竜殿の戦い、そして別れが終わった頃、それを知らずにひたすらに同地を目指している部隊があった。レクサス率いるグラオリッターである。彼はデルファイの制止を無視し、更には彼率いる竜騎士団と激突してまで、強行突破を果たしていたのだ。それからはセーナと同じ道をたどらず、敢えて山間路を通って、誰もが想像もしない方角からの奇襲を果たそうと企んでいた。
しかし、道に不案内だったことが災いし、ついにすべてが決してしまった。その報せを届けてきたのはオーガヒル諜報衆を束ねているフォードであった。
「くそっ、終わったのか。」
血が滲み出るほどに拳を握り締めるレクサスに、フォードが更に続けた。
「それだけじゃないんだ、レクサス。デーヴィド皇子がセーナ様の子供であったんだ。そしてキー・オブ・フォーチュンを使いこなした。」
これにはさすがのレクサスも次の言葉が出なかった。デーヴィドがセーナの子供だということは最近噂として急速に広がってきており、レクサスもそれは知っていたし、彼の才覚からしても満更有り得ないわけでもないと思っていた。それよりも重大なことは彼がキー・オブ・フォーチュンに認められたという事実である。それは天が彼をセーナの後継者と認めたことに他ならないのだ。だが、すぐにレクサスは思考を落ち着かせて考えを改める。ここが彼の凄みである。
(落ち着け、あいつはトラキアを背負う奴ではないか。いくら何でもあいつがヴェスティアのことにまで口を出してくることはないじゃないか。)
そう、母がセーナであっても、父がフィリップである以上は、余程のことがあってもトラキアの次期皇帝は確定しているのだ。まだどこの女性と結ばれるかはわからないが、少なくともかつてのライトのように婚姻によって複数の国をまとめて統治するようなことを積極的にするような人物でもない。そうなればヴェスティアの皇帝を狙うレクサスにとっては特別脅威となるわけではないはずである。
そこまで思いを巡らせた後、レクサスはフォードに確認した。
「アルドはもちろん生きているのだろう?」
「一度不覚を取られたが、セーナ様、ライト様、エリミーヌ王女の力で蘇生された。」
「ふん、とことん運がないな、俺は。」
もちろん、彼が倒れたのであれば、それこそレクサスの野望は達成されたも同然であったのだ。
「フォード、オーガヒルの船は用意できるか。さっさと戻るぞ。アルドたちに悠々と凱旋されるのは虫が好かんからな。」
もうレクサスの標的はアルドに向かっていた。
「既にサウスエレブに向かわせている。」
「いや、あそこはマズい。これから他の船も来るだろう。少しこっちよりのところに停泊させられないか。どうやったかは知らないが、先帝(ライト)も上陸してたところがあるはずだ。」
「わかった、適当に探してみる。」
フォードの答えに満足したレクサスはうなづいて、軍勢を転進させた。一度ベルンに戻るや否や、制止を求めるゲイン、デルファイの命を無視して、足早に本国アグスティーへと帰って行った。


 「全く、騒がしい男だ。」
ベルンに戻ってきた一同にレクサスの問題行動が伝えられたのは彼がこの地を後にした翌日であった。ゲインの報告にアルドとフィリップは苦笑するが、仮にも彼はこの戦役の功労者であるため、後で釈明を聞く程度に済ませるつもりでいた。それよりもアルドは色々と整理しなければならないことが山積みになっていた。竜殿での出来事、この大陸の今後の体制、リーベリアの復興、戦後体制・補償、これらを一つ一つ、しっかりとまとめていくことが必要であった。しかし、とフィリップが制止した。
「後のことはまだ良いだろう。今はまずは戦が終わったことを実感しようではないか。」
そう言って肩の力を抜くよう促した。やはり両親とエリミーヌの命を代償にしてまで蘇生したこともあって、余計な力が入っていたのだ。
 アルド軍は再びベルンで一つになった後、北上してブルガルに戻った。ここでアルドは諸将を集めて、竜殿で起きたことを包み隠さずに伝えた。セーナ、ライト、エリミーヌが犠牲になった背景をようやく知ったアベルやゲインは目を真っ赤にしてその場を去り、さすがのリチャードもその死を悼んだ。そしてしばらくの沈黙の後、アルドが続ける。
「決戦の地は勝手ながらハルトムートがその地を守りたいと言っている。私もあいつが守ってくれるというのであれば安心して任せることができる。どうであろうか。」
ハルトムートは最終決戦で、ジャンヌやロイトによってベルン城塞跡に封じ込められた真の意図をこのブルガルに来る途中で知った。グリューゲルナンバー1として最後まで自身の散った地を見守って欲しいと、母は伝えたかったのだ。ハルトムートとしても否やはない。何よりもその城塞跡にはもう一つ、守るべきものがあるのだから。だからこそ、弟は初めて兄に直訴した。その思いに兄も応えたかった。
「異存はない。というよりセーナもあの地を彼に任せるつもりだったことは聞いている。」
フィリップのその一言が全てであった。他にもアカネイアのアイバーもすぐに賛意を示したことで大勢は決した。その空気を察して、アルドが下座にいる弟を暖かく見やった。
「ということだ、ハル。かの地は任せたぞ。幸い、ミカも何かと手伝ってくれるだろうし、くれぐれも頼む。」
これに対して、ハルトムートは一度立ち上がると諸将に向かって丁寧にお辞儀して、決定に対して感謝した。ちなみに、話題に出たミカであるが、すでにアルド軍を離脱しており、竜殿にてセーナたちの墓を作っているという。セーナとの約束を果たすため、この地で残り半生を過ごしていくと、アルドには伝えており、彼も彼女の意志を尊重していた。
「せっかくなのでこの大陸の他の地についてもどうしていくか決めておきたい。基本的には母の言伝通りに、北の地をバリガン、西の地をルーファスとテュルバン、ナバタをアトス、サウスエレブをローラン、そしてこの地をハノンに委ねたいと思っている。異見があれば出して下さい。」
これに冷静さを取り戻して戻ってきたアベルが出てきた。
「異見ではありませんが、先住民との関係はどうされるのですか?」
これにはずっとセーナと共に先住民との関係構築を担当してきたヴァインが応える。
「基本的に共存の道を歩むつもりで考えています。まだ北の民とは話合いの途上ではありますが、もし決裂した場合は我々は手を引いても良いと考えてます。」
セーナはそこまで言及していないが、そう望んでいることをここにいる者は察しており、反対するものはいなかった。そもそも、今の彼らは先住民からすれば侵略者と扱われてもおかしくない位置にいるのである。拒まれれば出るしかないという方針を守らねば、今度は彼らがラグナと同じ位置づけになってしまうのである。戦に疲れた諸将にも否やはなかった。
 ただここでアルドが思わぬことを述べる。
「そしてこれはあくまで私案ですが、この大陸をユグドラル、リーベリア以南の大陸と交流を切り離そうと考えています。」
これにリチャードが「なぜに?」という視線が飛んできたのを確認して、アルドが続ける。
「見ての通り、この大陸にはこのブルガルを除いて大きな文明というものはありません。このままわれらの大陸と交流を続けていれば、確かに急速に発展はするでしょうが、あくまでユグドラルやリーベリアの息がかかった文明に過ぎません。そしてそれが先住民に受け入れられるのでしょうか。」
彼の意図を理解したのか、アイバーが続ける。
「ではアルド殿はあくまでこの大陸独自の文明ができるまでは介入を控えるべきということなのですね。」
「そういうことです。ただしこの大陸に残る諸将に対しては、やはり色々と不便なこともあるだろうから、彼らに限っては祖国へ戻ることは許したいと思います。」
そしてハルトムートら、この大陸に残る者たちを見て言う。
「ということで、皆には苦労をかけることになるが、それでもこの地に留まるか?」
これに一同は力強く頷いたのを見て、アルドは微笑んだ。
「やっぱり母上が選んだ者たちだ。私なら躊躇っていただろうに。・・・よし、難しい話はここまでにしよう。サカの民が宴の準備を整えてもらっているから、そちらに行くとしよう!」
そして夜を徹しての大宴会がブルガルの地で開かれることになった。


