ここはリーベリア大陸の北東部にある最果ての地・ノーザンランド。レダ王国に接しているこの地にはリーベリア大陸を救った女神ユトナが眠っているとされているシエロ山があった。そして今、ここにもう一つの光が降臨してきた。
『ユトナ。ユトナ。』
シエロ山地下の光の神殿に眠っていたユトナがその光に起こされた。女神であるユトナには死と言うものが果てしなく遠いものであった。夫カーリュオンを亡くしてからは彼女自身もリーヴェ、レダ、カナン、サリアの四人の娘たちに後を託して人間界を後にしたが、カーリュオンとの約束どおり、この大陸を見守るためにこの地に降臨していた。そして大陸に何事も無かったために自ら長い眠りに入っていたのであった。しかし今、暗黒竜ガーゼルを復活させようと目論むガーゼル教国により大陸は戦渦の渦に巻き込まれていた。そんな状況を知った大地母神ミラドナが彼女を起こしに来たのだった。
「あっ!ミラドナ様。どうなされたんです?」
「ユトナ、あなたが眠っている間にリーベリアにはガーゼルを奉じる者が現れ、あなたが産んだ四人の娘の子孫が苦しんでいます。」
「! ガーゼルがまた?どうして?」
「おそらくはサリア・レダ戦争が原因でしょう。あの戦争でレダ国王は周囲の反対も聞かずに戒めを破って聖竜クラニオンを使ってサリアを滅ぼしたからでしょう。ただ当のレダも暴走したクラニオンによって滅ぼされましたけれど・・・。」
そういいながら、最近まで起きていたことをまとめてユトナの記憶に挿入していた。その内容は、サリア・レダ戦争から始まり、ガーゼル教国の成立、レダ解放戦争、リーヴェ・カナン戦争、ノルゼリアの悲劇、バルト戦役、そしてリーヴェ最後の砦グラナダの陥落まで及んでいた。ユトナは大陸の激動に愕然としていた。自分が眠っていた間に自分の子孫達が血を流し合っているからだ。
「それじゃー、サリアとリーヴェの王族は?」
ユトナは不安そうに聞いた。どちらもいなくなっていれば暗黒竜に太刀打ちできなくなるからだった。
「リーヴェの王族はラゼリアのリュナン公子、彼に反感を抱くゼムセリアのレンツェンハイマー、そして今リュナンと行動を共にする水の巫女メーヴェの三人が存在しています。サリアは国王と王妃は死亡してはいないようだけど、行方がわかっていません。王女も行方がわかっていません。」
「リュナン公子?」
「ええ、カーリュオンの血を誰よりも濃く継承している若者で、平和を愛したリーヴェの英雄グラムドの息子。彼自身もラゼリアの英雄として民から慕われています。ただリーヴェ・カナン戦争で敗れて、辛うじて西の同盟国ウエルト王国に逃れました。ただそのウエルトでも内戦の最中で苦しい戦いを強いられている。」
「そう、それなら彼にこの大陸の希望を託すしかないようね。」
そう言ってユトナは瞑想を始めた。
『リーベリアの平和を誰よりも強く望み、それを目指す若者よ。今ここに女神のご加護を与えん。リーヴェの希望の星リュナンに光のご加護を。』
その時、リュナンはウエルト大橋にて敵の挟撃に苦戦していた。クインクレインを警戒して軍を三分したが、リュナン率いる本隊が橋を渡りきれずに後方にも兵を置かれて長期戦に突入していた。主力を別働隊に送っていたために本隊にいてまともに戦えるのはリュナン隊、マルジュ隊、ラケル隊そしてジュリア隊の四隊のみでしかもエンテ、サーシャを守備しなければならなかったため、実質リュナンとマルジュが攻撃していた。リュナンとマルジュは必死に戦っていたが、前方には守備の厚いウッドシューターがいるために突破できずにいた。しかしこれを突破しなければ別働隊と合流できずに前後からの挟撃に全滅してしまう。リュナンは意を決してウッドシューターに突撃を始めた。ウッドシューターから放たれる矢を交わしながらウッドシューターに攻撃を加えようとしたが、木箱にダメージを与えることはできずにいた。頼みのマルジュは後方からくる敵の足止めのためにいないのでここはリュナン一人で戦わなければならなかった。しかし剣を振れども敵にダメージすら与えることができずにいた。そんな時、悲劇が起きた。ウッドシューターの放った矢がリュナンの肩に刺さったのだった。突然の激痛に剣を落とすリュナン。さらに悪いことに剣を再び拾う間にすかさず敵兵に囲まれてしまっていた。肩を負傷したリュナンには20人近くの兵をまとめて撃退させることはできる訳がなかった。リュナンは死を覚悟していた。そして剣を捨てようとした時に一閃の光がリュナンを包んだ。
『私の名はユトナ。愛するカーリュオンの血を引くものよ。この世界に再び光を導きたまえ。』
その瞬間水色の光がウエルト大橋を包んでいた。その光の中でリュナンは自分の肩の傷が癒えているのがわかっていた。それだけでなく今までにはなかったような力がみなぎってきていた。そしてリュナンはこの状況を打開する大技を放った。
『ラゼリア剣奥義 ライトニングスマッシュ』
