バルド要塞陥落からおよそ22時間後、要塞より北にあるサリアの隠れ里より火の神官家クラリスが訪れてきていた。それは彼らをサリアの村に招いて、重大な話をするためであった。リュナンはクラリスの招きに応じて、軍の半分をサリアの村に向かわせることにした。重大な話をするにしてもリュナン以外の将からすれば、一時の休養を与えられたようなものである。多くの将がリュナンに同行したかったらしいが、リュナンはセネー海岸の戦い、セネー戦とこのバルト戦で大功績を挙げたナロン、ジーク、サーシャ、トムス、ノートン、マルジュ、メリエル、エンテを共にサリアへ向かわせることにした。多少戦力的に偏りがでたバルト守備軍の指揮官にはやはりラフィンが指名され、ロジャー、ミンツがこれを補佐する形となった。リュナンは出発する直前にこうラフィンに言い残している。
「ラフィン、おそらくあと一両日中にゼムセリア軍が、レンツェン軍がここを襲ってくるだろう。別に恐れるほどのことでもないけど、準備を怠らないように。」
リュナンがサリアに向かってからさらに二日後、バルト要塞を任せられたラフィンの元に伝令が飛んで入ってきた。
「ゼムセリア軍がリーヴェ河を渡り、このバルト要塞に向かってきます。その数、12万。」
まさしくリュナンの言った通りになった。しかしなぜリュナンはこれを察知したのか。まず最初の要因としてはロファールやリチャードの敗れたバルト戦役をリュナンは詳しく知っていたことである。バルト戦役の序戦はロファールの奇襲により難なく要塞の奪取に成功したが、彼らは休む間もなくイストリア軍とゾーア帝国軍の挟撃を受けたために序戦を上回る敗戦を喫することになった。おそらくリュナンは再び同じことになることを見越していたのだろう。もう一つの要因は言うまでもなくゼムセリアの公子レンツェンハイマーの性格である。彼もリュナンと同じようにリーヴェの王族の一人になっているが、常にリュナンと見比べられて育っているためかリュナンに対しては尋常ではない敵愾心を持っている。そのレンツェンがリュナンのバルト陥落を聞けば、自分はリュナンを越えようとして自ら出てこうようとするのは今のリュナンなら十分に予測できた。ラフィンは直ちに諸将を召集して、行動に移った。戦いの直後といっても要塞東側の守備はほとんど無傷である。これを利用した戦術をラフィンは採用した。トムス、ノートンこそいないが、守備では彼らと遜色ないビルフォードやロジャーを城壁に配して、ラフィン自らは北の森に潜み、ミンツにはバルト東部の山に伏せさせた。残ったレニーやシャロンは要塞内からの射撃を担当し、これで布陣は完了した。リュナンに勝るとも劣らない手早さであった。
「フン。リュナンの軍なんぞ、一揉みにしてやる。」
意気揚揚とリーヴェ河を越えるレンツェンハイマーはリュナンを越えようという思いしかなかった。そんな私情でゼムセリア、ラゼリア軍を動かすのだからとんでもない人間である。12万もの大軍はリーヴェ河を渡ってから4時間でようやくバルトの地に入った。もちろんミンツが潜んでいる山をすでに過ぎている。
「申しあげます。リュナン公子とウエルト軍の半数はサリアに向かったのこと。」
その報せを聞いたレンツェンはますます喜び、
「バカめ、リュナン。その程度でボロボロの要塞を守りきれるはずがない。」
だが次の日、レンツェンは血の気も引く大敗北を喫することになる。
ラフィンの策は自称天才軍略家のレンツェンの策を見事に破り、強固な堅壁の前に攻めあぐねるレンツェン軍は後方からミンツの騎馬部隊、北からラフィンの竜騎士団、そして前面からはロジャー率いるウエルト王宮騎士団の大挟撃を受けて大混乱に陥った。それどころかもともとレンツェン配下にあったラゼリア軍の中からも大半の兵士がリュナン側についたこともあり、もはやレンツェンの軍は肉も骨も断たれた状態にある。そんな中、この生き地獄からレンツェンが生還したのはまさに九死に一生を得るというのに等しい。この大敗によってゼムセリアは多くの兵力を失い、現在のサリアにいるアハブ軍を大きく下回るまでになった。そしてゼムセリアの脅威のなくなったラフィンたちはわずかの兵をバルト地方の治安維持のために残して、リュナンたちを追ってサリアに向かうこととなった。
