リュナンはユグドラルの皇女セーナとの会見を終えて、ホームズと合流するためにイスラ島へと向かっていた。しかもその陣容はソラの港に来た時とは桁の違う兵力を従えていた。それもこれもリュナンとサーシャの功績によるところが大きい。リュナンはホームズに今までの経過の報告とこれからの事を話し合おうと思っていた。そのためにリュナンはもちろん連合軍の将兵たちはイスラ島での戦いを予想しておらず、みな今までの戦いのつかれを癒したり、船上で宴を開いたりと、のんびりとした航海だった。しかしソラの港からイスラ島までたとえ大船団でも半日とかからない。さすがに連合軍としての規律を守るためにオイゲンは各軍船を注意、鼓舞しつづけていた。一方天馬騎士団の副隊長を任されているマーテルは天馬と空中散歩している時にイスラ島に不思議な光が光っていることに気付いた。しかも一回や二回ではない、もうマーテルが数えているだけで50を越えていた。さすがにおかしいと思ったマーテルはサーシャを経由してオイゲンにこのことを伝えた。オイゲンもそれには何か引っ掛かったのか、すぐさま偵察隊をイスラ島に先発させた。と同時に艦隊西部を任せていたナロンから連絡が入った。その内容はイスラ海賊らしき小船団がイスラ島に向かっている、との事だった。逐一報告を聞いていたリュナンはイスラ島を眺めていた。
(いったいイスラ島に何が起ころうとしているんだ。)
謎の光に、追い払ったはずのイスラ海賊、リュナンは不思議に思わずにはいられなかった。ただウエルト王宮を経ってからリュナンと常に同行しているエンテはこの光を何か召喚している杖から発するものだと感じていた。だが確証がないためにリュナンには黙っていた。しばらくして先ほど先発させた偵察隊が驚くべき情報を持って来た。
「申しあげます!イスラ島のいたるところにゾンビがいます。しかも一部の陸地は毒の沼地と化しており、彼らの楽園となってしまっています。」
その言葉にリュナンもオイゲンも返す言葉がなかった。イスラ島はもともと沼の多いことは有名であったが、彼らの調べたところではイスラ島にゾンビが発生する理由も、毒の沼が発生するはずもなかった。
「リュナン様、イスラ島から発せられた光はゾンビの杖から発せられたものです。誰かがゾンビの杖を何度もつかったとしか考えられません。」
端を切ったのはエンテだった。
「ゾンビの召喚!しかし誰が。」
「わかりません。ただ先ほどからずっと何度も光っていることから考えると、かなり魔力のある人だと思います。」
「それじゃ、イスラ海賊の手のものではないな。とにかく僕らは真実を探して、ホームズを見つけなければならない。オイゲン、ナロンには西から迫っている海賊たちを追い払うように命じてくれ!残った部隊で上陸しよう。」
「かしこまりました。」
と言ってオイゲンがナロンの艦隊に使いを送っていた頃、リュナンは天を見上げて叫んだ。
「マーテル!まだ光は発してるか?」
「いえ、もう発していません。あとここから見るに、発信源は島中央部にある砦に少し離れた所です。」
そのときリュナンの乗る指令艦の上空を飛んでいたマーテルはその天馬騎士の長所である視力を生かした細かい情報をリュナンに伝えた。
「そうか、わかった。それじゃマーテルはサーシャと共に先に行って、この船団の上陸する地点付近のゾンビを蹴散らしておいてくれ。」
「かしこまりました。」
マーテルは一騎をサーシャへの使いとして送り、先発隊としてイスラ島に飛んでいった。それから少し遅れて
「リュナン様、私も行ってまいります。」
と叫びながら天馬騎士団の本隊を率いながらサーシャもイスラ島に飛んでいった。
「元気だな、サーシャも。」
サーシャの手際よさに感心しながらリュナンはぽつりと率直な感想をつぶやいた。この言葉を偶然聞いていたオイゲンは喜ばしく、エンテは複雑な表情をしていたことに誰も気付かなかった。
一方、砦に残ったホームズとシゲンはリュナン軍の天馬騎士団の到着を眺めていた。
「さすがリュナンだぜ。第一陣であんな数かよ。しかもみんな天馬騎士団だぜ。」
ホームズはまるで島に起こっている事がわからないかのようにのんきな口調で言った。もちろんその直後、シゲンから冷ややかな視線を浴びせられたのは言うまでもない。
「まさか島のゾンビを全てリュナンに任せるのか?」
「そんな無常な奴じゃねぇよ、俺は。そら、行くぞ。」
そう言ってホームズはロングボウを取って、階段を下りていった。シゲンも愛剣デュラハンの状態を確認してからホームズの後を追った。二人は砦の門の前に立っていた。
「どの辺まで掃除するんだ?」
シゲンがホームズに聞く。
「それは決まってんだろ。」
ホームズが腕を回しながらシゲンに言い始めていた。シゲンもホームズのその答えを待っていた。
「当然、この砦付近だけだ。」
「おいっ!」
シゲンの期待した答えとは違ったようだ。すかさずシゲンの平手がホームズに向かって飛び出していた。
「おっと。」
読んでいたかのようにホームズが体をひねらせて、シゲンのツッコミをよけた。
「お前、ひどいやつだな。やっぱりリュナンに任せるのかよ。」
「しょうがねぇだろ。俺たちは昨日までの戦いで疲れてんだ。無理に戦って変な犠牲者を出しちゃ、どうしようもないだろ。」
確かにホームズの言うことは正論である。たとえ相手がゾンビだろうが、魔物であることには変わりない。油断をすれば全滅することはないだろうが、士気が砕けることは十分ある。それだけ魔物を相手にするのは人間相手のとは違うと言うことを、ホームズの言葉からわかる。
「ちぇっ、だけどイスラ海賊の第二軍も来ているんだぞ。そっちは・・・」
と言いかけたが、
「お前、上からちゃんと見てたか?リュナンの艦隊の一部がそっちに向かっていたろ。リュナンはそこまでやってくれてんだ。あいつに任せようじゃないか。」
「お前って、奴は・・・・」
その直後、砦の門が開かれ、シゲン隊が門に群がっていたゾンビたちを倒していく、そして遠くのゾンビたちは後ろに控えていたホームズ隊の弓矢の斉射で退けていった。そして門を閉める。1時間して、城門を開いて、シゲン隊が門に群がるゾンビたちを倒して、さらにホームズがゾンビたちを射抜き、また門を閉める。それをさらに2回繰り返したら、砦に群がるゾンビはいなくなっていた。その後、ホームズのいびきとシゲンのため息がこの砦に響いていた。
さてこれらのゾンビはどこから出てきたのか。その答えはエンテの言う通り、ゾンビの杖にあった。そしてこのゾンビの杖を使って大量のゾンビを呼び出したのは誰でもない、先ほどまでゼノ、ユニと共にいたカトリであった。宝の回収という任務を持つユニがゼノを連れて行ったために彼女は一人となっていた。彼女は育ての親であり、イスラ海賊に殺されたとされるロウ司祭をこのゾンビの杖で蘇らせることが出来ると思っていて、そこに彼女の信心深い性格が付け入ることとなり彼女の魔力の許す限り、ゾンビの杖を使ってしまったのである。気がついたときにはすでにゾンビに囲まれており、それらから逃げているうちに彼女は間接的にも彼女が作り出した毒の沼地に入ってしまっていた。