 それから1週間後、アルド軍はようやく酔いを覚ました足取りでサウスエレブへと着いていた。夥しい数の軍船がアルド軍の兵士たちを次々と飲み込んでいく。
「一度、ヴェスティアには戻らないのか?」
そんな光景を見ながら、アルドがハルトムートに聞く。
「兄貴、勘弁してくれ。俺はここに来るだけでも嫌だったんだからな。」
あくまでハルトムートは既にベルンの守護者という立場にいる。だからできるだけ離れるつもりはなかったのだが、アイやアトスの説得を容れてようやく見送りに来たのだ。
「そこまでは母上も望んではいないだろうに。」
「兄貴に言われるとはな。」
アルドとハルはセーナ四兄弟の中でも年が少し離れており、皇子と臣と立場の違いもあったことからあまり会話をしてこなかった。それを埋めるかのようにサウスエレブへの道中は乗り気でない弟に対してよくアルドは話掛けていた。その配慮もあってやや頑なだったハルの心も少しは穏やかになっていた。今もアルドの言葉に苦笑していた。
「自分が言えた口ではないが、あまり思いつめるな。お前はハルトムートとしても生きる権利があるのだからな。」
「だが、これこそがハルトムートとしての生き方だとも思う。あそこで眠っている奴のためにも俺は人がどう生きていくのが良いか考えたいんだ。」
ベルンの戦いでハルトムートは何のために生きていくのかを見つけていたことをアルドは感じたが、それを見つけるにはあまりにも時間がかかることだろう。しかしそれはそれでハルトムートの生き方といわれれば、アルドは返す言葉はなかった。
「わかった。まぁたまにはヴェスティアに戻ってきてくるんだ。」
そして二人は分かれたが、これを最期にして二人が直接会うことは二度となかった。片や世界の中心ヴェスティアの皇帝として、片や人がほとんどいない地域をまとめる国王、そして埋めることのできない絶対的な距離は共に育った二人を引き離すことになった。

 こうしてアルドたち率いるマルスユニオン軍はガルダに向かって去っていった。残ったハルトムートたちはその船たちを見届けると、共に戦ったローランたちを集めた。
「俺たちもそれぞれの道を歩むことにするか。」
勇者たちは頷いて、それぞれの地に戻っていった。西に行ったルーファスはエトルリアの国王となり、テュルバンは西方三島の開拓の祖として称えられ、アトスはナバダにて人と竜の共存する地を作った。北の極寒の地にいったバリガンは部下の騎士たちと共に現地の民をまとめあげ、東方サカでは先日の戦いで軍神と崇められたハノンを中心にサカの最盛期を築き上げることになる。ハルトムートはまだ人の少ないベルンの開拓を進めていき、気さくな人柄で多くの人を惹き付けてベルンの礎を築いていく。最後にこのサウスエレブはオスティアと名前を変えて、リキアの中心としてローランの拠点となった。ローランはサーシャの長女ナーシャと結婚し、多くの子を為し、後のリキア諸侯連合の礎となった。ちなみにローランの長女はふらりと現れた一人の騎士と結婚し、その騎士の名を冠した家を興すことになる。それこそがフェレ家の誕生となるわけである。

 

 

 

最終更新:2014年12月31日 20:51