セーナの祖国グランベルには新たな戦乱の兆しがあった。セーナの父セリスが長い沈黙を破ってセーナを戦乱の最中であるリーベリア大陸に派遣したと宣言したからだ。そのことは新生グランベル帝国の中でも限られた諸侯しか知らず、そのことを知ったものは彼女の身を案じていた。その中で最も早く行動を起こしたのがシレジア王国だった。セーナと幼馴染であり恋人とも噂されるシレジア王国王子ライトが配下の天馬騎士団・風魔道士団を引き連れて、リーベリア大陸を始めとする西側大陸との玄関口であるアグストリア王国のハイラインに向かっていた。だが彼女を慕うものは誰もが予想し得ない数にまで及んだ。シレジア軍が到着してからもイザーク軍、北部トラキア(旧マンスター)軍、セーナに付いていったコープルのエッダ公国軍、アグストリア・クロスナイツ、合わせて12万の大軍が自らの意志でハイラインに集結していた。そのうちイザークを筆頭とするユグドラル東側諸国から8万もの数が出ていた。彼ら東側諸国は当初復興が早かったために大陸復興を目的とするバルド同盟に参加する資格を有していなかった。東側諸国はセリス解放軍がいち早く解放した地であるが、未だにイードに潜む暗黒教団の存在が脅威であったためにこの同盟には参加したかったのである。その事情を知ったセーナはセリスの右腕として活躍していたオイフェに頼み、そのセーナの初仕事としてこのバルド同盟締結の全権を譲り受けて彼らの望みを受け入れて東側諸国の加盟も果たした。このことで東側諸国とセーナとの絆が固まっていた。その証が今回の出兵で表れていた。余談だが、暗黒教団は今の時代も未だにイード砂漠にはびこっていた。砂漠という地形と強力な暗黒魔法になかなか攻略できなかったためである。しかしもはやその身を守るほどの力しか残っていなかった。予想はしていたもののこれほどの軍が動くとは思っていなかった皇帝セリスは自重を求めたが、よほど彼女を慕っているのか12万のうち、ユグドラルに残ったのはわずか5千だった。この軍団はユグドラル義勇軍と呼ばれ、指揮官はアグストリアの国王アレスが取ることとなった。彼らは2500隻の一大水軍となって西に向かってハイラインを発ったのであった。

一方リーベリア大陸では一つの出会いが起ころうとしていた。
「リュナン様、ソラの港に一隻の異国船が着いたとの事です。町民からの情報によるとその船に掲げている旗には光の紋章があったとのことです。」
リュナン軍はソラの港に向かう途中、グラムの森で休憩していた。リュナンはホームズと合流すべく連絡を取り合っていた。その最中に入った情報であった。
「光の紋章・・・・インタリオ。リーベリアの東にあるというユグドラル大陸をまとめる新生グランベル帝国の紋章だったよね。」
リュナンが答えた。戦前は異大陸の情報を欠かさず仕入れていてリュナンは戦前から外交も担当していたオイゲンを通じてグラナダ陥落まで欠かさず情報を手に入れていた。バルド同盟のことも知っていた。しかしウエルトに逃亡してからはその余裕もあるはずがなかった。
「ただその船の船員は少なくわずか10名だったそうです。しかもその中の一人はリュナン様と同じ位の年齢の少女がいたそうです。」
オイゲンが報告を続けていた。
「さらに船員からの話によるとグラナダにて帝国軍に捕縛されそうになってギリギリで脱出してきたそうです。」
「オイゲン、彼らの目的は?」
リュナンが質問したその時、一人の使いがリュナンの元に来た。
「リュナン様、ソラの港の町長から使いで参りました。ユグドラル大陸にある新生グランベル帝国の王家の者がリュナン様にお会いしたいとのこと。」
「わかりました。僕もその方にはお会いしたいと伝えておいて下さい。」
そうリュナンは使いの人に言うと、使いはその言葉を伝えるために町に戻っていった。そのやり取りを怪訝そうに見ていたオイゲンが言葉を発しようとした時
「すごい子だよ。僕と同じ位の年でわずか10人の船でセネー海を横断してきたなんて。」
使者が来た時にリュナンは全てが分かった。オイゲンの言葉には不可解な点が多かった。その一つがわずかな人数で荒波のセネー海を渡ってきたことであり、さらには少女が含まれていることだった。グラナダからウエルトに逃亡してくる時のホームズの言葉がそれを表していた。
「今の俺たちの船じゃ、女や年寄りは危険すぎる。オイゲンのじいさんは例外だけどな。」
事実、幾度も海のたびを続けていたシーライオンの船でもリーベリアの海を航海していた時によく荒波に船を揺らされてそこそこ慣れていたリュナンでさえ体調を崩して、甲板から落ちて行方不明になる兵士も相次いで苦難を極めていた。しかもその時、各船には最低30人は配属され与えられた役割をこなして何とか航海していたのだった。そこでリュナンは使者の言葉を聞いて、その少女が王家の人ではないかと直感で感じていた。そうして考えると少女がセネー海横断を強行するという矛盾がなくなる。リュナンはこのウエルト解放戦争でここまで深く考えをめぐらせるようになっていた。オイゲンはリュナンの成長に胸が熱くなるものを感じていた。それから2時間後、リュナン軍は会談の地・ソラの港に向けて進軍を再開した。