リュナンは銀に輝き始めた剣を跳躍してから一振りした。そこからは巨大な真空波が発生して彼を囲んでいた敵兵目掛けて突っ込んでいった。真空波が地上に届いた時、強烈な陣旋風が橋にいる敵兵を襲った。しかもその風は刃が付いているかのような切れ味を発揮していた。しかもその威力はウッドシューターの木箱を破壊するほどであり、生身の人間に耐えられそうな人などいるはず無かった。それは剣技というよりも魔法であった。しかしその切れ方は普段リュナンが敵を斬る時のような斬り方となんら変わりは無かった。この一撃で橋の南方部隊は壊滅し、ラフィンを始めとする別働隊と合流することができたのだった。
「リュナン公子、大丈夫か?」
ラフィンが心配していたように尋ねた。
「ラフィン、僕はもう全然平気です。それより早くマルジュの援護に向かってください。」
「そうだな、わかった。」
そういいラフィンを始めとする騎馬部隊はマルジュの援護のために橋を北上して行った。残っていたリュナンはその場で棒立ちになっていた。この戦いに参加していた者の全てがリュナンに起きた変化に気付かずにいた。特にリュナンの後方で守備していたジュリアとエンテはその変化に言葉を失っていた。彼女達の元からはリュナンが負傷したことはよくわかっていた。だが急に体勢をもどしてあのような大技を放って、しかも今も普通にしているのだ。ロジャー戦で『ストームブレイザー』を放った時でさえ普通に立っていられなかった程だった。すかさずエンテはリュナンのもとに駆けつけた。
「リュナン様、先ほど負傷されたように見えたのですが。」
「・・・・あっ、エンテ。何で僕は今一人でここにいるんだろう?さっきまで肩を矢で負傷して敵に囲まれていたのに。」
「もしかして記憶が飛んでいるのですか?だって、さっきライトニングスマッシュを放ってまとめて敵を一掃したではないですか。」
「えっ!僕がライトニングスマッシュを?ちょっと待ってよ。僕はまだラゼリア剣奥義なんて習ったことがないんだよ。」
「それじゃー。どうして・・・。」
二人いや解放軍全員が疑問に襲われながらも戦闘は進んでいった。そして北方部隊を指揮していたノートンはサーシャの必死の説得に剣を収めてリュナン軍の傘下に降っていった。
全軍が体勢を戻して橋を渡ったとき、見覚えのある少女が立っていた。
「姉上!」
マルジュが前に出てきていった。
「姉?マルジュ、彼女はグラムの森でロジャーと一緒にいた娘だけど、君の姉なのかい?」
マルジュがその問いに対して首を縦に振った。
「リュナン公子、メルと言います。グラムの森では失礼しました。そしてお助けいただいてありがとうございました。」
「?」
「ナルサスっていう盗賊に助けてもらい、一路リュナン様と共に戦うために参りました。」
「ナルサスが!それで今彼は?」
「さっきまで一緒にいたのですが、気が付いたら姿がいなくなっていました。」
「しょうがないなぁ。」
リュナンが苦笑いを浮かべた。
「ところで王宮の様子を教えてくれないかな?」
その言葉にメルはコッダの暴政、リーザ王妃の様子など細かく報告した。
「ありがとう。おかげで王宮の様子がよくわかったよ。でもロジャーはどこにいるんだ?」
「彼は私が牢屋を抜け出した時には王都にはいないようでした。おそらくは南の砦に・・。」
メルはリュナンとの会話の後でサーシャに会いに行った。彼女はマーテルと会話をしている最中であった。
「お話中すみません。」
「えっ!あっ、メル。良かった無事だったのね。」
サーシャが喜んでメルを迎えた。
「ご心配かけました。でもサーシャ様もお元気そうで何よりです。あ、サーシャ様に預かっているものがありました。」
そう言ってメルは懐から一つの笛を取り出した。
「あ、それは・・。」
マーテルはそれが何か知っているかのように言った。
「まぁ綺麗な笛ね。何ていう笛なの?」
メルから受け取った笛をよく見てみるとマーテルが答えた。
「それは天馬の笛と言うんです。その名のとおり天馬騎士になるのに必要な笛なんですよ。」
「それじゃー、これを吹けば空を飛べるようになれるの?」
「もちろんです。これでサーシャ様の夢もかないますね。」
「ええ。ありがとう、メル。」
この笛が彼女の運命を確定付けることとなるとは誰もが思わなかった。
橋を渡ったリュナン軍は一時の休息を終えて、コッダ軍の陣へと迫った。守将ドメスは守りの堅さをかせに突撃をしてきた。彼の持つ鉄の大剣の威力を恐れたリュナン軍は一時戦線を後退させるが、マルジュのヴンダーガストがドメスの剣や鎧を切り裂き無力化させてウエルト大橋の戦いは終止符を打った。そしてついに残るはウエルト王国の王都の攻略を残すのみとなった。解放軍は祖国解放目前に士気が天に届かんばかりであった。一方のコッダ陣営では南の砦からロジャーと彼の精鋭を呼び出して解放軍との最後の一戦に賭けようとしていた