リーベリアの東部にある島・ガルダ島を本拠にしてゾーア帝国を牽制するユグドラル義勇軍の元にイード平定戦のために返していた400隻、2万5千におよぶ一部の東側諸国軍が戻ってきた。そしてこれをきっかけにセーナはその400隻の水軍を率いて再びセネー海を西へ向かっていた。その目的はゾーアへの牽制ではなく、ある人物へ会いたいという気持ちからだった。ガルダで物資を大量に積み込んだ船団は途中の港に寄ることなく、まっすぐにイスラ島に向かっていた。ちょうどリュナンと出会ってから一ヵ月後のことである。その途中、セーナ達は帝国軍輸送船に遭遇することとなった。セーナ達は無駄な血を流すことは本望で無いので敵対する意志を表さなかったが、なぜかその輸送船はバルド船団に近づいてきたのである。戦闘体勢に入ろうとするセーナ達の元に輸送船から伝令が届いた。
『我々に戦う意志はありません。それより我が船には重症の女性がいます。彼女はしばらく海を漂流していたのか体力の衰えが激しくグラナダまで持ちそうにない。どうかこの女性を救っていただけないか  カナン王国輸送船船長ビスマルク』
一緒にいたコープルは罠かと思ったが、セーナは指令船を輸送船に横付けするように命じた。ガルダ島にいたときの情報収集で少なからずカナン側の人員とその評判を聞いており、セーナはビスマルクを信用していたからだ。
「セーナ様、お人がよしすぎませんか?またグラナダの時みたいになるかもしれませんぞ。」
真面目なコープルが制止しようとしたが、セーナは
「そこで裏切られたら私の天運もここまでというもの。」
とコープルに言うのみだった。しかしこの言葉でコープルはセーナの成長を見届けていた。
(リーベリアに来てから立派になられましたな)
幼少の頃からセーナに付いてきたコープルにこう思わせたのは二度目だった。一度目はガルダでのバルド軍をローテーション制にして兵の疲労を極力させないようにした時だった。リュナンと出会ってさらに一皮むけたようである。しかしセーナの手際は父セリスをも凌ぐものであることを後々実感するようになる。
セーナの乗る指令船は輸送船に横付けしていた。まず護衛の兵士が飛び乗るのが常識だが、身軽なセーナは一番乗りと言わんばかりに最初に乗り移った。慌ててコープルが乗り移ったころにはセーナはもうビスマルクと会っていた。走ってようやく追いついたコープルは病人のいる部屋に入った。するとセーナの母ユリアに似た色の髪の女性がぐったりとしていた。
「ずいぶん弱っているわ。船長、見つけてから何日かかりましたか?」
セーナがビスマルクに問う。ビスマルクも即座に
「今日で3日目になります。」
「確かにグラナダまで持ちそうにない。コープル、一緒に唱えるわよ。」
時間がないと感じたセーナはひとまず彼女をグラナダまで持たせるためにコープルと共に癒しの技をかけることにした。コープルもうなずいて、リザーブの杖を手に持った。
『リカバー』『リザーブ』
その二つの声が発すると同時に、二つの杖から光を発して重症の女性を包み込む。しばらくして光が和らいだ後にはすやすやと眠っている女性の姿があった。ただその顔には未だに汗で輝いていた。それでも最初に見たときとはずっと容態は良いようで、ずっと彼女を見ていたビスマルクを安堵させるには十分だったようだ。
「だいぶ顔色が良くなりましたね。船長、グラナダに着くまではこの薬を飲ませてあげてください。」
そういってセーナは一つの小さい皮袋を渡した。その中身は名前の通りに万病に効く「万能薬」であった。これはセーナ自ら調合したものであり、常に三袋常備していた。
「ありがとうございます。これで落ち着いてグラナダに戻れます。」
「いえ、敵と知っておきながら罪のない市民を救おうとするために私たちを訪ねた、あなたの決断に報いただけです。私たちは当然のことをしただけです。」
この頃にはセーナは指令船に戻ろうと甲板のへりに立っていた。しかしセーナにはビスマルクに好感を持っていた。そして去り際に屈託のない笑顔で
「今度会う時は敵かもしれませんね。」
といってセーナは指令船に乗り移り、船を船団の中央へ移動させた。ビスマルクはバルド船団が水平線に沈むまで見ていた。その胸中にはセーナに対する畏敬の念でいっぱいだった。そしてこう思った。
(この戦い、彼女を敵に回した時点で勝敗は決していたのだな。)
そしてセーナが救った女性もまた後のホームズ軍の女神となろうとは・・・。

