闇のセーナと、ラオウ、シレンの戦いはやはり一方的であった。むしろミラドナの魔力を開放したこともあり、より悪化したともいえた。
『エインシャント!』
巨大な隕石が闇のセーナを襲うが、彼女は涼やかな顔でウォーミンウィンドで受け止めると、ダーインスレイヴでそれを文字通り粉砕した。それだけでなく、粉砕した欠片をラオウに向けて返す始末であった。
「グゥ!」
思わぬ展開にラオウは不意を突かれて、吹き飛ばされた。シレンも同様であった。
「く、強すぎる。」
天上最強と謳われた二人を以てしてもこの差であった。そして頭上では勝ち誇るセーナが追撃の魔法弾を解き放つ。だが、炸裂する寸前に、二人の姿が消えた。
「やはりこの世界でも立ちはだかるのね、アルフレッド。」
今まではどこか楽しんでいた瞳をしていた闇のセーナの瞳が一気に細まり、放たれる殺意が凄みを増す。その言葉の通り、ラオウたちを間一髪で救ったのはアルフレッドであった。もっとも想像以上に魔法弾の威力が強く、守りきれず吹き飛ばされていた。そのアルフレッドはいつぞやのセーナのように体から凄まじい魔力やらオーラが溢れ出している。
「ふふ、私の世界では時空剣一族の総力をかけて総攻撃してきたけれども、こちらはあなた一人でもそれなりに楽しめるかもね。」
闇のセーナの世界線ではアルフレッドたちはセーナの覇道に対しては何もせず静観をしていたものの、この世界線への介入をすることを感知するや否や、一族総出での攻撃に出てきた過去がある。時空剣ならでは攻撃にセーナは手を焼いたものの、マーニ(アルの妹)を無理やり闇の魔法で味方に取り込むと内部分裂に誘い、壮烈な最期に導いていた。その闇のセーナがこちらの手によって時空ごと消し去られるという方法で敗れたのは皮肉と言えるであろう。ちなみにそのマーニも既にエーギルごとセーナに取り込まれている。
そして対峙するアルフレッドも元々こちらのセーナと戦いながら、その後の成り行きでカーリュオンの時代まで遡って、またこの時代まで経っていたことから桁違いの力を付けていた。妻としたリーヴェとの修行もあり、魔力のない彼はセーナたちとはまた違う境地に辿り着いていた。アルはそれを自身でオーバーブーストと呼んでいる。
「ここでは時空を守ることは関係ない。ただ、この世界を守るだけだ。」
「ふふ、あなたが元気に叫んでもここまでは来れないでしょうに。」
闇のセーナの言うように、アルフレッドは魔力がほとんどないのでワープを使うことができず、そもそも同じ土俵で戦うことはできないのであるが、
「まぁいいでしょう。」
闇のセーナは悠々と魔法陣を解除して、降りてきたのであった。
「もっとも魔法陣に使っていた分の魔力があなたを襲うけれどもね。」
そうして闇の瘴気をセーナを囲った。ラオウたちと戦っていたときよりも一層禍々しさが上がっていた。だが、アルも負けない。一瞬でセーナとの間合いを詰めると、マーニカティを振り下ろした。想定を超えた速さにさすがの闇のセーナも虚を突かれたが、そこは持ち前の動体視力で剣を繰り出して受け止めた。一撃の重さなら男女の差を超越しているセーナに長があるのである。
「どうやら余裕をかましている暇はなさそうね。」
どうやったかわからないが、神速を超えた速さを見せたアルに、セーナは目を細めた。
(くっ、一撃で仕留めるつもりだが、スイッチを入れてしまったか。)
実はアルフレッドはこのオーバーブースト時に特定の時間を瞬間的に止めることができるのである。それを使って、セーナの時間を止めたのであるが、やはり二人の神を内在しているセーナ相手に止められるのは瞬間的であったのだ。だが、まだセーナはそれを理解はしておらず、アルが超人的な速さ、もしくは時空剣の力を利用したと解釈した。なお天上では時空剣の力を行使して、過去・未来に行くことは不可能であるが、それもセーナは当然のことながら知らない。
