今は野に下ったリチャードは西部諸侯連合ではもっとも辺境にあるというトレンテ公国を訪れていた。ここの太守がリチャードを探し出して、興味深い情報をもたらしたのだった。その情報とは、レダ王家に連なる女性が会いたがっている、というものだった。西部諸侯連合にとってレダ王国はマール王国よりもはるかに影響力を持った国である。しかしサリア・レダ戦争以降、魔竜クラニオンにより滅ぼされて以来、王家の人間とはまったく通信をしていなかった。そのために西部諸侯連合はもとよりマール王国もレダ王家が滅んだものと見ていたのだ。リチャードは最初は乗り気でなかったが、腹心ロレンスに説得され、気がつくと辺境の地トレンテ公爵家を訪れていたのだった。
リチャードは久々に豪華なベッドで朝を迎えた。リチャードには二ヶ月ぶりに王族クラスの生活に戻ろうとしていたので上機嫌だった。というよりは今までがよくロレンスや部下達に八つ当たりしていたことからかなりイライラしていたが、ようやくそれから解放されたといったほうが正確である。リチャードは身なりを整えて、トレンテ公に会い、ついに本題に切り出した。
「トレンテ公、早速だが、レダの王女に会わせてくれないか?」
国を失ったとはいえマールの王子である自負心を忘れていないリチャードらしい一言である。リチャードに幾度かあったことのあるトレンテ公はその言葉遣いを気にせずにいた。それどころか彼に敬意を表しながら
「おお、そうであったな。誰かティーエ王女を連れてきてくれ。」
というほどである。よほどリチャードの力量を見切っていない限り、逆に斬りかかってもおかしくないほどの状況にも関わらず、トレンテ公はリチャードを持ち上げながら話しつづけた。しばらくして西部諸侯連合ではまず見られない高貴な鎧を着た少女が入ってきた。その鎧だけでも十分その家柄の良さは伝わってきたが、その少女の顔にも気品が満ち溢れていた。そしてリチャードと同様に他の人間には出せないオーラのようなものも放っていた。だがリチャードは相変わらず、滅んだとはいえレダ王国の王女に対しても同じような口調で
「ほう。お前がティーエ王女か。マールにいた時はいろいろとレダ王国にお世話になったが、まさかこんな所で会うとはな。」
「マールの獅子王子。あなたの勇名はレダにもよく伝わっています。ただその傲慢な面も何度も聞いています。」
「これはこれは、ごあいさつだな。まぁいい。ところでこの俺に何のようだ?」
リチャードとティーエはお互いに皮肉を言い合って会話を始めた。ロレンスとトレンテ公はその様子をはらはらしながら見守っていた。
「そうですね。リチャード、あなたはマール王としてこの西部諸侯連合に戻る気はないのですか?」
まさしく唐突な質問である。しかしリチャードはすでにその問いを待っていたかのように
「フン、愚問だな。傲慢な俺が負けたままでいる人間だと思うか?」
と皮肉を加えて返す有様である。だがしっかりと決意は込められているのは誰にも伝わっていた。
「確かに愚問ですね。では質問を変えます。あなたはどうやってマールを取り戻す、いやイストリアに侵攻にするつもりですか?」
そう、ティーエはリチャードの性格をすでに見切っていた。一度イストリアに敗れたまま、ただマールを取り戻すだけではなく、イストリアそのものを併合しようというリチャードの野望も。その言葉にロレンスが
「王子、それは本当ですか?」
「フ、俺もリーベリアの表舞台にいない間に、落ちたか。こんな少女に我が野望を見抜かれるとはな。」
リチャードはいまだにティーエの能力を認めていなかった。
「だが俺には兵も将もいない。だからと言って西部諸侯連合の力を借りるつもりはない。俺は俺のやり方で行くだけだ。どこか一つの公国でも乗っ取ってもいいがな。」
その言葉についにティーエが仕掛けた。
「あなたはどうしてそんなに人を信じられないの。西部諸侯連合は今や、あなたの勇士がもどってくるのを心待ちにしているのよ。それを乗っ取るだなんて。」
「さすが王女様、きれい事を並べるのは上手いな。だが現実を見てみろ!ここの人間は自分の出世のことしか考えない人間や、他人の助けを無視して自分の都合の悪い時になって他人に助けを乞う人間ばかりではないか。そいつらがいなければバルト戦役でも勝っていたのだ。」
リチャードが珍しく声を荒げた。しかしティーエも引かずに
「だからって西部諸侯連合を見捨てるの?今、ウエルト王国も内乱があって、王女派と宰相派の激戦が展開されていて、彼らを助けられないのに・・・。それに彼らにも今までの自分達の非に気付いて変わってきている。だから今までイストリアに五分で抵抗できてるんじゃない。それを見捨てるって、そんなの彼らを守ってきたマール王家のすることではありません。」
リチャードの言うことも確かだったが、ティーエの言うことはリチャードの言うことを密かに認めながらも彼の考えを変えさせようとしていた。一方のリチャードは朝の上機嫌は吹き飛んで、顔を真っ赤にしていた。そしてリチャードにとって人生で最大の失言を放つ。
「フン、口では何とでも言えよう。良かろう。お前の言うことも信じてやってもいい。ただしお前が俺に勝ったらな。」
と言って、気がつくとティーエの前に一本の剣が刺さっていた。つまり決闘の意味である。
