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 セーナ・リュナン会見の翌日、セーナは得意のお忍びでコープルをまいて、ソラの港を見物していた。前日にも見る時間はあったがセネー海横断のためにさすがのセーナも疲れ休んでいたための今日のお忍びだった。しかし今まで誰にも気付かれなかったお忍びがある者には通用しなかった。
「セーナ皇女、あなたのような方が一人でお散歩とはなんと無用心な。コープル様が心配されますよ。」
その言葉はパピヨンからのものだった。彼は気配を消して彼女の後を追っていたのだ、彼女を守るという目的のために。しかしパピヨンは昨日の会見でリュナン軍の一員となっていた。
「パピヨン!どうしてあなたが私の護衛をしているの?昨日の夜、宿を出て、そのままリュナン公子のもとへ向かったんじゃなかったの?」
「ええ、一度行ってきて顔を合わせてきました。ただあの方の配下に自分自身の仇を見つけてしまったのです。それでどうしたらいいのか聞きに来たのです。」
パピヨンの顔は今までに無く思いつめていた。今までセーナと共に行動していて気付いたことは、過去(生前)のことを気にかけることより今を一生懸命生きよ、だった。しかし仇を見つけた時、その気持ちよりも憎悪と復讐の念が強くなっていて止められなくなりそうになっていた。偶然にもその殺気に気付いたナロンによって、表向きはいつものパピヨンを取り戻していたが、内面は誰にも推し量ることができないほど激烈だった。いやセーナとリュナンだけは会見の時との変化に気付いていた。そしてリュナンはセーナに会いに行くように勧めたのだった。
「かなり思いつめていますね・・。」
二人は近くにあった茶店に入っていた。
「それじゃー、パピヨン。あの会見で私がリュナン公子に言った言葉を思い出して。」
パピヨンはその言葉を聞いて、昨日のセーナの発言を思い出した。
「たしか『憎しみからは憎しみしか生まれない。その延々と続く復讐の念を断ち切った者こそ真の王者とならん』のことですね。」
「そう、でもこの言葉には続きがあるの。」
「! それは?」
そのときにはパピヨンは身を乗り出していた。もう己を見失っていた。
『そして兵もまた然り。たとえ忠烈な臣であっても無駄な血を流すものは王者に討たれん。兵はただ王者の駒とならん』
この言葉の裏返しとしては、私怨に走る家臣がいたらリュナンや父グラムドの目指していた王道政治を目指すことなど不可能だ、ということになる。セーナの父セリスもまたその言葉通り解放戦争当時、両親を殺され、それがきっかけで幾度となく死の淵に立っていた現(南北)トラキア連邦の北部盟主リーフは南部一帯を収めていた旧トラキア王国国王トラバントに激しい憎悪を持っていた。しかしセリスはそれに気付き、トラキアの人々を平和にさせるには南北統一するしかない、とリーフを説き、冷静になるように促した。もしそのままなら現在のトラキア連邦はなく未だに南と北でいがみ合っているはずだった。現在のトラキア連邦があるのは旧トラキア王国王子アリオーンが南部盟主となっていて、彼とリーフとの関係を保っているのはトラキア王女として育ち、中身は北部レンスター、リーフの姉であるアルテナがいるからである。セーナはこの例をあげて改めて冷静になってリュナンに仕えるよう頼んだ。パピヨンは考え込んでいた。しかしその表情には今までにあった余裕に満ち溢れていた。そして口を開いた。
「セーナ様、私はさっきまで自分を見失っていました。それどころかリュナン公子の同朋を殺そうとしていました。確かに仇は私の恋人の前で私を殺害しました。しかしそれは前世のこと、そして今、思いは違えど同じリュナン公子の元で生死を共にしようとしています。誰がそんな仲間を殺せましょうか。セーナ様、あなたはそのことを私に改めて教え込まれました。あなたも、セリス様に負けずに素晴らしい方です。」
いつもは無口だったパピヨンが今、涙を流しながら言葉を発していた。
「パピヨン、この剣をあなたにあげるわ。」
そういって腰にかけていた特別な銀の剣を取り出した。
「これは父が解放戦争時に使っていた剣です。多少古いですが、パピヨンの物とは寸分違わない威力を持っていますよ。あなたならこの剣を正しい方向に使ってくれると信じています。」
「しかしそれでは皇女が・・・。」
「私にはリーフ様からもらった光の剣があるから大丈夫よ。私は力よりも魔力の方があるからこっちの方が使いやすいの。」
「・・・・この名剣は命と同じ位大事に致します。」
相変わらずパピヨンは泣きじゃくっていた。心からセーナに感服した瞬間だった。
「それじゃー、パピヨン。私は町を見に行くわ。大陸を光が包みこんだ時にまた会いましょう。」
セーナはそう言って茶店から出て行った。
「セーナ様、決して一人で出歩かないように。」
その目にはうっすらと光るものがあった。

