「予想以上に堅かったな。」
血に染まった平原の上に集結する二つの部隊の指揮官が話し合っていた。
「そうね。やっぱり国の危機になれば、どんな国でも必死になるものよ。少し前の西部諸侯連合も同じだったんだから。」
言うまでもなく、この二人はマールの獅子リチャードとレダの王女ティーエである。マール・イストリア国境付近での戦いはマール軍六千とイストリア軍二万が激突した。イストリア軍の指揮官は王子ロナルド。マーベリック平原の戦いとマール篭城戦で味方を見捨ててイストリアに帰ってきた彼にとってすでに父ギュネスからも見捨てられている。逃げても処刑、負けても戦死、そして相手はリチャードとティーエ、見事なロナルド包囲網である。そんな追い詰められたロナルドにとって最善の策はイストリア三姉妹がノール軍を壊滅させて援軍に到着するまで持ちこたえることだった。一方のリチャードの計画は半日で彼らを撃破し、イストリア内を進みながらノールらが苦戦しているであろうノール国境まで行軍してイストリア三姉妹軍の後ろを突こうと考えていた。そしてこの意志の強さはさっきの会話からは引き分けと予想できる。結果的には初日、リチャードが焦っていたために戦術に一貫性がなくなり結局ロナルドの守備に敗れた。そして二日目、前日の勝利にリチャードを侮ったロナルドが冷静を取り戻したリチャードの前に完敗したのである。二人が誰もいなくなったイストリア軍の陣を眺めていた時、一人の兵が二人のもとに走ってきた。
「申しあげます。逃走中のイストリア王子ロナルドが別に詰めていたサイファードの兵によって討たれました。イストリア軍残党も全員降伏いたしました。」
そう言って兵士はまた情報収集に戻っていった。
「まったく逃げ足だけは速い奴だったが、さすがに今回の三段伏兵には敵わなかったか。」
今回もロナルドが逃走すると見ていたリチャードは合戦前日にティーエの精鋭サイファードを三つに分けて、一つをこの本戦に、もう二つをイストリア軍の背後に回していた。前回のマーベリック戦でロレンスの伏兵でも逃げられたことからの反省である。結局それで兵力を減らしたのが、初日の負けに繋がることとなった。
「急ぎましょう、リチャード。ノールたちが心配だわ。」
そしてリチャードが、ノール国境へ、と叫ぶ直前、また何やら使いのような人がリチャードのもとに走ってきた。
「申しあげます。ノール5世様率いる西部諸侯連合軍はすでに約束の合流場所に到着しており、リチャード様の到着をお待ちしております。」
その言葉にリチャードとティーエが目を大きく開いて驚く。
「ちょっと待て、それは本当か?」
「はい。私自身、ノール様の家臣でございますので。」
そう言ってその兵士は鎧に付けてあるノール家の紋章を見せた。
「そうか、俺達もこれから向かう。そう伝えておいてくれ。」
その言葉を聞いた使者は今来た道を戻っていった。その様子を見ながらティーエは
「謀略かしら?それとも本当にノールがイストリア三姉妹軍を倒したということ?」
質問を受けるリチャードも予想しない事態に思考が混乱している。
「とにかく合流予定の場所へ向かおう。真偽はそれでわかるだろう。」
言葉どおり半信半疑のリチャードはひとまずあの使者の言葉を信じて、合流予定地点である南イストリア平原に向かった。まずリチャードが南イストリア平原を見下ろす丘に向かい、そこからノール軍勢があるか確かめた。そしてこうつぶやいた。
「・・・・俺は夢を見ているのか?」
「君がリチャード様に雇われた傭兵だね、確かアジャスという名前の。」
その奇跡の立役者ノールはリチャードから送られたシュラムの森の住人アジャスを快く歓迎していた。彼もまたこの戦いの貢献者の一人となる。
「へぇ、国王から聞いたのよりはずいぶんかっこいいじゃないか。」
ノールは幼少の時は病弱でリチャードの前ではいつも控えめであった。そしてその時の印象をそのままマールでアジャスに伝えていた。だが今のノールは西部諸侯連合でも一、二を争うほどの美青年で、剣の腕も急成長をしていて兵法もリチャードほどでないにしろかなり身に付けている。もちろんその明るくポジティブな性格は多くの人から慕われ、リチャードとは別分野の人徳がある。唯一リチャードに足りないのは兵法、武勇、そしてなんと言っても経験というものだけである。