とはいえ、早速切った切り札が不発に終わってしまったことでアルフレッドもまた、セーナの圧力に押されていくことになる。
(リーヴェ、もしかするともう天上で会えないかもしれないな。)
アルフレッドはセーナの攻撃を窮しながらも、半ば諦めつつあった・・・。
そしてリーヴェはといえば、風竜の谷とは真逆の位置で、ひたすら長い詠唱を妹たち、レダ、サリア、カナンと行っていた。少しずつであるが、リーヴェからレダ、レダからサリア、サリアからカナン、カナンからまたリーヴェへと弧を書くように光の筋が伸びていき、大きな円が出来つつあった。
(このままではアルが持たない・・・)
内心焦りながらも時間をかけるしかなかった。彼女たちが希望をかけるのは超長距離魔法・ブライトリング・クエーサー。射線上にあるあらゆるものを薙ぎ払う破壊魔法でもある。大地母神ミラドナの孫である彼女たちの魔力も当然天上では屈指であり、4人の魔力を合わせて闇のセーナに抵抗しようとしたのだ。だが、この魔法には詠唱に準備がかかるだけでなく、もう一つ決定的な弱点があった。
「何か狙っているわね。」
もともと魔力感知能力の高いセーナもまたブライトリング・クエーサーの存在を感知しつつあった。破壊魔法であるがゆえに準備段階から放たれる魔力が強烈なのである。アルを魔法で吹き飛ばし、間合いを確保したセーナは凝縮した魔法弾をその方向に放った。距離はあるため、到達には時間がかかるが、セーナの魔弾はやはり速度も桁違いであった。
「勘付かれた!」
そしてそれはすぐにリーヴェたちも理解した。彼女たちは詠唱中ゆえに動くことはできないが、リーヴェはテレパシーを使い、その対策を発動する。刹那、強力なバリアが発生し、セーナの魔弾を受け止め、そして受け流していた。
「グッ!?」
直後、リーヴェたちの下でうめき声が漏れた。彼女たちを守ったのはアカネイアの賢者たちである。かつてロプトウス復活のための贄にされかけた、レナ、マリア、ニーナの三人に、マルスの姉エリスの代わりに来ていたリンダが魔力を結集してバリアを展開していたのだ。だが、やはりセーナが放つ魔弾の威力の壮烈さに受け流すのが精一杯で、次の一撃は彼女らの命を脅かす恐れが強かった。
それを悟ったアルフレッドも一気に決着を着けるべく仕掛ける。残像剣で一気に間合いを詰める。すかさず、セーナが剣を払うが、それも残像であった。気が付けばセーナの周りに多数のアルフレッドが取り囲むようになり、一気に突進してきた。
「甘いわ。」
セーナは即座に剣から闇の斬撃を回しながら放ち、次々と残像を打ち消していく。しかし、そこにアルフレッドはいなかった。セーナは不敵な笑みを浮かべて剣を上に構える。
「なっ!」
そう、すでに上からの攻撃をセーナは見切っていたのだ。アルフレッドの次元斬はこれによってあっさりとセーナに受け止められた。ついでもう片手で魔法弾を放つが、それは既に残像になっていた。
(やはり世界線が違っていてもセーナ様の戦いのセンスは次元が違う。)
再度、間合いを取って、着地したアルフレッドは正直焦っていた。
若い頃のセーナは今のアルと同じように有り余るスピードで翻弄して、隙を増やす戦い方をしているが、魔力を覚醒させてからは相手の動きを見切り、最小限の動きで交わす、もしくは逆に打ち払うものになっている。元々彼女の言うように生前、本来の世界線でもアルとは戦っていたわけであるから、見切りはほぼ済んでいたようなものである。こちらのアルは長い天上での身につけたオーバーブーストとそれによる時止めがセーナにとって未知の領域なのが鍵になるはずである。
(アル!あなたの体ももう限界!)
