闇のセーナとケフェウスの戦いはやはり一方的であった。やはり辛くも健闘できているのが本当のところである。セーナの凄まじい攻撃に、ナーガの兜も至るところで破損し、ケフェウス自身の体力も着実に削られていた。
(だが、これでティルフィングは更なる加護を発揮できる・・・)
このティルフィングは使用者を守る代償として、体力が落ちるたびにバリアが強力になるという両刃の加護も合わせもっていた。ケフェウス自身もこの加護を知ったときは苦笑したものだが、ともあれこれのおかげでセーナの魔力は以前より通らなくなっていたのは事実であった。もともと受け身の剣士であるセリスにとっては、嬉しくはないが、その特質とよく噛み合った能力である。だが、目の前で戦っている相手は神をも恐れる、天性の戦いのセンスを持つセーナだった。当然、この変化を見極めているであろう。そしてその時がケフェウスの『潮時』であった。
 魔力が通らないことを感じ取ったセーナはいよいよ剣技に戦術を切り替えてきた。ケフェウスとて元々は見切りに長けた剣士ではあるが、それを理解しているセーナも敢えて彼を翻弄する剣技を放って来る。が、やはり先程も言った通り、魔力が通らなくなるほど加護が強くなっているということはそれだけケフェウスの体力がないことを意味した。元々攻めに出られないこともあるが、ついにセーナの一撃がケフェウスの頭を直撃し、ナーガの兜を大きく砕いた。そしてそれとともにティルフィングの加護も失われていく。
「もうおしまいですね・・・、お父様。しかし、これだけの時間を稼いだのはさすがです。」
闇のセーナもすぐにケフェウスがセリスであることを見抜いていた。だからこそ容赦なく、攻め続けたとも言えよう。
 最後の一撃の詠唱に入るセーナに対して、セリスは言う。
「やはりお前には勝てないか・・。だが、我ながらよくやったものだ。」
「はい、なので、最後はその奥に控えている切り札諸共吹き飛ばして差し上げましょう。」
セーナはいつの間にか移動し、セリスの延長線上にブライトリング・クエーサーがある位置にいた。思わず唇を噛むセリスに、セーナは笑う。
「これでチェックメイトです、お父様」
『アウロボロス!』
直後、漆黒の龍がセリスを飲み込んだ。

 その瞬間を、割り込むべく向かっていたこちらのセーナは遥か遠くから見ているだけであったが、冷徹に頭を働かせる。
「エリミーヌ、少し、3秒でいいから、アウロボロスを食い止めて。あとは私が引き受ける。」
ちなみに今いる場所から、闇のセーナの場所まではどんなに早くても数分はかかる距離はある。魔法陣に魔力を込めれば、それ以上の速さを理屈上は出せるのであるが、瞬間転送でないことから物理的な圧力が術者にかかるのである。だが、エリミーヌはセーナの言葉に疑問を持たずに頷いた。なにか考えがあることを直感的に理解したのだ。すぐにエリミーヌはアルティメイトアウトとなり、アウロボロスが向かうブライトリング・クエーサーを守る位置に立った。
「私達の希望を打ち砕かせたりはしません!」
『アーリアル!』
至高の光が波動となり、漆黒の龍へと衝突した。刹那、凄まじい衝撃が天上中を駆け巡った。リーヴェたちも油断していれば、それだけでクエーサーが暴走しかねないほどのものであった。だが、エリミーヌの魔力を持ってしてもアウロボロスの勢いを止めることができず、その圧倒的な魔力に押されていく。
「エリミーヌさん!」
リーヴェが叫ぶが、当のエリミーヌは笑っていた。この瞬間にセーナの言う3秒は持ちこたえたのだ。

