イストリア王都で結ばれたレダ解放統一戦線、レダ同盟により、リチャード治めるマール及び西部諸侯連合のレダ連合王国とテムジンの治めるエリアル傭兵王国、そしてカナンの王子セネト率いる自由カナン軍は一つの勢力としてまとまることとなった。このなかでグレースの戦いで華々しい初陣を飾ったセネトは今ではリチャードも凌ぐ人気ぶりになり、一部の西部諸侯連合の将兵は彼にあこがれを抱くほどである。もちろんこれを喜ばしく思わないのがリチャードである。今回の状況が奇しくもあのバルト戦役の状況に似ているからである。それはリチャードを超えるカリスマ性を持つ者がいることである。当時は十二英雄ロファール、そして今はカナンの希望の星セネト。決して彼ら自身はそういうつもりではないのだが、リチャードの将兵たちは主君リチャードとはまったく違う魅力にひきつけられているのである。誰よりも自負心の強いリチャードにとってこれほど自分のプライドを傷つけられたことはなく、次第に彼はセネトに対して負けん気を出していくことになる。とにかく盟主ティーエの号令のもと、イストリアとレダの国境地点である北グレースには総勢15万の兵が集結しつつあった。内訳はリチャード・ティーエ(マール、レダ連合)軍、ノール5世・レダ三姉妹(西部諸侯連合、旧イストリア)軍、テムジン・カティナ(エリアル傭兵)軍、セネト、シルヴァ(自由カナン)軍がそれぞれ3万5千ずつ持ち、残りの1万が遊撃軍としてレシエ、ヴェーヌの自由カナン空軍が配備された。リチャードとセネトにとってはこれほどの大部隊で行軍するのは初めてであるために行軍中の総司令はベテランのテムジンがとることとなった。
グレース出発の前夜、もはや魔物の巣窟と化したレダ領進入を前にした最後の軍議が終わり、諸将はすでに各々の場に戻りつつあった。兵たちは翌日から魔物のはびこる土地に行くためか、すでに明日に備えて寝ている者や、小宴会を開く者もいて、それぞれが平和な地での最後の夜を思い思いに過ごしていた。そしてここに明日からの出陣を前にして不安でいっぱいの騎士がいた。イストリア侵攻戦、グレースの戦いで大功績をあげて、ついに黄金騎士・ゴールドナイトの称号を与えられたノール5世である。もちろん黄金騎士になっただけあり、今回のレダ侵攻では西部諸侯連合と旧イストリア軍の指揮官に任命されている。それがかえってノールの不安を増大させていた。ノールがその不安を打ち消そうと酒を半ばヤケに飲んでいたところ、それに気付いた男がいた。
「ノール、明日から出発だぞ!そんなに飲んでいてどうする。」
口調からもリチャードだと容易に想像できる。
「リ、リチャード様!ティーエ様と一緒にいたのではないのですか?」
多少怒り顔のリチャードを目の前にノールの酔いが一気に冷めた。
「ティーエならもう明日に備えて寝ている。お前もこんな所でヤケ酒などせず、もう寝ておけ。お前は第二軍(西部諸侯連合、旧イストリア軍)の指揮官ではないか。そんなことでは指揮官をはずさせてもらうぞ。」
リチャードはこの言葉の後、いつものノールならば素直に床につくことを読んでいる。しかしまだ酔いが残っているのか、それとも心理的に追い詰められているのか、ノールは彼の予想し得ない言葉を言った。
「どうせなら私をはずしてライラを指揮官にしてください。」
その言葉にリチャードは自分の耳を疑った。自分の力を信じて常に前向きだったノールの言葉とは思えなかったからだ。そして気がつくとリチャードはノールの隣に座って、こう言っていた。
「どうしたんだ、ノール。お前らしくないではないか。それとも5年前のお前に戻ったのか?」
ノールをからかうリチャードであったが、ノールはもうそれを冗談と受け止めようとはしなかった。
「そうかもしれませんね。」
もはや騎士としての言葉ではない。リチャードはノールの様子を見てすでに、ノールが3万5千の軍勢を守りきれるのかという不安に襲われていることを察していた。しかしここまで弱気になっているノールに嫌気がさしたのかむなぐらをつかんで
「それほど恐いのなら、イストリアでもノールでも帰れ!だがな、お前が帰ったところでもう俺達は後戻りはできない。お前はずっとこの平和な地で仲間が死んでいくのを眺めているだけだからな。それでも戦わないと言うのなら今すぐ俺の目の前から失せろ。」
今まで言葉こそ激しくも根は冷静だったリチャードが心から叫んだ言葉である。これには周りで小宴会をしていた兵たちも何事かと寄って来ていた。リチャードはノールを放して、自分の寝床に戻ろうとしていた。そしてノールに背を向けながら、最後にこう言い放った。
「ロレンスの代わりはお前しかいないのだ。」
リチャードの腹心ロレンスの死に際して、リチャードは彼を剣聖の地ソルド高原に手厚く葬ったノールに彼の遺品であったソルディウスを与えていた。この槍、ソルディウスは代々マール王国の功臣たちに代々渡ってきた由緒正しい聖槍である。つまりこれをノールに渡したことでノールをロレンスの遺志を継ぐ者と位置付けたのである。それが意味するようにグレース戦以降は彼を一軍の指揮官にさせている。リチャードのその言葉は武骨ながらもノールの心にじんじんと響いていた。リチャードはそれからは何も言わずに自分の寝床についた。