遠くにいながらもリーヴェは夫の様子を心配した。ブライトリング・クエーサーの輝く輪はようやく繋がり、一つの輪になっているものの、まだ放出するための魔力体・クエーサーを作る時間が必要である。アルが十分な時間を作っているが、その分だけ負担を強いられていた。
アルとてそれは承知していた。リーヴェからのテレパシーを受けて、ついに決断した。目に力を篭めるアルに、セーナは本能的に何かを悟った。次の瞬間であった。アルから壮烈な火花が出たかと思えば、気がつくとセーナの目前に迫っていた。
『清流剣!』
そして凄まじい速さで振り下ろされた斬撃を、しかしセーナはダーインスレイヴで受け止めていた。すでにセーナは本能的に彼の『切り札』をあの瞬間に見極めていたのだ。そしてすぐにセーナはもう片方に魔力を篭める。神速を極めるアルに対して、余計な言葉は命取りになるからだ。
『アウロボロス』
直後、黒き龍がアルを貫き、凄まじい速さで吹き飛んでいった。それを見届け、セーナは軽く舌打ちしつつ苦笑した。
「あの瞬間で、残像剣でわずかでも外したようね。」
だがセーナは容赦はしない。追撃の魔弾を解き放とうと手を向ける。アルもダメージもあるが、先程の攻撃の代償で体の言うことが利かない状態である。万事休すと思われたが、思わぬ方向から魔法の攻撃が飛んできた。風と炎の刃がクロスをして、セーナに襲いかかったのだ。だが、彼女はその刃を軽く受け止めると闇の力で打ち消した・・・。次の瞬間にはアルフレッドの姿をセーナは見失った。
そのアルフレッドは吹き飛ばされた先に急遽駆けつけてきていた女剣士に受け止められた。凄まじい勢いであったために彼女も一緒に吹き飛ばされていたが、必死に勢いを受け流すことで受け止めきっていた。
「・・・すまない、マーニ。」
女剣士はマーニ、リーヴェたちの末妹の方である。とある別任務のために離れていたが、それも終えて合流しようとした瞬間にアルの敗北を知った。無口な彼女は静かに返す。
「今は休んで。」
アルの奮闘は責められるものではなかった・・・。天上にいるものたちの抵抗は続いていた。
「ふふ、今度はあなたたちが相手とはね・・・。果たしてどう戦ってくれるかしら・・・。」
眼下に広がる軍勢を前にセーナは一人呟いた。そこにいるのはマルス軍を中心とする天上連合軍であった。即座に弓と魔法による一斉射が放たれた。
「フレイムカリバーとエクスカリバーがああもあっさり受け止められた以上は数で行くしかないですね。」
先程の魔法を放った一人マリクは主将マルスに改めて言う。
「わかっているさ。とにかく一撃を喰らえば、僕らはお終いだ。その隙を作らないよう間断ない攻撃に終始する。」
既に弓隊長ジョルジュと、魔道副隊長エルレーンの指揮の元、攻撃を行っている。また、上空にはセーナ・マルス両軍の天馬騎士隊が結集し、わずかでも発生する隙を補うべく控えていた。
マリクが魔道隊長として任に戻るのを見て、一人の天馬騎士がマルスの元に降りてきた。遠慮がちにはしているが、マルスも彼女の姿を見て素直に喜んだ。
「また、君と戦えて嬉しいよ。無理しないでくれ。」
その言葉を受けて、その天魔騎士カチュアは赤面しつつも頷いた。彼女は天上ではセーナ軍に属しているが、生前はマルス軍として戦っていたことも多いことから天上天馬騎士隊を統べる隊長をミネルバより任されていた。さすがに過大な任務と幾度か断ったが、時間がないこととシーダの協力もあって受けざるを得なくなっていた。マルスとカチュアの関係についても知っているものは知っている。だからこそ、マルス軍発足の際に彼の元に駆けつけなかったことにも天上ではある程度の驚きが広まったくらいであった。
「この神器に誓いまして。」
言葉少なだが、マルスと決然とした瞳を返せばそれ以上の言葉は不要であった。マルスも頷くと、カチュアは再び一礼をして空へと戻っていった。そして魔法と弓の斉射の間隙を縫って、天馬騎士隊たちの突撃が始まった・・・。
一方で、ウルズの泉で休むセーナにも迫る、もう一人のセーナの姿があった。
「全く気づかれないようにノンビリ移動するのも楽ではないわね。」
この世界にいるセーナや、風竜の谷で暴れるセーナとはまた異なり、瞳の色が両目とも黒に染まっており、光をも飲み込みそうな漆黒の剣を帯びている。ふと、その視界の隅にあるものを捉えた。