 次の瞬間、闇のセーナのもとに蒼き不死鳥が襲いかかった。これこそがこちらのセーナであった。すでに魔力を開放し、エリミーヌ同様にアルティメイトアウトとなっていたが、バーストアウト時のようなスパークも凄まじい勢いで放出されていた。
「ディヴァイン・フレアリング・ブレードだけでなく、あの状態はなに?」
リーヴェもあまりの展開に驚くしかない状態であった。
 リーヴェ一族の専売特許であった『ディヴァイン・フレアリング・ブレード』はその魔力で構成した不死鳥によって超高速移動によって発生する圧力から身を守る術としてセーナは利用したのであるが、そもそもそれをあっさりと使いこなしたことがリーヴェにとって最初の驚きであった。だが、すぐにセーナはテレパシーで種明かしをした。
「天上で以前戦ったときに見たのをパクらせてもらったのよ。」
それはセーナにとっては特別なことではなかった。繰り返すが、セーナの見切りは世界屈指である。そして戦うセンスも天性のものがあれば、相手の戦術をコピーすることも何ら不思議ではないのだ。
 しかし、それはそれで良いとして、今度はその壮烈にスパークが発せられている状態が不明であった。しかも明らかに闇のセーナを押し込み、アウロボロスを中断させている。これが最初からできるのであれば、一回目の対峙が何だったのかと文句を言いたいレベルである。だが、とリーヴェはこの現象を見ていて、すぐに気づいた。
「まさか、セーナさん、アルティメイトアウトに、オーバーブーストを重ね掛けしたのですか?!!」
バーストアウトからアルティメイトアウトに至るブーストは、例えるならば川が堰き止められてちょろちょろとしか魔力が出ていなかったところに大穴を開けて大滝のように吹き出させることである。一方、オーバーブーストはその水自体を沸騰させて超出力にすることである。どちらでも体への負荷は大きいが、後者の負荷は持っている魔力が多ければ多いほど壮烈になる。そしてほぼほぼ魔力を帯びていないアルフレッドですら、代償が大きかったのだから、世界屈指の魔力を持つセーナにかかる負荷は想像を絶するものであった。
「無茶です、体が壊れてしまいますよ!」
リーヴェの静止に、構わずセーナは無視して戦い続ける。辛くもセーナの一撃を返されたが、こちらのセーナは更に魔法陣を飛ばされた先に形成し、それを壁としてまた飛んできたのだ。
『ディヴァイン・スピニング・スライサー!!』
一回転して遠心力をも付けた一撃が上段から斬りつける。闇のセーナもまさかすぐに追撃してくるとは思っておらず、ダーインスレイヴを盾にして受け止めた。その壮絶な衝撃に、再び闇のセーナは押されるが、受け止めきり、魔法を放って間合いを取った。だが、すぐにセーナもシューティングスターを放って、闇のセーナに息をつかせようとしなかった。
「なんということ・・・。」
修羅と化したセーナに、リーヴェは言葉が継げずにいた。そんなところに、一つの声がリーヴェに届いた。
「リーヴェさん、セーナのことならば私が援護しているので、しばらくはどうにか持たせます。お気遣いなく、ブライトリング・クエーサーに集中ください。」
その声に、またリーヴェは驚かされたが、それであれば今の異常なまでのセーナの限界を超えた力にも納得がいった。
 セーナの去ったウルズの泉では見通しの良い丘から、セーナを援護する魔法を解き放つ風魔道士がいた。彼こそがライトであった。フォルセティの能力・ヒーリングウィンドでセーナを受ける代償を緩和させていた。とはいえ、ライトの魔力ではそれにも限度があるからこそ、セーナはそれこそ苛烈に攻め上げているわけである。
 「それよ!」
闇の神殿前に展開していたユグドラル十二聖戦士の聖者ヘイムが斧戦士ネールに肩車されつつ閃いて、一人の魔法使いに呼びかけようとした。が、それを察して相手が先を打ってきた。
「無理ですよ。むしろ悪影響になりかねないです。」
風使いセティである。当然、こちらのセティはシレジアの祖となる方である。冷静な返しに、ヘイムが「何でよ!」という視線を返す。どことなく視線がセーナに似ているのは同じ血ゆえなのだろうと、セティも感じながら続ける。
「ヘイムも感じられる通り、こっちのセーナとあのセーナの根本の魔力は同じ。まぁ同位体なのだから当然なのですけどね。」
同位体というのは今戦っている二人のセーナのように、時空線にそれぞれ存在する同一の存在を示す。
「そしてあのように絡み合いながら戦っていれば、区別など付きませんよ。・・・むしろ的確にセーナをフォローしているライトこそ凄まじいと言えるのでしょう。」
「・・・下手をすればあちらのセーナをフォローしかねないと。」
ヘイムも不承不承ながらに納得した。
「むぅぅ、私たちはやっぱり見ているしかないか・・・。」
これに側で静かに聞いていたトードも頷く。
「我々も先程の攻撃で大きく魔力を削られております。下手に手を出さぬが吉かと・・・。」
騎士の中の騎士の言葉に、ヘイムも頷き、闇の神殿一帯は再び待ちに入る。

 その間にいよいよブライトリング・クエーサーもいよいよ安定に入り、リーヴェたちでも制御できるところにまで落ち着いた。
「セーナさん、お待たせしました。クエーサーを放ちます!」
これにセーナも大きく息を吐いて返す。
「お願い、もう身体がもたないわ。着弾までの時間はどうにかするから、早く発射を!」
やはり現在の重ね掛けは相当な負荷をかけていたようで、珍しくセーナが悲鳴を上げていた。状況を察したリーヴぇはすぐに頷き、妹3人を促す。
(クエーサーが発射されれば、一瞬でも意識はそっちに行くはず。そこが勝負所!)
セーナも神経を研ぎ澄ます。
 そしてその時が来た。
『ブライトリング・クエーサー、発射!』
直後、強烈な魔力と光が放射され、天上を一筋の光が駆け巡った。
 これにセーナの読み通り、闇のセーナも一瞬であるが、そちらに集中が切れたのを確認し、仕掛ける。魔方陣に魔力を込めて一気に間合いを詰め、互いに呼吸が確認できるほどまで接近していた。
「何を!?」
さすがに闇のセーナもこちらのセーナが何を仕掛けているのかわかっていなかった。いや、わかるはずがなかった。闇のセーナは経験しようのない攻撃をセーナが繰り出そうとしていたからである。次の瞬間、鈍い感覚を腹部に受けていた。
「やっぱり、この攻撃は予期できなかったようね・・・。私の娘の足癖が悪くて助かったわ・・・。」
気が付くと、セーナの膝蹴りが思いっきり闇のセーナの腹部を抉っていたのだ。しかも自身の膝に魔力を帯びさせて、威力を跳ね上げているわけである。これには元々の肉体はさほど強くない闇のセーナもたまらなかった。
「あなたは早い段階でアウロボロスを宿したが故に子供を作る必要がなかったからね、となるとこれならば効くと思っていたわけよ・・・。それじゃあ、私たちの希望をしっかりと受け止めなさい!」
そういってセーナは改めて魔方陣に魔力を込めると、一気に離脱する。そしてその後方からはブライトリング・クエーサーの猛烈な波動が迫っていた。
「グッ・・・、ふざけないで!」
いまだにセーナの蹴りによって受けた腹痛が気になるが、そうも言っていられずに全ての魔力を込めてクエーサーへアウロボロスで反撃する。そして漆黒の龍とクエーサーの光が激突した。これを受けて凄まじいスピードで迫っていた光が一気に食い止められた。最初こそそれでもクエーサーの圧力に押されていくが、徐々に闇のセーナが盛り返しつつあった。その理由を知り、リーヴェは戦慄する。
「嘘でしょ・・・。」
闇の魔法が盛り返していくたびに、闇のセーナより火花やスパークが発せられているのだ。それが何なのかをリーヴェは理解していた、オーバーブーストであることを。
「やっぱり私ね・・・。」
別の地点に飛んでいたセーナもその変化を理解していた。闇のセーナはアルフレッドとこちらのセーナとの戦いで、直感的にオーバーブーストを理解し、そして窮地に際して実践していた。
「マーニ、聞こえる?私から援護したいから、『アレ』を一旦解除できる?」
セーナがマーニに問いかけると、驚いたような返答が来るものの、セーナは気にせずに続ける。
「確かにこのままでもいけなくはないけれども、クエーサーに影響を与えてしまう恐れがあるわ。」
「了解です。」
そう言って、セーナの前に展開されていたものが解除されると、すぐさま詠唱に入った。そして再びライトの援護が入ったのを確認すると、再びオーバーブーストを発動する。
「あなたがもっとも嫌うものをその背中に打ち込んであげるわ」
『ナーガ!』
そして金色の龍が解き放たれた。
「!?」
闇のセーナが気づいた時はすでに遅かった。その背中にナーガが炸裂すると、壮烈な爆発が起こるとともに、アウロボロスが急速に弱まり、そして正面からクエーサーの光がすべてを飲み込んでいく。
 そしてその延長線上にいるセーナもそれは例外ではない。
「マーニお願い!」
あるものが再び展開され、セーナは星詠みの剣を前に捧げた。

