「同じセーナ同士、手を取って、好きな世界にしてみたいと思わない。」
二人のセーナが手を取り合おうとしていたこの瞬間、彼女たち目掛けて一つの魔法弾が襲いかかってきていた。ここに一人の女性が割り入り、その剣の力を解放することで魔法弾を弾き飛ばした。
「ほぉ、冥の力か。・・・そしてお前が、この時空に迷い込んだ3人目のセーナか。」
割って入ったのはいつの間にやら姿を消していたはずの黒目のセーナであった。しかもなぜか全身がずぶ濡れになっているが、魔法弾を放った主はそこには一切触れない。
「あなたこそ、噂に聞いている『時空の監視者』ね。ハデスからは怠け者とは聞いていたけれども、こんな時空に何のようかしら。」
この間に、こちらのセーナと闇のセーナは一つとなり、強烈な魔力を放出しながら、別の地点へと飛んでいった。エリミーヌもこちらに気に掛ける間もなく、すぐに追いかけていったことで、ここは黒目のセーナと二人だけになった。
「お前は今、とんでもないことをさせてしまったのだぞ。」
「あの二人の合体のこと?そもそも出来ること自体おかしいから、あなたが出てきたのでしょ。・・・いえ、それだけではない、私もここにいられることもかしらね」
なぜかこの黒目のセーナは相手のことをよく理解していた。
「そうでしょ、メビウス。」
呼ばれたメビウスは苦虫を噛みしめる。
「お前、どこまでハデスから。」
「冥界の覇王さんだけではないわ、あなたの知り合いはもうひとりいるでしょ。」
更にメビウスの顔が苦渋に染まる。
「・・・ブラギの爺か。」
直後、黒目のセーナの隣に、そのブラギが魔法陣で飛んできた。
「メビウス、お主が特定の時空に乗り込んでくるとはの。」
温和なブラギも皮肉を言う辺り、ハデスの言う怠け者というのは本当なのだろう。
「黙れ、ブラギ。お前こそこの時空の乱立を見過ごしておいて、何を言う!」
「わしは時空に生きるものの選択を尊重するまでだ。それにわしに時空を間引きする権限はないのでな。」
ブラギの言葉に、メビウスは唇を噛む。
「小賢しいことを。ならばこの力を以て、他時空への干渉のおそれのあるこの時空は『消去』させてもらう。」
片手を上げて、その手に魔力を込めようとした刹那、一筋の赤き剣筋をメビウスに襲いかかった。辛く避けることに成功し、その剣筋を放った相手を睨みつける。気がつけば、黒目のセーナの隣に居座っていた。その姿は先程、二人のセーナが戦っていた片方、赤目の、闇のセーナと同一人物が立っていた。
「あなたも・・・いえ、あなたはさっきの私とは違う・・・。」
黒目のセーナの言葉に、赤目のセーナが頷く。
「そう、私もアウロボロスも宿した者。本当ならばもっと早く来たかったけれども、さすがにアウロボロス同士をぶつけるわけにはいかないからね。」
そう、ここに遅れてやってきたセーナもアウロボロスと共に生きることを選択したセーナであった。だが、その経緯は先程のセーナとは異なるらしい。後で知ることになるが、彼女はこちらの歴史で言うところの、セーナの兄・シグルド2世夫婦と戦ったヴェスティア決戦において和解を果たした時空を進んだという。それゆえにアウロボロスとの邂逅が、先程のセーナに比べて遅いことから人格の支配まで受けておらず、むしろこのセーナがアウロボロスを実質取り込んでいる状態であった。
ともあれ、今度は黒と赤のセーナが共闘することになるが、更に二筋の蒼と、一筋の金色の光が合流してきた。この時空のセーナと、このセーナと戦ったルイ、そしてエリミーヌであった。
「ざっくりとではあるが、あなたが誰なのかはわかったわ。・・・あなたの失態で壊されかけたこの時空をあなた自身が壊そうというのね。」
「貴様、一言多いぞ・・・。」
メビウスはますます苦虫を噛み締める顔となった。一方で、セーナは先ほどの戦いでも見せた、蒼き不死鳥をまとい、戦闘態勢に入る。
「どのみちそのまま帰るつもりがないのなら、」
そして魔法陣に魔力を込め、疑似瞬間転送でメビウスの背後を取り、懐にあった投擲用の手剣を投げつける。すでに魔力が通じないことを察し、ならばと物理を試したのだ。
(いかん!)