「あれは・・・。う~ん、介入してもいいけれど・・・、ここはあっちに任せようかしら。」
そういって黒目のセーナは先を急いだ。
「こうして、また私と出会えるとはね。」
黒目のセーナの言葉に、ウルズの泉にいる一同は驚き、エリミーヌに至っては悲壮な覚悟で飛び出そうとしていたほどであった。。しかし、すぐにこちらのセーナは彼女の正体を理解し、エリミーヌを抑えた。
「本当に、今が時空の大転換点のようね・・。」
呆れるように言うこちらのセーナに、落ち着いたエリミーヌも苦笑する。黒目のセーナはまずはエリミーヌに近づくと、その瞳をマジマジと見た。その視線に、彼女もこちらのセーナと同じものを感じていた。
「・・・こっちのエリミーヌはより美人ね。」
「あなたは・・・セーナ様とそっくりなのですが・・」
エリミーヌの絞り出すような言葉に、黒目のセーナは頷いた。
「それはそうよ、私もセーナだもの。」
と吹き出しつつ、すぐに真顔になり話を戻した。
「まぁ、あなたの言いたいことはそういうことでないのはわかっているわ。答えから言うと、私と、あちらの私は現世では同じ歴史を歩んできたのよ。死んだのちに天上に来ることができたのがあちらで、冥界に落ちつつも肉体を取り戻せたのがこの私・・・。」
「えっ・・・。」
思わぬ事実に、さすがのエリミーヌは絶句した。
「こちらのあなたも優しいのね。・・・そう、だからその後の現世も同じように展開し、私の世界線にもあのセーナが襲来してきた・・・。」
「しかしこうしてあなたが来たということは・・・」
「えぇ、色々あったけれども、最終的には私が打ち破ったわ。・・・なぜかはわからないけれども、私の世界線では少し早く襲来したみたいだけどね。」
と言いかけて、黒目のセーナが思い出したように言う。
「そうそう、すぐ近くで別の戦いが行われていて、膠着していたから手助けしてきた方が良いわ。そうね、エリミーヌならばすぐ片付くでしょう。・・・さすがに私がこの段階で介入するのはマズいから。」
黒目のセーナの言葉に、エリミーヌはすぐにこちらのセーナを振り向いた。
(すっかり母と娘みたいな関係ね・・・。)
表情には出さないが、この二人の関係を心から黒目のセーナは羨ましく思った。
「行ってくると良いわ。私はまだ時間がかかりそうだしね。」
エリミーヌは頷くと、魔法陣に乗って飛んでいった・・・。
もう一人残っていたシュヴァルツは星詠みの剣を叩きつつ、黒目のセーナが持つ漆黒の剣を見ていた。
「その剣、冥界の力を帯びているというわけか。」
「さすがはシュヴァルツさん、その通りです。名付けてアビスオブフォーチュン、冥界であればナーガの鎖もかからず、更に冥界の力を得ることができたわけよ。・・それに冥界の覇王さんもいるからね。相手には困らないというわけ。」
「イードの時の・・・」
セーナにもシュヴァルツも懐かしい名前が出てきたのである。
「だからアウロボロスを宿したあの私にも負けはしないわ・・・。でも介入するのはすべてが決してから。それまでは事の展開を眺めさせてもらうわ・・・。そしてこちらの私がどう戦うのかを見させてもらう。それを伝えに来ただけよ。」
そう言って、黒目のセーナは踵を返して、姿を消していった。
そして入れ替わるようにエリミーヌが一人の剣士を連れて戻ってきた。黒目のセーナが消えていることに少々残念そうな表情をしていたが、すぐにセーナに会わせた。
「セーナ様、こちらの方が、ブローに襲われていましたのでお連れしました。」
快活なエリミーヌをして、歯切れの悪い言葉だが、それも仕方なかった。連れてきたのがナーガ軍にいて、幾度となくセーナの進撃を止めてきたケフェウスだったからだ。戦っていたのが、ブローであったからすぐにエリミーヌは倒すべき相手を見定めたが、他のものであれば彼女は迷っていたかもしれない。ちなみに彼女の力をして、ブローを瞬殺している。
「ケフェウス、いえ、お父様、やはり行くのですね。」
セーナの言葉に、エリミーヌがえっと言う顔をした。ケフェウスは目深に被っていた兜を取ると、丹精な、『父』セリスの顔が出てきた。
「さすがにバレていたか。」
「バレバレです。最初に戦ったときからわかりましたよ。」
苦笑するセーナに、思わずセリスも引きつられた。