「本当にお前はリチャード様から遣わされたのか?」
ノールの重臣タイラーが問う。しかしアジャスは首を横にゆっくり振りながら
「いんや。明らかに邪魔者扱いされただけだろ。まぁ、俺はあんな国王の下で働いたらノイローゼになりそうだから、こっちに来れてハッピーさ。」
シュラムの里の住人とは思えない人懐っこい笑顔をタイラーに返した。これには逆にタイラーも口を出せなかった。アジャスもノールと似た性格なのだろう。
「とにかくこれで主役は揃ったわけだ。それじゃ、君にはセーラに当たってもらうよ。」
リチャードからの刺客を最後のポストに埋めたことで案外早く、ノールの準備は万端整った。あとはリチャードからの合図を待つだけとなる。ノール国境の戦いはさきほど少しだけ触れたとおり、ノール公国の当主ノール5世、リチャードの腹心ロレンスを中心とした西部諸侯連合軍5万とイストリア三姉妹軍9千がにらみ合っている。イストリア三姉妹軍の将ライラ、リーラ、セーラはもともとレダ地方の出身であったが、国土の荒廃で幼少の頃からイストリアの孤児院に身を寄せていた。そして姉妹揃って孤児院の司祭の勧めでイストリアの士官学校の門を叩いた。そこでめきめきと頭角を示した彼女達は王子ロナルドの目に止まり、イストリア軍に仕官することとなる。仕官してからの彼女達は圧政をひくギュネスとたびたび衝突を起こしていたが、ロナルドの仲介と度重なる賊討伐の功績で今の騎士団長的立場にまで登りつめている。ライラは魔法、リーラは剣と杖、セーラは弓が秀でており、その素質は明らかにギュネス、ロナルドを凌駕していた。そんな彼女達が今まで馬の合わないギュネス治めるイストリアに仕えてきているのはただ義理を感じているだけに過ぎないのかもしれない。
次の日、リチャードの元から決戦開始を伝える使者が来て、ついに戦端は開いた。ノール軍は大軍をいいことに意気揚揚とイストリアに乱入する。しかしいつのまにか三人の騎士だけがこの軍勢のはるか前方を進んでいる。まるで一騎討ちを望んでいるかのように。
「そう、指揮官がわずか2騎を連れて出てきたわけね。」
ノール軍の出方を見ていたイストリア三姉妹のライラがそう言いながら妹達に意見を求めた。
「姉さん、彼らも一騎討ちを望んでいるのなら私たちも出ましょうよ。倒せば、5万の兵が何もしないで退いて行くのよ。」
「リーラ姉さんの言う通りよ。これは渡りに船。それにもしこのまま奇襲で倒してしまえば、私たちは卑怯者と罵られるわ。」
「そうね。それじゃ、準備しましょう。決して彼らを侮らないでね。ノール5世といっても最近では急激に力をつけてきたというし、ロレンスはリチャードの猛将、もう一人の剣士はシュラムの里の住人だそうだし。」
イストリア三姉妹の能力もさることながらその配下の将たちもみな優秀であった。そしてその能力の高さがわずか一日のアジャスの情報収集を可能にしている。三人は思い思いの武器、魔道書を身につけて彼らのもとへと向かった。もちろん何も言わずとも彼女たちの後ろには6千の兵が自然についてきている。残った3千はノール軍襲来に備えて、イストリア国境のいたるところに伏せさせていたが、今回の一騎討ちに応じたことで伏兵を解除して彼らも後方のイストリア軍に合流した。こうして起伏の激しいノール・イストリア国境付近で唯一ひらけているソルド高原でノール、ロレンス、アジャスとライラ、リーラ、セーラは対峙した。ソルド高原はソルの剣を作り上げた古代の剣聖ソルドが由来となった高原であり、彼らの決戦の舞台としては申し分なかった。
「まずは俺が行ってきてやる。シュラムの里の住民の力をここであんたらに見せてやる。」
そう言いきってアジャスは飛び出ていった。対する相手はもちろん最初だけあって最も年下のセーラである。もちろん武器は得意のボウガンである。
「ちょっと待てよ。お前、弓を使うのか?飛び道具は卑怯だぜ。」
そう言いながらもアジャスはすでにセーラに向かって駆けていた。すでに決闘は始まっている。セーラもアジャスの行動予測してその地点に弓を放つが、アジャスの気まぐれ行動の前に難なくかわされるのだった。そして気がつくとアジャスはセーラを通り過ぎていた。
