レダ解放戦争終結から5年後、いまだにガーゼル教国とカナン・エリアルの争いが続く中、愚かにもサリア王国で反乱を起こした人間がいた。サリア国王の弟であるアハブである。彼は今ごろになってサリア・レダ戦争の敗戦の原因を国王に押し付け、そのざんげをさせると名分を立てこの行動に出たが、いかにも難しい言い分である。しかし国土復興に全力を注いでいて軍備に力を入れていなかった国王軍は見事にアハブ軍に負かされ、さらには王妃マリアの弟ロベルトも戦死する始末であった。国王軍を完膚なきまでに打ちのめしたアハブ軍の勢いは天も突こうとしているほどで、そんな軍団にサリアの王城も守りきれるはずがなかった。結局サリア王国はわずか6日の反乱で国王の死で滅亡したことになる。だがこれを是とせずにアハブに対抗する人間がいた。王妃マリア、ロベルトの弟であり、レダ解放戦争で英雄の英気に触れて成長したレオンハート、その人であった。彼は旧王国軍を収容して、さらに国力のあるブラード、セルバの二都市から徴兵し、一大兵団を瞬く間に築いた。そして両軍はブラードと王城の中間にある東ブラード草原にて衝突した。だがここにはレオンハート陣営、アハブ陣営のどちらにも組していない勢力があった。王家の近衛隊隊長であったザカリア率いるサリア重装騎士団であった。アハブ躍進のきっかけは彼に不戦の約を取り付けたことが大きく影響していたが、レオンハートとの戦には動向不明のまま、この戦に臨んでいた。

両軍遭遇してから3日、お互いに腹の探り合いをしていて活発な動きはとらずにいた。これがこの戦がサリア王国の覇権をかけたものであることを証明させていた。もちろんザカリアの元にも陣営に誘う使者がどちらからもひっきりなしに訪れていた。もはやザカリアの参戦が勝敗のカギとなっていた。
「将軍、アハブ大公から使者が参りました。」
「追い返せ!約束をやぶり国王を殺した人間の使者の言葉など聞きたくもない。」
その声にはもはや怒気が含まれていた。ザカリアの不戦の密約は国王を保護するという条件のもとで結ばれていた。だが先に触れたようにアハブは国王を殺しており、あろうことか公言している。といってレオンハートにつかないのはただ若いものにつくことへの抵抗があるだけだった。この場合、レオンハートになびきそうな状態にあるといっても過言ではなかった。だがこの使者がその状況を一変させた。
「それが大公の血印が押された書状を持っているのです。」
血印。それはこのサリア王国では機密文書級の書状にのみ付けられたものであり、戦時中に使うことはめったになかった。
「血印か。よし書状だけ受け取れ。」
そういって側近はテントを出て行った。
(アハブ大公よ、何を企んでおる)
ザカリアがアハブの意図を読み取ろうと、必死で頭の思考回路を働かした。しかし妙案は出てこない。そうしているうちに先ほど出て行った側近が一つの書状を持って戻ってきた。側近はザカリアにそれを机の上において、そそくさとテントの外に出て行った。ザカリアはそれをつかみ、封を切った。
(なるほど確かに血印だ。)
ザカリアは書状を広げ、隅から隅へと目を通したザカリアの表情は驚きに満ちていた。その書状の内容はまず、ザカリアの不戦に対して敬意を表し、この戦の援軍を要請するものであり、最後には「我々に敵対する場合は国王夫妻及び小マリア殿には死んでいただく」と書いてあった。つまり国王は生きているのだ。だがアハブに弓を向けた場合に彼らは今度こそ殺されてしまうということであった。王家への忠誠を忘れていないザカリアは迷いに迷った。レオンハート軍はサリア王国復興をスローガンにしているが彼らに味方をすると王家の血筋が途絶えることを意味し、新王政樹立を目指すアハブ軍は逆に王家の人間を玉にしている。その日、ザカリアは眠れない夜を過ごしていた。