ブラギは思わず叫びそうになったが、それ以上の介入はできない。メビウスの後頭部に手剣が突き刺さる直前、ふとセーナが投げたものと同じ手剣が生成されたかと思えば、二つの手剣が交錯した瞬間に強烈な爆発が突き抜けた。これにはセーナも驚き、思わず後退するが、肝心のメビウスもあまりにも直近での爆発に怯んでいた。
「あれがあ奴の最大の武器、アンチマターバリア。魔力が同じ土俵に乗れない以上、物理のみ対策すればよいのだから楽なものじゃな。」
ブラギはあっさりとメビウスの戦術を漏らす。一連のやり取りからしても彼はメビウスに対して信用していないことがわかる。
(しかしあ奴、セーナ相手とはいえあっさりと背後を取られたことと言い、自身もつい対消滅の爆発に巻き込まれたことと言い、相当怠けておったな。)
そして対抗するのは己自身にも打ち勝った、戦の化身といってもいいセーナである。
案の定、セーナはすぐにメビウスの特性を理解した。二人のセーナにも視線を配り、頷いたことで三人の中で戦術は決まった。魔力が利かない、物理も下手に仕掛けようならば自身も粉々になる相手にどう戦うというのか。
そして、ルイには二つ、重要な役割が出来ていた。セーナが三人がかりでメビウスを翻弄しているのを見ながらある人物のところに向かっていた。その先がマルスであった。
「これ以上、セーナたちだけに任せていてはいけない。」
誰よりも責任感の強いマルスからすれば先ほどのセーナ同士の戦いこそ足手まといになりかねないと自重していたが、やはり忸怩たる思いが強かったのだろう。ましてや今度はこの世界線が丸ごと消えかねない事態に、黙ることはできずにいた。
そんなマルスの足元目掛けて、高速な火球が飛んできた。
「マルス様!」
勘付いたシーダの一言で我に返り、避けることができたが、これでマルス含めて周りが一気に騒然となった。更に彼らはその攻撃元を見て愕然としたのだった。先ほどセーナとともに現れたルイだったからだ。
「君はさっき、セーナと一緒に来た・・・。」
「マルス様、荒っぽいお願いですみません。どうかその力を解放せず、見守っていてください。」
ルイの言葉に、マルスは何も言い返せずにいた。
実はマルス、アルフレッドと同様、いや彼すら置き去りにする境地オーバードライヴに達していた。その気になれば、さっきの闇のセーナすら「圧倒」できる力を有していた。しかしそれだけの重大なリスクも当然秘めている。アルフレッドも現時点でも戦闘不能状態が続いているのであるが、マルスのオーバードライヴに至っては今後快復する見込みがないほどの重度のもので、命を失いかねないという。文字通り、荒ぶる魔力が魂と肉体を削るものである。たとえ時空を救えたとしてもマルスが戦闘不能となれば、彼を敬愛するセーナへの影響も大きく、のちの時空改変に繋がってしまうのである。それはその果てにあるルイの消滅も意味する。
「だが、時空が消えてしまっては元も子も・・・。」
一方でマルスの懸念ももっともである。しかしルイは笑って返す。
「ご心配なく、すでにセーナさんが対策を考えられました。それにもし時空ごとやられれば、私は存在できませんから。」
時空ごと消されれば過去も今も未来もまとめて消されることを意味しており、それは詭弁ではあるが、マルスもルイの言を不思議と信じた。何よりも先ほどの笑みに完全に引き込まれていたのだ。彼女もまたマルスやセーナに匹敵する、いやそれ以上の英雄である。そしてマルスこそその英雄たちの祖である。悠然と構えるのもまた必要というわけである。
「・・・わかった。君たちにすべて任せるよ。」
マルスの腹も括った。これにルイは静かに頭を下げ、次の役割をこなしに戻っていった。