セネー海でイスラ海賊の頭領メルヘンを傘下に加えたホームズ軍は本拠地イスラ島に戻っていた。ただ休みを取るだけの帰還であったが、それぞれ思いは複雑なようだ。それも3日前のセネー西海戦で一人のシスターがセネー海に落ちてしまったことが一因であった。特に新参のアトロムという剣士は自虐の念にかられ、常に土の巫女カトリが側について励ます有様だった。そんな状況などお構いなしかのように400隻にも及ぶ大船団がイスラ島の沖合に現れたのだった。ホームズ軍に配属され、沿岸の警備をしていたクライスとアーキスはホームズに伝えようとしたが、当のホームズはシゲンと共に南部の港にいたのでこの状況はわかっていた。
「ははぁーん。さてはソラの港でリュナンが会ったっていう異大陸の女だな。」
大陸に渡る際にホームズと再会したリュナンからセーナのことは聞いていて、会いに来るとは想像していた。しかしまさか400隻にも及ぶ船団で来るとは思わなかったのである。そう思っているのも束の間、一隻の船がホームズたちのいる港に入ってきていた。
「だがリュナンの話だと2500隻ぐらい来ているんじゃなかったのか?」
さっきまで寝そべっていたシゲンが聞いた。
「ばか!そんな数、こんな視界に収まりきれると思うのか?」
ホームズは軽くからかった。二人はいつもこんな感じである。そんなこんなして船は港に接岸していた。
「まぁ、立派な船だこと。俺らまだ3隻しかないっていうのに。」
シーライオンの艦船の半分はリュナンに貸し出している。その後も船長が現れるまではホームズの愚痴が止まらなかった。

「はじめまして、私はリーベリア大陸の西にあるユグドラル大陸から来たセーナって言います。リュナン公子から聞いているとおもうけど。」
今、このイスラ島でユグドラル一のお忍び娘とグラナダ一の家出息子が出会ったのである。セーナはコープルを船に残して会っていた。もちろんコープルは落ち着きが無かった。セリス解放軍にいたときから心配性で有名だったコープルは身分も主も変わってもその性格に変化はなかった。ところで今回のセーナの言動は明らかにリュナンやビスマルクと会っていた時より砕けていた。それは相手の目線に合わせて話を進めるというセーナ話術の特徴が現れている。格式をあまり重んじない家出息子ホームズにはセーナもお忍び娘として今回の訪問に望んでいた。それがセーナの良いところの一つである。リュナンから話を聞いて堅物だと想像していたホームズは目の前の少女に疑いかかった。
「お前、本当にセーナか?」
つい言葉に出してしまった。しかしそれが当然だと言わんばかりにセーナはガルダ島に着いて以来、付けるようになった額のバンダナを取った。そこには聖者ヘイムの末裔の証である白い聖痕がくっきりと現れていた。
「これがユグドラル大陸をまとめるバルド同盟盟主ユリアの子息の証です。」
セーナの顔がわずかに曇っていた。今の彼女からはおびただしい魔力があふれている。セーナは聖痕が現れるようになってから魔力が著しく上昇して、昔、ユグドラルに暗躍していたユリウスに迫る勢いになっていた。セーナからは強大な魔力でオーラさえ発するようになり魔力の低いものが近づくとショック死してしまうほどになっていた。セーナはそんな自分を恐れ、ガルダに戻って以来、引っ込んでしまい、誰とも接触しないときがあったほどだった。そんな状況を見かねたセーナの幼馴染みのライトが自分の魔力を込めたバンダナをセーナにプレゼントして、彼の魔力をしてセーナの魔力を抑えていた。そして今、一時とは言え、バンダナをはずしたのだった。ホームズはゾクッとくるものを感じていた。それがセーナの魔力の高さを示していた。セーナが再びバンダナを戻すと、セーナを取り巻くオーラも消え、さっきまで出ていたあどけない少女に戻っていた。
「す、すまん。疑って悪かったな。俺の名はホームズ。一応、グラナダ領主の息子だが、今はご覧の通り海賊さ。こんな海賊になんか用かい?」
ホームズは生来の明るさを取り戻していた。過去を気にしない、それがホームズの取り柄であった。またセーナも同じであった。
「いえ、ただ会いに来ただけです。」
「会いに来ただけ!!そんなんでこんな大船団を連れてきたのか?」
隣にいるシゲンはもはや驚きすぎて言葉が出なかった。しかしセーナは苦笑しながら
「本当はリュナン公子の時みたいに一隻で来る予定だったのに、心配性の人が多くて、気がついたら400隻がついて来ていたの。」
心配性の人とはコープルを筆頭として軍団長のアレス、もはや恋人と言うべきライトをさしていた。いやユグドラル義勇軍全体がそう言っても良い。成り行き上がそうなのだから。400では少ないとさえ、思っているに違いなかった。ホームズさえも次元の違いに呆然としていた。
「でも噂どおりでやっぱり兄さんに似ている。」
セーナが突然こう言った。兄とは次兄のシグルド二世を指している。彼の名はセリスの父で無念の死を遂げたシグルドの遺志を継ぐためにつけられた。彼はその名に恥じず、清廉な若者で誰よりも正義感の強い青年でありながら養父オイフェの目を盗んでは近くの港まで行き、珍しいものを買いに行ったりしていて、今のホームズに似ているものがある。コープルの目を盗んで城下町を散策するセーナもこのシグルドをあこがれての行動だった。
「俺が?お前の兄貴に?」
ホームズが自分の顔を指しながら訪ねたが、シゲンから
「それはちょっとヤバイ兄貴じゃねぇか?」
と悪口を挟まれた。もちろん黙っていないのがホームズである。すかさずゲンコツがシゲンを襲った。それを見ていたセーナは腹を抱えて笑っていた。
「そういう所が似ているの。」
ついでに言うとシグルドの相棒はアレスの息子であるエルトシャン二世であった。彼もまた祖父エルトシャンの遺志を受け継ぐ人間である。そしてセーナはよくシアルフィを訪れてシグルドとエルトシャンの二人に会っていた。