「お前が勝ったら、俺はお前の言う通りに動いてやる。だがお前が負けた時、俺の妻となってもらおう。そして俺の手足として働いてもらう。」
トレンテ公もロレンスもそれには危険と感じたのか、制止しようとしたが、それより早くティーエが目の前の剣を引き抜き、リチャードに向けてこう言い放った。
「それはあなたらしい考えですね。いいでしょう。負けたらあなたの許嫁になりましょう。」
そういってティーエとリチャードは王宮内にある闘技場に向かった。トレンテとロレンスも心配そうに見守りながらもついて行かなかった。ここは敢えて二人自身で決めてもらうためである。
ティーエとリチャードは闘技場の舞台でお互いを見合っていた。
「フン、獅子と言われた俺に勝つつもりでいるのか?」
「勝たなければいけません。私の信じた道を貫くため、そしてあなたに人を信じさせるために。」
そう言ってティーエが赤い布を飛ばした。決闘の始まりである。ティーエはトレンテにいるときからその時のために訓練を怠っていなかった。しかし毎日が戦場のようだったリチャードとは明らかに経験量が違っていた。ティーエは素早さを生かしながらリチャードとの間合いを詰めようとしたが、その都度、マールの宝ドラゴンスピアのけん制によってうまく行かなかった。一方のリチャードはまるでティーエをなめているかのように、ただティーエの攻撃をかわしたり、無駄に間合いを詰められないようにするだけだった。ティーエはそれを知ってか知らずか攻撃を繰り返す。だが次第にリチャードはティーエの罠に陥っていた。ひたすら剣技を続けるティーエはリチャードの一瞬のスキを見逃さずにファイアーを放った。ティーエの勘がぴったりと当たったように、火球はリチャードを直撃し、5メートルは吹き飛した。しかしまだリチャードはピンピンしていた。
「なるほどな。レダプリンセスは魔法を使えるのを忘れていたな。まぁ、そうではないとつまらないがな。」
その言葉を放った次の瞬間、リチャードはティーエの間合いに深く入り込んでいた。
「いいか、戦いとはこうするんだ。」
そういいながらティーエの剣をなぎ払いした。さすがのティーエもこれにはなすすべもなく、自分の剣を弾き飛ばされていた。そしてとどめを刺すようにリチャードはティーエの後ろに回りこみ、斬りかかった。気がつくと、武器も扱いやすい短剣に変わっていた。実はティーエのほうが上だと思っていた身軽さもリチャードの方が上だったのだ。さすがにティーエはそれを体をひねらせてかわしたが、まだリチャードの攻撃は終わらなかった。攻撃をはずして体勢を崩しているうちにティーエは剣を取り戻そうとしたが、リチャードはティーエの予想よりも素早く体勢を立て直して、短剣をティーエに向かって放っていた。そしてこれがティーエの左腕に当たる。しかしティーエは苦痛に体を任せずに剣の元に向かっていた。そしてリチャードがダメージを受けて行動が鈍ったティーエにとどめを刺すべく、ドラゴンスピアを構えて突進した。ティーエはようやく剣を持ったばかりで、リチャードの攻撃を避ける余裕すらなかった。
(ここまでか。)
ティーエがそう覚悟した時、ティーエには時が止まったような錯覚を受けた。そしてその直後、天の声らしきものがティーエに届いた、気がした。
『私の名はユトナ。愛しき娘レダの血を継ぐものよ。この世界を信義の心で満たしたまえ。』
その直後、ティーエの体は軽くなり、動きが決闘開始直後よりもはるかに俊敏になっているのがわかった。それはリチャードの攻撃をゆうゆうとかわして、リチャードの後ろに回りこむほどであった。そしてティーエはある剣技を放った。
『ルナティックスライサー』
それはレダ王国に伝わる奥義の中で唯一の剣技であった。そしてその技は着実に利き腕などの騎士としては致命傷のところに当たり、リチャードは槍を落として、体勢も崩した。
「バカな、俺が負けたと言うのか。なぜだ。あの動きは何だ?」
リチャードはバルト戦役の時より我を見失っていた。だがティーエは初めてリチャードに対して笑顔で
「今のはユトナ様のご加護があったから勝てただけ。でも勝ちは勝ちよ。ねっ、リチャード。約束は守ってくれるよね。」
今までのティーエとは思えない口調である。完全にリチャードはティーエに負けたのだ。そしてリチャード自身、この笑顔の前に先ほどの喪失感はなくなっているのに気づいた。
「フン、女神の加護か。それが本当だかどうかはしらないが、どのみち俺は負けたのだ。潔くお前の言うことを聞いてやる。」
だがリチャードの次の一言にはすでに彼らしさが戻っていた。
「だがイストリアまでだぞ。それ以降は俺のやり方で行く。」
リチャードとティーエがお互いに認め合った瞬間であった。
これから2日後、リチャードはティーエの許嫁を自称し、レダ王国の正統なる後継者となった。そしてレダ・マール両王国の復興と、信義を裏切ったイストリアへの反撃を旗印として西部諸侯連合はレダ連合王国として生まれ変わった。ただティーエからするとリチャードとの婚約は突然のものであったが、彼女は拒否もせず快諾しようとせず、微妙な立場に立つこととなった。リチャードらしさが戻ったのが現実だが、やはり割り切れないのだろう。とにかくティーエ自身も精鋭サイファードを率いてレダ連合王国のために、自分のために立ち上がったのだ。