一方、セーナ三人とメビウスの戦いは、苛烈な展開に入っていた。
「もともと貴様らの時空は普通ならば消滅させられていたのを、温情で『リセット』で済ませたというのに、その温情に振り回されるとはな・・・。」
「そんなの知らないわよ!って言いたいけれども、世界各地に残っていた遺跡の残照がそれのことね。」
かつて世界を制した古代帝国。北大陸のサカ部族が辛うじてその時の伝承をわずかに引き継いでいるが、桁違いな科学力を持っていたという。
「その時空の中で盛り上がっていれば良いものを、よりにもよって時空にも手を出し始めたからな。」
「だから滅ぼした、エインシャントで。」
サカに伝わる伝承は二つのみ、彼らが古代帝国に最後に抵抗した勢力であったことと、古代帝国が一夜にして滅び、それにより人類が滅亡の危機に瀕したことである。その時に用いたのがラオウの使う魔法エインシャントであった。
「本当に貴様は知りすぎるな。」
「そしてそれで私たちも滅ぼすのでしょう。」
メビウスを両の手を天に向けると、空の彼方から巨大な火球が凄まじい速度で迫ってきていた。それは先ほど闇のセーナとの戦いでラオウが放ったものとは大きさも速度も別格に見えた。
「さぁ世界をリセットさせたこの魔法を凌いで見せよ!」
だが、三人のセーナは笑う。まずは赤目のセーナが魔力を込めて、アウロボロスを解き放つ。これもまた先ほどの闇のセーナとはレベルが違った。
「闇の破壊神の力を舐めないでもらいたいわ。」
『アブソリュート・アウロボロス』
漆黒の竜が迫りくる火球とぶつかり、粉砕した。だが、思いのほか脆いのか、それなりの大きさの火球が四方に飛び散ることになった。
「かつての古代文明と同じ道を歩んでおるな。」
だがこちらのセーナは笑う。
「それくらい、こちらも想定しているわよ。いちいち煩いわね。」
セーナは大地母神ミラドナの魔力を、力を失った星詠みの剣に込めて、再びミラージュ・オブ・フォーチュンとすると、蒼いオーラが彼女を包み込む。
『ミラージュ・ブルースフィア』
直後、天上の空気が濃くなった。これにより摩擦力が高まり、大半の火球は燃え尽きて消滅した。残る火球もワープが使える二人のセーナが回れば、先ほどの闇のセーナの戦いのようにそれぞれの神器で十分対応が可能である。
「さて、これで終わったわ・・・。次はどうするの?私たちごと消しますか?」
こちらのセーナは相変わらずメビウスを煽るのをやめない。その意図がわかってはいながらも、ブラギはハラハラしっぱなしであった。
そしてメビウスもあっさりとその挑発に乗る。
「良かろう。ならば、予定通り、今度こそ時空ごと消してやることにしよう。…後ろで何やら控えているみたいだしな。」
さすがに、メビウスも目は節穴ではない。3人のセーナが時間稼ぎしていたことの理由を理解していた。彼女たちの背後では静かに魔力を注ぐルイの姿があった。メビウスは手に魔力を込めると、漆黒の魔力体が形成される。
「これは普通の魔法ではない。その時空に触れれば瞬く間に今も、過去も、未来も全て崩壊する時空削除の魔法だ。」
「さっさとそれを放っていれば、面倒な手を踏まなかったものを。」
セーナは相変わらず口が止まらなかった。一方で、連戦による疲れもあり、いつの間にやらバーストアウトまで状態が落ち、放たれる魔力も精彩を欠きつつあった。他二人のセーナももちろんそれには気付いているが、メビウスの魔法にはどうしようもないのか、自ら動く気はないようである。しかし、その表情には笑みが浮かんでいる。
一方のメビウスもさすがに怠けていても、間抜けではない。奥に控えているルイを目聡く見つけていた。