「そう言うことかよ。これじゃ、近寄れねぇじゃねえか。」
セーラはアジャスが自分の周りをまわらせて近づけないように矢を放っていたのである。その円に入ろうとするより先に侵入地点を矢で射て、アジャスの進入を封じていたのだ。だがアジャスも若くも熟練の剣士である。対処法はわかっていた。
「ならば、こうするだけよ。」
アジャスは左手を出して、セーラの矢を受けた。利き腕でない方の腕を犠牲にすることは有効な方法である。しかし女とはいえボウガンの放った矢である。喰らえばかなりの痛みが襲ってくるはずである。しかしアジャスは幼少のころからの言葉に表せない修行で致命傷級の傷からの痛み以外は平然としていられるようになっていた。もちろん今回も例外ではなかった。矢を喰らってもまっすぐに迫るセーラは弓を捨て
「さすがはシュラムの里の剣士ね。では私も剣でやらせてもらうわ。」
セーラは愛馬から跳躍しながら短剣を引き抜き、そのままアジャスに斬りかかった。だがアジャスはその斬撃をわずかに身をよじってかわして、反撃の斬りをセーラに放った。攻撃直後のセーラは必死に避けようとしたが、さすがにアジャスの斬撃はすばやく、左腕を負傷させるにいたった。
「これでおあいこだぜ。」
だがセーラにはアジャスとは違い、孤児育ちである。さすがのセーラにはこの痛みを耐えられなく、気がつくとその傷をかばうために剣を捨てていた。
「い、痛い。どうして、ど、どうしてあなたはそんな傷で戦っていられるの?」
「うん?俺には見守ってくれる奴がいるからな。そいつらに心配かけたくないから、我慢できるのさ。いや、しなくちゃ、そいつらに迷惑がかかってしまうな。」
だがアジャスも気がつくと剣を手放していた。
「それにしてもお前、女だろ?何であんな強烈な矢を放てるんだよ。俺も今ごろ、痛みが来たぜ。」
アジャスの自己麻酔効果は実戦だけであって、セーラが剣を捨てた時にはすでにその特殊能力は切れていて、じわじわと痛みが彼を襲っていたのである。
「わ、私だって人並み以上に訓練はしてきたもの。それぐらい出来なくてどうするのよ。さぁ、早く敗者を斬りなさい。」
決闘に敗れたものは死ぬ。多少例外(リチャード対ティーエ)こそあるが、それが今までの慣習であった。セーラもそれを感じてすでに覚悟を決めていた。
「うん?何勘違いしてんだ?今日、俺はもう剣は持てねぇし、お前を切り殺す気はねぇよ。」
「えっ?」
「それが指揮官の方針なんでな。それじゃ俺はおいとまするぜ。」
気がつくとセーラもライラに担がれて、イストリア陣営に戻ってきていた。
「姉さん、ごめんなさい。」
今のセーラにはそれを言うのが、精一杯であった。
「気にすることはないわ。あとは私たちに任せておいて。」
そう言いながらリーラは自分の相手となる次の騎士を眺めて、ただ驚くだけだった。それはそこに立つべきロレンスの姿はなく、一人の若武者が立っていた。もちろんノールであることは言うまでもない。
「どういうこと?どうしてノール5世がもう出てくるの?私を侮ってるの?」
リーラは納得いかなかったが、ライラは冷静に
「ノールはあなたと純粋に戦いみたいよ。というよりロレンスが私と戦いたいのかしら。」
ロレンスはマーベリック平原でライラに打ちのめされいる。その雪辱を晴らすために、自分と戦ってくることは自然とわかる。その意図を知ったリーラは渋々ながら前に出ていった。急成長中とはいえ未だルークナイトのノールと、実力、経験ともに申し分ないパラディン・リーラとでは力の差ははっきりしていた。しかしこの決闘は予想以上の激戦となった。リーラの波状攻撃をかわしながら、ノールは隙をついた的確な突きの繰り返しているだけで、見ている方も息ができないほどの緊迫した戦いである。時にはノールが跳躍して『疾風斬』を放って間合いを取ろうとすることもあったが、戦巧者のリーラはそれを冷静に受け止めて間合いを一定に保っていた。気がつけば二人とも馬を下り、まさに陸戦を展開していた。その戦いの最中、リーラが問いた。
「なぜそこまで戦える?」
