セネー海を横断していたシーライオンにウエルト大陸がついに目の前に見えてきた。
「おい、じじい。もうすぐソラの港だぜ。軍を下ろす準備をさせておけよ。」
ホームズがリュナンの右腕であるオイゲンに命令する。
「フン、言われんでもやっとるぞ。まったく若造が生意気な・・・。」
「なんだと。」
オイゲンとホームズの口喧嘩はセネー海を横断していたシーライオンではもう恒例となっていた。そしていつもそれを収めるのがリュナンであった。そう、今回も・・・。
「二人ともいいかげんにするんだ!これでもう17回目じゃないか。」
さすがに怒りのこもるリュナンの言葉に二人は静かになった。
「リュナン様、申し訳ございませんでした。」
「すまん、リュナン。」
いつも通り、ここで二人の争いは終わって二人ともそれぞれの持ち場にもどった。ただしホームズはすることがないので、たいていはシゲンに絡みに行く。

そして、ついにソラの港に着いたのである。しかし仮にも海賊船が接近してきたため、市街地は閑散としているようだ。
「リュナン、なんとかして軍備を整えろよ。俺はその間にこの辺の海賊を抑えて制海権を確保しておくからな。」
「ありがとう、ホームズ。すべてが終わったら二人で旅にでてみたいな。」
「ああ、それじゃーリュナン、俺達はそろそろ行くぜ。じじいに何て言われるかわからないからな。ガロのことも頼んだぜ。」
そう言ってホームズを乗せたシーライオンは北のイスラ島方面に向かって出発していった。なおガロはホームズのシーライオンに所属していた海賊でまだ若手のクライスやアーキスよりも腕っ節の斧戦士であった。何かあったときに備えて、ホームズがリュナン軍に貸したのであった。さてソラの港に上陸したリュナンたちはひとまずウエルト王国の内情をしるために情報を集めていた。しかしその内容は予想とは全く異なる内容であった。この王国の宰相コッダが独裁をしている、と町の人々は言っていたのだ。まだ確証はないものの、この情報はリュナン達を不安にさせた。時を同じくして、ソラの港の西より二人の騎士が何かから逃げるように走っていた。それはまさしくウエルト王女のサーシャとその側近・ケイトであった。彼女達の後方には謎の部隊が二人を捕らえようと追跡していた。その中には渦中の宰相コッダもいた。一方のリュナン軍は情報収集を終えて、市街地の出口である跳ね橋の前に集結中であった。リュナンもまた市民から洗練された鉄の剣を受け取り、跳ね橋に着いていた。そんなリュナンの目にサーシャ達の姿が入ってきた。
「オイゲン、彼女達はどうしたんだ?どうやら後続の部隊に追われているみたいだが、助けてあげられないだろうか?」
「リュナン様、残念ながらこの跳ね橋は特定の時にならないと下がらないのです。もうそろそろ下がるようなので、クライスとアーキスの騎馬部隊に出撃の準備をさせておきましょう。そして橋が下がった時に一気に敵を蹴散らしましょう。リュナン様も準備しておいてください。」
「わかった、そうしよう。」
リュナンは父から譲られたレイピアの手入れを始めた。これは小さいために攻撃力こそ少ないものの、剣の中でももっとも優れた敏捷性を持ち合わせているために、アーマーへの精密な攻撃、馬上騎士への正確かつ強力な突き攻撃をこなすことができる優秀な剣である。そしてついに跳ね橋が下がった。打ち合わせどおりにクライスとアーキスの騎馬部隊が敵軍に突撃した。戦闘直前にコッダは王宮に戻っていて、コッダの近衛・ルースが攻撃していた。ルース部隊の前衛はすでにサーシャ達に届いていたが、ケイトの決死の守りに攻撃を突き通せずにいた。そんなところに未知の精鋭騎馬部隊の突撃を襲ったのであった。ルース軍の前衛は一気に撃破された。一瞬の変化にサーシャ達も当惑していた。
「ケイト、彼らは一体、誰なの?」
「あっ!あの旗を見てください。青い聖竜の紋章です。」
「で、でもリーヴェ王国はラゼリアも残して滅んで、そのラゼリアもグラナダに・・。まさかリュナン公子がウエルトに来ているの?」
「私にはわかりませんが、グラナダの陥落はグラムを通過したときに小耳に挟んでいました。残っていたのはグラナダの領主・ヴァルス提督だけだったそうです。」
二人の疑問が解けたときに、その本人が姿を現した。
「大丈夫ですか?」
「えっ、ハイ!ありがとうございます、リュナン様。」
「えっ、どうして僕の名前を?」
二人の会話にオイゲンが口を挟んだ。
「リュナン様、ひとまず我らも敵軍の本隊を蹴散らしましょう。クライス達だけでは不安ですので・・・。」
「そうだな、それじゃー、一旦戦いが終わったらまた話そう。」
「あっ、待ってください。」
と言ったが、リュナンはすでに軍を指揮することに集中していた。サーシャはそんな彼の真剣さを感じ取り、戦闘が終わるまで待つことにした。戦況は一時、ルース本隊の到着により怯んだクライス、アーキス隊であったが、リュナン・ガロなどの歩兵の合流により戦況を戻して、そのまま押し切ることに成功した。

