マールを取り戻したリチャードであったが、それからはイストリアへ侵攻しようとは思わなかった。というよりはできなかった。マールを抑えたことでセネーに駐留する帝国軍に横腹を突かれかねないからだ。そしてリチャードはそれをある人物に当たらせることでイストリアへの進軍を可能にさせた。言うまでもなく、今やウエルト・ラゼリア連合軍を率いてマールに上陸したリュナン軍である。戦力的には多少リチャード軍に劣るものの、士気の高さは極東にあるガルダ島のユグドラル軍に匹敵する強兵ばかりであった。リチャードはそれを利用してやろうと踏んでいた。リュナン軍のマール上陸を知ったリチャードはすかさずリュナンの元に使者を送り、彼らをまだ制圧したばかりの王城に招いたのだった。
一方のリュナンといえば、マールに上陸した直後、エンテの友人であるメリエルを仲間に加え、市街地で武器や道具の調達をしていた。といっても担当はオイゲンやナロンに任せていて、リュナンやエンテ、サーシャ、ラフィンらは久々の休暇をここで楽しんでいた。マールは以前にも言ったとおり、交通の要所であったためにその町の規模もウエルト最大の町ソラを上回っていた。そのためにリュナンたちはそれぞれに散り散りになって、かたは景色を眺めたり、もう一方はショッピングに励んだりしていた。ついでにリュナンは後者にあたる。もちろんエンテがついてきていたのは言うまでもない。その最中にリチャードからの使者が着いたのだった。応対したオイゲンだったが、彼でもこの大きな町でリュナンたちを探し出すのはかなり骨を折ったらしく、リチャードの使者から用件を聞いたのは着いてから3時間後だった。これがもしリチャードが直々に来ていたら、リチャードはマール王宮から軍勢を呼んでいたかもしれない。とにかく戦時下にもかかわらずリュナン軍の心の余裕がはっきりでていた。

リュナンはオイゲン、サーシャ、ナロン、ラフィンら各軍団長を連れて、マール王宮を訪れていた。ただもうすでに太陽が傾いている時であった。それでもリチャード軍の兵士はリュナンたちを歓迎して丁重に玉座に招いた。後世、ティーエがその言葉として残した『光の会合』が始まろうとしていた。
玉座に座っていた獅子は英雄の登場にいつもはあがらない重い腰をあげて、リュナンに相対した。その様子を見たオイゲンはその威厳に言葉が出ずにいた。それほどリチャードの威圧感は今までの将たちとは次元が違っていた。だが対するリュナンも未来のリーヴェを背負って立つ人間である。リチャードに一歩退くわけには行かなかった。そう実感していたかどうかは疑問だが、リュナンはリチャードに対して一歩も譲らずにこの会談を進めた。しかもまるでリュナンを試しているかのような質問を冷静に、時にははっきりとした言葉でリチャードに向けて答えるほどだった。オイゲンはそういう質問が出るたびに顔を真っ赤にして怒鳴りつけたが、毎度リュナンやナロンに厳しく諌められた。だがこれだけでリュナンはリチャードの性格を見切っていた。そして以前、ティーエがリチャードに浴びせたのとほとんど変わらない言葉をかけた。
「あなたは何を恐れているのですか?我々はぎりぎりの戦力で戦っている。あなた方も同じでしょう。それなのに同じ反帝国を掲げるものがどうしてゆがみあうのですか。それこそ帝国の思う壺でしょう。我々はもう手を結ぶしかないのです。」
この一言でリチャードの中で何かが崩れた。今まで力に頼っていたリチャードはティーエとリュナンの二人によって『信頼』というものが再び蘇ってきたのである。リチャードはこの時点でリュナンに感服して、今までの非礼を詫び、心強い盟友を得たことを実感していた。この大陸の運命をかけた会合はウエルトでの荒波にもまれて成長したリュナンによって大成功となった。しかしこの論戦が終わった頃にはすでに満月が地平線を出ていた頃だった。そのためにティーエの厚意でリュナンたちはこのマール王宮に泊まることとなった。その夕食、リチャードとティーエのおもてなしはウエルト解放の夜にあった祝勝会よりもはるかに華やかであった。それはまさしくリュナンとリチャード・ティーエが信頼しあった証である。相変わらず乱暴な言葉こそ多いリチャードだったが、ホームズで馴れているリュナンは気にもせずにリチャードやティーエと語り合った。
宴会で温まった体を冷やすためにリュナンはバルコニーに立っていた。そこに同じく夜風に当たりに来たのか、ティーエも訪れていた。
「ティーエ王女!リチャード王子を一人にしていいのですか?」
「大丈夫ですよ。彼はああ見えて酒には弱いんです。今は自室でぐっすり寝てますよ。」
それにはリュナンも苦笑いで
「そうなんですか。どう見ても苦手なものはなさそうだけど。」
「それは私も最初に見たときはそう感じたわ。でも彼にはもう二つ、苦手なことがありますよ。リュナン公子、何だかわかりますか?」
その質問にリュナンは腕を組みながら考えたが、全然思いつかなかった。
「今日あっただけじゃ、わかりませんよね。彼の苦手なものは、物事を色々な見方で考えられないこと、そして、人を完全に信じることができないこと、ですよ。」
まさしくリュナンとは正反対である。リュナンは人を過剰なほど信じると言うこともないが、ナロンやラフィンたちがリュナンに心服していることからもリュナンのそう言う面は十分なほどわかる。しかしそれに反して、戦いは下手なほうであり、ウエルト解放戦争ではしばしばラケルやラフィンに助けられたことさえある。唯一の救いがリュナンの立てた作戦が見事にヒットしていることだった。そう考えるとリュナンとティーエはほとんどの点で共通しているといえよう。
「それじゃ、王女が彼を補ってあげているんですね?」
「まぁ、そういうことになりますね。・・・・」
それからもリュナンとティーエは満月が天高く登るまで話しつづけた。

長い夜が明け、再び太陽が地平線にその姿を現した頃、リュナンたちはマール王城の城門前に出ていた。見送りにはティーエとリチャードの腹心ロレンスが出ていた。リチャードがいないのは二日酔いであるからといえば済むのだが、あのプライドの高い獅子がそのようなことを言うはずがない。リュナンとティーエはお互いに目を合わせて苦笑いをしてから、リュナンは王城近郊に布陣してあるウエルト・ラゼリア連合軍のもとへ、ティーエはリチャードを介抱するために王城に戻っていった。最初はピリピリしていたこの会合は気がつくと誰もが笑いあえる物へと変わっていた。

 

 

 

 

 

最終更新:2011年07月07日 02:48