それからさらに3日後、ついにアハブ軍は攻勢に出た。もちろんレオンハート軍もそれに対して迎撃をする。東ブラード草原は両軍の兵士の喚声と血しぶきで満たされていて、大陸の混沌を表しているようでさえあった。そんな中、ザカリア軍も慌ただしく軍備を整えていた。戦いはザカリア軍の様子見より一進一退の攻防が繰り広げられていた。だがその戦い方は明らかに異なっていた。レオンハートは自ら前線に出て戦うのに対して、アハブは後方から兵を鼓舞していた。その違いが戦況をじわじわと変えていっていることにザカリアは気付いていた。数に任せて攻めるアハブ軍は左右から包み込むようにして攻めてくるレオンハート軍に押され始めた。しかも前線で奮戦するレオンハートに兵達も勢いづいている。勝敗はついたかのように誰もが思った。そのときもう一つの軍団がレオンハート軍の側面をついた。ザカリア軍がアハブ側についたのである。さすがのレオンハートも二方向からの攻撃には支えられないと知ったのか、ザカリアの攻撃に合わせて迅速に兵を収拾してブラードへの撤退を始めた。もちろんアハブ軍が追撃を行ったのは言うまでもない。しかしレオンハート軍の撤退もさすがのもので撤退中にも関わらず、アハブ軍の攻撃を寄せつけずにいた。結局レオンハート軍はブラードまで被害を最小限に抑えて撤退することに成功する。だがレオンハートは反撃に転じることが出来なくなってしまっていた。所領のセルバが留守中にオークスにいたならず者たちによって制圧されていたからである。これによりレオンハートは身動きが出来なくなってしまった。だがこれはレオンハートとザカリアが示し合わせて取った行動であることはこの二人を除いて知るものはいない。すべてはサリア王国のための行動であった。

サリア王城ではアハブとザカリアの二人が宴会を行っていた。レオンハートを討ちそこなったが、これでレオンハートを孤立させたからである。だがこれもザカリアの策謀のうちであった。ザカリアはしきりにアハブを称えては何升もの酒を飲ませていた。もちろんアハブは酔いつぶれて寝てしまった。ザカリアはこのときを待っていたかのようにサリア王城を動き回った。まず始めに行ったのは国王夫妻の囚われている地下牢であった。
「国王陛下、ご無事で何よりです。このザカリア、今までの行為、悔いても悔いきれません。」
国王に向かって土下座をしたザカリアはそう言った。
「もうよい、ザカリア。過ぎたことを悔やんでも仕方のないこと。」
国王はザカリアをなだめていた。一度裏切られたとは言ってもやはりザカリアに頼るあたり、やはりわらにもすがる気持ちであったに違いない。
「ありがたき、お言葉。ですが時間がございませぬ。小マリア様を私にお預けください。」
ザカリアは本題に入った。
「今、ここにいても小マリア様には辛い日々を送られるだけ、私が責任を持って小マリア様をレオンハート殿の元に届けます。」
だが夫妻は彼を疑おうとはせずに、小マリアをザカリアに差し出した。ザカリアはその余りにも早い対応にうろたえた。だが
「何をしておる、ザカリア。頼む、娘を救ってやってくれ。」
その言葉がザカリアを我に返らせた。
(このお方はこんな私を信頼してくださるのか)
ザカリアは目に涙を満たしてながら、地下牢を後にしていた。もちろんそれを見守る夫妻の目にも涙が溢れていたのは言うこともないであろう。
ザカリアは小マリアを連れ、密かに隠し通路を通って王城を抜け出した。彼らが向かったのはもちろんレオンハートの治めるブラードであった。だが自然の多いサリアでは夜道は空より暗く、恐ろしい物だった。そんな状態でまだ産まれて数ヶ月しかしない小マリアは耐えられるはずもなく、泣き出してしまった。武道の道を突き進むザカリアにとって子供をあやすなどガーゼルを倒すより難しかった。だがこのままでは小マリアは発見され、見つかり次第、殺される。ザカリアは必死に小マリアをなだめようとしたが、やはりうまくいかない。その時、ザカリアの背後から一人の男が歩いてきた。
(大公の兵か?)
そう感じて剣を構えたザカリアの目に映ったのはひとりの司祭だった。
「これ、どうなされた。」
司祭はザカリアに問いた。ザカリアはことの詳細を司祭に話して、援助を求めた。事情を知った司祭は手際よく小マリアをあやして、瞬く間になだめてしまった。ザカリアはこの時にこの司祭に任せようかという思いがよぎった。しかも小マリアがこの司祭に抱きつきながら眠ってしまうのを見守っているうちにその感情が強くなっているのを自分でも感じていた。そしてついに
「司祭殿、どうか小マリア様を連れて行ってくれませんか?彼女もあなたと共にいるのが、嬉しいようだ。レオンハート殿の元に連れて行っても結局争いがあるには変わらない。私も国王も小マリア様には純粋に育って欲しい。どうか、頼みます。」
ザカリアは気がつくと頭を下げていた。さすがの司祭もこれを断ることができずに
「わたしの元で預かってもよろしいのですか?」
その司祭が改めてたずねた。ザカリアは王城の方へ向かい歩き始めていた。そう小マリアを頼んだと言う証であった。司祭はすでに寝息を立てている小マリアを抱えて、一路マールへと向かった。そして、その司祭の名をロウと言った。

 

 

 

 

 

最終更新:2011年07月07日 02:43