(この『時空の方』を引いたか。)
「小賢しいことを。」
と言いつつも、内心でニッと笑うメビウスの変化を、ブラギも見切った。
直後、3人のセーナの背後で隠れていたルイの詠唱が終わり、強大な火球がメビウスに向かって放たれる。負けじとメビウスも漆黒の魔法体を解き放つ。
『イレイズ』
2つの魔法が交錯するや否や、ルイの放った火球は雲散霧消してしまう。
「やっぱりファイアではダメか。」
苦笑しつつも冷静にルイは漆黒の魔法体を避けた。そしてその背後に控えていた魔法陣に向かっていく。そう、罠は二重に仕掛けられていたのだ。
『ブライトリング・ホール』
リーヴェ達が再び輝く輪を生成して、漆黒の魔法体を飲み込んだかと思えば、すぐに次のアクションを起こす。
『ブライトリング・キャノン!』
四人が手を上げると、今飲み込んだばかりの漆黒の魔法体が打ち出された。
これだけではない。いつの間にか視界から消えていた三人のセーナはそれぞれの魔法陣に魔力を込めつつ、各々の方角から得物を掲げて、輝く輪の目の前で空間を切り裂いた。青、赤、黒、それぞれの線が三角形を形成し、それが高速回転するところに、打ち出されたばかりの漆黒の魔法体が潜り抜ける。
『トライスター・ブースター』
ブースターとなった三角形を潜り抜けた魔法体は速度を桁違いに増し、狙いを過たずメビウスに襲いかかった。この速さに、完全に虚をつかれたメビウスもアンチマターバリアを発動しきれずにいた。
「愚かかもしれないけれども、これが穏やかなる青空を見るために戦い続けた私たちの覚悟よ!輝かしい未来とか、過去を守るとかそんな高尚なもののために戦ってきたんじゃないの!」
セーナの叫びにメビウスは唇を噛んだが、すでに手を施す時間はなかった。漆黒の魔法体・イレイズがメビウスに炸裂し、その存在を消すと誰もが思った瞬間、その寸前で一つの魔力の門が開き、魔法体を吸い込んでいった。
「何っ?!」
驚くセーナたちに、その門は球体の形になったかと思えば、空へと上がり、そして天を覆うかのように広がっていった。
「メビウスを逆に消そうという試みは見事であった。この時空に生きるものたちよ・・・。」
姿は見えないが、どこからか声は響いている。
「あいつの上司がようやく登場といったところかしら。」
不敵につぶやくセーナに、メビウスが怒鳴る。
「お前たち、誰にものを言っておる。全知全能を司るヴォーダンだぞ!」
「ヴォーダン?初めて聞いたわ。」
全知全能の存在と聞いても、セーナは変わらなかったが、にわかに戦闘態勢は緩めていた。本能的にヴォーダンの言葉に不思議な親近感が湧いたからである。
「当たり前だ。我らはそこのブラギの爺とともに時空の管理をする身だ。おいそれと特定の時空になど介入せん。」
事実上の敗北という屈辱を味わされていたメビウスがなぜか饒舌であった。
「メビウス、少し黙ることだ。今回はお前の失態が元なのだからな。」
ヴォーダンの声がメビウスを射すくめ、ようやく静かになった。
「この時空に生きるものたちよ、まずはこのものの怠慢により要らぬ迷惑をかけた。メビウスを管理するものとして、詫びる。」
ヴォーダンの率直な謝罪に、ようやく場の空気が落ち着いた。
「一方で、メビウスの言うように、その結果としてこの時空にて、他の時空に干渉せん力が勃興してしまった事実も拭うことはできない。」
これにブラギが出てきて言う。
「ヴォーダン、お主まさか」
「ブラギ、最後まで聞け。元々もまた、メビウスが時空制御のためにばら撒いた『時空を跨ぐ力』を放っておいたのが原因だ。」