「リュナン公子は私たちのことを信じてもらえるのでしょうか?」
ソラの港で長い航海の疲れを癒しながらコープルがセーナに聞いた。
「もし信じていなくてもリュナン公子はここを通るはず。でも私は信じています。町長さんも私たちのことを信じてくれたんだから。」
ソラの港に入港する直前、今まで掲げていなかった、光の紋章が刻まれた旗を上げていた。セーナの予想通りに多くの港の人々が物珍しさに出てきた。ソラの港は異大陸との交流も盛んだったのでこの光の紋章も理解され、接岸した頃にはその報告は町長のもとに届いていた。セーナは疲れた船員を宿屋で休ませてから町の中心部にある町役場を訪れ、コープルと共に町長に直に会ってリュナンとの会談を持ちかけたのだった。手際の良さはユグドラルで並ぶものはいないとさえ言われた彼女の才能がここで活かされた。人の心理を巧みに読んで帝国軍からの追撃を振り切ったのも彼女のおかげだった。セーナ達は船員たちの休む宿でリュナン軍の到着を待って浅い眠りに入った。

リュナン軍がグラムを発って5時間後、彼らはついにポート・ソラの跳ね橋を越えてソラの港に到着した。町の人々は国を救った英雄を熱烈に歓迎した。その中にはセーナの姿があったのは言うまでもない。
(あれがラゼリアの英雄リュナン公子)
彼の目はセーナと同じように輝いていた。リュナン軍は日没までにそれぞれで解散した。リュナンは町長に言われた場所に向かっていた。一緒についてきていたのはオイゲンと、なんとエンテだった。エンテがそういう場に付いて行くのは珍しいことだった。そしてその場所はセネー海を一望できる岬だった。そこには一人の少女と、神々しい杖を持つ男、そして二本の剣を持つ剣士が待っていた。
「リュナン公子、貴重な時間を頂いて申し訳ございません。そして私たちと会って頂いて光栄です。」
先手を切ったのはセーナだった。
「私はユグドラル大陸のバルド同盟盟主セリスの娘のセーナと言います。左にいるのが私の相談相手のコープルで、右にいるのがグラナダで私たちを守ってもらった剣士のパピヨンです。」
「初めましてセーナ皇女、私が今は無きリーヴェ四公国の一つラゼリアの公子リュナンといいます。」
まずはお互いの自己紹介から始まった。この時セーナが新生グランベル帝国の名を出さなかったのはユグドラル大陸が一つにまとまってきていることを伝えたかったのだ。
「セーナ皇女、あなたの功績は遠くグラナダまで届いておりました。バルド同盟締結のことはこのリーベリアにも届いています。ところで一つ伺いたいのですが?」
「ええ構いません。答えられものなら何でも答えるつもりでいますので。」
「グラナダの様子はどうでしたか?」
リュナンは脱出した後のグラナダのことを一番気にかけていた。
(この方は父上と同じ雰囲気がするわ)
セーナにはリュナンと父セリスが重ねて見えていた。
(この方ならリーベリアを救える)
「グラナダは酷い状態でした。若い男の人は強制労働をさせられているらしく、さらに女性は帝国兵の遊女にさせられて、町には幼い子供か老人しかいませんでした。それどころか広場には磔台が設置されていて帝国刃向かう人を有無を言わさず処刑していました。市民はみんな怯えていて港町特有の活気など微塵も感じられませんでした。」
セーナがグラナダの惨状を細かくリュナンに伝えていた。それを聞いたリュナンは衝撃を受け言葉を発せずにいた。オイゲン、エンテも同様だった。そして残酷にもセーナは最後にこう言った。
「ヴァルス提督も防衛している最中に討たれたということも聞きました。」
さすがのコープルもこれにはドッキリした。まさか皇女がここまで言うとは思わなかったからだ。
「本当なのですか?」