 天上を切り裂いた光の帯が消えていく。多くの英雄たちが結末を固唾をのんで見守るが、その沈黙はすぐに破られることになった。ブライトリング・クエーサー撃ち終わり、息を整えているリーヴェたちに黒き魔法が三筋襲いかかってきた。すでに抵抗する術のないレダ、カナン、サリアの3人が為す術もなく、吹き飛ばされる。
「レダ!カナン!サリア!」
だが、すぐにリーヴェも妹に気に掛ける時間はなかった。気がつくと、その首筋に漆黒の剣が突きつけられ、赤目の、闇のセーナが修羅の表情で、彼女を睨めつけていた。


 それは昔の記憶であった。現世でのアウロボロスとナーガ、竜族、わずかな人類で繰り広げられた激烈な戦いの最終盤であった。
「ユトナ、クエーサーが安定したわ、いける?!」
確認するのは大地母神ミラドナであった。ラグナやガレ、カルバザンが決死の思いで盾となり時間を稼いだ、ブライトリング・クエーサーがようやく完成していた。ミラドナはこれと同時に二重詠唱でアビスゲートを放つ準備も行っていた。
「大丈夫です!」
ユトナの返しに、ミラドナは頷き、ついにその時が来た。
「ラグナ、ガレ、カルバザン、下がってください。クエーサーを発射します。そして直後に、追撃のアビスゲートでアウロボロスを打ち砕きます!」
満身創痍になりながらもラグナは二人とともに下がり、そしてブライトリング・クエーサーが発射され、光の波動はアウロボロスを飲み込んだ。壮烈な爆発と衝撃が辺りを震わせるも、ミラドナは更に追撃のアビスゲートを解き放つ。黒き雷とともに更なる衝撃と振動が世界を大きく震わせることになり、アウロボロスを滅ぼすことまでは叶わずもその力の分断への決定打となったわけである。
 しかしクエーサーとアビスゲートの連続発動でミラドナは魔力を制御しきれず、リーベリア大陸には冥界の魔獣が飛び出すことになり、それがミラドナの最大の悔恨へとつながる・・・。


 ミラドナはその悔恨のきっかけとなった魔法の衝撃によって意識を取り戻しつつあった。そして朧げに見えた視界の先には、黒き剣を突きつけられた孫娘リーヴェがいた。
(リーヴェ!?・・・これは、まさか。)
直後、闇のセーナに異変が訪れた。引き出せるはずの魔力が滞り、これでもかと魔力を乱発してきた代償が彼女に襲い掛かってきたのだ。それもこれも彼女が取り込んでいたミラドナが覚醒したことによる。リーヴェは最初から闇のセーナを打ち倒すのではなく、これを狙っていたのだ。
「ミラドナおばあ様、目を覚ましてくださったのですね?!」
苦悶からダーインスレイヴから解き放たれたリーヴェはすぐに後退しつつも、祖母ミラドナに話しかけ続けた。もちろん援護も忘れない。
『ティアリーライト!』
先ほどの攻撃からまだ立ち直りきっていないが、レダがティリアスを支えにして破邪の聖魔法を解き放つ。先ほどまでのセーナであれば悠々と無視を決め込んだであろうが、セーナの闇を容赦なく抉っていく。これだけではない。
『ティアリーライト!』
ようやく魔法陣に乗って追いついてきたセーナもまた、こちらのミラドナの力を使ってティアリーライトを解き放つ。
(アウロボロス・・・、私は、あの過ちを雪ぐ機会のないまま、さらにほかの世界も壊させるわけには行かない!)
さすがに四柱神に数えられたミラドナの抵抗を、外からの援護を受けた状態で止めることはできなかった。セーナも下手に拘束していることでの内部からの崩壊を防ぐため、ミラドナを解き放った。金色の魔法体がセーナから飛び出ると、リーヴェはすかさずにセーナの方へと促した。そしてセーナは星読みの剣を前に出す。
「そちらの世界のミラドナ、あなたの力でこの剣の力を引き出してちょうだい!二人のミラドナの力があれば、アウロボロスを打ち砕ける!」
その魔法体は人の体を為していなかったが確かに頷いているように見えた。そして星詠みの剣と一体化すると、いつの間にか銀色に輝いていた星詠みの剣が金色の輝きへと変わった。