リーラはノールの予想以上の奮戦に恐れを抱いてきていた。ノールもリーラの攻撃をかわしながら答える。
「リチャード様のためさ。あの方の足手まといにならないのが、僕の当面の目標なんだ。こんなところで僕はリチャード様の手をわずらわせたくないんだ。」
だがこれがリーラのしゃくに障ったのか今までよりも激しい斬りをしてきた。もちろんこれもノールに受け止められることとなる。
「なぜそこまで主君に尽くそうとする。」
リーラの真剣な問いにノールは今までにはないはっきりとした口調でこう言った。
「信じているからさ。」
この言葉にリーラの剣が止まった。すかさずノールの槍が炸裂する。しかし三姉妹でも最高の反射神経を持つリーラは素早く対応して、ノールの突きを受け流した。しかしノールは答え続けた。
「僕はリチャード様が誰もが安心して平和に過ごせる国を作ってくれるってね。」
だがリーラはその言葉を聞いているうちにノールの背後に回りこんでいた。首筋に剣を当てようとしたとき、ノールはすでにリーラの方へ向いていた。ノールの反射神経と俊敏さはこのとき、リーラのをはるかに上回っていた。だがノールは自分に迫る剣を払おうとせずに、リーラの胸元に槍を向けた。この瞬間、決闘は終わった。流血を望まないノールは引き分けと言うことでリーラを納得させて自陣に引き上げた。その顔には不思議と笑顔がこぼれていた。一方のリーラは何か考え込んでいるのか、浮かない顔をしていた。
「リーラ・・・。」
「ごめんなさい、姉さん。でも・・・・これで良かったの。」
「?」
ライラはその言葉の真意を掴めないまま最後の決闘の場へと向かった。もちろん対するはリチャードの腹心、ロレンスである。二人の戦いは気がつけば始まっていた。ジェネラルンのロレンスはその見た目どおり、動きが遅く、そこをライラに幾度もつけこまれるが、さすがに百戦錬磨のロレンスである。魔法防御を帯びた槍ソルディウスをフル活用して見事に防いでいた。業を煮やしたライラが一気に勝負をつけようと慣れないボルガノンを放つために長い詠唱に入っていた。しかしその間にロレンスはライラの懐まで迫ってきていた。詠唱を解いてロレンスの強烈な突きをかわしたライラであるが、その突きでライラの馬がひるんでライラが投げ出された。もとが魔道士なので身軽なライラは着地を見事に決めて再びヘルファイアーを放って間合いを取ろうとするが、すでにロレンスはそれを見切り手斧を放っていた。気がつけばロレンスに有利なはずのライラがロレンスの術中にはまっていたのだ。だがここでもう一撃加えれば、勝っていたかもしれないのにロレンスは手斧が戻ってくるまで何もしなかった。ライラは何か裏があると読んでロレンスを睨んだだけだったが、それがロレンスの狙いであった。戻ってきた手斧をがっちりと受け取ったロレンスはそれをライラに向けて構えながら、叫んだ。
「イストリア三姉妹のライラよ。すでにイストリアの命運がつきた。そなたたちまでイストリアと共に殉死する必要はないではないか。すでにそなたたちは国内の賊討伐やマーベリック平原で十分ロナルドへの義理を果たしたではないか。それなのになぜまだ暴王ギュネスに仕えるのだ。」
「うるさい。私たちはギュネスのために戦っているのではない。人質に囚われている孤児のために戦っているのだ。私たちは負けられないのだ。」
「なるほどそういうことか。ならば私を殺せ。そういうことならこの老骨の命、イストリア三姉妹に捧げてやろうではないか。そうすれば彼らは助かるのだろう。」
「なにっ!」
その直後、ライラの目に映ったのはソルディウスと手斧を捨てて両手を広げているロレンスの姿であった。今、彼は自分の命を捨ててギュネスと彼女達をわずかにつなぐ義理という名の糸を断ち切ろうとしていた。
「新しい王国を作るのに、なぜわしのような古参の武将がいる。そなたたちのような新しい世代の騎士のほうがよほどリチャード様の助けとなる。そなたがリチャード様のために働いてくださるのならこの命捨てても構わない。」
ロレンスの後ろでこれを見守っていたノールは予定と違う行動に驚き、決闘に乱入しようとしていた。
「ロレンス!」
