リーベリア大陸の東部に位置するグラ
ナダ。大陸で最も大規模な港湾設備を持つこの都市はつい先ほどまでラゼリアの英雄リュナン率いるラゼリア軍とゾーア帝国軍が決死の攻防を繰り広げていた。
しかしシオン率いる竜騎士団の来襲によりリュナン軍はウエルトに逃亡、残った領主ヴァルスは帝国軍により殺された、とされている。帝国領になってからは市
民に重税を課して圧政をひかれていた。
「ひどい・・・。」
一人の少女は目の前の光景が信じられなかった。市民の顔色が何かに怯えているように見えていた。その少女の名はセーナ。リーベリア大陸より東にあるユグド
ラル大陸から来ていた。見た目は普通の人と変わらないが、実は彼女、ユグドラル大陸の一大勢力、新生グランベル帝国皇帝セリスの長女だった。とはいっても
皇位継承権を持ってはおらず、この地へは父の密命を受けての訪問だった。彼女の服装はお忍びで城下の町に出ている時に着る、髪と同じ色の青を基調とする服
装そのままだった。父の言っていたことよりも事態は切迫している、セーナは感じ取っていた。
「女性があまりおりませんな。」
隣にいる僧侶を思わせる男が気付いたことをすぐに言葉に出した。セーナはその言葉を聞いて辺りを見回し、確認した。それだけではない。若い男性もいなかった。
「いるのは老人と子供だけ。おそらく女性は帝国軍に連衡されて、若い男性は強制労働させられているのでしょう。セーナ様、ここにいるのはまずいですぞ。」
彼の名はコープル。ユグドラル大陸を支配していた暗黒竜ロプトウスを倒すために発足したセリス解放軍の一員で、今は亡き父の遺志を継いで新生グランベル帝
国を支える諸侯の一人であった。彼は幼い頃からセーナの守りを任せられ、今では彼女の右腕として活躍していた。コープルは情勢を素早く読み取り、セーナに
はこの都市が危険だと感じていた。
「でもここにいる人を見捨てるって言うの?」
セーナは心の優しい少女であり、力の弱い民のことを真に思う人間であった。しかしそのことが災いとなった。コープルが説得しようとしたちょうどその時、
「おい!そこで何をしている。」
市街を巡回していた帝国兵が二人を見つけた。すかさず二人は路地に入り、彼らをまこうとした。しかし地理に疎い二人は行き止まりに遮られ、追ってきた帝国兵に囲まれていた。その中の一人がセーナを見て仲間の兵士につぶやいた。
(後ろの女、きれいじゃねぇか?)
(ああ!よし今夜はパッといけるな)
彼らは二人が抵抗してこないとみて、その先の妄想に入っていた。帝国兵は毎晩のように女性を暴行していた、このことが二人には察せられた。そしてコープル
が一つの杖をかざした。スリープの杖である。彼らが別のことを考えているうちにコープルは詠唱をほぼ終わらせていた。気付いた頃にはすでに遅く、帝国兵は
猛烈な睡魔に襲われ、全員が眠りこけてしまった。その隙に船に戻ろうとするが、新手の兵がすでに彼女たちを包囲していた。万が一の時に備えていたスリープ
の杖はすでに壊れ、ただの杖と化していた。だが残るセーナが剣を振るった。彼女が握る光の剣からは光の魔法ライトニングが放たれ、二人の進行を妨げていた
帝国兵に炸裂した。ここでできた穴を通り抜け、後少しで船に乗れるところまで来ていた。しかし港の守備兵も合流して三度目の包囲を受けてしまっていた。先
ほどライトニングを放ったセーナも戦闘には慣れていないのでひどく疲弊していた。二人の攻撃を知った帝国兵は一気に命を奪おうと槍衾をひいた。これで彼女
たちは動けなくなった。包囲は狭まり二人は身動きができなくなっていた。しかしここで予想もつかないことが起きた。コープルの右手に握られていたヴァルキ
リーの杖が本人の意志なしに輝き始めたのだった。じつはこの暴走はリーベリアの女神ユトナが狙ったものだった。ユトナはセーナに何か見出していたのだろ
う。ヴァルキリーの輝きが終わった頃、包囲が一気に緩んだ。二本の剣が風のように舞い、帝国兵を瞬時のうちに全滅させた。倒れた帝国兵の死体の上には二刀
流の剣士が立っていた。
「・・・・・何がなんだかわからないが逃げるぞ。」
剣士の言葉に呆然としていたセーナたちは我に返り、自分達の船に乗り帝国の追撃が来ないうちに出航した。彼らの命を救った剣士ももちろん同乗している。
船は西へ向けて航海を続けていた。帝国の追撃はないようだ。船内では剣士とセーナたちが会話を交わしていた。
「私は死んだのではなかったのか、あいつに?。」
剣士の疑問に応えたのはセーナだった。
「ええ、あなたはさっきまで死んでいました。しかしコープルの右手に握っている杖によってまたこの世に戻ってきたのです。」
「ばかな、そんなことができるはずがない。」
剣士が当然のことを反問した。コープルは自分達の素性を全て明かしてからヴァルキリーの杖の効果を話した。コープルはユグドラル大陸で伝説化されている十
二聖戦士の一人の末裔であり、このヴァルキリーの杖を操れる唯一の人間であった。そしてこのヴァルキリーの杖こそ死者を蘇らせることができる唯一の杖だっ
た。剣士は彼らの話を聞いていたが、すぐには納得できなかった。彼らがなぜこのリーベリアに来たのか分からなかったからだ。コープルが言葉を濁そうとした
が、セーナは事情を全て明かした。ユグドラルの人でさえ知らない事情を一剣士に話したことにコープルは驚いたが、セーナは誠意を持って全てを伝えた。勝手
にこの剣士を蘇生させたことに責任を感じていたのだ。
「そんな事情を話していいのか?」
コープルも感じていた。しかしセーナは笑顔でうなずいた。
「フ、しっかりした女性だ。」
この時に剣士はセーナの器量に感嘆して、この言葉を漏らした。今度はセーナが本題を切り出した。
「あなたさえ良かったら、私たちと一緒に行動してくれませんか?」
このことは「護衛になってくれ」と同じことであったが、あえてセーナは優しくいった。あくまで自主的についてきて欲しかった気持ちからその言葉が出ていた。
「私のような一度死んだものでよかったら・・・。」
剣士は快諾した。今までセーナが彼に誠意を見せていたのも彼と共に行動したい気持ちからであった。
「ありがとう。それじゃー、あなたの名前は?」
セーナはこの時になって名前を聞いた。その理由は彼の前世が何者かによって殺され、閉ざされていたからだった。彼のようにかなりの剣の使い手にとって殺されたことほど不名誉なことは無く、セーナはその気持ちを汲んでいた。
「・・・・パピヨン・・・と呼んでくれ。」
セーナはその名前が偽名であることを確信していたが、追及しようとはしなかった。それは彼女がパピヨンに信頼を寄せている表れだった。こうして3人はリーベリアを開放せんと奮闘する、ラゼリアの英雄リュナンにあうために船をウエルト王国に向けて進めていた。
そのころリュナンはウエルト・ラゼリア連合軍を発足させ、緩やかな速度でソラの港に向かっていた。未来への扉が今、開こうとしていた。