 「さすがに、まだ運命の鍵までには届かないか・・・。さしずみ幻影の鍵『ミラージュオブフォーチュン』ね。でもこれだけあれば十分。リーヴェたちの力ももらっているしね。」
一方の闇のセーナもミラドナを放出したことで、大きくその力を落としていた。
「・・・やって、くれたわね。」
この間にリーヴェはセーナに後を託し、妹たちを退避させている。この場には二人のセーナと、少し遠巻きにエリミーヌが控えているのみとなった。
「ずいぶんと魔力がシェイプアップされたわね。」
皮肉を言うこちらのセーナであるが、決して優位に立ったわけではない。先ほどのアルティメイトアウトとオーバーブーストの合わせ技で彼女の体も声にならない悲鳴が上がっている状態であるのだ。
(ライト、あと一回、使うから準備していて。)
そう夫に伝えると、セーナは再び闇のセーナへと突撃していく。そこからの戦いは先ほどのし烈さはないものの、それ以上の意地を見せあいの様相を見せていた。その中でもう一つの希望が発露する。

 辛くも闇のセーナからの凶刃から逃れたリーヴェは天上の住民たちに呼びかける。
「皆さん、祈りましょう。私たちの勝利を祈って。」
絶対的な切り札・ブライトリング・クエーサーでも倒せはしなかったものの、闇のセーナが弱体化したこともあり、彼らの思いはひとつになっていた。退避したマルス軍とリーヴェたち、ヴィレッジにいるユリアやティナ、セーナ軍陣地に残るラグナやネクロス、闇の神殿を守る十二聖戦士とカーリュオン、闇のセーナに敗れつつも見守るアルフレッドとマーニ、それを受け止めたかのように天上の台地全体が鳴動を始め、うっすらとではあるが緑色のオーラを発し始めた。
 この光景をナーガはしっかりと見届け、そして瞳を閉じた。
「命を巡る奇跡・ライフストリームが発現した。」
その言葉に、十二神たちは顔を見合わせる。過去のアウロボロスの戦いでも起こりえなかった奇跡が今、この天上に起きることになる。
 天上の大地から緑のオーラが収束し、飛び出すと真っ先にセーナたちのところに飛んで行った。先ほどのミラドナの魔法体のように意思を有しているようにすら見えた。これに最初に気付いたのはエリミーヌであった。
「セーナ様、お気を付けください。」
当然、これが何者であるかはさすがに彼女は知らないでいる。何やら強大な魔力が近づいていることは理解していたが、闇のセーナとの戦いに集中していたこちらのセーナは近づいてくる魔法を見て、それが何なのかを理解した。闇のセーナの斬撃を一度大きく払って間合いを取ると、エリミーヌに返す。
「エリミーヌ、その魔法、ライフストリームを受けて。そして私にその加護を!」
これでエリミーヌも直観的であるが、為すべきことを理解した。ライフストリームもセーナの言葉を理解したようで、軌道を変えてエリミーヌへと向かっていき、ついにぶつかった。しかしなんの衝撃もなく、気が付くとエリミーヌを緑のオーラをまとう状態となっていた。
「これがライフストリーム、何て温かいの・・・」
余韻に浸る間もなくエリミーヌはすぐに手をセーナに向ける。
「セーナ様、受け取ってください天上の思いを!」
そして放たれた緑のオーラがセーナを包み込んだ。
「・・・温かい。」
それがセーナの第一の感想であった。常に最前線で傷だらけになりながらも戦い続けたセーナは気が付くと何かを守ってばかりであった。そんなセーナをようやく守ってくれる存在、それがライフストリームであった。
「もう一人の私、残念だけれどももうこれであなたの勝ちはなくなったわ。このライフストリームはあらゆる攻撃も呪縛も受けることはない。」
言い放つセーナに対して、闇のセーナは笑いながら返す。
「絶対防御、というわけね。じゃあ、これならどう?」
そして瞬間転送して、エリミーヌの背後に移動した。ライフストリームの制御に夢中になっていた彼女は完全に反応が遅れた。こういう手合いは術者を落とせば終わりである、闇のセーナもさすがに戦いを知っていた、だがライフストリームのことについては未知であった。
「無駄よ。」
こちらのセーナの言葉通りに、ダーインスレイブの斬撃は手前で受け止められた。
「ライフストリームは、術者と対象となった相手がその加護を受けられる。もっとも術者はそれ以外のことはできなくなるけどね。・・・これが光の創世神ナーガと大地母神ミラドナが命溢れる世界に施した奇跡・光天の絶対防御魔法ライフストリーム。」
これを受けて、闇のセーナは何も仕掛けなくなった。彼女自身も相当な消耗をしていることからこれ以上の無駄なロスは現実的ではなかった。
「・・・大したものね。最初はこちらが圧倒的であったというのに。なぜ、あなたはここまで戦えるの?」
こうなれば闇のセーナが出来るのは揺さぶりである。興味というのもあるのであろう。ここまでくればセーナも自身の消耗を取り戻すべく、時間を稼ぐのは間違ってはいなかった。
「これだけ戦ってきて気づかない?この世界線はいずれ『大輪の花』を咲かせることができる時空、だからそれを守るべく、私も含めて必死に戦っているのよ。」
そう言ってセーナはちらりとある方向を一瞬だけ視線を移した。その先にはブラギと一緒にいた少女剣士がいた。
「私は明日にならない勝利などいらない。もし負けても明日に繋がるのであれば、喜んで死を選ぶ。そしてこの世界にはそういった物好きが一杯いるのよ。」
「・・・そう。確かに、これだけの執念は私の世界ではなかった。あまりにも私が強くなったからね。」
そう言いながら、闇のセーナは凄みのある笑みを浮かべる。
「そう、この世界もまとめて破壊してしまえばいいのよ。あなたのいう、次に繋がらない世界にしてやれば!」
そして彼女は両手を天に捧げ、一つの魔法の詠唱に入る。こちらのセーナもそれには覚えがあった。
「壊してあげる、黒き雨で!」
ガーゼルの切り札・ブラックレインである。その威力は説明不要であろう。ライフストリームで守れるのがセーナとエリミーヌのみであれば、それ以外を壊せば良い。それがセーナにとっての負けと言い放っているのであるから、闇のセーナがこれを選ぶのは当然であった。だが、こちらのセーナは笑う。
「それが私の望んだ流れだったとしたら・・・。」
詠唱に入った闇のセーナはこちらのセーナの言葉に耳を疑った。気がつくと、セーナは幻影の鍵で円を描き、小さな光の輪が出来つつあった。
「確かに黒き雨は強力だけど、詠唱に時間がかかるのよね。・・・なので使わせてもらうわ、私も、ブライトリングの加護を。」
そう、セーナの幻影の鍵・ミラージュオブフォーチュンになる前の星詠みの剣が銀色に輝いていたのは、ブライトリング・クエーサーの魔力を吸収していたからであった。それが出来たのはマーニの特殊能力・マジカルレンズによって収束させたからである。
 ブライトリング・クエーサーと闇のセーナが放ったアウロボロスが拮抗していたときに、セーナがマーニに話しかけてこのレンズを解除したのは、セーナの放つナーガがレンズによる発散によってクエーサーの減衰を恐れたためである。ナーガが闇のセーナに炸裂した直後、マーニはすぐさまレンズを再起動し、クエーサーの光を星詠みの剣に収束させていたのである。
 だが、セーナの作った輝く光の輪は余りにも小さく、同様にクエーサーを作ることは出来ないものであった。
「残念だけど、このブライトリングはね、色々な効果を持っているのよ。当然私の魔法を遥かに強力にしてくれるようなものもね。・・・あなたが消した私の父が遺した魔法をね。」
『ブライトリング・シューティングスター!』
至近距離からの流星群がブライトリングによって加速し、闇のセーナに襲いかかった。直撃であった。闇のセーナはそのまま地面に叩きつけられるが、こちらのセーナは容赦なく攻撃を続け、次第に巨大なクレーターが形成され、深くなっていく。