サーシャたちの活躍で上陸を迅速に行ったリュナン軍は島南部にいるゾンビたちを瞬く間に一掃した。ウエルト王城戦以来、戦がなく、ここへ来るのにゆっくり行軍していたために気合も十分たまっていたのがその要因である。いつしかイスラ海賊を苦手なはずの海戦で討ち破ったナロン率いる騎馬部隊もイスラ島西岸に上陸しており、二方向から砦を目指す手はずとなった。ちょうど宝を回収し終え、どうしようか迷っているユニを見つけ、リュナン軍で収容したが、一緒にいたゼノがカトリのことを助けに行ったことを聞いた。このことはサーシャを経由して瞬く間にナロンに伝えられ、見つけ次第、リュナン軍に収容するよう命じた。リュナン本隊も砦に向かいながら彼らを見つけようとしたが、手がかりさえなかった。
誰もが二人の生存を疑問視し始めた時、突如強力な突風がイスラ島全土に吹いた。それは島のある部分に向かって吹いていた。その部分とはカトリのいる毒の沼地だった。沼地の毒で体力を奪われたカトリは意識を朦朧としながらも辛うじて動いていた。
「ユトナ様、お助けください。」
弱々しい声に天が応えたのかどうかはわからないが、その時にこの突風が吹いたのである。そしてカトリの耳にかすかに聞こえるものがあった。
『私の名はユトナ。愛しき娘サリアの血を継ぐものよ。この世界を慈愛で満たしたまえ。』
それはウエルト大橋でリュナンに起こった物とほぼ同じ出来事だと言って良いだろう。そしてその言葉が終わった直後、カトリのしていた指輪が神々しく輝き始める。
思わぬ突風で陣形を乱したリュナン軍は次の瞬間、何も見えなくなっていた。それはイスラ島全体が強烈な光に包まれているためであった。リュナンは兵達のどよめく声を聞きながらこの光に対して懐かしさを感じていた。
(この光はなんだ?ウエルト大橋でも同じようなものがあったな。)
光が収まりリュナンたちがあたりを見えるようになった時、誰もがその目を疑った。前方に巨大な火竜がいるのである。
「オイゲン、あの竜は何なんだ。」
「あれほどの竜など見たことはございませぬ。もしかすると聖竜ではないのでしょうか?」
リュナンとオイフェはその竜を知ろうとしているものの、いっこうに結論は出なかった。ここでも彼らの疑問を解決したのはエンテだった。
「リュナン様、あれはサリア王国の聖竜ネウロンです。」
「サリアの?聖竜ネウロン?なぜネウロンがここにいるんだ。」
エンテの答えが新たにリュナンの疑問を作ってしまうこととなってしまった。こうしている間にもネウロンの威圧に怯えたリュナン兵たちが我が先にと逃げ出して行く。幸いにも船は港から放してあるので兵が流出することはないが、おかげで士気がまったくない状態に陥ってしまった。
「全軍退け!」
と叫びかけた瞬間、ネウロンは突然光を発しながらその姿を消していっていた。リュナンは何事かと思いながらもそのネウロンの消えた地点に足を向けていた。そこには一人の意識を失いかけた少女とそれを介抱している剣士の姿があった。もちろんその剣士はホームズの親友であり、心優しき戦士のゼノであった。
「ゼノ!」
リュナンはすぐにその姿を見つけて駆け寄った。状況を知ったエンテも癒しの杖を持って駆けつけた。
ゼノはユニと分かれて以来、カトリをずっと探していたが、結局探すことができずに聖竜ネウロンと遭遇した。出現時、ゼノはちょうどネウロンの目の前にいたためにさすがに死を覚悟したが、気がつくと周囲にいたゾンビが灰になっていた。どういうわけかわからないまま立ちすくんでいたら、突然ネウロンが姿を消し、フラフラになっているカトリが出てきたのだ。そして彼女を介抱していたときにリュナンたちと遭遇するまでに至ったのである。
エンテの癒しの杖で元気を取り戻したカトリはゼノとリュナンに事情を説明されていた。自分自身も混乱していたためにエンテも交えて、時間をかけ、カトリを不安にさせないようにやんわりと説明した。その間にナロン率いる騎馬部隊が合流し、カトリへの説明を終えたリュナン軍がホームズのいる砦に入った頃には日が暮れかけていた。とにかく長い一日が終わったのである。
もちろんこの事態をホームズがただ寝ているはずはなかった。シゲンにより頭にたんこぶを3つぐらいできていたものの、砦の屋上からネウロンの姿を終始眺めていた。そしてネウロンが去ってからは門を開けて、リュナンたちの到着をまたもベッドの上で待っていた。