『時空を跨ぐ力』というのは言わば『時空剣』のことである。そう、アルフレッドたち一族が継承してきたこの力はメビウスが由来であったのだ。
「その力も各時空に広まってしまったことから、もはや回収も叶うまい。そこでだ・・・」
「この時空を含め、今回の儀に絡んだ時空を我らの管理から外し、勝手にやってもらうものとすることで互いに無かったことにしたい。」
つまり、簡単にいうと今、目の前にいる3人のセーナの出身の時空間で移動は自由とし、一方で自分たちの時空は自分たちで守れということである。
「もちろん、我らが依然管理する時空へ来るというのであれば、それは我らへの宣戦布告とみなし、今度はメビウスが四の五を言わず、そなたらの時空をイレイズしよう。もちろん我らの管理する時空からそなたらへの時空を犯そうとするものもいるのであればそこは介入しよう。」
ここでようやくセーナも口を挟む。
「・・・そしてそれを断れば、あなたたちへの戦いの継続という意志ということで」
「そう、先ほどメビウスに返そうとしたイレイズをそなたらの時空に炸裂させよう。」
丁寧に言ってはいるが、手を焼くレベルに達した時空は好きにさせるのがヴォーダンの意向なのだろう。
これにセーナは他2人のセーナ、そしてルイと視線で会話し、天に頷いた。
「いいわ、それで。怠けものの監視者よりも私たちでこの世界を見ていく方がやりがいはあるもの。」
ヴォーダンの頷いたような音が天上に響いた。先ほどのイレイズを取り込んで、天上に広がっていた魔力の門がゆっくりと閉まり始める。
「でも、一つだけお願いがあるわ。」
その言葉に閉まり始めていた門が一旦止まった。
「今、私の中にいるもう一つの、アウロボロスに囚われた私の時空から派生した時空もこちらに入れて欲しい。」
闇のセーナの時空はアルドの機略によって崩壊したが、それによってセーナがシレジア時代に死んだ場合の時空が新たに生まれていた。この3人のセーナの時空との直接的な関連はないが、闇のセーナを取り込んだ、こちらのセーナからすれば姉妹のような存在の時空である。メビウスの直下に置きたくないのがセーナの本音である。
「貴様ら、ヴォーダンと話が出来るからと言って、いい加減にしろ!」
ギリギリまでプライドを傷つけてくるセーナに、メビウスは怒り心頭であった。が、再びヴォーダンから無言の圧力を受けて押し黙る。
「良い。であれば、一つ条件をこちらも呑んでほしい。・・・今回の件、我らの存在もあまり多くのものの記憶に残したくはない。いかに死後のものが集まった天上であってもだ。そこでそなたらの記録と記憶の整理を行わせてもらいたい。」
実際に先の人流戦役終盤では生死の境を超えた戦いとなっていたことからも、ヴォーダンの懸念もわかった。だが、一方でそれは疑念が残る。
「それでは私たちの約束も消え去ってしまうのではないの。」
もっともであった。
「わかっておる。まずそこにおるブラギ、そしてそこの宮殿でくつろいでいるナーガには記録を残し、証人とする。さらに、時空に生きるものたちからも一人、今回の件を継承してもらおう。」
セーナは思わず一人だけ、と唸りかけたが黙った。まだイレイズを取り込んだ門は閉まっていないのだ。一同は顔を見ましたが、一人決然とした表情で返す。ルイであった。
「私がその継承、引き受けましょう。おそらくそのために『私が来させられた』のでしょうから。」
後半の言い様に三人のセーナは疑問を持ったが、ふとヴォーダンが笑みを受けべたような声が漏れた。セーナたちも否という理由はない。彼女が未来からきているということは少なくともその間の継承は担保されるわけであるからだ。