 そして幻影の鍵の輝きが収まると、次いでセーナの片手が蒼く光始めた。
「これは?!」
気がつくと一冊の魔導書が握られていた。
(セーナ、あなたの思いが結実したものよ。)
中にいる、こちらの世界のミラドナが語りかける。
「・・・ありがとう。これで・・・勝てる!」
そう言いながら、その魔導書に魔力を委ねていく。

 一方、輝ける流星の直撃を受けた闇のセーナはようやく、受けたダメージから覚醒していた。改めて目を開けて、セーナの方を睨み返そうとしたところでハッとした、澱みのない青空が広がっていたのだ。
「これが、私の導き出した答えよ。」
 天上に住むものは生前に幾度かは見たその空を見て、懐かしさにふけっていた。特にマルスはその感慨が大きいようで、どこか瞳を潤ませているようにも見えた。ブラギとともにいる少女剣士も、静かに頷いた。
「これが『蒼聖』の始まりだったのですね、セーナさん。だから私を送り込んだ・・・。」
彼女の抱える、炎の魔導書も静かに、穏やかに紅く輝いて、セーナを見守っていた。
 「この蒼い空を安らかに見届けられる日々、それが私達が求めるもの。・・・あなたにだってそう思っていた時はあったでしょ?」
それもまたアウロボロスの掲げる絶望と対を為すものである。言われる闇のセーナは、しかし先程のダメージがたたってまだ動けずにいた。
「残念ね。死んでからようやく発現させるなんて・・・。」
とはいえ口は達者であった。
「まったくよ。だからこそ、あなたに解き放てる意味があるというもの。」
そして蒼天がセーナの手に収束していき、蒼い魔法体を形成していく。それを握り、セーナは闇のセーナに解き放つ。
「本当であれば運命の鍵が覚醒していたときの本物をぶつけたかったけどね、今のあなたならばこれで十分。とどめ!」
『ミラージュ・ブルー』
蒼き光球が闇のセーナに届いた直後、流星で巻き上がっていた土煙を吹き飛ばす、蒼い光柱が天に向かって輝いた。