セーナが天上に来てすぐのことである。セリスはすぐにナーガのもとに向かい、彼の傘下で戦うことを決断していた。そしてその条件として、神竜の兜から得られる加護を得て、そこから進化した聖護ティルフィングを駆り、セーナの猛攻を防ぐ役割を果たしていたのである。
「今はその力が役に立つときである。・・・マルス様の手勢でもそうは持たないだろう。」
その言葉を聞いて、エリミーヌはブローとまとめて吹き飛ばすことをしないで良かったと心から安堵した。
「でも・・・あの人が入れ知恵をして、フィーリアと共に牙を研いでいるはずです。」
「それで勝てるなら苦労はしまい。」
「お父様が出られてもそう変わるとは思いませんが。」
痛烈な言葉にセリスは苦笑する。
「それはお前が一番わかっていることであろう。確かに勝てはしないが、すぐに負けることもない。このティルフィングがあればな。」
「やはりその剣の力ですか、私の魔力が異常なまでに通らなかった原因は。」
「とはいえ、ブローですらその有様ということは時間稼ぎでしかないでしょう。・・・また母上を遺してつもりですか?」
最後の言葉にはセーナなりに棘が含まれていた。だが、セリスは臆せずに言う。
「ナーガ軍に向かうときに最後の話は済ませた。」
「それでは最後の戦いの私と変わりませんよ。」
セーナも義妹サーシャに本気で怒られた過去がある。いなくなるのは構わないが、遺されたものは誰よりも辛いものである。それが禍根となることもあるのだ。セーナの訴えに、セリスはついに根負けした。
「わかった。最後にもう一度ユリアに会いにいくさ・・・。それで勘弁してくれ。」
セリスはユリアとセーナには頭が上がらないのである。一連のやり取りを見ていたシュヴァルツは笑みを浮かべていう。
「皇帝陛下よ、こっちもできるだけ急ぐようにするから、そうしてやってくれ。」
「・・・シュヴァルツ、貴方にも感謝する。今後も娘を頼む。」
セリスの瞳を向けられ、シュヴァルツもしっかりと頷いた。
「お父様、血は繋がっていませんが、私はお父様の娘です。それだけはこの胸に刻んで、天上で暴れまわっていきます。」
セーナらしい一言にセリスも苦笑した。再び神竜の兜をかぶり、魔力を増幅させたケフェウスは魔法陣を生成して浮上した。
「お父様、一つだけ聞かせて下さい。・・・お父様がケフェウスになった理由を。」
「・・・お前と本気で戦いたかった、それだけだ。私の『娘』であればそれだけで十分な理由であろう。」
ケフェウスの言葉に、セーナは笑って頷いた。それを見届け、彼は消えていった。
少し遠くからその光景を見ていた黒目のセーナも、『父』の姿を瞳に焼き付けつついった。
「私の世界では天上に元々私がいなかったから、闇のセーナが襲来するときになってケフェウスとなり、そしてブライトリング・クェーサーを命中させるために犠牲となった・・・。この世界線の行く末は見定めさせてもらう。」
マルス軍と、闇のセーナの戦いは圧倒的手数にセーナが動けずにいる状態が続いていたが、さすがにセーナもイライラが溜まってきているのがマルスの目にもわかっていた。
「頃合いか・・・。」
ちょうどタイミングよくシーダが駆けつけてきた。
「準備OKです。」
「よし、ならばシーダ、頼む。・・・マリク、合図を頼む。ここからは一刻のムダが全滅に繋がるからね。」
シーダとマリクが頷き、まずはマリクがライトニングを打ち上げる。
(なにか仕掛けてくる。)
闇のセーナもそれは理解した。これを合図に、一瞬だけ弓や魔法の一斉攻撃が止み、一人の天馬騎士が突撃してきた。それがシーダであった。
「セーナさん、この槍を受けて!」
自慢の愛槍を掲げてくるが、余りにも無謀に見えた。セーナも何があるのかと訝るも、気にせずに魔法弾を放って、吹き飛ばそうとした。だが、次の瞬間、シーダはその槍を使い、セーナの魔法弾を弾いたのである。
「何っ?!」
言うまでもないが、セーナの魔力はすでに桁が違う。シーダとて人並み以上のバリアは展開できるが、灯籠の斧のはずである。
「私の槍は受ける攻撃を、どんな攻撃でも1度だけ無効にすることができるのです!」
