今、ライトは魔道書なしで風の聖魔法フォルセティを唱えようとしていた。たとえこの祭壇の主(今は剣士の姿をしているが、実体はフォースドラゴン)とて耐えられるものかはわからない。セーナの制止も聞かずにライトはすでに最後の文の詠唱を終え、発動しようとしていた。その時セーナがバンダナをほどき、主とライトの間に割り込んだ。予想外の行動にライトはためらうが、すでにフォルセティは発動されていた。聖なる青い風がセーナを襲う。だがバンダナをはずして自らの魔力も解放したセーナの魔法防御能力は神と融合したライトの魔力をはるかに凌駕していた。また魔道書なしの発動で威力が半減していたことも幸いしたのか、セーナは自らの魔力を使って聖武器フォルセティを打ち消したのだ。ライトが我に返ったとき、目の前に広がっていたのは顔色を一つも変えない主と、魔力を大量に消費して息を荒げているセーナの姿があった。
「戻りなさい!フォルセティ。」
相手が神であろうが、珍しく声を荒げるセーナを前にフォルセティもライトから離れ、セーナの持つマスターリングに吸い込まれていった。その光景を一部始終見ていた主もようやくその口を開けた。
「さて決戦をはじめましょうか。聖戦士バルドの末裔よ。」
その言葉に祭壇全体が大きく振動を始めた。セーナのリカバーで体力を取り戻したフィードが自分を見失っているライトを担いで祭壇の隅に戻っていくが、当のセーナは動こうとはしなかった。
「フィード、慌てないで。この祭壇はよく出来ている。壊れることはないわ。」
とセーナがフィードを落ち着かせた。しかしセーナの目前には先ほどの剣士の姿はなく、『白き竜』の姿をしたフォースドラゴンが神々しくその姿を三人に見せていた。そして『白き竜』がゆっくりと双眼を開けた。決戦の始まりである。先手を取ったのはやはりフォースドラゴンであった。フォースドラゴンは翼を動かして祭壇の天井まで上昇してから滑空してセーナに迫った。しかも鋭いつめもセーナのほうに向けられており、さながら一つのドラゴンに何人もの竜騎士が槍を構えているようにさえ見える。セーナはドラゴンの方向とは垂直方向に飛んで難を逃れ、すかさず光の魔法ライトニングを放った。ライトとの魔力の相殺で最大限の能力を発揮できなかったが、フォースドラゴンにその実力をあらわすのには十分だった。滑空しながらライトニングを避けたフォースドラゴンだったが、その直後、セーナの光の剣がドラゴンの腹を斬っていた。その血しぶきで血まみれになるセーナだったが、臆せずに再びフォースドラゴンに斬りかかった。それに対してフォースドラゴンは翼を激しく動かして、セーナに対して真空波を放った。どうにか真空波を窮したセーナだったが、気がつくとドラゴンの尻尾によって弾き飛ばされていた。だがセーナもただ攻撃を受けただけではなかった。無理な体勢であるにも関わらず、再びライトニングを放ったのだ。不意をついたライトニングはドラゴンの頭部に炸裂したが、それを放ったセーナは祭壇の壁に激突していた。しかしフォースドラゴンもまたライトニングで方向を見失い、ちょうどセーナのぶつかった壁とは反対の壁に激突した。その瞬間、ドラゴンのいた方の壁が大きな音を立てて崩れた。しばらくするとドラゴンのいるはずであった場所は壁を構成していた大岩の山になっていた。一方のセーナは真空波と尻尾の攻撃で大ダメージを受けているにも関わらず、平然と立っていた。しかし彼女の衣服はすでに破れたところもあり、それだけでなく血が流れているところさえあり、危険な状態になろうとしていた。祭壇には壁の崩れる音と、セーナの荒れた息づかいが響いていた。フィードとライトは今までとはレベルの違う戦いに呆然としていた。だが戦いが終わったわけではなかった。しばらくするとフォースドラゴンがいると思われる岩山が突如崩れ始め、その中から満身創痍のドラゴンが出てきた。
「さすがバルドの末裔。いやマルス殿の子孫と言った方が言いか。これ以上の戦いはお互いの生命にとって危険だ。次の一撃で全てを決めようではないか。」