 光が弱まった後、そこには邪気を失ったセーナが横たわっていた。先ほどまでしていた狂気は消え、こうなるとこちらのセーナと同じ人物であるか、ようやく伺えるまでになった。
 セーナは静かに闇のセーナを見つめていたが、ふいに剣をだらりと下げる。それを見ていたエリミーヌも事が終わったと見て、ライフストリームを解いた。
 この瞬間、まさしく刹那の時であった。2つの蒼い光が駆け巡り、エリミーヌのすぐ後ろで二人のセーナが交錯した。そして一振りの剣が空に舞い上がる。
「まさか・・・見切っていたの?!」
剣を吹き飛ばされたのは闇のセーナの方であった。こちらのセーナはそんな言葉を意に介さず、魔法陣に魔力を込め、吹き飛ばしたダーインスレイヴに向かっていった。それだけで闇のセーナは彼女の意図を悟った。
「行かせません!」
エリミーヌもすっかりアーリアルの詠唱を終えて、至近距離から至高の光を解き放った。そう、闇のセーナは二人に完全にハメられていたのだ。
 こうなると今の闇のセーナではエリミーヌのアーリアルを凌ぐので精一杯であった。その間にこちらのセーナは吹き飛ばしたダーインスレイヴを捉え、ある魔法を解き放つ。
(セーナ、こちらの私、短い間ですが、これでお別れです。ケジメとして、私の最後の力でこの剣を破壊します!)
闇のセーナに囚われていたミラドナは決然と伝え、セーナもこちらのミラドナも頷くしかなかった。彼女にはもう守るべき大地は存在しないのだ。
セーナもまた、一気に決着を付けるべくアルティメイトアウトに、オーバーブーストを重ねがけする。
(グッ・・・)
セーナも身体に異変が発生し、思わず呻くが構わずに続ける。
「永久の涙より生まれし光、世界を優しく包みこめ!」
『エターナルティアーズ』
ティアリーライトがさらなる進化を果たした、優しい光はダーインスレイヴを包み込むと、静かに黒き剣を浄化した・・・。

 「なんてこと・・・」
すべてはセーナとエリミーヌが仕掛けたことであった。セーナは相手が己であればこそ、あえてミラージュ・ブルーを放つときに「とどめ」と言って、己が勝つことを宣言したが、それこそブラフであった。彼女自身が勝利を目の前にしたときこそ最大の隙が生じることを理解した人間であり、当然闇のセーナもそこに乗じると考えたからだ。そしてその時に最も確実な策を取るとすればエリミーヌを盾にすることである、己が逆の立場でも間違いなくそうしようとしたからだ。そしてそれをセーナは冷静に見極め、逆に更なる反撃の機会を作り出したのであった。
 そしてアウロボロスは魔力の発露となる媒介を失った。まだ魔力こそ辛くも残っているが、セーナが星詠みの剣を使っていた時のように出せる魔力に限度が出てくるわけである。
「これであなたの勝ちの目はなくなったわ。」
そう言いながら、ゆっくりと近付いてくるこちらのセーナにも変化があった。それを見て、エリミーヌも思わず声をあげそうになったが、辛くも呑み込んだ。あの時のようにセーナから青白い雫のように魔力が漏れ出していたのだ。そう、セーナの中にある魔力の器にヒビが入ったのだ。ただ、まだヒビであり、生前にやったように一気に粉砕されたわけではない。だが、セーナはむしろ楽しむかのようにその魔力を見せびらかす。
「どうやら私も更に次の段階に行くことができるみたいね、見てよ、この溢れている魔力を。」
それを聞いて、エリミーヌは更にブラフをかましていることに気づいた。何しろあちらのセーナは今のこちらのセーナの光景が、命に関わる異常をきたしていることを知らないのだ、いかに闇の神といえども、己の魔力を器を壊してまで挑んでくるものなど皆無だったのだから。
 これが効いたのかわからないが、ふと闇のセーナからの刺々しいまでに発散していた殺気が明らかに和らいだ。それを察してこちらのセーナも、もうひとりのミラドナの加護とブライトリング・クェーサーの力を失った星詠みの剣を下ろした。とはいえ、鞘にはまだ入れないのを見て、思わず闇のセーナも苦笑する。一方で、こちらのセーナはもう片方の手を差し出した。
「どういうつもり・・・。」
闇のセーナが振り絞るかのように出した言葉に、こちらのセーナがようやく笑みを浮かべた。
「同じセーナ同士、手を取って、好きな世界にしてみたいと思わない。」
それを聞いた直後の闇のセーナの顔をエリミーヌは後まで記憶に留めることになる、何か憑き物が落ちたかのように、相対するセーナとまるで鏡を見ていたかのようだったことに。
「そうね・・・。私もあなたのこの世界に対する不満を理解した。・・・二人であれば・・・。」
それこそ互いに死力を尽くして戦った同士であり、言葉はいらなかった。二人は頷くと、それぞれの体が輝き始める。一方で、周りは俄に騒がしくなっていたものの、二人のセーナはそんな騒ぎなど気にすることなく、二人の肉体はついに一つとなった・・・。