これがシーダの神器・情愛の槍の加護であった。そしてこれに乗じて、もう一騎の天馬騎士がシーダを追い抜き、さらなるスピードでセーナに迫る。それがカチュアであった。だがまだ間合いは十分にあり、セーナは更なる魔力を込めた魔弾を放ち、彼女を迎撃しようとした。さすがにこれは避けられまいと思ったセーナだが、一方で策にハマってりつつあることを悟った。案の定、カチュアもその神器・青天剣の効果で打ち消したのであった。彼女の剣は攻撃時に先に反撃を受けた場合に限り、あらゆる攻撃を打ち消すというものであった。まさにこの場面にしか適用できない特殊なものであるが、マルスたちをこれを短い時間で組み立てていたのだ。そしてその間にカチュアの間合いは一気に詰まっていた。
「姉さん、エスト、私達の力を!」
別方向からは彼女の姉・パオラと妹・エストがいつの間にか機を合わせて突撃してきていたのである。マケドニア白騎士団のトライアングルアタックの完成である。三筋の白閃撃がセーナに届くと思われた瞬間、セーナの瞬間が消えた。
「えっ?」
そして三姉妹が交差する瞬間となり、それぞれの衝突を防ぐためにパオラは手綱を引き、カチュアは必死にペガサスを促して高度を確保する。
一方のセーナはと言うと、魔法陣を解いて自由落下に身を任せていた。こちらのセーナが本人相手にとった手段をそのまま利用したのである。そして混乱から断ち切れていない三姉妹相手に止めを刺すべく手を上に向ける。だが、この瞬間を待っていた人物がいた。
マルス軍の後方から壮大な轟音と爆発が響いたかと思うと、一つの魔弾が闇のセーナに飛来してきたのだ。すぐにセーナはその魔弾に向き合うと、三姉妹に向けて放とうとしていた魔法を解き放つ。しかし、魔弾はそれを物ともせずに弾くと、一直線にセーナに襲いかかる。その光景にマルスも思わず目を見張った。
「さすがは魔導砲だ・・。舞台を設えたカチュアたちも見事だが、この展開を読み切った彼女も凄まじい。」
遠く、こちらのセーナとナーガの戦いでは戦闘禁止地域に指定されている天上の村・ヴィレッジにいる蒼髪の女性は静かに事の成り行きを見ていく。傍らには静かにユリアもおり、セリスが愛した二人の女性が揃っていた。
「さすが、ティナですね・・・。」
ユリアの傍らにいたのは、生前末期に風の旅人を名乗ったティナであり、今回のセーナへの逆襲策をマルスに託していたのだ。もっとも実現にはこちらのセーナの協力も不可欠であった。
天上では当然ながら魔導砲が存在せず、ナーガ攻略のために必要と考えたセーナは一度きりでも撃てる魔導砲を作れないか、シュヴァルツに相談し、その結果としてようやく一門出来上がっていたのだ。当然ながら極秘の扱いで、ギリギリまで出すつもりはなかったのだが、今回は天上の危機ともあってセーナは出し惜しみをしなかった。砲手は生前その魔導砲と命を共にしたミキが務め、充填する魔力はフィーリアが担っている。(なお、フィーリアはミキが砲手を務めることに対してセーナに止めるよう再三進言していたが、ミキ自身が名乗り出ていることでこのペアとなっている。)
ブライトリング・クエーサーという圧倒的魔力に潜みつつ、マルス、セーナ、ティナ、そしてパオラたち三姉妹とシーダが必死の思いで繋いで作り出した決定機をミキとフィーリアもまた完璧に応えていた。フォトンを魔導砲で凝縮して放たれた光の魔弾は、自壊する魔導砲をよそにミキの誘導に応えて自然落下するセーナを捉えた。だがティナは冷静であった。誰かと似たような言葉をこぼした。
「これで負けてくれるようであれば話が早いのですけれどもね・・・。」
闇のセーナはこれを真正面から受け止める。その魔力圧にさすがに押し込まれるが、次いで放った黒き魔力が魔弾を取り込むと、そのまま消滅させてしまった。ただし、それなりの力を込めたようで珍しく息は上がっていた。
「天上に魔導砲を使うとはね・・・。大したものだわ。」
闇のセーナは彼らの逆転策を素直に称えつつ笑いながら、反撃に入ろうとしたが、次に見た光景に一瞬思考を失った。さっきまで間断ない攻撃をしていたマルス軍がすっかり消えていたのだ・・。
「姉上、ありがとうございます。」
マルスは姉エリスに素直に感謝していた。マルス軍の足元には広大な魔法陣が描かれており、ここにマルス軍全体をレスキューで瞬間転送したのだ。天上ではワープに瞬間転送は使えないが、レスキューのような呼び込むワープに対しては瞬間転送できるのをマルスは利用し、エリスが準備していたわけである。当然後方にいるフィーリアやミキも一緒である。エリスは頷くも、魔導砲の首尾をマルスたちに伝える。