「私はこの時空の、1000年後にある神ヴェスティア帝国・神帝、そして四柱神が現世神のルイです。その儀、この私に引き受けさせてもらえないでしょうか。」
「良い。ではこの話は成立である。・・・この門が閉じた瞬間に、時空をメビウスの介入前に戻し、我らが介入しなかった形とする記憶に改める。」
上空の門が加速度的に閉まっていった。
「では、この場に集ったものたちよ、我はそなたらの勇気と結束に敬意を払おう。」
そして門が開き、強大な光が辺りを包み込んだ。
ヴォーダンによる過去の改変が行われ、ヴォーダンとメビウスは登場せず、闇のセーナを取り込んだセーナの暴走をルイと、新たに表れた赤目のセーナが抑え込んだというものに摺り替えられた。もちろんルイは、改変前の事実は残っている。短い間だが、重複する時間軸の記憶を持ったことによる戸惑いはあったが、それもすぐに柔軟な彼女は対応できた。
すべてが終わり、天上からもつながる時空の結節点、時の最果てにて、一同はそれぞれの時空に帰ることとなった。3人のセーナはそれぞれ、どこか釈然としないものを感じていたようだが、拳を合わせただけで多くを語らずにそそくさと戻っていった。
一方、未来から来たルイも、共に連れてきた未来の時空剣の継承者も戻る。
「あなたが来てくれなかったら、私は暴走したまま天上を破壊尽くしていたでしょうからね。助かったわ。」
「そうでないと私も存在できませんから、お互い様です。少なくとも、私たちの時代のセーナさんに良い話が出来ます。」
ヴォーダンとの会話にもあった通り、彼女がここに来たのは未来のセーナに言われたからである。未来の彼女が介入することもできなくはなかったが、それでは同一時間軸上の同一な存在が重複してしまうという事態に陥ることから、時空が全力で排除しにかかるわけである。余談だが、この時代の時空でもその現象に苦しんでいる人物が一人いる。
「セーナさん、どうか世界を見守りください。」
セーナもルイがいる時点で楽しい未来が来ていることは想像できたので、敢えて未来がどうなっているかは聞かなかった。聞いてしまえばそれこそ未来が変わりかねないからだ。だからこそ二人も決して多くを語らないまま、最後には頷きあっただけでルイは未来へと帰っていった。そして彼女が消えたあと、思わず呟いて、同伴したブラギの背に汗を噴き出させた。
「未来でルイが来たら、今、私の中にあるもやもやの原因を聞き出してやるんだから。」
そして1000年後の時の最果て、ルイが戻ってくると、そこには手ぐすねを引いて待っていたセーナがすぐさま、剣を抜いた。
「さぁ、ルイ、何があったのかを全て教えてもらうわよ!」
実力行使も辞さないという、未来のセーナに対してルイは顔が引きつっていた。すぐに同伴している時空剣の継承者に顔を向けて、悲鳴のようにいった。
「マーニ!すぐにヴェスティアに戻りましょ!・・・セーナさん、私は1000年前の対応で疲れているので帰らせていただきますね♪」
マーニも苦笑して、すぐに対応した。
時の最果てはすぐにセーナだけとなった。
「全く逃げ足だけは早いのだから。」
その手に握られていた剣は、確かにルイのものと同じものであった・・・。
「全く、全知全能と言っても、さすがに男の真似をするのは面倒臭いわね。」
セーナの時空への対処を終えたヴォーダンはメビウスを一通り叱責した後に、ようやく落ち着きを取り戻した。その姿は、まさしくセーナと瓜二つであった。
「あの時空は、あとはブラギに任せておけばいいわ。どうせ時空を飛び回れるものなど、そうは出てこないのだから。」
セーナとは異なる金色の瞳を輝かせて、ヴォーダンは再び退屈な、時空管理の任に戻った。
最終更新:2023年02月05日 23:27