全てが終わり、緊張が解けたセーナは崩れるように伏せった。慌ててサーシャとデーヴィドが駆け寄るが、すぐにセーナは気を持ち直した。
「デーヴィド、やったわね。」
そして蒼髪の剣士にも礼を言う。
「来てくれてありがとう。助かったわ。」
すると剣士は静かに返す。
「礼はいらん。その代わりに天上では俺が満足するまで戦わせてもらうぞ。」
これにセーナは笑みで返した。
「望むところよ。」
 続いてセーナはサーシャを見た。
「あなたにしてやられるとはね。おそらくこれから私が落ち着かないくらいに人が殺到してくるんでしょうね。」
サーシャはもう目を真っ赤にしながら頷いた。
「私が考えた最初で最後の計・挽歌。お義姉さんがアルドに目が向いていたから、準備するのは意外と苦労しなかったわ。」
サーシャはまず己の考えを広めるためにアトスとブラミモンドに協力を求めていた。そこでアトスの助言を受けたサーシャは、ブルガルに留まっているフィリップと直接会談して、協力を取り付けていた。
 サーシャが編み出した策・挽歌は既にベルンの戦いが終わったのを契機に動き出していた。アトスは己の配下にいるワープの使える人物を総動員して、思わぬ人物を連れてきていた。
「エリミーヌ。」
その懐かしい言葉にエリミーヌは振り向いて、大きく驚いた。
「お父様、お母様!」
リュートとミリアである。一度リーベリアまでアリティア軍を率いてきていた二人はまだ軍の帰還を担当していたのだが、事の次第を聞いて飛んできたのだ。
「お疲れ様、エリミーヌ。私はあなたの母親で誇りに思うわ。」
そう言ってミリアはエリミーヌを抱きしめた。エリミーヌが言っているように三人の間ではもう最後の挨拶は済ませていたが、やはり全てが終わってから会えば感慨もひとしおである。
「ありがとう、お母様、それにお父様も。」
リュートの方はと言えば、静かに二人の抱擁を見守るだけであった。ふと、すぐ近くに降り立った魔法陣を見て、リュートはミリアを促した。
「さぁ、最期の挨拶は私たちだけでなく、彼にしてあげなさい。」
エリミーヌがミリアに促された先にはルーファスがいた。
「あ!」
思わず声を上げるエリミーヌに、ルーファスは彼女の前に座り込んだ。
「エリミーヌ様、お疲れ様でした。」
その言葉にたまらず彼女はルーファスに飛びついていた。今までセーナの配慮から敢えて離されていたことから、溜まりにたまった感情が爆発したのだ。そこから二人の間に会話は必要なかった。

 そしてようやくハルトムートたちが合流してきた。まだ事情がわからずに戦闘体勢に入ったまま突入してきたため、妙な緊張に包まれるが、すぐに場の空気を察してハルトムートたちは付いてきていた兵たちを遠巻きに囲ませるようにした。
「随分と騒がしい・・・到着ね。」
いつの間にやらセーナもエリミーヌのように明らかに生気が抜けつつあった。これに対してハルトムートが目を真っ赤にしながらも皮肉を返した。
「当然ではないですか。我らをあの古城に閉じ込めておいて。」
「でもあなたたちは・・・私の策をこのアルドと共に乗り越えたのよ。・・・大したものだわ。ハル、あなたはグリューゲル№1の誇りを後のものたちに繋いでいきなさい。」
ハルトムートは何も言わずに頷くのみであった。
 今度はエレナとイーリスが訪れてきた。
「イーリス・・・。あなたは私を・・・やはり憎んでいるのですか?」
人の姿になってもセーナはすぐにイーリスを認識した。
「・・・全くないといえば嘘になります。でも、きっと、あの人はあなたに対しては何の恨みも持っていないと思っています。・・・だから私があなたを恨むというのも筋違いというものなのでしょう。」
「・・・ありがとう。あともう一つ、ミューのこともお願いします。」
フィーリアとグスタフのフォトンによる一撃を受けたミューはリザレクションの魔道書を破壊されたショックで気を失い、湖上に墜落していた。時を同じくして魔力の使いすぎで気を失ったフィーリアたちと合わせてチキが救い出し、今は湖岸で介抱を受けていたところであるが、命には別状はないらしい。己たちを追い詰めた敵にも配慮するセーナの言葉に、イーリスは感銘を受けながらしっかりと頷いた。
 セーナは次にエレナを見た。
「・・・エレナ、あなたは体を大事にネ。自分で選んだ道・・・だけど、無理はしないこと。あなたが無理をすれば世界が壊れてしまうからね。そのためにも後は好き勝手に生きていきなさい。」
「言われるまでもないわ!」
大分セーナの衰弱が進行していたため、エレナはそれ以上の言葉はかけなかった。