次の日、ついにレダ同盟軍は北グレースを出発して、レダ領へと進入した。もちろんこの中には黄金の鎧に包まれたノールの姿もあった。結局はリチャードの言葉に心を動かされたのだろう。リチャード率いる第三軍がレダに進入した頃、すでに第一軍(テムジン・カティナ軍)と魔獣との戦いが始まっていた。魔獣は主にオーガとオープスが大半であったが、一部にアークオーガやドラゴンゾンビらの強敵も含まれている。しかし第一軍は度重なるガーゼル教国軍の来襲を見事に持ちこたえているエリアル傭兵軍で構成されており、魔獣の群れなど恐れるに足りなかった。特にテムジンの娘カティナは大陸一の破邪の剣士と謳われるほど、対魔獣においては隙すら見つけられない剣士である。そこに士気がレダ同盟軍の中でも最高のノール率いる第二軍が突撃してきてはたとえ理性のない魔獣でも不利を悟ったのか、そそくさと撤退していった。魔獣の襲来で乱れた陣形を戻した第一軍はそれからさらに3時間ほど進み、夕陽がレダの山に隠れる頃になると行軍を止め、その日の夜をこの地で過ごすことにした。
レダ王国、リーベリア大陸四王国で最も広大な国土を持つ大国であったが、険しい地形が多いために国力自体は半分以下の国土しかないサリア王国とあまり変わらなかった。レダ領内でも西、中央、東の各地域で国民性が異なり、純粋なレダ系の民族は中央のレダの谷を中心にした地域にしか住んでいなかった。東には今はガーゼル教国の領土になっていることからも分かる通り、(古)ゾーア人がここに住みついていて、そのためにゾーア地方とも呼ばれている。西部にはイストリアから広大な土地を得るために移動してきた移民が主なもので一部にはレダ系民族がいるぐらいだった。地理的に言えば、西部と中央部は数多くの山地や谷が多くあり、レダの谷に王城を築いていたのも天然の要塞を利用するためである。一方のゾーア地方は流刑地で有名なゾーアの谷を除いて比較的、開けた土地であったが、火山が多いために土壌は火山灰で覆われており、そのために土地はかなり痩せていた。そしてクラニオン暴走後、レダの荒廃は進み、狭くとも豊穣の地であったレダ中央部、西部も魔物たちによって荒らされ、一部では毒の沼地に変わっているところもある。こんな土地で生き延びれる人などなく、魔物の襲来を免れても飢えで死んでいく者が相次いだ。結局王国には武装した野盗しかいなくなり、多くの農民はカナンやサリアに辛くも逃れた。このレダ王国に足を踏み込んだのはクラニオン暴走後はレダ解放戦争時の解放軍のみであった。しかし今、ここに時代は変われど同じ意志を持つ勇者たちがこのレダ王国にその足を踏みいれることとなった。レダ王国王女ティーエ、そして彼女を支えるリチャード、セネト、テムジン、ノール5世、レシエ、カティナ、レダ三姉妹などがそうである。しかしレダに入り込んだのは彼らだけではなかった。目的こそ違えど、その者たちは彼らの当面の目的地であるレダ古城を目指している。その者たちの名はホームズ、シゲン、アトロム、サン、フラウ、エリシャなどなど、とにかく後世まで名を馳せたものばかりである。今、レダは再生の道へと向かっている。

 

 

 

 

 

最終更新:2011年07月08日 01:37