リチャードとのマールでの会見の後、リュナン軍はついにセネー街道を東上しはじめた。その緒戦としてリュナン軍は軍が北と南に分断された状態で帝国軍に遭遇するが、北部隊のラフィン、ロジャー、南部隊のトムス、ノートンの活躍で見事に帝国軍を撃破した。リュナン軍の勢いはすさまじくそのままセネー街道沿いの都市の中では最大の都市である自由都市セネーへと侵攻したのである。しかしここには帝国軍の騎兵部隊をつかさどる勇将エルンストがすでに配置されており、リュナンもその情報を手に入れていた。また帝国への税を納めることで自治を認められていたセネー都市軍はこのときにあろうことか中立の立場をとっていて、しかも傭兵団を配置してリュナン・帝国両軍のどちらかが突入してきた時に備えていた。
セネー郊外に陣を配置したリュナン軍では何度も軍議が行われ、その作戦の立案に苦労していた。それは中立しているセネー都市軍を急襲してこれを滅ぼしてから一気に砦を攻め落とすものと、エルンスト率いる帝国最精鋭軍団・第15兵団を叩くもの、機動力の優れる騎馬部隊を使って第15兵団の草原を横切り速攻で砦を落とすこと、の三つがあがっていた。だが最初のものはリュナンの騎士道が後世、問われることとなり、残りの二つは今のリュナン軍でエルンスト兵団に太刀打ちできるのか、というのが問題であった。2日に及ぶ軍議はようやく第三の速攻策で話がまとまった。作戦の準備のため、リュナン軍の騎馬部隊はその日は早く眠りに入った。一方の歩兵部隊、天馬騎士隊、重装騎士団、後方支援部隊はそれぞれ武器の手入れや作戦の確認など、慌ただしい動きをしていた。
作戦の決した日の早朝、リュナン陣営からひそかにナロン、ラフィン、ロジャーの率いる騎馬部隊が出発した。彼らは出来る限り、エルンスト兵団に気付かれずに砦を急襲しなければならない。だが前日の慌ただしい準備から悟られていたのか、リュナン軍の行動はエルンスト陣営からは丸見えだった。騎馬部隊が草原を発ち、砦に向かい始めた頃、ついにエルンスト軍が動き始めた。もちろん標的は今なお草原を横断中のリュナン軍本隊である。第15兵団の機動力はリュナン軍の騎馬部隊のものをはるかに凌駕しており、それが本隊の前衛を任されていた重装騎士団に突撃してきたのである。先ほどのセネー海岸の戦いでは10倍の兵力を前に一歩も引くことなく、前進を続けたトムス、ノートン隊であったが、さすがに今度の相手はカナン軍でもバルバロッサと双璧をなすほどの剛の者エルンストである。戦上手さはリュナンたちの比ではなく、おそらく獅子王リチャードでも負けているだろう。そのエルンストの操る第15兵団の前ではノートン、トムスらの重装騎士団はただの鉄の塊に過ぎなかった。彼らの攻撃を悠々と交わしながら、第15兵団はついにリュナンが直々に指揮をする歩兵部隊と衝突することとなった。ただそれまでにわずかだが、あるもので第15兵団の勢いが減じていた。それはピラムの雨であった。レダ解放戦争での母の活躍を聞いていたサーシャがそれを真似て、ウエルトの王都で大量に購入していたピラムを一斉に放ったのだった。もちろんそれらのほとんどが命中して、天馬騎士の天敵であるボウライダーを中心に倒していた。だがエルンストはわずかに乱れた軍勢を立ちなおして、サーシャ隊へ魔法を使える騎兵を送り、彼女の部隊を圧倒していた。まもなく空を守るサーシャ隊も洗練された魔法の前ではその数を減らして、潰走してしまうのだった。これでは主力のほとんどいないリュナン軍の歩兵部隊はたまらなかった。リュナンは急いで後方支援部隊からマルジュやメリエルらを呼び出して、陣営を強化しようとしたが、エルンストはその時を与えてくれなかった。リュナン隊本隊にはエルンストが直々に突撃してきた。主君を守るために兵士達も決死の覚悟でエルンストを止めようとするが、まったくエルンストの勢いは止まらなかった。数が多いためにリュナンに迫るまでの時間を稼ぐことができるかと思うものもいたが、エルンストの武勇はその淡い希望さえも打ち破った。そしてついにエルンストがリュナンまで2メートルまで迫った時に、オイゲンは決断したかのように
「リュナン様、こうなれば私があたります。リュナン様は今のうちに戦場を離脱してください。」
「ダメだ。エルンスト将軍は僕を純粋に狙っている。逃げるのはオイゲンだ。」