 だがそれで終わるわけではないのが、セーナが波乱の宿命の下に生まれた証である。セーナ自身も二人が一つになったことで、刹那、今までにないすさまじい魔力が辺りに放射された。最も近くにいたエリミーヌですら魔法陣を打ち消されて吹き飛ばされたほどである。次の瞬間にはセーナの姿が消えていた。かと思えば、とある方角から凄まじいレベルでの魔力が放射された。間違いなくセーナのものであった。そこに一つの蒼い魔法陣が飛び込んでいくのも見えた。何が起こるか見届けるため、エリミーヌも危険を承知でその空間へと飛び込んでいった。
 先ほどの魔力の放射で、地面は大きく抉られており、中心部には尚も凄まじい魔力を放射しているセーナが唸っていた。
「これはまぎれもなく魔の暴走状態。なるほど、だからあのとき、セーナさんは・・・」
すぐ近くに来ていたのはブラギとともにいた蒼髪の少女であった。エリミーヌの到来に気付いて、彼女は振り向いた。
「エリミーヌさん、これからここは未曾有の魔力が飛び交い危険です・・・。」
見知らぬ間であるはずなのに、少女はエリミーヌを認識していた。
「時間がないので簡潔に。私は未来から来ました、ヴェスティア神帝ルイと申します。これから目の前の魔力の獣と化したセーナさんを抑えつけますので、離れていてください。」
そしてルイから放射された魔力は周辺を本来の次元から強引に切り離した。
(これはアビスゲートのディメンションセパレータと同じ・・・。なんという魔力。)
これによって気兼ねなく魔力を開放できるようになったルイは更なる力を開放する。その魔力は先ほどの闇のセーナ、命を削ってアルティメイトアウトにオーバーブーストを重ね掛けしたこちらのセーナすら凌駕していたようにエリミーヌには見えた。
「魔力には魔力を、セーナさんあなたの教えを今、ここであなたに見せます。・・・一撃で終わらせます。」
そして燃えるように輝く一つの魔導書を取り出した。
 対するセーナも完全に理性を失い、そこら中に魔力を放射し続けていたが、ルイの魔力を感じ取り、敵意を向けた。その有り余る魔力で小さい輝く輪を作り出し、
『ブライトリング・シューティングスター』
無数の流星をルイに向かって放った。先ほど闇のセーナに向けて放ったものとは桁が違う規模であるが、ルイは動じない。
 「いきます、ミカさん!」
紅く輝く魔道書に語りかけ、それに応えるかように魔道書の輝きを増していく。
「命を見守り続けし神の炎よ、光も闇も全てを照らし出せ!」
『神炎、ゴッドブレイズ!』
ルイの手から放たれた炎の渦は己に向かってきた流星を打ち砕きながら真っすぐセーナに向かっていく。これに分散連撃型のシューティングスターでは分が悪いと判断したセーナはすぐに魔法を切り替え、輝く輪を合わせてとんでもない魔法を唱えてきた。
『ブライトリング・アウロボロス』
闇のセーナと同一になったことで、当然ながら一緒にいるアウロボロスもいるわけである。黒き龍と炎の渦が激突し、辺りに壮烈な魔力を拡散する。だが、ルイは笑っていた。
「セーナさん、その程度ですか。」
ルイは一気に決着をつけるべく、持っていた剣に魔力を込めて起動させる。
「これで終わりです。」
『インフィニティ・ゴッドブレイズ』
刹那、炎の渦は勢いを増し、黒き龍を文字通り飲み込んだ。だがセーナとてむざむざと負けない、今度はウォーミンウィンドで凌ぐ。そして次の詠唱が終わると、光り輝く龍が飛び出してきた。
『ブライトリング・ナーガ』
しかし、これだけでも先ほどの闇のセーナ相手になら絶大な効果を発揮したはずなのだろうが、敢えて炎で押してくるルイの前では意味がなかった。金色の龍も瞬く間に炎の渦に呑まれ、そしてついにセーナ自身も炎に包まれた・・・。
「セーナ様!」
叫ぶエリミーヌに、ルイは優しく話しかける。
「心配しないでください。とにかく死なせはしません。死ねば私も存在が消えてしまいますからね。・・・まぁそういった未来も見てはみたいかもしれませんが。」
(さぁセーナさん、お膳立てはしました。後はあなた次第です。)

 暴走が続くセーナの中でも一つの戦いが繰り広げられていた。二人のセーナとミラドナが、セーナの身体の主導権を握るべく暴れるアウロボロスと戦っていたのだ。むしろ表でセーナが暴れているのはこれが要因であった。
 「ようやくアウロボロスを打ち倒せる可能性に会えた・・・。」
アウロボロスと決別し、共闘する元・闇のセーナの独白をこちらのセーナは頷いて聞いていた。
「あなたが戦いを求めて元の世界を戦火に巻き込んだのは、己を倒す可能性を信じていたためでしょ。結局、あなたが強すぎたが故にその芽は潰えてしまい、その結果として別の世界に目を付けた、というわけね。」
これが全ての原因であった。結果として元いた世界はなくなり、こちらの世界も下手をすれば存在が消える瀬戸際になっていたが、セーナたちの奮闘により辛くも防いだと言えよう。
 やがて外でアウロボロスの魔法がルイによって打ち砕かれたことによって、アウロボロスの形成が一段と不利となる。
「いい加減に諦めなさい、アウロボロス。私とてあなたを消すつもりもありません。」
セーナの言葉に、アウロボロスは怪訝に思った。
「なぜ、消さぬ。我は破壊と絶望をもたらすものぞ。」
「それも世界に必要なものだからよ。そうでしょ、ミラドナ様。」
ミラドナも静かに頷く。ここにナーガがいれば首を横に振って、事態を混沌化させたであろうが、ミラドナはアウロボロスの意義も理解していた。以前争ったときはアウロボロスが全てを破壊しようとしたからである。かつてナーガがやりすぎたときはミラドナは本気で戦ったこともあるくらいである。何事も行き過ぎは禁物、ほどよいバランスを保つのが一番というのがミラドナ、そしてセーナの思いであり、そのためにもアウロボロスの力もまた必須なのである。
「残念ながらここのナーガは増長の気がまた出てきています。セーナとラグナが戦っていますが、あなたも知っての通り、全てが揃ったナーガを打ち破ることは今は不可能。その時が来るまでに力を、特にあなたの力が必要なのです。」
ミラドナの思いもよらない言葉にアウロボロスは苦笑する。
「どの世界もナーガも嫌われているものだな。」
 そして外でナーガの魔法も炎の渦に呑みこまれる光景を見たアウロボロスは二人の言うことが偽りではないことを理解した。
「勝手にするがよい。・・・だが、その時が来れば、また貴様の身体をもらおう。」
投げやりに抵抗をやめたアウロボロスに、二人のセーナは苦笑して見つめあった。持っている力の割に素直なところがあるのがアウロボロスの良いところであると、ミラドナが言っていた通りであった。さすがにセーナ二人に、ミラドナが相手では勝ち目もないのも明らかであった。