戦闘の後処理をこなしたリュナンはようやくサーシャ達と再会した。
「リュナン様、助けていただいてありがとうございました。」
サーシャが先にリュナンに向かってお礼をした。
「ああ、それは構わないけど、どうして僕の名前を?」
「リュナン様、覚えていないのですか?彼女はウエルト王国のサーシャ王女ですよ。5年前にあったではありませんか。」
オイゲンの言葉にすべてがわかったかのようにリュナンは反応した。
「ああ、サーシャ王女か。ごめん、5年前と印象が変わっているから思い出せなかったよ。」
「いえ、気にすることはありません。私も青い聖竜の紋章を見てからリュナン様に会ったので、わかりましたから。」
「でもどうして君が奴らに追われていたの?ソラの港では政情不安がささやかれていたけれど、もしかして本当なの?」
リュナンの問いにサーシャは詳細まで細かく答えた。その内容は、宰相コッダが彼女の母であるリーザ王妃を軟禁して、あれこれと理由をつけて圧政をしていた。リーザは尽忠派のマーロン卿に助けてもらおうと、サーシャとケイトをヴェルジュに向かわせた途中であった。リュナンは事情を知り、マーロン伯のいるヴェルジュに軍を進めたのであった。一方のヴェルジュではサーシャ救助のために出陣しようとしていたラフィンのもとにサーシャ本人からの使者が着き、無事にヴェルジェに向かっている、との報告を受け当惑していた。義父マーロンに詳細を聞くと、ラゼリア公国軍に保護されたことがわかった。かれらはリュナンがウエルトに来る理由はわかっていたが、軍の指揮官であるリュナンの能力を見切れずにいた。その間にリュナン軍がヴェルジェに到着した。行軍中にお互いの事情を知ったリュナンとサーシャ、そしてオイゲンがマーロンとラフィンに謁見した。全ての事情を考慮して、マーロン伯はついにウエルト解放のために立ち上がることになった。しかしマーロン伯の後方にはトーラス村を襲う山賊が脅威であった。彼らを潰しておかなければヴェルジェを発つことができないことを知ったリュナンは進んでトーラス山賊の討伐に協力することになった。なおサーシャとケイトは山賊討伐後は彼女達がウエルト解放のための主役になる。そのことを考慮したリュナンは二人を今回の戦いに参加させずに休息を取らせることにした。