わずか2日間だけ休んだにも関わらず、セーナ達は元気を取り戻して、帰りの船に乗っていた。とうとう出発の時が来た。見送りにはリュナン、エンテ、オイゲンやリュナン軍の各部隊の隊長が来ていた。しかしパピヨンの姿はなかった。
(別れに言葉なんていらない。)
セーナもパピヨンもわかっていた。だから敢えて行かなかったのだ。
「セーナ皇女、無理をしないでくださいね。あなたが死なれると、私たちはセリス皇帝に合わす顔がありませんから。」
「そういうリュナン公子こそ死なれたら、あと50年はこの大陸は解放されないでしょう。リュナン公子はそういうお方です。エンテさんもね。」
二人は軽く会話を済ましてセーナは船に戻っていった。そして船が出港しようとした時、
「リュナン公子、すでにバルド水軍はこのセネー海を横断しているそうです。私たちは彼らと合流して盟約どおりに帝国東部を牽制するつもりでいます。リュナン公子、頑張ってください!」
リュナン達は驚いた。まさかすでにユグドラルの軍勢がリーベリアに着いていたとは思っていなかった。しかしそのことは2時間後、本当の事実であったことを知った。
『ゾーア水軍 光の紋章を掲げる巨大船団に敗れる。 その数、120隻に対して2500隻、巨大船団の総兵数は陸軍を含めて10万を越えるとのこと。 巨大船団に損傷は軽微、一方のゾーア水軍は8割が沈没、応援に入った竜騎士団もそのほとんどが死亡したとのこと。』
10万の軍勢、しかもさらに後の情報からそれらは領土を奪うためでなく、ただ一つ、セーナを救うためにはるばる出征してきていた。この時セーナの大きさを知った。
「オイゲン、僕も彼女のようにいなくなったら皆から心配されるような人になれるだろうか?」
「さぁ、それはどうでしょうかねぇ。それはリュナン様次第ではありませんか?」
「どういう意味だよ!」
オイゲンが茶化したとき、エンテがくすくすと笑った。リュナンの顔はむっつりとしていたが、一方で心の中は清清しかった。こんな気分になるのは戦いが始まってからは経験してなかった。
(こんな気分は久しぶりだな。ユグドラルの皇女、また会いたい。)

セーナは3日後、アレス率いるユグドラル義勇軍と合流して、リュナンとの盟約どおり、帝国東岸一帯にしばしば出没しては帝国を牽制していた。ユグドラル義勇軍は兵糧部隊と休養部隊、そして牽制部隊の三つに軍勢を分けて、それぞれ3万の兵を配属した。彼らは月ごとにその役割をうまくローテーションして兵を疲弊させないように気を配った。休養するのは帝国東海岸の沖合いにある島を物資や労働力を提供することで休養させてもらっていた。このことが後のバルド同盟とユトナ同盟に大きな影響を与えることは言うまでもなかった。

そしてセーナの額にはうっすらと聖者ヘイムの聖痕が、さらには手のひらに聖戦士バルドの聖痕が現れていることを本人を始め、まだ誰も気付かなかった。

 

 

 

 

 

 

最終更新:2011年07月07日 02:39