「若殿!騎士と騎士との神聖な戦いに手出しをしてはなりません。これは私の生涯最後の戦場、花々しく散らしてくだされ。さぁライラ殿、これだけ言えばもう思い残すことはない。ボルガノンの炎でわしのすべてを焼き尽くしてくれ。」
こうまで言われればライラもボルガノンを唱えざるを得なくなってしまった。長い詠唱の末、ライラは覚悟を決めているロレンスへ向けて、大火球ボルガノンを放った。メラメラと燃えるロレンスの遺体を見ながらライラは涙を流しながらこう言った。
「ロレンス殿、私は初めて騎士というものの素晴らしさを知りました。」
リチャードのために命を捧げた猛将ロレンスはここ、剣聖の地ソルドにて人生に終止符を打った。イストリア三姉妹がそれぞれの思いを胸にとどめて陣に戻ってから、ノールはこの由緒正しい地にライラから受け取ったロレンスの遺骨を埋葬した。その目には絶えず涙が溢れていた。この戦いは引き分けと言う結果に終わったが、西部諸侯連合軍にとっては衝撃的な幕切れであった。
「そうか、ロレンスは死んだか。」
未だに悲しみを引きずるノールは合流したリチャードとティーエに今までの出来事を話していた。途中、やはり喉がつまるところもあったが、ノールは指揮官の、騎士としての務めとして全てをリチャードに話したのだった。
「申し訳ございません。」
「ノール、お前が気にすることもない。ロレンスは満足して死んでいったのだろう?」
珍しくリチャードの口調は穏やかだった。ノールはすでに言葉を出すことはできなくなっていて、首を上下に振ることしかできなかった。
「それならばいいのだ。ノール、お前はもう休め。ティーエ、側についていてやれ。」
「はい。」
ノールがティーエに付き添われて、本陣を後にした。残ったのはノールの重臣タイラーとリチャードだけである。
「タイラー、お前にも辛いかもしれないが、その後のことを教えてくれるか。」
「いえ、私は大丈夫です。あの決闘の次の日、イストリア軍は全軍撤退していて、この書状が本営跡に置いてあったのです。」
そう言ってリチャード宛の書状を差し出した。その書状の内容をまとめると、ロレンス将軍の死を悼み、それに敬意を表すること、ギュネス、ロナルドとの縁を切り、レダ連合王国に降伏することが記されていた。そしてタイラーの言うことには三姉妹は人質である孤児を救うためにまだイストリア軍を名乗り、内部からイストリアを切り崩すために現在王都に戻って奮闘している。彼女達は降伏の手土産とロレンスの哀悼の意を表すためにリチャードたちにイストリア王都を差し出そうとしているのである。
次の日、一人の使者が到着したことでようやく悲しみに暮れた夜が明けた。もちろんこの使者はイストリア三姉妹からの者である。
「ずいぶん朝早い、登場だな。」
と言ってもすでに朝9時頃である。いろいろあったリチャード軍はそのほとんどが眠れない夜を過ごしていたのがそう言わした理由である。
「ライラ様、リーラ様、セーラ様はすでにイストリア王都を取られ、ぜひともリチャード様に引き渡ししたいとの事。」
「なにっ!もう取ったのか?それでギュネスはどうした。」
「ギュネスはリーラ様が迫る直前に異常に気付かれて王都を脱出してしまい、今は北部に逃れています。」
「まったく親子揃って逃亡上手か。とにかく話はわかった。昼には王都に入ろう。そう伝えておいてくれ。」
その日の昼、ついにレダ連合軍はイストリア三姉妹の協力で戦を起こすことなくイストリアの王都へ入った。ライラたちは事前に王都のいたるところにギュネスが敵前逃亡したことと占領後の善政を約束させた掲示を立てていた。これにより市民は圧政から解放されたと実感して喜び、先頭を切って王都に入ってきたリチャード、ノール5世、ティーエは市民より熱烈な歓迎を受けた。イストリア王城で待っていたライラ、リーラ、セーラはリチャードによって降伏が認められ、事実上レダ王国の騎士となり以後レダ三姉妹としてリチャード軍に幾つもの勝利を導くことになる。
リチャードのイストリア侵攻はわずか3日でイストリアの王都以南を制圧すると言う偉業を成し遂げた。そしてイストリアと東に接するエリアル傭兵王国でもこの獅子の奮迅に刺激を受けた若き希望が立ち上がろうとしていた。