 ここに思わぬ人物が二人、セーナの元にたどり着いた。一人はブルガルにいたはずのフィリップである。もう一人はセティであった。フィリップが気を回して、呼び寄せていたのだ。
「やれやれ最後まで人をこき使いながら、勝手に去っていくとはね。私はそういう風に育てた覚えはないのだがな。」
セティの苦言にセーナは苦笑した。
「ごめんなさい。」
素直に謝るセーナに、セティは静かに返した。
「何、もうしばらくすれば私も後を追うだろう。お前とて天上に行くにあたって、何も残してないわけがないからな。それを見届けてから私も行こう。それが私の務めだからな。」
これにセーナは静かに頷いた。
 そしてセティはライトに顔を向けている間に、フィリップがセーナの前に出てきた。
「何も言わずとも良い。あとのユグドラルは私が見守ろう。」
「ふふ、ガルダで一緒にいた、時の、あなたは頼りなかったのにネ。」
これに思わずフィリップは咳き込んだ。
「うぐ、それは余り引き合いに出さないでくれ。」
皇帝然としていたフィリップの思わぬ変貌ぶりにセーナを始め、周りのものは笑いあった。
ふとフィリップの奥で光が輝くと、それに気付いたフィリップがセーナを抱えて動かした。
「えっ、ちょっと、フィリップ?!」
顔を赤らめながら慌てるセーナはいつの間にか女の顔になっていた。
「随分と軽くなったものだな。苦労したのだな。」
耳元でささやいた言葉にセーナは正直に頷いた。
「さぁ、最後は彼に声をかけてやるんだ!」
フィリップが促した先にはもう話すことはないと思っていたアルドが目を開けていた。それに気付いたミルも声にならない声をあげてアルドに飛びついていた。
「ライトとエリミーヌが気を遣ってくれたのね・・・。」
すでに二人はセーナより先に天上へと旅立っていた。そして二人のエーギルによってアルドが生き返ったのだ。ただしまだ完全ではないため、起き上がるだけの体力はなかった。
「ミル?母上・・・?皆で、天上に来てしまったのか?」
何も状況がわからないアルドに、セーナが静かに言う。
「心配ないわ。あなたはまだ生きているわ、そして私もまだ。・・・だけれどもあまり喋る力もなくなってきたわね。」
ブラギも言ったように今のセーナは生きているのが不思議な状態である。さすがに諸々の者たちと話をして疲れ切っていた。アルドもまだ起きることができないので、頷くだけであった。
「いい、アルド。最後なのに、真面目な話に、なって、ごめんね。でも、せっかく、だから、伝えるわ。次に言うことを、ヴェスティアの、代々の皇帝に、伝えなさい。その言葉は・・・。」
それを言い終えて、セーナは光となり、アルドの肉体に吸い込まれていった。


 『世界に絶望覆いし時、二対の蒼紅により希望の扉が開かれる』
人と神と竜が血みどろの争いをした大戦から1000年後。数多の大戦を経て、セーナの意志を継ぐ三人の英傑が死の島と化したガルダで、絶望を取り込んだ虚無と対峙していた。英傑の名はロイ、リリーナ、そしてセーナの傍らにいたミカその人である。
 ロイはセーナから受け継がれた言葉を呟いて、リリーナとミカが呼び込んだ奇跡・ライフストリームの加護で力を取り戻したキー・オブ・フォーチュンを振り下ろした。その裂け目から飛び出てきたのは、まさしくセーナであった。
「セーナ様・・・!やっぱりあの時に空いた穴はこれだったのですね。」
セーナもミカに気付いた。
「あら、ミカじゃない、こっちに来てもあまり変わっていないようで何よりだわ。」
しかし雑談もそこまでですぐにセーナはキー・オブ・フォーチュンを引き抜いて、ロイと重ね合わせた。
「あなたもキー・オブ・フォーチュンに選ばれたものね。ふふ、随分と凄いことになっていてビックリしたわ。」
この間にも二振りの運命の鍵は互いに力を供給し合っていた。そしてその光が強くなり、新たな時空の裂け目が生じ、そこから思わぬ人物が飛び出してきて、今度はセーナとミカが驚いた。
 だが、次の瞬間にはセーナとロイは顔を合わせて、笑みを浮かべる。
「さぁこれで仕切り直しよ。絶望が生み出した虚無、人と竜の希望が繋いだ無限の力、どちらが勝つかしらね。」
これにロイも続ける。
「もちろん負けるつもりはないけどね。」
「当然。」
そして二振りのキー・オブ・フォーチュンから眩いほどの光が溢れ出した。

 

 

 

 

最終更新:2014年06月01日 21:59