リュナン・ヴァルス連合がグラナダで篭城する前、ロファールが率いるウエルト王国を中心とした西部諸侯連合軍は大陸で一、二を争うほどの要害・バルト要塞へ向けて進軍していた。その中には後にリュナン、セネト、ホームズと並んで英雄と称されたマールの獅子王子リチャードの姿があった。しかしマール軍のほとんどは父の遺臣ばかりで構成されていてマール軍の指揮官であり自己主張の強いリチャードと配下の武将との衝突は絶えなかった。彼らがリチャードと共にしているのはその戦の上手さによるところが大きい。つまりリチャードにとって一度の戦敗が全てを失うことになるのかもしれないのだ。そしてリチャードにとってこの戦いは彼の人生で最大の試練とも言えよう。そしてリチャードはこの試練に敢然と立ち向かったのである。しかし重臣達は彼のそんな決意を知る由もなく、ただ出世のために総司令官ロファールに何とか気に入られようとしているのだった。これが後に人間不信の性格、よく言えば、慎重な性格を植え付けることとなるのは言うまでもない。
しかし時はそんな決意をしたリチャードに天運を呼び込むことはなかった。イストリアの内応を知り、迅速にバルト要塞を落とした連合軍であるが、総司令官ロファールの読みが最悪の方へと転がってしまい、エルンスト率いる帝国軍とギュネス・ロナルド親子の率いるイストリア軍に挟撃されてしまう。そして真っ先にこの挟撃を受けたのがマール軍だった。結束は皆無とさえ言われた当時のマール軍は予想以上の善戦をする。合戦になるとやはり血が騒ぐのか、マール軍の将はリチャードの采配に従って、彼の手足のごとく動き出したのだ。それでもやはりロファールのご機嫌取りに行っている者もいて、戦える兵は従来の半分でしかなかった。マール軍はまず陣容をよく知っているイストリア軍への攻撃を始めた。もちろんその際、帝国軍の攻撃を背後から受けるが、背に腹は変えられずにいた。マール軍の戦上手はリーベリアでも有名なのか、4倍のイストリア軍と同等の戦いをしていた。これでもし先ほどロファールのご機嫌取りに行っていた将の部隊が戻っていれば、イストリア軍を破っていて窮地を脱していたかもしれない。しかし西部諸侯連合の盟友であり、マール軍の側面を守らせていたノール軍が壊滅して、勢いに乗るイストリア別働隊に横腹を貫かれ、これでマール軍は大混乱に陥った。さすがのリチャードも負けを感じたのか、周囲にいる兵をまとめてイストリア軍に突撃した。もちろんこれを切り開いて血路を開くためである。リチャードの周りにいた兵は彼のために命を賭して主君のために戦い、ついに血みどろのバルト要塞からの脱出に成功する。しかしすでにリチャードの周りには彼の唯一の理解者であるロレンス将軍と5人の供しかいなかった。そしてこれがリチャードにとって全てを失った瞬間でもあった。彼の所領だったマールはバルト戦役に勝ったイストリア軍によって制圧されたが、落城までにリチャードがマール王城に現れることはなかったという。
マール落城から数日、西部諸侯連合は少ない兵で、マールを吸収したイストリア軍と決死の攻防を繰り返していた。有力な指導者がいない西部諸侯連合からすれば侵攻を許していないと言うことは奇跡的である。そしてこのとき、誰もがマール王国の存在を実感したのである。今までは言うまでもなく、西部諸侯連合の玄関的役割を果たしていたマールは交通、戦略上のどちらにおいても重要な位置であった。そこを治めるマール王国は幾度もイストリアと和戦を繰り返していたが、戦時下には西部諸侯連合のほとんどは見知らぬふりをしていて、援軍を送ろうとはしなかったのである。それはマールの豊かさをねたんでの行為であった。しかし歴代のマール王はそれをとがめようとはせずにあたかも当然のように幾度もイストリアから西部諸侯連合を守っていた。それはリチャードにも受け継がれていたが、さすがに帝国とイストリアでは今までの慣習では辛かった。それから西部諸侯連合はマールが滅亡して、ようやくその存在の意味の大きさを知るのだった。西部諸侯連合は今、英雄を求めていた。しかしマールの獅子王子リチャードは相も変わらず行方をくらませている。そしてこのリチャードが運命の出会いを果たすのはもう少し後のことである。