激動の一日がたち、張本人のカトリはいまだに生粋の明るさは内に引っ込んでいて、その顔は悲しみと戸惑いに満ちていた。その日、一日かけてエンテがカトリと一対一で話し合ったこともあって、ようやく次の日には明るさを取り戻していた。一方のリュナンはホームズやシゲンにウエルトの事情やユグドラルのセーナのことなどを詳細まで説明して、これからの行動を話し合った。ただこの間、真面目に聞かないホームズとオイゲンのケンカでこちらも丸一日をかけてしまったのは想像できる。同じ一日でも男同士の一日の過ごし方と、女同士による一日の過ごし方の違いがここにはっきり表れている。余談だが、サーシャやナロンらは島の再整備に当たっていた。リュナン軍はこれからはマール経由でセネー方面に向かい、ホームズ軍は正規軍のいなくなったウエルトの治安の確立をめざすこととなった。これにより数の少ないホームズ軍にリュナン軍から戦力を調整するために幾つかの部隊を送ることとなった。そしてホームズ軍に送られることになったのは次の部隊である。
ラゼリア軍 騎馬部隊+ヴェガ
リュナン・パピヨンを除く歩兵部隊
ウエルト軍 マーテル配下の天馬騎士団
リュナン軍はイスラでの編成を終えてから二日後、ネウロンで動揺していた兵達も落ち着きを取り戻したところでリュナン軍はホームズ軍より先にマールへ向けて旅立った。そのマールの地では獅子王子と称えられているリチャード率いる西部諸侯連合軍とイストリア王国との激戦が展開されていた。今、戦いの舞台はウエルトだけでなく、リーベリア全体にあることをリュナンはひしひしと感じていた。

 

 

 

 

 

最終更新:2011年07月07日 02:44