一方、クラリスの誘いを受けて、サリアの村に向かうリュナンたちは途中、衝撃的な報せを入手する。
『ガーゼル魔道士団が村を急襲。多くの死傷者が出ています。』
リュナンはそれを聞いて行軍を急がせる一方で、ある疑問にたどり着いた。
「クラリス様、どうしてガーゼル軍は村を襲うのですか?あそこには何かあるのですか?」
クラリスはリュナンの鋭い質問にわずかにためらったが、
「ガーゼルの狙いの物は今は村にありません。私が持っています。それに村は大丈夫でしょう。あなた方が今、一番頭に思い浮かんでいる英雄が村を守ってくれているでしょう。」
「?」
「とにかく今は急ぎましょう。」
その問答を聞いていたサーシャは何か引っ掛かるものがあるらしく、リュナンに一つの提案をした。
「リュナン様、私とナロンで先に村に行ってきます。」
それを聞いたリュナンはそれが今できる最上の策だと判断したのか
「そうだね。それじゃ、ナロンにも伝えて急いで向かってくれ。でも無理はしないことだ。」
「ハイ。」
サーシャは元気よく返事すると配下の天馬騎士団を連れて、飛んでいった。その後を追うようにナロン率いるリュナン軍最強の騎馬部隊が全速力で駆けていった。
そしてここは今や抵抗するものがいなくなったサリアの村。中央に位置する神殿は制圧され、クラリスが封印の谷警護のために設立した義勇軍もガーゼル軍の猛攻の前に押され始めていた。しかしある一人の騎士が前線に出てきたことで戦況が一変する。わずか一騎にも関わらず、その騎士の剣さばきは常人を超えており、しばしば
『ホワイトインパルス』
を放っては敵軍を何度も突破していた。この技を使えるものなど、大陸には二人しかいない。サーシャとその父ロファールである。そしてその騎士こそがまさしくロファールであった。振るう剣こそ安い短剣であったが、それも十二英雄の一人が使えば凶悪な武器に変貌する。気がつけばロファールは市街で暴れる暗黒兵を掃討し、祈祷師が召喚するガーゴイルやオーガをも片付けていた。しかしもはやロファールの周りにいた義勇軍もその大半が討たれ、全滅が近づいてきていた。そしてガーゼル軍は神殿付近にいた部隊をこちらに投入し始めたのである。神殿を制圧した部隊だけあって、能力は今までの者たちとは比べ物にならない。次々と味方の義勇兵が倒され、ついにはロファール一人になってしまう。さらにはさっきからの『ホワイトインパルス』の連発でロファール自身の体力がなくなっていた。これではさすがのロファールも次第に押され始め、気がつけば市街地の大半をガーゼル軍に抑えられてしまっている。ロファールも死を覚悟して最後の突撃を敢行しようとした瞬間、黒き軍団の後方を白い翼が切り裂いた。それはまさしくサーシャ率いる天馬騎士団であった。しかもさらに後方からはナロン率いる騎馬部隊が電光石火のごとくはやさでガーゼル軍に迫っていた。ロファールの存在で北側に兵力を集中させていたガーゼル軍にとって、この2部隊の猛攻は奇襲に等しかった。後ろから聞こえる絶叫にロファールの周りを取り囲んでいた兵も何事かと動揺し始めていた。もちろんこの動揺を見逃すロファールではない。サーシャ、ナロンの猛攻に、息を吹き返し猛威を振るうロファールに挟撃される形となったガーゼル軍は次々と陣を突破され、算を乱して逃げ始めた。そこにリュナン率いるリュナン軍本隊が到着した。リュナン軍はマルジュ、メリエルを中心に奮闘し、神殿をおさえていた暗黒司祭クヌードを撃破してサリアの村の解放に成功する。
「サーシャ!」
いまだに市街地に残る敵を掃討しながらロファールはついに愛娘の姿を見つけ出した。
「えっ?お父様なの?」
戦闘中なのでまだその姿を見つけられないサーシャであったが、彼女の耳は懐かしい声を確かに聞き取っていた。
「お父様、どこなの?」
サーシャの問いに答えるかのように目の前の敵にあの技が炸裂した。
『ホワイトインパルス』