「そうですね。これ以上したらこの祭壇も崩れることでしょう。」
そう言ってセーナは目を閉じ、何かの魔法の詠唱を始めた。ただ今までのライトニングとは違い、体中が緑色に光っていた。一方のフォースドラゴンはその様子を見ながら自らも最後の技のために集中しようとしていた。これを見守るフィードと我に返ったライトは一言も発せずにいた。それほどセーナとフォースドラゴンから発せられるオーラのようなものが尋常ではないのだろう。特に我に返っていたライトでさえ固唾を飲んで見守ることしかできないことがその状況を説明するのに十分であろう。詠唱を終えたのか、セーナが両腕をフォースドラゴンにかざした。よく見ると両手の中間にはこれからの大技の元となる小さな魔力の固まりが出来ている。それが次第に大きくなっていくのがライト達の目でもよくわかった。しかしフォースドラゴンからは何の変化も見られなかった。そうしている間にもセーナの魔力は次々に最後の大技のために注がれていた。そしてついにセーナが叫んだ。
『フォースブロウ』
その魔法は使う者の体力を奪うものとしてユグドラルでは禁じられているものだった。今、彼女はその禁忌の術を使ったのだ、自らの道を信じて。猛烈な光と風がフォースドラゴンを襲う。しかしフォースドラゴンは守りを固めるだけで、セーナへの攻撃をしようとしなかった。しかしそれがフォースドラゴンの狙いだった。
「それがお主の技か。私のバリアがそれを突き抜け、この私にダメージを与えたらお主の勝ちだ。さぁ、ガルダの守護神たる私のバリアを突き抜けられるかな?」
そう言う間にすでにセーナのフォースブロウはフォースドラゴンのバリアと接触していた。フォースブロウとバリアの激突は周囲に暴風と強烈な光を拡散させ、その余波はフィードやライトにも届いていたが、ライトの魔法防御で十分守りきれる程度であったために大事に至っていない。だがさきほどのドラゴンの激突でもろくなった祭壇にとってこの暴風は厳しいようだ。この暴風でフォースドラゴンが突っ込んだほうの壁は2メートルほどさらにえぐられていた。だがいまだにフォースブロウはフォースドラゴンのバリアを破るまで至っていない。そしてついにセーナは賭けに出た。自らの魔法防御をフォースブロウへの魔力に変換したのだ。これは自ら起こしているフォースブロウの余波に身を傷つけることになるが、フォースドラゴンのバリアを打ち破るためにとこうしたのだった。セーナの魔法防御を変換したためにフォースブロウの威力こそ倍増し、少しずつだがフォースドラゴンのバリアに食い込み始めていた。しかしバリアにはじかれた魔法も着実にセーナの体を蝕んでいた。それでもセーナはまだ魔法防御の変換を続けていた。それほどの決意がライト達はもとよりフォースドラゴンにも伝わってきていた。そしてついにそのときが来た。突如強烈な破裂音と衝撃波が祭壇中を駆け回る。それに少し遅れて断末魔の叫びが祭壇中に響き渡った。セーナのフォースブロウがフォースドラゴンのバリアを打ち破って、ついに本体への攻撃に成功したのだ。気がつくとそこにはおびただしい血を流すフォースドラゴンが横たわっていた。実はフォースドラゴンはセーナと逆に全ての魔力を魔法防御に変換してフォースブロウを受け止めていたのである。なので自己回復能力を発動できずにただ倒れることしかできなかった。完全にフォースドラゴンの負けである。しかし自らの魔法で同じく身を削ったセーナはフォースドラゴンの側に駆け寄ってリカバーをかけていた。お互いの健闘を称えるためである。そしてセーナの側には彼女にリライブをかけようとするライトの姿もあった。

あの決闘から5時間後、フォースドラゴンは南山の洞窟の出口までセーナたちと共に来ていた。セーナのリカバーのおかげですっかり傷も癒えていて、初めて姿を現したときと見た目に変化はなかった。そしてフォースドラゴンは古の約束に従い、セーナのユトナ同盟支援の手助けをするためにユグドラル義勇軍に加わることとなった。

 

 

 

 

 

最終更新:2011年07月07日 02:42