「残念だけど、あのセーナさんは生きています・・・。やはり魔力の次元が違うみたいね。」
だが、事がそれで収まればまだ良かった・・・。
闇のセーナもまたマルス軍に逃げられたことを悟るも、逆にいえば対峙するものが一旦いなくなったことになる。
「ふふ、魔導砲を天上に持ち出してくるなんてね・・・。もう、そんなこともできないようにこの天上の力を削ぎ落としてあげるわ。」
そして再びダーインスレイヴが黒く光りつつ、その光をセーナが取り込み始めた。
その光景を写し鏡で見ていた英傑たちは闇のセーナがやろうとすることを悟り、各所で悲鳴のような指示を出し始めた。そしてセーナから強烈な閃光が無秩序に放射される。最初に襲いかかったのはグラズヘイムを睨むセーナ軍であった。
「くるぞ、急ぎ魔防壁を展開しろ!」
ネクロスの指示の元、見慣れぬ器具からバリアが展開された。これもセーナとシュヴァルツが魔導砲と並行してつくっていた魔防壁である。間一髪展開が間に合い、辛くも黒き閃光を受け止める。そのまま黒き閃光はセーナ軍の魔防壁を舐めながら、更にグラズヘイムにも襲いかかった。だがこちらも籠城している神々がバリアを展開し、目立った損害は認められなかった。
「ふぅ、やり過ごしたか・・・。しかし、もうこの器具、使えんぞ・・・。」
余りにも強烈な魔力に、繰り返し使えるはずの魔防壁が壊れていた。だが、幸運にも彼らに二撃目は来なかった。
放射された他の閃光はマルス軍やリーヴェたち、更にはヘイムやカーリュオンたちが守る闇の神殿(ガレやカルバザンが眠る地)などにも及び、セーナより提供されていた魔防壁や各々のバリアを展開するが、その強力な魔力の前に大きな損害を受けることになる。その一筋はユリアたちのいるヴィレッジにも及び、彼女や有志たちが必死の思いでバリアを展開しているも、破られる寸前という状況であった。
「娘に倒されるのもまた運命なのかもしれないけれども・・・、他の人を巻き込むわけにはいかない。」
必死の思いがユリアを諦めさせずに食い止めさせているが、それも限界を迎えつつあった。大きくヒビの入ったバリアはついに破られ、漆黒の閃光がヴィレッジを薙ぎ払うと誰もが思った瞬間、ある剣士が魔法陣で間に入ってそれを無理やり受け止めたのであった。
「グッ!!」
思わず呻きをあげるが、辛くも閃光を受け切ることが出来、ヴィレッジも辛くも守られた。崩れかけるところを傍らにいたティナに支えられながら、朧となった目でその剣士を見たユリアはすぐにハッとした。そこにはすでに神竜の兜を脱いで、正体を晒したセリスがいたのである。
「・・・ユリア、ティナ、良かった、間に合って。セーナに言われなければ、ヴィレッジを失うところであった。」
「セリス様・・・。」
「ユリア、私は行かねばならない。今、天上であのセーナを止められるのはもう私しかいないからね・・・。」
「はい、私はわかっております。・・・でも最期に会えてよかった。」
そう言ってユリアはセリスの胸に飛び込む。冷静なティナもさすがに彼を前にして、目を赤くしていた。
「ティナ、ユリアを守ってあげてくれ。セーナもそれこそ命を賭けて守ってくれるとは思うが、あいつは守るものが大きいからな。」
「・・・もちろんそのつもりです!」
それに頷いたセリスは静かにユリアの頭を撫でると、その身をティナに託した。そして神竜の兜を再び目深に被ろうとしたが、ふとユリアは腕を掴んでそれを止めた。その瞳は今まで見たことのない決然としたものがあった。
「・・・セリス様、最期に一つだけ。・・・セーナは・・・。」
その後に伝えられたユリアの言葉はさすがにセリスも想定していない内容であったが、もう言葉を交わす時間はそれ以上なかった。
「ふふ、だとすれば尚のこと、決着を着けなければならないな。」
吹っ切れた表情をしたセリスは解放戦争時代に見せた笑顔を一瞬見せると、ユリアを再び放して、兜を被った。再び魔法陣を生成すると、一気に闇のセーナのもとに飛んでいった。ユリアもティナもそのさり際に光るものが舞っていたのを確認していたが、何も言わずに静かに見送るだけであったが、最後に見せた笑顔はユリアの心のなかにいつまでも焼き付くものになる・・・。