三人が出会って、すでに2時間後、セーナの笑い声が途切れることが無かった。陽は西に傾き始めていた。
「それじゃ、セーナ。最後にゲームをしようぜ。」
「と言っても自分の腕自慢をするだけだろ。」
シゲンのツッコミが途切れない。
「ゲームって何をするの?」
セーナは興味津々にホームズを見つめていた。その直後セーナに弓と矢が投げられた。
「弓はできるか?」
「少しはできるけど。」
セーナはマスターになるためにガルダ島で訓練をしていた。弓も少しは上達していた。
「やることは簡単さ。あそこに的があるだろ。あれに当てるんだ。」
ホームズ軍の弓兵訓練のための的がホームズの指の指す方にあった。しかし距離は50メートルはある。並みのアーチャーでも難しい。
「まぁ俺は軽く当てられるけどね。」
そう言いながらホームズは矢を放っていた。矢は弧を描き、見事に遠くにある的を射抜いていた。
「すごい。」
セーナは純粋に驚いた。ユグドラルにもこれほどの弓の名手はいないかもしれないとセーナは感じていた。
「どうだ!さぁ、セーナの番だぞ。」
すでにセーナは弓を持っていた。しかし何かが足りない。
「セーナ、矢を持っていないぞ。」
矢は足元にあるが、セーナは目もくれない。そしてセーナの体が金色に輝き始めた。ライトニングの魔法を唱えはじめているのだ。しかもこのライトニングは恐ろしく魔力を使うものであった。セーナの指が何かをなぞるように動く。その後には光の筋ができていた。ある程度長くなった時、セーナは弓を構えた。まるでそれが矢であるかのように。いや実は『矢』であった。集中を高めたセーナにホームズたちも言葉を発せずにいた。そして・・。
『ライトニングアロー』
そう叫びながらセーナは矢を放った。ホームズの矢の軌道とは異なり、真っ直ぐに的に向かっていた。そして次の瞬間、的が二つに割れたのである。しかもそのどちらの破片にも中心には矢が通ったような後があった。-魔力の具現化-それは今の人間には負担が大きすぎるものとされていた。しかし今、目の前でセーナは見事に『矢』を作り出したのである。セーナは多少疲労の色が見えるが、それでも平然としていた。しかし実は立っているのがやっとというほどだった。ホームズたちは言うべき言葉が見つからなかった。

「今日はとても楽しかったです。また時間があったら会いたいです。」
三人は再び港に戻ってきていた。
「おいおい、俺たちは自分達の故郷を救うために戦っているんだ。そんな遊びにいつまでも付き合ってられるか。」
と言いながら、表情はまんざらでもないようだ。
「それじゃ、今度はグラナダを解放した後ですね。」
そう言ってセーナは船に飛び乗っていった。船が大船団に吸い込まれるように進んでいく。そしてセーナが甲板から手を振っている。ホームズたちもセーナの船が船団に入るまで見送っていた。

セーナは船団がイスラ島を見えなくなるまで離れると、自室に戻り深い眠りに入った。やはり魔力の具現化がこたえたのだろう。セーナの乗る船は闇の中もものともせずに東に向かっていた。セーナはさらに一ヵ月後、自分の身を案じてくれる幼馴染みであり、ユグドラル大陸の北部を治める国の一つ、シレジア王国の王子であるライトと結婚することにした。婚礼の儀式はそれからさらに五ヶ月後に決まった。このことで事実上、コープルの役目は終わったが、彼はユグドラルに帰ろうとはせずに、この二人を見守るべくガルダ島に残ることにした。リーベリア解放戦争も激しさを増す一方である。

 

 

 

 

 

最終更新:2011年07月07日 02:40