あの時、リュナンとヴァルスはお互いに最期の時だと感じていた。しかしまだリュナンはそれを認めたくなかった。いやそれを支えにして生きてきたと言っても過言ではない。
「お気持ちはわかりますが、グラナダの噂はそのことで持ちきりになっています。断言はできませんが、おそらくは・・・・。しかし」
セーナは一気に語調を強めた。
「リュナン公子!諦めてはいけません。まだヴァルス提督が死んでいるという証拠が出ていないのです。リュナン公子が信じていれば奇跡は起こります。しかし諦めてはすべてが水の泡です。幸いにもまだ帝国絶対優勢ではありません。それはリュナン公子の故郷ラゼリアの人もわかっていると思います。そして皆、あなたがリーヴェに戻るのを待っているのです。そして今回、私たちが参ったのは他でもありません。あなた方を応援したいのです。」
セーナが一気に本題へと移した。
「セーナ皇女、私は今、自分のやるべきことがはっきりと分かった気がしました。それはただヴァルス提督の遺志を継いでリーヴェ王国を復興させるだけでなく、この大陸に住む人々に平和で安らかな時を与えること。」
言い終えたリュナンの目には今までに無いような決意が溢れんとしていた。
「リュナン公子、今のあなたの姿にユグドラル解放戦争で奮戦するセリス様の姿を見ました。私たちバルド同盟はあなた方ラゼリア・ウエルト連合軍を援護しましょう。」
今まで黙っていたコープルの一言でこの会談は一つの成果を見た。
「しかし援護といっても今の皇女では何も・・・・。」
オイゲンが本音を口に漏らした。リュナンはそのことを注意しようとしたが、それに気付いたセーナが
「いえ、その方の言う通りです。私たちは、実はリーベリア大陸の情勢を探って来いと言われただけなので軍を率いていません。しかしそれではリュナン様に失礼だと思いまして、私の右にいるパピヨンをリュナン公子の配下に加えてもらおうと思います。もちろんそれだけではありません。私たちは一度国に戻って父を説得して水軍を率いて帝国の東海岸を牽制しようと思っています。」
この時オイゲンは上手すぎる話だと思って不審の目を向けていた。もちろんセーナはこれに気付いて
「ご安心下さい。私たちは大陸の恒久平和だけ望んでいます。決して領土侵略の野望はもっていません。それは私の命を持って証明します。もちろんリュナン公子たちは予定通り軍を進めてもらってくれれば構いません。今回は私たちが持ちかけた盟約。決して私たちの方からは要求を出しません。」
ずばりとオイゲンの心を読まれていた。これにはオイゲンも信じざるを得なかった。しかし今度はエンテが尋ねた。
「どうしてそこまでしてくれるのですか?」
リュナンもオイゲンも同じことを感じていた。
「私もリュナン公子のように権力を糧にして弱者をいたぶる人のことは許せない、たとえそれが異大陸の覇王だとしても。」
その言葉は信念のようだった。
「最後に父セリスが言っていたことを教えてあげますね。」
『憎しみからは憎しみしか生まれない。その延々と続く復讐の念を断ち切った者こそ真の王者とならん』
この意味をリュナンが知るのはもう少し後のこととなる。
「いずれ一緒に戦える日を楽しみにしてますね。そしてこの景色をまた見ましょうね。」
こうしてリュナンとセーナの会見は終わった。その帰り際にエンテに
「あなたも頑張ってくださいね。あなたがいればリュナン公子にとっても心強いと思いますよ。過去にとらわれないで今を大事にね。」
セーナはエンテのことも読んでいたが、余計な詮索をしようとは思わなかった。それがセーナのいいところだった。他人を誰よりも思いやることができる、これがセーナがみんなに惹かれる理由だった。

そして11万5千人ものセーナを慕うものも間もなくセネー海に入ろうとしていた。

 

 

 

 

 

最終更新:2011年07月07日 02:38