次の日、リュナン軍と、ラフィンと義妹エステルらヴェルジュ軍の混合部隊はトーラス村の北部に到着した。しかし事態は予想以上に悪化していた。山賊たちはすでにトーラス村に迫っていたのだ。軍議をせずに全速力でトーラス村に向かわせたが、騎馬のスピードをもってしても間に合いそうになかった。リュナン軍の誰もが絶望視した時に、村の入り口から山賊の絶叫が響いた。瞬く間に次の絶叫が響き渡った。リュナン達は何が起こったのかと目を凝らして見てみた。赤髪の女剣士が入り口で華麗な剣技を振るっていた。リュナン軍もようやくラフィン、クライスの騎馬部隊が到着して彼女を援護した。彼女の剣技に翻弄されていたところに突撃してきた騎馬部隊に支えきれるわけもなく、潰走を始めた。リュナンは赤髪の剣士の元に言った。
「君がトーラス村を救ってくれたんだね。ありがとう。」
「見たところどこかの国の王子のように見えるけれど、力のない市民を守るのがあなた達の仕事でしょ。」
「本当にすまない。まさかトーラス山賊がここまで来ていたとは思わなかったんだ。」
「ふ~ん。あなたはそこらへんのただの領主じゃないみたいだけど、あなたはだれ?」
「ラゼリアのリュナンだ。」
「! まだ生きていたの?だってグラナダは陥落したって・・・」
「陥落寸前に脱出してここまで来たんだ。ところで君の名前は?」
「私の名前はジュリアよ。あなたたちはラゼリアにもどるんでしょ?だったら私も一緒に戦わせてくれない?私もラゼリアに用があるの。食べさせてくれれば、結構よ。」
「ありがとう、ジュリアさん。一緒にがんばりましょう。」
村を開放してまもなく一人のシスターと斧戦士がその村の村長の家に入ってきた。
「おお、シスター・エンテ、みんな心配していたのですぞ。」
「すみませんでした、村長。でもバーツさんに助けていただいたので何とかたどり着きました。ところで何か軍勢が村の近くにいましたけれど、かれらは?」
「ああ、彼らはヴェルジェの騎士達ですよ。たしかラゼリア軍も加わって、そのままトーラス山賊の本拠地を叩くみたいですよ。ジュリアさんもそこにいます。どうやら一緒に旅をするようです。」
「ラゼリア軍!」
エンテの胸が騒ぎ始めた。そう、彼女は現在はシスターとして活躍しているが、本当の姿はあのメーヴェであった。
「どうしました?シスター・エンテ。」
「あ、いえ、何でもありません。」
そう言ってエンテは動揺を抑えながら、プラムに会いに行った。プラムとはバーツの弟であり、彼女はエンテに強い憧れを抱いていた。
「エンテ様、お帰りなさい。」
エンテが彼女の家に入ってきて、プラムの言葉がエンテの耳に入ってきた。
「ただいま、プラム。そうだ、私、もうそろそろマルス神殿に戻らなきゃいけないの。」
「えっ、もうそんなに時間が経ったのですか?まだ一緒にいれると思っていたのに。」
「プラム・・。また会えるわよ。それじゃー元気でね。」
言葉少なげにエンテは家を出ようとした。その時、意を決したようにプラムから予想もしない言葉を放った。
「私も一緒に行きます!行かせて下さい!」
「えっ!」
「私もエンテ様みたいにいろいろなことを知りたいんです。お願いします。」
プラムの真剣な願いにエンテは
「わかりました。でも無理はしないでね。」
「ハイ!」
プラムは事前に旅立ちの準備をしていたようで素早く身支度を整えてでてきた。
「おい、プラム。お前、どうして旅にでるんだよ。旅なんて危ないぞ。」
エンテから話を聞いたバーツが顔色を変えてそう聞いてきた。
「お兄ちゃんが旅をする理由と同じだと、思っていいのに。もう決めたんだもんエンテ様についていくって、そしていろんな事を体験するんだもん。」
その言葉を言ったプラムの顔は希望で満ち溢れていた。そんなことを知ったバーツもついには折れ、
「全く、いいか?無理はすんなよ。いざと言う時に守ってやれるか、わからないからな。」
「うん!」