そうもめながらも鬼神は迫ってきていた。もはやリュナンの命運は尽きようとしていた。だが対するリュナンも騎士である。父の形見のレイピアを持ち、エルンストへ攻撃しようとした。しかしロジャーを打ち負かしたリュナンでもさすがにエルンストとはレベルが違った。リュナンの一撃をかわした直後、エルンストはリュナンのレイピアをなぎ払った。しかも間髪いれずにその剣がリュナンへ向けて下ろされた。兵達はグラムの悪夢を思い出し、あの時と同じように目を背けようとしたり、悲鳴をあげる者も現れた。だが強運のもとに生まれたリュナンに、三度目の奇跡が起こる。最後の斬撃が直撃する直前にエルンストの背後で一つの影が跳躍した。
「後ろががら空きだぞ、エルンスト。」
『真・双竜斬』
その影は二つの剣を駆使した剣技を放つ。エルンストはリュナンへの攻撃をやめて、その攻撃をかわした。しかも一度起きた幸運はまだ続いていた。エルンストのもとに彼の配下の兵が現れて、
「将軍、セネー砦が落とされました。このままでは騎馬部隊が戻って参ります。今のうちに退却を。」
その使者の言う通り、ナロンたちの率いる騎馬部隊は内部の混乱に乗じてセネー砦を制圧したのだった。余談だが、その内部の混乱とは帝国の抵抗勢力であるレオンハートの間者らしき弓兵の処刑をめぐって、とある黒騎士とその領主が衝突していたことである。ナロンはこの黒騎士ミンツを助ける形で弓兵レニーも救い、領主パブロフを殺害したことで砦を制圧したのだった。ミンツとレニーはナロンたちの説得に応じてリュナン軍の傘下に入ることとなり、ナロンたちはすぐに砦を出発して、サーシャからの通達で危機に陥っているリュナン本隊の救出に向かったのである。エルンストはそれを聞いてそそくさと退却を始めた。もちろんリュナン軍に追撃の余裕はなかった。ところでリュナンを救った剣士とは誰であったのか。気がつくとその剣士はリュナンの足代わりとなっていた。もう言うまでもないであろう。彼こそソラの会見においてリュナンへ信頼の証として、送り込んだパピヨンだった。彼はソラの港でトラブルこそ起こしたが、セーナの説得で一剣士として生きることとなり、影の剣士としてリュナンを守る役に徹していた。そのために今までリュナンでさえもすっかり忘れていた存在である。
まもなくセネー砦からナロンの派遣した救出部隊が到着して、負傷者を収容してセネー砦に運んだ。その夜、エンテやメルたちは寝る間もなく、負傷者の治療を行っていた。それからも十分に今回の被害の重さを理解させるには十分だった。一方で今まで図々しくも戦を傍観していたセネー都市軍がようやくセネー砦にいたリュナンのもとへ赴き、リュナン軍の傘下に入ることとなった。ついでにセネー市の帰順の時に二人の騎士がリュナン軍のもとに配属された。二人ともバージェの騎士らしく、名をシャロンとビルフォードと言った。実はシャロンとラフィンはお互いにバージェ公国再興のためにともに戦った戦友であった。今回の再会は単に戦友同士の再会に過ぎず、シャロンはバージェ騎士時代のラフィンの持ち竜・ガルダを連れてきていた。その名のとおり、今やユグドラル義勇軍のセーナに治められているガルダ島で知り合った竜である。これを契機にリュナン軍に新たな空軍が完成したことになる。それでもオイゲンは今回の戦いにおけるセネー市長の態度にひどく激情していて、それを察したナロンたちに退出させられたのである。さすがにこれからオイゲンたち将たちのイライラを察したのか、リュナン軍は久しぶりに軍をここで休めることにして羽を伸ばすことにしたのだった。だがリュナン軍のもとには途切れることもなく、使者が訪れていた。今度の使者はまだマールにいるリチャードからの者であった。その使者から渡された手紙の中にはこう書かれていた。
『ゾーアに対抗せんとする聖戦士たちよ。今こそユトナの旗印の下に集え。』
つまり『ユトナ同盟』の結成である。もちろんリュナンたちウエルト・ラゼリア連合軍は各軍団長承認のもと、この同盟に参加することとなった。他にはウエルトの治安を確立するために奮闘するホームズらのシーライオン、サリアにいるレオンハート、リグリア砦を中心に活躍するエリアル傭兵団が加わり、この盟主は発足者のリチャードがなると思われていたが、当の本人はこれを辞し、本人の推薦でリュナンが盟主となったのである。思いも寄らないリチャードの動きにリュナンもさすがに躊躇ったが、リュナン軍の将兵達の説得に応じて、ここに『ユトナ同盟』の頂点たる盟主の地位に立ったのである。
セネーの死闘は史上稀にみる犠牲者を出した合戦として後世まで名を成し、しかもそれを傍観していたセネー市長はかなり辛く批判されたのも言うまでもない。だがこの戦いでリュナンが得たものも計り知れないであろう。後のバルト攻城戦やリーヴェ総力戦に活かされたのは言うまでもない。そして今、リーベリアはユトナ同盟とゾーア帝国、さらにはガルダを治めながらもリュナンを全面支援するバルド同盟軍(ユグドラル義勇軍)による3すくみの戦いが始まったのである。