倒れる敵の背後からついにウエルト王ロファールがその勇姿を彼女の前に現した。その姿を見たサーシャはまだ戦闘中にも関わらず、ファルコンから飛び降りて父のもとに飛びついた。その目には光り輝く涙が溢れんばかりであった。周りにいた天馬騎士もその光景を眺めていて涙する者もあった。もはやこの親子に会話など要らなかった。
サリアの隠れ里の戦いはウエルト王ロファールの鮮烈な復帰を飾り、幕を閉じた。しかしこの戦いで義勇兵を始め、多くの神官や市民が犠牲になったのも紛れのない事実である。
「クラリス様、申し訳ございません。もう少し早く来ていれば、これほどの犠牲を出さないで済んだのですが・・・。」
リュナンが進軍の遅さを反省し、クラリスに頭を下げて詫びた。クラリスがリュナンを弁護しようとしたところ、ちょうど市街地からロファールが戻ってきて
「リュナン公子、そなたたちはバルトで大激戦をした直後ではないか。もしそれで急いでいれば、負けていたかもしれないぞ。そう考えるとそなたの進軍はちょうど良かったのだ。」
だがその言葉よりもリュナンはロファールの姿に驚いていた。
「ロファール王、生きておられたのですね。」
「ああ、バルト戦役でクラリス殿に救われて以来、私はしばらく意識がなくなっていたらしいが、最近になってようやく今のようにまで復活したのだ。そしてクラリス殿よりウエルトのことも聞いている。リュナン公子よ、良くぞ、コッダの野望から妻とサーシャを守ってくれた。」
「いえ、それは私一人の力ではありません。それにサーシャがいなければ、私たちもコッダに勝てなかったかもしれません。」
「そう謙遜することもないだろう。サーシャも色々と迷惑をかけたと聞いている。」
「それはありません。今回の戦いでも王は彼女の働きを見ていたと思います。それほど彼女は私たちの助けになっているんです。それよりロファール王、その右手に持っている立派な剣は?確か市街戦では短剣で戦っていたと聞いていますが。」
「そうそう、リュナン公子、実はこの剣を貴公に渡そうと思ってな。この剣はマインスター、ウエルトに伝わる名剣だ。この剣でまたウエルト軍を引っ張って欲しい。」
「お言葉ですが、その剣を受け取ることはできません。なぜならロファール王にこの軍の指揮を取って、我々を導いてもらいたいからです。」
「いや、私は愚かにもバルト戦役で多くの兵を殺してしまった。そんな私が指揮を取れば、また同じ悲劇を繰り返してしまうだろう。だがリュナン公子、そなたは見事にバルト要塞を奪い、セネーではエルンストを追い返したと聞いている。そなたが指揮を取れば、将も安心して戦えるだろう。」
「しかし・・・」
なおも食い下がろうとするリュナンに傍らにいたオイゲンが注進した。
「リュナン様、ロファール様の心中をお察ししてください。」
これでリュナンも折れ
「わかりました。ロファール王がそう言っていただけるのなら、これほど心強いことはありません。喜んでそのマインスターを譲り受けましょう。」
この瞬間、ウエルト王ロファールはリュナンに臣従したことになる。つまりウエルト軍がラゼリア軍の傘下となったのである。
これから5日後、レンツェン傘下から反乱を起こしたラゼリア兵の加入により大兵団となったラフィン軍がサリアの隠れ里に到着した。ラフィンやロジャーもロファールの姿を見て、今までには見せなかった表情をリュナンたちに見せた。こうしてしばらくリュナン軍はこの里の復興のためにこの地に留まることになった。
「メーヴェ王女、なぜ本当のことをリュナン様に話されないのですか?」
「・・・恐いの・・です・。もしかしたら・・・私のことを・・・覚えて・・いないかもって。」
「これは私の予想ですが、リュナン公子はあなたのことを忘れていないと思いますよ。」
「では、なぜ?私に・・・。」
「リュナン公子は待っているのですよ。あなたの方から来てくれるのを。」
「・・・・・・・」
「メーヴェ王女、これを持っていってください。きっとこの指輪があなたを助けてくれるでしょう。」
「これは・・リング・・・オブ・・・リーヴェ」
「そうです。あなたの忌まわしい過去を作り上げた指輪です。ですが、私には感じるのです。今度はこれがあなたを守ってくれると・・。」