一方エンテはリュナン軍の作戦本部を訪れていた。村を救ってくれたことのお礼をするためであった。エンテが軍議中のリュナンに会った時、瞬く間にあの時の思い出を思い出した。エンテの胸がときめく。
(リュナン様、やっと会えた)
「リュナン様!」
エンテがリュナンに話し掛けた。
「うん?あ、君はたしかマルス神殿のシスターだよね。村長から聞いたよ。どうしたの?」
エンテはリュナンがあの時の約束を忘れてしまっていたのか、という不安に襲われた。
(どうして私のことを覚えていないの?)
と思いながら黙々と用件を話していった。しかしリュナンも感じていた。彼女をあの時の大事な約束を結んだ女の子と照らし合わせていたのだった。あの少女の美しい青髪が今、目の前にいるシスターの髪に酷似しすぎていた。あれこれ考えた結果、リュナンは彼女をあのときの少女と断定するに至っていた。しかし彼女がその話をしないためにリュナンの方もその話題に触れようとしなかった。お互いの思いがすれ違いながら、話は進み、しばらくは行動を共にすることにした。会談が終わり、エンテが部屋を出た時に
(リュナン様はあの時の約束を覚えてくれなかったのかな?)
と感じていた。一方のリュナンはこう感じていた。
(エンテは間違いなく、あの少女だ。おそらくエンテも気付いているだろう。でも何で話してくれなかったのだろう。)
十分に作戦を練ったリュナン軍はマーロン伯から預けられたルークナイト・ナロンとラフィン、そしてジュリアの新参者の活躍でトーラス山賊は地の利を生かすことができずに壊滅状態に陥った。追撃を早めに切り上げたリュナン軍はヴェルジェに引き返した。その道中にはうかない顔の少女がいた。プラムである。それは出発前のこと。
「村長、私、旅に出ます。」
「そうか、ついにその時が来たのか。バーツやシスター・エンテに影響されたんだろう。」
「それもあります。でも何か探さなければいけない物がある気がしてならないんです。」
「!」
村長は驚きにしばらく言葉がでなかった。しばらくして村長は一つの手鏡を持って来た。
「運命には逆らえないようじゃな。プラムよ、これをもってゆくがいい。」
「これは?」
「お前の母親が使っていた手鏡じゃ。」
「でもこういうものはお兄ちゃんに・・・。」
そう言った直後、村長は衝撃的な事実を話した。
「お前達は本当の兄弟ではない。異母兄弟なのだ。」
村長は話を続ける。
「お前の母親・ランは大陸で踊り子をやっていたそうだ。しかしバーツの父親に連れ去られたのだ。ランはお前を産んでしばらくして死んでしまい、父親も跡を追うように死んでいったのだ。」
「そのことはお兄ちゃんには?」
「もちろん言ってはおらんし、言うつもりもない。安心するんじゃ。」
村を出る時は平然を装っていたが、やはり動揺は隠しきれなかった。ヴェルジュに到着した時、神官の修行をしてくれたリー司祭が待っていた。
「プラム、ついに旅立つのだな。しかし心に迷いがあるようだが、どうしたのだ?」
プラムは堰を切ったように、村長から聞いたことをリー司祭に打ち明けた。
「そうだったのですか。大丈夫ですよ。プラム、バーツはいいお兄さんではありませんか?別に打ち明けなくてもお互いを思いやっていれば、何の問題もないんです。」
「でも・・・。」
「それなら私のこの杖を差し上げましょう。」
「これは・・・守りの杖!司祭の大事な魔杖ではありませんか。そんなものを受け取れるわけありません。」
「プラム、あなたにこれを受け取って欲しいのです。そうすれば私もあなたのことをまもってあげることができます。」
その言葉の意味を理解したプラムは守りの杖に手を伸ばした。そして満面の笑みで
「リー司祭、ありがとうございます。私、お父さんを探します。そして真実を見つけてきます。」
「うむ、やはりその顔がお主には似合っている。頑張るのだぞ。」

ヴェルジェに到着したリュナンはその翌日、マーロン伯と共に、ウエルト王国を圧政者コッダのもとから解放すべく、王女サーシャを擁し、ウエルト解放軍を発足させた。対するコッダはエリッツ率いる精鋭の騎馬部隊をソラの港に向かわせヴェルジェを先に攻撃させようとしていた。そう、世界を解放するための第一歩『ウエルト解放戦争』が勃発したのである。

 

 

 

 

 

最終更新:2011年07月07日 02:32