 やがて抵抗を続けていたセーナはルイとの戦いで大量の魔力を消耗した結果、一時は突き破っていたナーガの鎖に再び捉えられた。これにより出力を無理矢理抑えられたセーナは暴走状態からも解放され、内部での抗争も終息したことからかつてのセーナの人格を取り戻すことにも成功した。それだけでもない。もう一人のセーナとアウロボロスの力を手に入れ、制御下に入れたたことで、彼女自身が新たな境地『トワイライト』へと達することになった。
 バーストアウトからアルティメイトアウトにかけて段々と淡色化していた髪も普段と同じ色に戻り、一見すると進化が戻ったようにみられるが、それこそ前2段階にかけて渦巻く魔力を完全に制御できた状態を意味している。闇のセーナとの戦いで傷ついた魔力の器ももう一人のセーナの器を合わせたことで修復ができたのであろう。すっかり魔力が漏出することはなくなっていた。
 「エリミーヌ、ありがとう、あなたがいなかったら、私も勝てなかったわ。」
頭を撫でるセーナの優しい声に、今までの厳しい戦いから解放されたエリミーヌは緊張の糸が解けて一気に泣き崩れてセーナに抱きついていた。素直を絵に描いたようなエリミーヌにとって、最後の局面での闇のセーナを欺いて隙を見せたのは一世一代の勝負であったから、なお無理もなかった。そんな彼女の頭を優しく頭を撫でながら、セーナは顔をルイに向けた。
「あなたもありがとう。それにしてもさすが、私たちの時空の『大輪の花』ね・・・。」
ルイがいなければ、暴走するセーナの魔力によって天上はもとい、この時空は破壊しつくされていたであろう。まさしく救世主であったが、やっていることは時空への介入そのものである。
「いいえ、それは違います。皆さんの決意・決断が私を動かし、それに従ったまでです、私の力も決して自分の意志だけで動かすことはしてはなりませんから。」
強大な力を持っているがゆえに、強い自制の念を感じたセーナはルイの言葉に頷いた。
「それよりもその力を使って、まだある脅威を取り去りましょう!二人のセーナさんが踏みとどまっていますが、分が宜しくないようですので。」
「そうね・・・。急ぎましょう、エリミーヌ、もう少しだけ手伝ってちょうだい。」
そしてこの三人が駆け付けたことで、新たに来ていた脅威も終わり、この時空は自分たちで歩き始めることとなった・・・。


 この天上の混乱は実は現世をいきるものの一部も感じ取っていた。その一人はこの世界のアウロボロスを宿したエレナである。今はアリティア・フォーゲラングを拠点に、家族と穏やかな時を過ごしているが、そのうち起きるであろうヴェスティアの混乱を想定し、水面下では色々と探っていたがゆえに天上の異変も察知していた。それだけ壮烈な魔力の応酬だったわけである。
(何やら母上の魔力を久しぶりに感じたな、また一段と強くなっているんでしょうね・・・。)
エレナは在りし日の母を思い浮かべ、穏やかな瞳もうっすらと潤んでいたように見えた。
 またもう一人がヴェスティア宮殿にいた。半年前の闇のセーナが原因で引き起こした悲劇で精神的に参ってしまった夫アルドの介抱を続けていたミルのもとに一人の少女が駆け込んできた。聞けば、この世界ではないどこかでとてつもない魔力がぶつかっているのだという。それこそがセーナたちの戦いのものであるのだが、彼女はセーナたちの魔力を知らない。一方、ミルはそこまでの魔力感応力はないが、若いころから優れていた直感は健在で確かに何かが起きていることを察知し、その少女を落ち着かせた。やがてミルにも懐かしい魔力を感じられると、胸騒ぎのようなものも収まり、合わせて少女も静かに顔を上げた。
「ね、もう大丈夫よ。」
ミルの優しい言葉に少女は感謝し、部屋を後にしていった、彼女の名はアテナと言った。アルドの弟にしてシレジアのクレストの長女であったが、優れた資質にほれ込んだアルドが己の養女にしたほどの才女である。
「セーナ様に、そして母上、ずっと見守っていてください。・・・もうすぐヴェスティアはまた嵐に入ります。」
そして静かに瞳を閉じて、一時の休みに入った。
最終更新:2022年05月05日 19:25