そしてケフェウスと闇のセーナが激突する。
「・・・・セーナ、私が作り出してしまった怪物。これ以上、この世界を壊させるわけにはいかない。」
「ふふ、その魔力は感じたことはあるけれども、ナーガからもらった力で大きく増幅させたようね・・・。しかいセンスのない兜ね。」
苦笑しながらも、すぐにセーナは先制とばかりに魔法弾を放った。話す言葉ももうないというセーナの宣言であり、小なりとも会話をして時間を稼ぎたい完全にケフェウスの隙を突いた形となったが、すぐに剣から発せられるオーラがセーナの放った魔法弾の勢いを削いだ。
「グッ・・・、さすがに和らげるといっても、お前から喰らう魔力はやはり強烈だな・・。」
ケフェウスの持つティルフィングの特殊能力は、受ける魔法攻撃を大きく軽減するというもの。元々魔法防御に対する加護があったティルフィングの能力を更に特化させた形である。しかしこの特殊能力を出すには攻撃することが禁じられるという制約があった。もし攻撃しようものであれば剣が自らの意志で使用者に干渉してくるわけである。また、先程のシーダやカチュアの神器のように打ち消すわけでなく、軽減である。先程のヴィレッジへの一撃を受け止めたときのダメージも含め、着実にケフェウスの体力は奪われていた。
「どこまで持つかしらね。」
セーナもその特性を理解し、隙を見出すべく仕掛けていく。
そしてこの頃には、ウルズの泉で再起を期するセーナたちのところも星詠みの剣の修理が終わっていた。
「出来たぞ!」
渡された星詠みの剣をシュヴァルツより受け取り、決意を新たにする。
(まだ手はある・・・。私にあって、あのセーナにないもの・・・。・・・それでもあれだけの力を放つ私を果たして止められるの?)
そんなところにまたセーナのもとに一人の人物が訪れてきて、一同を驚かせた。しかし、セーナはこれでピースは揃ったと満面の笑みを浮かべる・・・。
また、リーヴェたちのブライトリング・クエーサーはようやく中心のクエーサーの形成も終わりが見えてきていた。先程の閃光によってバリアを担った術者は皆、それ以上の展開が出来なくなっていたが、セーナからのテレパシーで事態の好転を確信した。
(私がブライトリング・クエーサーを当てるための時間を作ります。たとえ射線上に私がいても遠慮なく撃ってください。でなければ、あの私に当てることはできませんので。)
覚悟の言葉に、リーヴェも頷く。戦乙女・女神たちの決意を示すようにブライトリングは輝きを増していく。
別次元にも通じるという、時の最果て。ここに、一人の戦女神が降り立っていた。迎えていたのはブラギ神であった。
「・・・手間をかけて、すまないのぉ。しかし、そなたが来てくれれば安心じゃ。」
「ここがセーナさんの言っていた、時空の危機となる時代・・。ブラギ様もやっぱり皺が少なくて若く見えますね・・・。」
そう茶化す少女剣士に、ブラギもたじたじであった。そこに割り込んできたは黒目のセーナであった。
「まさかこの世界線の結末の象徴とお会いできるとはね。」
まさかの3人目のセーナも乱入していたことに、ブラギは早速、皺が2,3本増えたのではと思い、頭を抱え込んだ。
「折角の機会だから、本当であればあなたとも一戦交えたいと思ってはいたけれども・・・」
黒目のセーナはそう言いつつも戦意は見せずに続ける。
「どうやら一気に事態が動きそうね・・・。まぁあなたに『も』会えたことでヨシとするわ。」
そういって、魔法陣を作り出して、天上へと戻っていった。
それを見届けた少女剣士はブラギに苦笑しつつも、内面に眠るもう一つの存在を思い出し、もう一本の短剣・ツヴァイヘルツェンを取り出した。
「やはり1000年前のセーナさんもさすがに気付かれたみたいですね、あなたが私に内在していることに。」
少女剣士の笑みはどこまでも穏やかであった。
「さぁ私たちも参りましょう、ブラギ様。」
そして天上に戻った黒目のセーナは静かに決意を新たにする。
「今は介入する必要はなさそうだけれども・・・。折角来たのだから、次の布石くらいは残しておこうかしら。」
そしてその決意がこの黒目のセーナの1000年後の世界を救うきっかけにつながることになる。
3つの世界線と、未来をも交えた一戦はいよいよ天王山を迎える。
最終更新:2021年10月02日 21:22