった。いや正確には止められたというべきであろう。二つの部隊を分かつ城壁の扉が閉まったのだ。マーロンは北と西から挟撃を画策してくるであろうコッダ軍に対抗するための策として北の部隊を無力化させるために昨夜の内に城門を制圧していたのであった。西からの正面攻撃のみとなったコッダ軍はラフィン隊に大きな損傷を与えられる訳もなく瞬く間に潰滅した。北の部隊がやっと城門をこじ開けた頃にはラフィン隊の前衛であるノートン率いる装甲部隊が、いつでも来いと言わんがばかりの布陣でどっしりと構えていた。さすがのコッダ軍もこれには戦意を喪失して北へ撤退してゆく。しかし撤退してゆく先には市街に入ろうと突撃中であったリュナン本隊があった。剣と盾に挟まれたコッダ軍は陣を乱してどうにか生き延びようと決死の形相で王都から離脱していった。辛うじて戦線に残った兵もいたが、リュナン隊に敵うはずもなく散っていった。これにより王都の市街地の制圧を成功したことになる。一方王城前ではすでにロジャー隊とコッダ最後の将ベロム率いる守備隊の決死の攻防戦が始まっていた。そうロジャーはリュナン軍に内応したのだった。しかしベロム隊も主君を守るため決死の防衛をしていたためなかなか陣形を崩せずにいた。
「止むを得ない。一旦引こう。王城を包囲せよ。」
これ以上の力攻めは無駄と見たロジャーは兵をまとめ、王城の包囲を始めた。リュナン軍との合流を待つためだった。
それから2時間後、兵をまとめたウエルト=ヴェルジュ軍がロジャー隊の王城包囲網に加わった。
「リュナン殿、グラムでは失礼した。私は仰ぐべき主君を誤っていたようだ。もっと私が早く決断していれば、ここまで大掛かりな戦に発展していなかったであろう。」
「聖騎士ロジャー、過去を悔やんでも仕方ありません。あなたのすべきことは今できる限りのことをする。そうではないですか?」
リュナンが自分を責めるロジャーをかばっていた。
「ロジャー、そなたも聖騎士であろう。さればそなたの王家に対する忠義も忘れてはおらんであろう。そなたの力をこれからのウエルトのために役に立ててくだされ。」
「マーロン卿・・・。かしこまりました。このロジャー、聖騎士の名にかけて国王ロファール様のお作りになったウエルトを汚さぬよう精進して参ります。」
この時のロジャーの目にはグラムの時のリュナンに負けずとも劣らない輝きを見せていた。聖騎士ロジャーの覚醒である。まもなく王宮を守っていたベロム隊も真の力を温存していたリュナン・ロジャーの二人には支えきれずに崩壊した。王宮に侵入して悪の源コッダを捕縛したことで王都は今ここにあの英雄ロファールの手に帰ってきたのである。あとは当のロファールの帰還を待つだけであった。

 

 

 

 

 

最終更新:2011年07月07日 02:35